リンクフェスティバル作戦会議
翌日の放課後、ラルフをはじめとしたリンク『陽だまりの冒険者』達はチェリルのアトリエに集まっていた。アトリエに設置された黒板の前では、チョークを片手に持ったアレットが、全員を見回している。
「……それでは、これからリンクフェスティバルの基本的なルールのおさらいと、方針決定を行います」
アレットはそう宣言すると、手早く黒板にチョークを走らせてゆく。流麗な文字を書きながら、アレットは同時に言葉でも説明を開始する。
「……以前、話した通りリンクフェスティバルは、メンタルフィールドで覆われた学院全体を使って行われるサバイバルゲーム。このゲームは、特に序盤の動きが勝負の明暗を分けると言っても良い」
「確か、前半は団子状態で始まるんでしたっけ、アレット姉さん」
ミリアの問いに、アレットが頷いて応える。
「……中小リンクは何でもアリの乱闘を潜り抜けないといけない。けど、例外もある。それはリンクの総合順位が二十位以内のリンクだけは、一定の領域を『拠点』として設定することが可能ってこと」
「つまり、リンクハウスを所持してるリンクってことか」
「……そゆこと。リンクハウスを拠点にしても良いし、学院の敷地内や校舎内を拠点にしても良い。それに、『拠点』はリンクフェスティバルが開催される前に細工をすることが許されている。大体のリンクは、拠点に防御系の霊術を仕掛けて、要塞化するパターンが多い」
ティアが右手を高く上げる。
「それじゃぁ、上位リンクは中小リンクが潰し合いをした後に出てくるってことですか?」
「……例年ではね。でも、必ずしもそうという訳ではないから、気を付けて」
ティアの隣で、チェリルが腕を組んで難しそうな顔をして手を上げる。
「ちなみに、ボク達の総合順位はどれくらいなの?」
「……三十一位」
「たった五人で三十一位というのは大健闘ですが、今回に限っては意味がありませんね」
うーん、と一年生組が考え込む。
これだけの規模の乱戦となれば、どこからどんな攻撃が飛んでくるのか分かったものではない。この場合、問われるのは実力というよりも運の方だろう。
だが、そんな中でラルフだけはお気楽そうに笑っている。
「ようするに、目につく相手を片っ端からぶん殴ればいいんだろう? 分かりやすいじゃないか」
「私も今、目の前にいる相手をぶん殴りたくなったんですが、どうでしょうか、兄さん」
ミリアがじろっと半眼を向けてくる。
内心で冷や汗をかきながら、ラルフは話の矛先をそらす目的で手を上げる。
「た、対策はあるんでしょうか!」
「……うん、あるよ」
「え、あるんだ!?」
あっさりと言われたことに拍子抜けしたラルフの前で、アレットは人差し指を立ててみせる。
「……この学院の敷地内に置いて、唯一学生個人が所有するプライベートルームが存在する。それはどこだと思う?」
「え、それは……」
そこで、全員の視線がほぼ同時にチェリルに集中する。
水筒からコップに蜂蜜水を注いでいたチェリルは、その手をピタッと止め、顔を引きつらせた。
「ま、まさか、そこって……」
「……ということで、リンク『陽だまりの冒険者』はチェリルのアトリエを拠点にします」
「やっぱり――ッ!!」
頭を抱えて崩れ落ちるチェリルの肩を、ティアが無言でぽんぽんと叩いている。
実際、この学院において寮の自室以外にプライベートルームを持っている者など、チェリルを除いて他にいない。確かに、リンクフェスティバルのルール上、リンク『陽だまりの冒険者』は拠点を用意することはできないが……このアトリエだけは別だ。なにせ、チェリル・ミオ・レインフィールドの個人的な所有物なのだから、誰も干渉することはできない。
「……ということで、今日はこのアトリエの片づけをして、リンクフェスティバル用の拠点へと作り変える準備をします」
「ぼ、ボクの意見は!? ここ、ボクのアトリエなんだけど!!」
「ティアさん、ここに転がってるガラクタどうしましょうか」
「捨てていいんじゃない? 汚いし」
「え、無視!? というか待って! それ割と高価な実験器具だか……それは知恵の輪じゃないんだから、ガチャガチャしないで――!? わ、分かった! 片づけるから! 片づけるから勘弁して――!」
チェリルが悲鳴のような声を上げると、勝手に整理を開始しようとしていた女性陣の手がピタッと止まり、チェリルに微笑みかけた。
「よし、言ったわね。なら責任を持ってちゃんとお片付けするのよ?」
「そうですね、有言実行です」
「う、うぅぅぅ……!」
――女性陣は手厳しいッスなぁ……。
勝手に水筒から蜂蜜水を拝借していたラルフは、しみじみとしながらコップを傾ける。完全に他人ごとである。
ぐったりとしているチェリルを余所に、アレットの作戦会議が再開する。
「……それじゃ、拠点の件は目途がついたからこれから注意点を列挙するね」
そう言って、アレットは黒板に箇条書きで書き始める。
・戦闘フィールドは歓楽街アルカディアを除く学院全てであり、時間の経過と共にフィールドが絞り込まれてゆく。最終的には学院の中心に位置する中央広場が決戦の舞台となる。
・基本的な流れとしては、序盤は下位リンクによる蹴落とし合いが行われ、数が減ってきたところで拠点から上位リンクが出撃。全学院生が入り乱れた乱戦になる。
・リンクフェスティバルの戦闘時間は3時間。リンクでの生存数と撃破数によって成績が算出されるため、隠れて最後まで生き残っていても点数はもらえない。
・メンタルフィールド内の建物はどれだけ壊しても良い。
・最終フィールドとなる中央広場には、最後まで決して近づいてはならない。
「ん? ストップ、アレット姉ちゃん。どうして中央広場には近づいちゃいけないのさ?」
ラルフの至極当然の疑問に、アレットが目を細める。
「……中央広場には、リンクフェスティバル開始と同時にグレン・ロードが陣取るから」
その言葉に、ティアが怪訝そうに眉を寄せる。
「え、『グレン先輩が』? 『ファンタズムシーカーズが』じゃなくてですか?」
「……うん、グレン先輩は一年の頃から、リンクフェスティバルでは単独行動をしていて、常にこの中央広場に陣取っている。もちろん、見通しの良い所だから、遠距離から霊術の集中砲火を浴びるけれど……一つの例外もなく全員が返り討ちにあってる」
「一年の頃からですか……正真正銘の化け物ですね」
中央広場の更に中央――つまり、一切の遮蔽物がない地点に立っているのだ。
奇襲強襲、狙撃に爆撃……攻撃する側はやり放題だろうが、それでも全員が返り討ちにあっていると言うのだから恐ろしい。
「なんでそんなことを……」
グレンの性格を考えれば、強者と戦いたいから……と言うのが最も妥当だろう。
だが、本当にそれだけなのか。ラルフの直感は、そうではないと強く告げている。
「ねぇ、アレット姉ちゃん。頼みがあるんだけど」
「……却下。なに、ラルフ?」
「聞く前に却下すんの止めてくんないかなぁ!?」
ラルフの行動など大体読めているのだろう。
ちなみに、ティアとミリアも「あーはいはい」と言わんばかりの表情をしている……唯一、チェリルだけが疑問符を浮かべているが。
「俺、グレン先輩と戦ってみたい」
「……さっき、却下って言ったけど」
「いや、リンクで戦うんじゃなくて、タイマンでグレン先輩と戦ってみたいんだよ。今年でグレン先輩は卒業でしょ? 真っ向勝負する機会はリンクフェスティバルが最初で最後なんだ」
何度も個人練習でグレンと拳を交わしたことがあるラルフだが……公式戦でグレンと戦ったことはまだ一度もない。神装<アビス>を発現した状態のグレンと、全身全霊の打ち合いをしてみたいのだ。
「兄さんの『俺よりも強い奴に会ったで症』が発症したようですね」
「だから、そのけったいな病名やめなさいって」
「頼むよ、アレット姉ちゃん!」
隣のティアとミリアの会話を全力でスルーしつつ、ラルフはアレットに頼み込む。
必死なラルフの瞳を前にして、アレットはうーん、と考え込む様子をみせる。全員がアレットに注目する中、彼女は小さく吐息をつく。
「……後半まで勝ち抜けたらその時考えよう。たぶん、前半はグレン先輩を狙撃したり、中級霊術を撃ちこんだりする人でごった返すと思うから、まともに戦えないと思う」
「分かった。それまで勝ち抜けばいいんだな」
ラルフはそう言ってグッと拳を握ると、アレットは小さく頷き返す。
「……でも、私達のリンクを狙ってくるリンクも多い。シアの『花鳥風月』とジャンヌの『勇猛邁進』とは確実にぶつかるだろうし。グレン先輩との勝負ばかり気にして、それ以外を疎かにしたらダメだよ?」
「おう、任せてよ!」
左の手のひらに拳を打ちつけて、やる気を見せるラルフに苦笑を向けた後、アレットは再度、黒板をチョークで軽く叩く。
「……それじゃ、これから私達が取る戦略について話すよ」
こうして、夜遅くまでリンク『陽だまりの冒険者』の面々は作戦会議に没頭するのであった……。