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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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呪われた彼女の追憶① / セシリーとアル

 私は呪われている。

 私に少しでも関わった人は、必ずと言って良いほどに事故や事件に巻き込まれ、大けがを負った。そうでなくとも、何らかの形で不幸が訪れた。

 幼少時代に仲良しだったウィルエットちゃんは両足の骨を折り、アルイムちゃんは顔に一生消えぬ火傷を負い、グレイス君は右目を失明した。ミンフィアちゃんにいたっては、改築中の校舎で石材の下敷きになって亡くなった。

 親戚のガジュラ叔父さんは私の頭を撫でた翌日に息子が無くなり、新婚だったエインワーズ夫妻はお腹にいた大切な赤ちゃんが流産した。

 ただ、これはほんの一例に過ぎない。

 本当に些細な……それこそ、たった一言、二言、言葉を交わしただけの他人同然の人ですら、その翌日には何らかの不幸を身に受けた。たぶん、私が知らないところでもっと多くの人たちが不幸に見舞われたのだろう。

 そんなこともあってか、私が十になる頃には当然のことながら、誰も近づかなくなっていた。

 いや、近づかないという表現は少し違う。

 誰もが私の存在を意識の中から消した。いないものとして扱った。

 でも、それで良かった。自分から近づこうとも思わなかった。

 私が不幸を振りまくたびに、他人から向けられる憎悪、嫌悪、侮蔑の視線は痛くて、辛くて、苦しくて……その視線に晒されるのに比べれば、まだマシといえた。

 でも、あくまでもマシというだけの話だ。

 大勢の人の中にあって私は常に孤独だった。

 日常は過ごすものではなく、ただ経過させるモノへと堕した。

 誰かに声を掛ければそれだけで不幸を招く私にとって、言葉は必要のないものであり、声帯は錆びついて機能を失った。

 寂しいと思ったのは最初だけで、感情は無味無臭の日常の中で次第に風化していく。

 事実、今となっても、当時のことはよく覚えていない……本当に、ただただ日々を浪費していくだけの毎日だったから。

 ただ、唯一、御爺様だけは私の不幸の影響を受けなかったため、亡くなった両親に変わって私を養ってくれた。それだけは本当に感謝してもしきれない。

 けれど、御爺様はもともと地位のある人だったため多忙であり、会えるのは年に数えるくらいだった。そのため、どちらにしても私が孤独であるという事実は揺るがなかった。

 そんな時だったと思う――彼が私に話しかけてきたのは。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 リンク『アストレジア』。

 総合順位八位のマナマリオス主体のリンクである。

 リーダーである三年『煌』クラスのセシリア・ベルリ・グラハンエルクを中心とし、霊術による圧倒的な火力で押し切る戦いを得意としている。

 型にハマって相手に抵抗の隙すら与えずに殲滅するか、相手に食い破られて一気に瓦解するかの極端な試合運びで有名である。

 そして、チェリル、ラルフ、ティアの三名はアストレジアのリンクハウスに向かっていた。

 ミリアとアレットも一緒に行きたそうにしていたが……あんまり大勢で押しかけても、相手を警戒させるだけだということで、この三名だけで行くことになった。


「チェリル、ぽんぽん痛いの? 大丈夫?」

「うぅ、胃が痛い……」


 お腹を押さえて顔面蒼白になっているチェリルの顔を、ティアが心配そうにのぞきこんでいる。

 今から、面と向かって『殺す』と宣言した相手に会いに行くのだ……心労が溜まるのも理解できる話だった。


「安心しとけって、チェリル。何があっても俺が絶対護ってやる」

「うん、ありがと……」


 弱々しく微笑むチェリルを見ていると、心配になってくる。

 ラルフが横目でチェリルの顔をうかがっていると、ふと視線を感じた。顔を向けてみれば、どこかふて腐れたように膨れるティアの姿がある。


「……なんか、機嫌悪い?」

「べっつにー。ラルフは誰にでも『俺が護ってやる』って言うんだなーって思っただけー」

「え、いや、そりゃぁ、これから危険な所に行くわけだし。そもそも、チェリルを護るために俺はついてきたんだぞ? 危ない目にあってる隣で棒立ちしてたら意味ないだろ」

「そゆこと言いたい訳じゃないんだもん……」


 そう言って、プイッとそっぽを向いてしまう。

 困り果ててチェリルに視線で助けを求めると、によっ、と妙に小馬鹿にしたような笑みが返ってきた。


「さて、帰るか」

「あー! ごめんなさいごめんなさい!」


 本気で帰るつもりはないが、チェリルは大いに慌ててラルフに縋り付いてくる。そんなチェリルの額にデコピンを食らわそうとして振り返ったその時、ラルフは予想外の光景を目にして、思わず眉をひそめた。

 本校舎から少し離れた所に、地下下水施設へ通じるレンガ造りの階段があるのだが……そこから、セシリア・ベルリ・グラハンエルクが出てくるところを目撃したのである。

 普通の学生なら、存在は知っていても、まず関わることのない施設だ。

 しかも、出てきたセシリアは全身から水滴をしたたらせている……恐らく、何らかの作業を行ってきたのだろう。


「あれ、セシリア先輩だよな?」

「え!?」


 一瞬で半パニック状態に陥ったチェリルの頭を押さえつつ、ラルフはその方向を指差して見せる。傍に寄ってきたティアが、指差した方向を見て、目を丸くしている。


「本当だ。あんなところに何の用があったんだろ?」

「いや、俺に聞かれてもな。とにかく追おう」


 ラルフの言葉にチェリルがえぇ、と小さく洩らした。


「え、えぇ、追うの? セシリア先輩も用事があるみたいだし、今日は休業ということで――わー! 分かったから、歩くから、担がないでってばー!」

「えぇい、問答無用! いつまでも尻込みしてたら始まらないだろ!」

「ティア! 助けて!」

「…………まぁ、ちょっとの辛抱だから」

「うわーん! 裏切り者―!」


 物のようにチェリルをヒョイッと担ぎ上げたラルフとティアは、セシリアのいる方向に向かって駆け出す。セシリアはラルフ達の接近に気が付いていないようで、濡れた衣服を鬱陶しげに振って、水気を飛ばしている。

 ある程度まで近づいたラルフは、チェリルを地面に下ろすと、ゆっくりとセシリアに近づいてゆく。


「セシリア先輩、ちょっといいですか?」

「……!? ラルフ・ティファート……?」


 怪訝そうにラルフの名を呟くと、セシリアは視線を鋭くしてラルフと……そして、その背後にいるチェリルを見据えてくる。この時点ですでにチェリルは完全に委縮してしまっている。


「ほら、チェリル。セシリア先輩に聞くこと、あるだろ」


 ポンポンと、小さな背中を叩いてやると、チェリルは唇を噛みしめて顔を上げる。


「あ、あの……! ぼ、ボク、セシリア先輩に嫌われているみたいですけど……そ、その……何か悪いこと……したんでしょうか。その、もしもそうなら、謝らないとって……」


 尻すぼみになってゆく声は、最後には風の音よりも小さくなって消えてしまう。

 重たい沈黙の中、セシリアが髪を掻き上げながら嘆息する。そして、透明な刃のように、ひやりと鋭い視線でチェリルを睥睨する。


「私、貴女に言ったはずよ? 『貴女の存在そのものが気にくわない』って。私に詫びる気持ちがあるのなら、今すぐにでも学院を出ていってちょうだい」

「待ってください、セシリア先輩! その言い方はあんまりじゃありませんか!!」


 愕然とするチェリルの代わりに、我慢の限界といった様子でティアが前に出る。


「邪魔よ、黒翼。部外者は黙ってなさい」

「私はこの子の友人なの。あいにくだけど、部外者じゃありません」


 決然とした態度で、ティアがセシリアに噛みつく。


「チェリルが貴女に何をしたのか知りません。でも、こうして誠意を見せている相手に、その態度はあまりにも横暴です!」

「一方的に押しかけてきて、誠意を見せたのだから誠意をみせろと……話にならないわ。貴女の態度こそ、横暴そのものよ」


 冷静なセシリアの指摘に、グッとティアが言葉に詰まる。

 セシリアはこれ見よがしに大きくため息をつくと、その手に本型の神装<フィグメント>を発現し、その背表紙をティア達の方へと向ける。


「それとも、一度痛い目を見ないと理解できないのかしら?」


 チェリルと比肩する霊力を放出するセシリアを前にして、ティアが一歩後ろに下がる――その瞬間、するりとその間にラルフが割って入った。


「セシリア先輩。メンタルフィールド外で神装を発現して示威行為を行うのは、重大な校則違反だったような気がするんですけど」

「そう、それがどうかした?」


 まさに一触即発。

 これは最悪、戦いになるかと、内心苦々しい思いで<フレイムハート>を発現しようとした、まさにその時だった。


「やめなよ、セシリー。彼等は別に君を害そうとしてるわけじゃないんだから」


 いままで泰然としていたセシリアの鉄面皮が、初めて動揺に崩れる。唖然とした様子で彼女が視線を向ける先には……右目を眼帯に隠したマナマリオスの二年生、アルベルト・フィス・グレインバーグが立っていた。


「アルベルト先輩……」

「やぁ、ラルフ君、チェリル君、ティア君。今日のお昼は色々と聞かせてくれてありがとう。ごめん、ちょっと危うい空気が流れてたから、我慢できずに出てきてしまったよ」


 アルベルトは申し訳なさそうに笑って、頭を掻いた。

 そう、食堂でラルフ達に話しかけてきたのは、誰であろう、アルベルトだったのである。

 どうも、アルベルトはセシリアと顔見知りであるらしく、ラルフ達が話していた内容に興味があって近づいてきたのだとか。

 そして、一通り話を聞いたアルベルトは、今回セシリアに会いに行く際には、少し離れた所で様子を見ていていいかと、許可を求めてきたのである。

 ラルフ達としては別に見られて困ることもないためOKを出し、今に至る。


「セシリー、ラルフ君も言っていたと思うけど、学院の中で神装を発現するのは、褒められた行為ではないと思うけれど?」

「…………」


 セシリアのことを愛称で呼びながら、朗らかに話すアルベルトとは対照的に、セシリアの顔は苦渋に歪んでいる。何といえばいいのか……アルベルトに対して、どう対応したらいいのか分からず、困っているようにも見える。


「セシリー」

「その名で呼ばないで、アルベルト……」

「君は、昔のように僕のことをアルって呼んでくれないのかい……?」

「…………興が削がれたわ」


 セシリアは重々しく吐息をつくと、<フィグメント>を消滅させて踵を返す。そして、顔だけ振り返ると、チェリルを憎々しげに睨み付ける。


「リンクフェスティバルでは覚悟しておきなさい。私は、絶対にあなたを殺す」

「セシリー!」

「アルベルト、もう私の前に現れないで……お願いだから」


 チェリルの時とは違う、弱々しい懇願の言葉。

 言葉を失うアルベルトとチェリルに背を向けると、彼女は足早に立ち去ってしまったのであった……。


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