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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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母親

 マナマリオスの学生寮の近くに建てられた白亜の建物――それが、このフェイムダルト島の医療を一手に引き受ける総合病院である。


「これ、一体どういう建物なんだ……」


 総合病院の前に立ったラルフは、建物を見上げながら怪訝そうに呟いた。

 石造りでもなく、かといってレンガ造りでもなく……壁に継ぎ目が全く存在せず、つるつるなのだ。まるで、巨大な純白の岩から病院を削りだしたかのようである。


 ――そういえば、エア・クリアで俺が閉じ込められた牢屋の中もこんな感じだったな。


 つるつるの外面を手で撫でていると、ティアが総合病院の入り口に立って声を掛けてくる。


「私はここに用事があるんだけど、ラルフはこれからランニングに戻るの?」

「ん? あぁ、そうだね」


 半分機械的にそう答え……そして、唐突にラルフは気が付く。


「いや待って。ティア、ここに用事があるんだよな」

「うん、そうだけど?」


 首を傾げるティアに近づき、ラルフは上から下まで彼女を詳細に見つめる。舐めるように……とは言わずとも、じっくりと見つめられたティアは、赤くなりながら自分を抱きしめた。


「な、何よ……」

「いや、どこの具合が悪いのかなって。特に呼吸が乱れてる様子もないし、体を庇うような歩き方をしてるわけでもないし……」


 ラルフに言葉にようやく得心がいったのか、ティアは首を横に振る。


「私はいたって健康よ。私がここに来たのはお見舞い」

「お見舞い……?」

「うん。ねぇ、ラルフ、時間ある? もしよかったら……一緒に見舞ってもらえると嬉しい」

「俺は特に問題ないけど……」


 どこか遠慮気味にラルフが答えると、ティアは小さく微笑んで病院の中に入ってゆく。ラルフもティアに続いて病院の中に入り、硬質な床を歩いてゆく。

 規模の大きな建物の中には、様々な人が歩いている。これほどの規模の病院を立てないと賄いきれないほど、学院生は怪我をしているのかと思ったラルフだが……これは勘違いだ。

 よくよく見てみれば、病院の中には現役の冒険者も含まれている。

 未踏大陸ファンタズ・アル・シエルの玄関であり、同時に最大の都市でもあるアルシェールにも、一応病院は存在している。だが……ここほど設備が充実しているわけではないので、重傷を負った冒険者達は、急ぎこちらに運び込まれるのである。

 その理由だが……ファンタズ・アル・シエルは、基本的に四国不可侵条約の関係で全ての国が過度な干渉を禁止されている。治療だけを目的とする病院ならば建てることに何の問題もないが、この総合病院は同時に神装の研究施設でもあり、マナマリオスに利する部分が非常に強い。

 つまり、マナマリオスの独自色が強すぎて四国不可侵条約に引っかかってしまうのだ。

 そのため、ファンタズ・アル・シエルに最も近いマナマリオス領……つまり、この学院敷地内に建てざるをえなかったのである。そんな理由もあって、酷い怪我を負った者や、難病を患ってしまった冒険者は、こうして学院の許可をもらってこの病院で治療を受けているのである。

 閑話休題。

 慣れた様子で廊下を進むティアの後ろについていき、たどり着いたのは病院の一室だった。内装はベッドが一つと、棚が一つと非常に簡素。

 そして、そのベッドにはティアと同じ金髪をもつ女性が横たわっていた。

 だが、それよりも目を引くのは……黒と白の翼。

 彼女はティアを見つけると、穏やかに微笑んだ。


「あら、ティア。今日も来てくれたの?」

「はい、お母様。体調の方はいかがですか」

「ふふ、病気ではないのだから。健康そのものよ」


 失礼だとは分かっているが……上品な笑みを浮かべる女性を、ラルフは無言で凝視してしまった。呆気にとられているラルフのわき腹を軽く突いた後、ティアが一歩前に出る。


「お母様、紹介します。学院で一緒に勉強をしているラルフ君です」

「え!? え、ええと、じ、自分の名前はラルフ君です! ふ、普段から品行方正なティアさんには殴ったり蹴られたりとお世話になっておりまして……!」

「ふふふ、もうラルフ君ったら。後で覚えておいてくださいね?」


 あまりの急展開に完全に動転しているラルフの隣で、ティアが着々と憤怒ゲージを溜めているのだが……そんな二人を見ながら、ティアの母親は楽しそうに笑う。


「あらあらあら、ティアがお友達を連れてきたのは初めてね。こんにちは、ラルフさん。私はティアの母、マリー・オルレットといいます」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 ピンッと直立不動になるラルフ。

 緊張しているラルフに微笑みかけ、マリーは少し残念そうに眉を下げる。


「折角ティアがお友達を連れてきたのですから、夫も紹介したかったのですが……残念ながら、今は王宮にお仕事に行っていて、ここにはいないの」

「え……?」


 マリーの言う夫というのはブライアン・フローレスのことだろう。

 彼は今、国家反逆罪に問われ牢獄に入れられているはずだ。少なくとも、それをティアの母親が知らないはずがない。

 それについて問おうとしたラルフだったが……それよりも先に、ティアがまるで遮るように一歩前に出る。


「そうですね、お母様。私も早くお父様にお会いしたいです」

「…………」


 どこか寂しげなティアの横顔を見て、ラルフは浮かんだ疑問を引っ込めた。彼女の表情が何よりも雄弁に、ラルフの疑問に答えをくれたのだから。

 だからこそ……ラルフはニッと笑みを浮かべる。


「でも、自分はティアのお母さんに会えただけでも嬉しいですよ。自分の母さんは小さい頃に亡くなってしまったんで、こんな優しそうなお母さんがいるティアが羨ましいです」

「ふふ、ラルフさんはお上手なのね」


 マリーの言葉に、ラルフは少し大げさに手を振ってみせる。


「そんなこと無いっすよ。自分の親父なんて雑だし、武骨だし……言葉のコミュニケーションよりも、拳でコミュニケーション取った方が色々伝わるような間柄ですし。男親なんてそんなもんです」

「それでも、お父さんのこと、好きなのね?」

「まぁ、それは……尊敬はしてますけど……」


 少し照れの混じった返答に、マリーが楽しそうに笑う。

 寂寞とした雰囲気に温度が戻ってきたことに、ラルフは内心でホッと吐息をつく。ラルフの性分なのだろう……湿っぽい雰囲気は苦手なのである。

 それと同時に、今朝のゴルドとの会話や、チェリルとエクセナのことを思い出す。

 今まで母親がいないことを寂しいと思ったことはないと思う。

 確かに、ゴルドは冒険に出るため頻繁に家を空けており、ラルフは一人で過ごすことも多かったが……それでも、ミリアが常に一緒だったので孤独に苛まれたことはない。

 だが……こうしてマリーと話していると、母親が健在なティアが少しだけ羨ましくなる。

 もしかすると、無意識のうちにどこかで母親という存在を求めていたのかもしれない。


 ――俺もまだまだ子どもなんだなぁ……。


 別に大人ぶっていた訳ではないが、自分自身の思いがけない子供っぽさに気が付いたラルフは、何となく気まずくなって頭を掻いた。

 そんなラルフをマリーが暖かな眼差しで見つめている。


「話には聞いていましたが、本当に貴方は真っ直ぐな青年なんですね、ラルフさん」

「え? 自分のこと知っていたんですか?」


 ラルフがそう問い掛けると、マリーは小さく頷いた。


「ふふ、実はそうなの。だって、娘が学院の話をすると、決まって貴方の名前が出てきますから。貴方のことを話す時、ティアはとても楽しそうで……」

「お、お母様」


 少し焦った様子でティアが言うと、マリーは上品そうに口元を隠す。


「あら、無粋だったかしら?」

「…………」


 ティアが頬を染めながらチラチラとラルフへと視線を投げかける。

 ラルフとしてはどう反応したら良いものか困りものだが……ここは開き直ることに決めた。


「じゃあ、ティアが自分のことをどんなふうに話しているか教えてください」

「ちょ、ちょっと、ラルフ!?」

「あれぇぇ? ラルフ君じゃなかったっけ、ティア?」

「ぐ、この……っ!」


 ニヤニヤ笑うラルフに対して、ティアが握り拳をぷるぷるさせている。後が怖いが……今はこれでいいとラルフは思えた。


「そうね、折角のリクエストだから、少しお話しましょうか」

「お、お母様!」

「ぜひ! いやぁ、まさかティアの弱みをこんな所でつかめるとはなぁ」

「覚えてなさいよ、アンタ……ッ!」


 小声で言うティアを前にしながらも、ラルフは笑みを崩さない。

 どこか寂しげな印象漂う病室には、賑やかな声が溢れ、ラルフが病室を去るその時まで笑い声が途切れることはなかった……。


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