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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
二章 リンク勧誘合戦~蒼銀の狼と黄金の狐~
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追憶2 / 早朝鍛錬

 ボロボロになった赤毛の少年は薄目を開けたままピクリとも動かず地面に転がっている。

 名前を呼ぶ。血を吐く様に大声で。

 その声に周囲から下卑た笑い声だけが返ってくる。

 少年はもう動かない。

 自分の無力さが悔しくて。

 今の状況を招いた自分自身に絶望して。

 何の躊躇いもなく暴力を振るう大人たちに恐怖した。

 何をしても無駄なのだと悟ったら、自然と膝から力が抜けた。

 大人たちが頭の上で何かしゃべり、頭の上から麻袋をかぶせられそうになる。

 その時だ。

 ねーちゃんを離せ――弱々しいけどハッキリと聞こえた。

 驚いた。

 もう、その声を聞くことはできないと思っていたから。

 赤毛の少年がふらふらしながら立ち上がっていた。

 拳を握って、腫れ上がった目で大人達を睨み付けて、両足で大地を踏みしめて。

 ねーちゃんを離せ、と少年は叫んで走り出した。


 

――――――――――――――――――――――――――――



 翌日の早朝。

 太陽がようやく顔を出すような時間帯に、学院の鍛錬場で汗を流すラルフの姿があった。

 その手には炎が灯っており、その状態を維持したまま高速で虚空に向けて拳を繰り出し続けている。

 まるで、見えない相手と戦っているかのようである。

 ここ最近……というか、神装<フレイムハート>を手に入れてからラルフは学院の鍛錬場を利用するようにしている。

 この鍛錬場は常に解放されていると同時にメンタルフィールドが展開されている。

 この中でなら、神装を顕現して訓練することを許可されているのだ。

 多人数が利用することを想定されており、闘技場よりも少し狭い程度の敷地を四分割し、各々にメンタルフィールドを展開させている。

 四分割しているのは、もちろん種族間によるもめごとを減らすためである。

 また、鍛錬場は複数存在しており、リンクで使用するための鍛錬場も別にある。ただ、そちらは事前申請が必要だ。

 この時間帯にトラムは走っていないため、鍛錬場を利用しようと思ったら、線路沿いに伸びる街路を走ってこなければならないのだが……体力づくりの一環と割り切り、ラルフは毎朝走ってこの鍛錬場まで来ている。


『集中が切れているぞ、ラルフ! 己の魂に炎を宿し、それを全身に行き渡らせるイメージで拳を振るうのだ!』

「つッ! 分かったッ!」


 頭上のアルティアから檄が飛ぶ。

 目の前……故郷の村で自分に拳術を教えた父をイメージし、それに向かって全力で拳を振るう。

 炎を纏った拳打が空を裂き、その熱量が空間を歪ませる。

 胴体中央に向かって正拳、踏み込んで下から顎を狙って拳を打ちあげ、間合いに飛び込みつつ裏拳。

 だが、イメージの中にある父親は、にやにやと笑いながらラルフの攻撃を全て受け止める――しかも、片手で。


「……っ!!」


 何も知らない者が見れば凄まじい速度で打ちこまれる拳の乱打に目を丸くするだろうが……ラルフの知っている父親ゴルド・ティファートという男はこの程度の拳打では小揺るぎもしない程に強い。

 巨体の癖にラルフよりも素早く、放つ拳は文字通り岩をも穿つ。

 まるで、壁に向かって拳を打ちこんでいるような錯覚すら覚える。

 圧倒的ともいえる存在感で自身の前の前に立ちふさがる、いつか越えなければならない壁――それがラルフにとっての父ゴルド・ティファートという男だった。


「せっ! はぁ! た……あ、あれ?」


 勢いに乗せて更に拳を打ちこもうとするラルフだったが……不意に炎が消えてしまった。


『意識が前に行き過ぎだ。神装の制御が疎かになっているな』

「戦いながら神装の制御って難しすぎるぞ……しかも魂とか心とか曖昧な物の制御がこんなに難しいなんてなぁ」


 ラルフは大きくため息をついてそのまま後ろに倒れ込んだ。

 春先でまだまだ朝方が肌寒いのだが、炎を扱う神装の影響か……滝のような汗が出ている。


『慣れれば意識せずとも神装の制御も可能となるが、まだその段階まで来ていないのだからしょうがない。焦ることはない』


 そう言いながらアルティアはラルフの頭から飛び降り、目の前に着地する。

 身に着けていたシャツを脱ぎ、しみ込んだ汗を絞り出しながら、ラルフは渋い顔をする。


「何というか、自分の体が二つあって、その二つとも同時に動かしてるような感じだよ」

『その表現は言い得て妙だな。神装は自身の魂と深い繋がりを持っている。肉体と魂で戦っていると言えば、体を二つ動かしていると言っても間違いではないだろう』


 今まで肉体の動作だけでよかったところを、その動きに連動して魂の動作も制御しろと言っているのだ……慣れないラルフからすれば違和感しかない。


『だが、神装<フレイムハート>は魂に纏う神装。この神装を無意識化で制御できるようになれば、誰よりも神装と一体になって力を使うことができるはずだ』

「…………」

『む? どうした、ラルフ』

「いや、ずっと前から疑問だったんだけどさ……何で<フレイムハート>だけアルティアみたいなマスコットがついてるんだ?」

『マスコットとはなんだ、マスコットとは』


 顔をしかめて渋い声を出すアルティア。今更ながらに表情豊かな鳥である。


「いやだってさ、他の神装者でアルティアみたいなマスコットを連れてる人って見たことないぞ? 俺、頭の上にヒヨコを乗せて戦ってる変な奴ってよく言われるんだけど」

『…………客観的に見れば確かに変わり種ではある』


 高速で動きながら拳打を放つラルフ。

 そして、その頭の上で偉そうに鎮座したまま落ちる様子のない赤いヒヨコ……シリアスであればあるほどシュールな絵面である。

 アルティアはラルフの魂が纏っている<フレイムハート>と引き合う力があるらしく、その影響で磁石のようにラルフの頭にぴったり引っ付いて落ちないらしい。

 ちなみにだが、その気になれば姿を消すこともできるとか。

 アルティアは少しの間迷う様に黙り込んでいたが……意を決したようにラルフに向き直る。


『ラルフよ。一つ覚えておいてほしいのだが……神装<フレイムハート>は他の神装とは異なり少々特殊な神装なのだ』

「いや、それは何となく分かるんだけどさ」


 なにしろ、アルティアというオマケがついてくるのだ。

 これで特殊でないと言われた方が色々と納得できない。


『神装は基本的に使用者の魂を投影する。つまり、一つとして同じ物はない』

 魂が発現する力の形……それこそが神装だ。

 同じ人間がこの世に一人としていないように、神装もまた同じものは存在しない。

 これは神装者や神装に携わる者にとって常識だ。

 だが……。


『過去、ラルフと同じように神装<フレイムハート>を宿した者がいる』

「え……? それ、どういう……その人が俺と全くの同一人物ってこと?」

『違う。似てはいるが……違う。本来、使用者が死ぬとそれに合わせて神装も消滅するのだが、この<フレイムハート>だけは消滅せずに世界を漂い……そして、ラルフ、お前に宿った』


 継承された神装……もしも、神装について詳しく知る者がその話を聞いたら、鼻で笑っただろう。

 使用者の魂が発現する力が神装である以上、発現する元である使用者が死ねば、当然のように神装も消え去る。

 あり得ないのだ、そのようなことは。


「…………つまり、どういうこと?」


 完全に頭の中がこんがらがったラルフは、目を点にしてアルティアに問いかける。

 そんなラルフの様子にアルティアは苦笑を浮かべる。


『つまり、<フレイムハート>は少々変わった神装だが、ラルフの力になってくれることに変わりないし、紛れもなくお前の魂の発現した力だということだ』

「それさえ分かればいいよ。俺、難しいことはあんまりよく分かんないし」

『単純だな。騙されないように気を付けるのだぞ、ラルフ』

「俺、アルティアのことは信じてるし」

『…………』

「……アルティア?」

『あ、ああ、いや。そうだな、ありがとう』


 なぜだろう……一瞬、ほんの一瞬だが、アルティアの表情に痛みのようなものがよぎったように、ラルフには見えた。

 そのことについて触れようとしたラルフだったが……外部から聞こえてきた声によって遮られてしまった。


「やぁ、相変わらずこんな早朝から鍛錬なんて熱心だね」

「あ。アルベルト先輩、おはようございます」


 声のした方へと顔を向ければ、そこにマナマリオスの男子生徒が立っていた。

 背の中ほどまで伸ばした紫紺の髪に、蒼の瞳、そして中性的で整った顔立ちを持つ爽やかな青年だ。

 身長はラルフよりも少し高い程度だが、小柄なマナマリオスからすれば平均的な身長である。

 まるで、真夏の草原に吹く一陣の風のように涼やかな笑顔が似合う青年なのだが……その中で異彩を放っているのが右目を覆う眼帯だ。

 過去に怪我でもしたのだろう……さすがのラルフもそこまで踏み込んで聞くほどデリカシーがないわけではない。

 彼は『輝』ランクを有する戦士科の二年生――アルベルト・フィス・グレインバーグ。

 彼もこの早朝の時間帯を利用して鍛錬場を利用しているらしく、ラルフが初日にここを利用しようとした際、設備について色々と説明をしてくれたのである。

 それ以来、こうして親しくさせてもらっている。


「おはよう、ラルフ君、アルティアさん」

『うむ、おはようアルベルト殿。アルベルト殿も精が出るな』

「いえ、体に染みついた日課みたいなものですから」


 アルベルトはヒヨコ、ヒヨコ、とその見た目から侮られることの多いアルティアや、ヒューマニスであるラルフにも礼儀正しく接してくれる好青年である。

 彼に対してはアルティアも礼儀を尽くしている。


「どうだい、ラルフ君。神装の制御の方は」

「難しいです。まだちぐはぐな感じが消えなくて……」

「あはは、僕も一年生の頃は自分の神装の扱いに随分と苦労したからね。ただ、努力は自分を裏切らない。自分と神装を信じて鍛錬を続ければ、呼吸をするように神装も扱えるようになるさ。その調子で頑張って」

「はい!」


 そう言ってアルベルトは笑って見せる。


 ――相変わらず笑顔の似合う人だなぁ……。


 二枚目、というのはこういう人のことを言うのかもしれない、とラルフは思う。

 実際、このアルベルトという青年、モテる。

 とにかくモテる。

 モテるのにそれを鼻に掛けたりし、浮いた噂もないので同性からも人気があるという完璧っぷりである。

 以前登校中にすれ違ったのだが、五人ぐらいの女生徒から囲まれて少し困っていた。

 ちなみに、その様子を羨ましがっていたらティアに耳を引っ張られてしまった。

 そんな苦い回想をしていると、アルベルトが何かに気が付いたように声を掛けてくる。


「そういえば、今日から新入生のリンク勧誘が解禁になるはずだね。ラルフ君はどこか所属したいリンクはあるのかな」

「えっと……今の所、明確には決めてませんが、一応アレット姉ちゃんの所にお世話になろうかなと思ってます」

「ああ、アレットさんの『陽だまりの冒険者』か。あそこはアレットさんの単独リンクだからね。参加希望者は多いだろうけど……果たしてどうなるかな」

「え、参加希望者は多いんですか?」


 ラルフの疑問にアルベルトは頷いて応える。


「ああ、アレットさんこと蒼銀の狼姫はビースティスにとってはカリスマみたいなものだからね。去年も参加者希望者は多かったんだけど……アレットさんが断ったんだよね。一人が気楽だーってね」

「アレット姉ちゃん……」


 我が道を行き過ぎである。

 本来、単独リンクというのは、上手く他の生徒とコミュニケーションが取れずにあぶれてしまった者が辿る末路であり、当然のごとく成績は絶望的なものとなる。

 なので、アレットのように好んで単独リンクを形成する者は珍しいのである。

 単独リンクでありながらも『煌』ランクを維持できるアレットの凄さの一端が垣間見えるであろう。

 ただ……ラルフはこの件に付いて何かが引っかかっていた。


「アルベルト先輩。一つ質問していいですか?」

「ん? なんだい?」

「アレット姉ちゃんは、なぜ一人でいるんでしょうか。さっきの話を聞く感じでは、やろうと思えば大きなリンクを作ることも不可能では無かったんですよね?」


 ラルフにはアレットが一人でいることを望んで選択しているように思えるのだ。

 もしかしたらラルフの考えすぎかもしれないが……まるで、近づいてくる人々を片っぱしから遠ざけているようにすら感じる。

 考え込むラルフにアルベルトは首を横に振って見せる。


「アレットさんが何を考えているのか……それは僕にも分からない。ただ、彼女が他人を遠ざけて、一人でいることが多いことだけは確かだね。蒼銀の狼姫という名も、いつも一人でいる彼女がまるでお姫様のようだから……って意味もあるみたいだし」


 アレットは友人と一緒にバカ騒ぎをするようなタイプではないが……それでも、他人との関わりを避けるような性格はしていないはずだ。

 少なくとも、ラルフの知っているアレット・クロフォードは、野良犬の様に警戒心を剥き出しにしているラルフやミリアに笑顔で近づいてきて、手を差し伸べてくれるような……そんな女性だったはずだ。

 理性よりも直感が強い違和感を叫んでいる。

 しきりに首をひねるラルフだったが、そんなラルフの肩をポンッと叩く。


「それよりも、君の妹さんの……ミリアさんだったかな? 彼女の心配をした方が良いんじゃないかな」

「え? ミリアのですか?」


 ラルフの言葉にアルベルトは頷いて見せる。


「彼女は滅多にいない『再生』の能力を持った神装者だ。奪い合いみたいな勧誘合戦に巻き込まれることになると思うよ」

「そ、そんなにすごいことになるんですか?」


 ミリアの神装は『再生』という稀有な特殊能力を宿している。

 この学院でもミリアを含め二人しか存在せず、ファンタズ・アル・シエルで活動する冒険者にも『再生』を有する者はほとんどいないそうだ。

 そんなミリアが勧誘の的になるのは想像に難くない。

 過去の経験もあってかミ、リアは大人数から注目を浴びることを苦手としている。

 『奪い合い』と言われるほど勧誘が苛烈を極めるなら、守ってあげたいとラルフは思うのだが……アルベルトはラルフの不安を肯定するように苦笑する。


「うん、確実に凄いことになるだろうね。もう一人の『再生』の神装者――三年『煌』クラスのクレア・ソルヴィムの時も大騒ぎになったらしいし」

「あの、そのクレアさんは結局どうなったんですか?」

「『セイクリッドリッター』という選民思想を持つシルフェリスのリンクのリーダーに祭り上げられてしまったよ。本人は差別意識を持たない優しい人なんだけどね……」


 彼には不似合いなぐらい苦々しい口調から、そのリンクにあまり良い印象を持っていないことはすぐに分かった。

 選民思想のシルフェリス――その単語にラルフは入学式に戦ったダスティン・バルハウスのことを思いだす。

 つまりは、あのようなシルフェリスの集団が『セイクリッドリッター』ということなのだろう。

 だからこそ……ラルフは余計に明日への意気込みを強くした。

 変なリンクがミリアに手を出そうとするなら、ラルフが身を挺してミリアを護るのだ。

 ラルフが表情を強張らせていると、アルベルトが準備体操をしながら言葉を繋げる。


「でもラルフ君も覚悟していた方が良いよ」

「え、何をですか?」

「君は入学式で目立ったからね。神装を持ったシルフェリスを、神装なしで打倒したヒューマニスがいるって、上級生の間では話題になってるよ。もちろん、君のことを欲しがっている人も多い。勧誘合戦では君も引っ張られるかもよ」

「いやいや、それはないですよ」


 なにせ、ラルフは全ての能力が劣っていると言われるヒューマニスだ。

 廊下ですれ違いざまに嘲笑をぶつけてくる相手もいるし、自分がそこまで高い評価を受けているとは到底思えないラルフだったが……それに対して、アルベルトは苦笑いで応えてみせる。


「通学の時になったらきっと分かるさ。それまでは楽しみにしているといいよ」


 そう言ってアルベルトは笑ったのであった……。


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