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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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死神のセシリア

 チェリルのアトリエで行われた『陽だまりの冒険者』の作戦会議の翌日。昼休みを迎えたラルフとティアは、学食に向かって廊下を歩いていた。


「でも珍しいわね、ミリアが私達と一緒に学食で食事したいなんて。あの子、普段は同じクラスの友達と食事してるんでしょ?」

「らしいね。まぁ、俺達をわざわざ呼びだすってことは何かあったんだろな」


 ラルフはミリアに作ってもらった弁当箱を軽く揺らしながら、ティアの言葉に答える。

 ティアの言うとおり、ミリアはクラスの友人と昼食をとっている。彼女が言うには、「兄さんやティアさんと食べたい気持ちもありますが、クラスの友人も大切ですから」だとか。故郷にいた頃は同年代の女友達がいなかったこともあり、こちらでできた友人を大切にしているのだろう。

 そんなミリアが思案気な顔をしながら、一緒に昼食を食べたいと言ってきたのだ……何かあったと考えるのが妥当だろう。

 ちなみにだが、ラルフとティアは最近、弁当を持ってきて教室で食べている。星誕祭で大量に買い込んだ保存食で、ミリアが弁当を作って持たせてくれているのである。そして、ティアもラルフに合わせて弁当を作ってきているのである。

 ラルフとティアは二人とも首を捻りながら学院食堂へと足を踏み入れる。

 長椅子、長机が整然と並べられた学院食堂は、学生全てを収容できるほどの面積を有しており、席がすべて埋まるということはない。壁際には一定間隔で暖炉が設えられており、煌々とした明かりと温もりを提供している。

 この食堂は基本的にビュッフェ形式となっており、食堂の中央には各種族の郷土料理が乗せられた卓が四つ並んでいる。そこから好きなものを取っていいのだ。

 内容も日によって割と変わるので飽きることもなく、大抵の学生はここで食事をとる。

 脂の滴る肉が満載されたドミニオスの卓を、ヨダレが出そうな顔で眺めているラルフを引きずりながら、ティアがミリアの姿を探す。

 無用な諍いを起こさないため、食堂の座席は、種族ごとの席と完全自由席に分かれている。ミリア達がいるのは完全自由席の方だろう。


「テ゛ィア゛~~~~!!」

「わっ……と」


 その時、涙声でティアの名前を呼びながら、小さな人影が突っ込んできた。

 ティアの胸に顔をうずめながら、グスグスと鼻を鳴らしているのは……誰であろう、チェリル・ミオ・レインフィールドであった。


「おいおい、チェリル、なんで泣いてるんだよ? ミリアにいじめられたか?」

「兄さん、とりあえず今のは聞かなかったことにしてあげますから、こっちに来てください」


 少し離れた所にいたミリアが、目じりを引きつらせながら手招きをしている。

 よしよし、とチェリルをあやしながら席に着いたラルフとティアは、事の顛末をミリアから聞くことになった。

 曰く……昨日、チェリルがセシリアから殺すと宣戦布告を受けたんだとか。

 そのせいでチェリルは不安で一睡もできず、学院に来るなりミリアに泣き付いて、今の今まで一日中ベッタリと傍から離れなかったそうな。事実、今もティアに抱きついたまま離れる気配がない。


「セシリア先輩か……」


 その話を聞いたラルフは、腕を組んで思わず唸り声を上げた。

 セシリア・ベルリ・グラハンエルク――チェリルと同じく、ラルフにも因縁深い相手だ。彼女さえいなければ、ラルフもチェリルも浮遊大陸エア・クリアに拘束されることはなかったのだから。


「以前もだったけど、あの先輩って何かチェリルに執着してるんだよな。何か恨みを買った覚えはないのか?」

「ないよぉ、そんなのぉ……」


 心底まいった様子でチェリルが答える。

 考え込みながら米をかっ込むラルフの前で、ミリアが顎に手を当てて思案気な顔をしている。


「セシリア・ベルリ・グラハンエルク……別名『死神のセシリア』」

「え、そんな二つ名があるの?」

「ええ、割と有名な話ですよ。鈍感な兄さんと、引きこもりのチェリルさんは別として……ティアさんは知っているでしょう?」


 ミリアに話を振られたティアは、小さく頷いて応える。


「そうね、セシリア先輩に関わる人が次から次へと事故に巻き込まれたり、怪我をしたりするって噂でしょ? あれって本当なのかしらね」

「真偽のほどは不明です。ですが……火のない所に噂は立たぬものです。セシリア先輩が常に一人で行動していることや、誰も傍に寄らないところから見ても、まったくのデマという訳ではないのでしょう」

「……それだけ聞くと何だかかわいそうね。いつも一人だなんて」


 何か共感するものがあったのか、ティアがポツリとそう呟く。それを耳ざとく聞いたチェリルが、涙で潤んだ瞳でティアを見上げた。


「ティアにはボクも、ラルフも、ミリアさんも、アレット先輩もいるよ?」

「ん、ありがと」


 チェリルの頭を優しく撫でるティアを横目で見ながら、ラルフはハッと何かに気が付いたかのように顔を上げた。


「そうだ、拳を交わせば何か分かるかもしれない!」

「そうですね。じゃあ、まずは私と分かり合いましょうか、兄さん」

「待て、ミリア。兄ちゃん、フォークでの目つぶしは、拳で分かりあう内には入らないと思うんだ……ッ!!」


 フォークを握りしめたミリアの手を必死で押し留めるという、心温まる兄妹コミュニケーションをとっていると、不意にティアが口を開いた。


「いや、それ良いかもしれないわね……」

「ほらみろ、ミリア! ティアも拳を交わせば分かると――」

「おバカは黙ってなさい。ねぇ、ミリア、単純ではあるけど直接聞いてみた方が早いんじゃないかしら」

「えッ!?」


 隣でチェリルが仰天している。

 対するミリアはフォークを持った手を下ろして、眉を寄せる。


「少し直情的過ぎませんか?」

「でも、セシリア先輩のこと、皆避けてるんでしょ? なら、誰に聞いても分からないと思うの。それなら、もう直接本人から聞くしかないんじゃないかしら。もちろん、危険だからチェリルと一緒に私も行くわ」

「まぁ、一理ありますね……」


 無理、無理、無理! とチェリルが物凄い勢いで首を横に振っているが……必死の訴えを笑顔で封殺しながら、ティアは涙目のチェリルをじっと見つめる。

「でも、チェリルも目の敵にされる理由を知りたくない? ずっと、一方的に恨まれるのは、嫌よね? もしも、チェリルに原因があるならきちんとごめんなさいしなきゃ」

「でもでも!」

「大丈夫、私も一緒に行ってあげるから。ね?」

「うー!」


 制服の裾を掴みながらむずがるチェリルを、ティアが根気強く言い聞かせている。その様子を端から見ながら、ラルフは思わず苦笑した。


「完全に駄々をこねる子どもと、お母さんの図だな。ミリアがティアを呼んだ理由が分かったよ」

「私は子どもの相手をするのはどうにも苦手で……」


 珍しく弱った様子のミリアに、ラルフは声を出して笑う。


「あはは、でもミリアだって将来はお母さんになるんだろ? なら、今の内から練習しておいた方がいいんじゃないか。何なら俺がお父さん役でもしてやろうか」


 ニヤッと笑いながらラルフがからかうが、当のミリアはどこか遠い目をしてチェリルを眺めている。普段のミリアなら、ここで痛烈な反撃を繰り出してくるのだが……何だか肩透かしを食らった気分である。


「子供を産んで、円満な家庭を作って、穏やかに死んでゆく……そんな未来が私にあるんでしょうか……」

「なんだよ、相手の心配でもしてんのか?」

「いえ、そういう訳ではないんですが……」


 食事の手を止めてラルフはミリアの顔を凝視する。

 普段から表情の乏しいミリアだが、今の彼女の顔には薄らとした諦観が浮かんでいる。何となくそれが気にくわなかったラルフは、笑いながら手をひらひらと振って見せる。


「そんな悲観的になるなって。ミリアは器量よしだし、家事もできるし、頭も良いし、相手なんてホイホイ寄って来るって」

「そうですね、この学院に来てから六人に告白されましたし」

「え、マジ?」

「マジです。でも、例え相手がいても、自分が心惹かれなければ意味がありません。選り好みできる身分ではないことは重々承知していますが、それでも妥協はしたくありません」

「ふーん、まぁ、どうしても相手がいなかったら兄ちゃんがもらってやるから、あんまり深く考えるなよ……なんてな」


 そう言いながら、ラルフは食事を再開する。

 ラルフとしては軽口を叩いたつもりだったのだが……その言葉に、ぴくりとミリアが反応する。


「何歳ですか」

「え?」

「何歳になったらもらってくれるんですか」


 予想以上の喰いつきに若干身を引きながら、ラルフは視線を空に泳がせる。


「え、えーと、二十五ぐらい?」

「二十五ですか、分かりました。では、この学院を卒業して二十五になるまで冒険者として生計を立てつつ貯金。二十五と同時に兄さんと結婚して、冒険者を辞め、ナインテイルに移住。そこで冒険者の時に貯めた貯金を使って小さなパン屋を開業。二人でパン屋を営みつつ、子供を作りましょう。そうですね、男の子一人、女の子二人が良いと思います。そこで、慎ましいながらも暖かな幸せを噛みしめ、肩を寄せ合って家族一緒に生きていくんです。そして――」

「ちょっとそこ。人が真面目な話をしてる横で、人生設計してるんじゃないわよ」


 渋い表情でティアが指摘すると、ミリアは髪を掻き上げながら、フッと笑みを浮かべた。


「負け惜しみですか?」

「へ、へぇ、喧嘩を売ってるわけね。よぉぉぉぉく、分かったわ……!」


 ミリアとティアの間でバチバチと見えぬ火花が盛大に散る。

 ちなみに、当のラルフは飛び火するのを回避するために、距離を取って呑気に食事を続けている……いい加減、この男も学習したようだ。

 山菜のベーコン巻を口に放り込んでいると、ちょこちょことチェリルが近づいてくる。そして、躊躇いがちにラルフの服の裾を引っ張る。


「あの……ね。ボク、頑張ってセシリア先輩に聞いてみるから……その、ラルフも一緒に来てくれると心強いの……」


 どこか遠慮がちに言ってくるチェリルに、ラルフは苦笑を浮かべてみせる。


「普段はもっと図々しいのになに遠慮してんだよ。大丈夫、もともと、俺も一緒に行くつもりだったから」

「本当!?」


 パッと花咲くように笑顔を浮かべるチェリルに、頷いて応える。


「あぁ、チェリルとティアだけで行かせるには危険すぎるし……なにより、ちょっとあの人はきな臭いからな」


 なにせ、相手はメンタルフィールド外で襲撃を仕掛けてきた相手だ。

 『メンタルフィールド外で神装による襲撃を仕掛ける』という行為はこの学院においては重罪になる。最悪、退学ということもありうる程に。

 だが……セシリアの一件では、まるでそんな事実など無かったかのように扱われている。

 これをきな臭いと言わずして何という。

 恐らくは、シルフェリスの……引いてはザイナリア・ソルヴィムが裏で絡んでいるのだろうが、真相は完全に闇の中だ。

 本当ならば接触しないに越したことはないのだろうが、相手から仕掛けてきたのならば、こちらも行動しないわけにはいくまい。


 ――さて、どうしたもんかな。


 実際に、セシリアと相対したことがないミリアとティアはさておき、戦闘を繰り広げたラルフは、彼女の危険性を十分承知している。

 ここにアルティアがいたならば、助言の一つももらえたかもしれないが……あいにく、まだ、彼(?)は眠りから目覚めてはいない。

 ラルフが考え込んでいる、ちょうどその時だった。


「興味深い話をしてるね。その話、ちょっと僕にも聞かせてくれないかな」


 夏の草原を吹き抜ける涼風のような爽やかな声が、背後から聞こえてきたのであった……。


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