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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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バーサーク・ミリアさん

 肌寒さを覚える早朝。

 鳥たちの元気な声を聞きながら、ラルフとミリアはゴルドの部屋の前に立っていた。昨日、レッカにゴルドを訪ねてみろと言われたからである。

 ちなみにだが……ロディンはラルフのベッドの中で気持ちよさそうに眠っている。


「てか、何でミリアも来たのさ?」


 食堂で二人分の朝食をもらってきたラルフは、ここに来る途中、ばったりとミリアに会ったのである。疑問符を浮かべるラルフに、ミリアはシレッとした様子で答える。


「一応、ゴルドおじさんがこっちに来てるなら、挨拶をしておこうと思いまして。星誕祭で食料買うのにお金を融通してもらったお礼もまだですし」

「別に気にしなくていいのに」

「親しいからこそ、礼節は大切ですよ、兄さん」

「まぁ、そこまで言うなら止めないけどさ」


 何だかんだでこの少女、義理堅いと言うかマメというか。

 ラルフとしては別に拒む理由もない。

 本人はきっと認めないが、ゴルドはミリアにとって第二の父親のようなものであり……もしかすると、単純に会いたいという気持ちもあるのかもしれない。


「親父。ラルフだけどー」


 扉をノックしながらゴルドを呼ぶラルフだったが……返事がない。

 寮母さんに事前に部屋のことは聞いているので、場所は間違っていないはずだ。


「寝てるんですかね、ゴルドおじさん」

「いや、親父は基本的に早寝早起きだから、それはないと思う。いつも、この時間帯には起きてたし。親父ー! 起きてんなら出ろー!」


 先ほどよりも強くノックをすると、数秒の静寂を挟んで扉越しに微かに足音が聞こえてきた。


「あぁ、起きたみたいですね」

「……おかしいな。足音が軽い」

「はい?」


 なにいってんだ、コイツ? みたいな顔をしながら問いかけてくるミリアの横で、ラルフが首を傾げる。


「いや、そのまんまだって。親父にしては足音が軽いし、歩調が短い。歩き方ってのは個性が出るからさ。ミリアだって戦闘中に相手の足運びとか、呼気の強弱で、攻撃のタイミングを先読みしたりするだろ? カウンター狙うなら必須技能だぞ」

「逆に聞きますけど、兄さんは普段からそんなこと気にしてるんですか……」

「普通普通。皆やってるって」

「いや、その領域に辿り着いてる学生はほとんどいないと思いますよ……」


 どこか呆れた様子のミリアに、そうかなー? と返事をして、『ゴルドではない誰か』が部屋から出てくるのを並んで待つ。

 ごそごそと扉の向こう側で鍵を開け、出てきたのは――


「ふあぁぁぁ……おはようございまふ、ラルフ君、ミリアさん……」


 盛大に寝乱れた桃色の髪に、涙でしょぼしょぼする瞳、ぺったりと下がった純白の翼と、肩のあたりまでずり落ちた男物のシャツ……確実に起き抜けだろう。

 眠そうに目を擦りながら出てきたのは、ラルフの担任であるエミリー・ウォルビルであった。

 予想外といえばあまりにも予想外な人物の登場に、完全に凍り付いているラルフとミリアの前で、ふあぁぁぁ、とエミリーは上品にアクビを一つ。

 いち早く衝撃から回復したラルフは、痙攣している表情筋を必死に動かして口を開く。


「あ、あの、エミリー先生……そこ、親父の部屋って……」

「んー? そうでふよ……ここは、先輩が借りたお部屋ですよー」

「え、えっと、じゃあ何でそこから先生が出てくるんですかね……?」

「昨日遅くまで呑んで……そっから、先輩におぶってもらってこの部屋に……ふぁぁ」

「へぇ、そうなんで……あ、ちょ、ミリアどこ行くんだよ!?」


 この時点で正気に戻ったミリアが、無言でどこかに向かって猛ダッシュ。壮絶に嫌な予感がするのだが、ここで彼女の猛進を止める勇気はラルフにない。

 そして、同時にエミリーの瞳に少しずつ理性の色が宿り、焦点がラルフに合ってゆく。ラルフと目が合うと彼女の顔から少しずつ血の気が引いてゆく。


「…………」

「…………」


 エミリーはニコッと笑顔を浮かべると、まるで氷の上を滑るかのようにすぅぅぅっと後ろに下がって扉の向こう側に消える。そして、何事もなかったかのように扉を閉め、再び鍵を掛けた。


「え!? いや、開けてくださいよ先生!? なにシレッと鍵しめてるんですか!?」

「ごめんなさい、ラルフ君。今、先生、空前絶後に混乱してるから。というか、先輩起きてください!! 先輩! 先輩、お願いだから起きてぇぇぇぇぇぇえッ!!」


 中でドッタンバッタンと何かがひっくり返る音がして、エミリーの悲鳴にも似た叫び声が聞こえてくる。

 それを扉越しに聞きながら、ラルフはようやくゴルドが出ない理由を理解した。ゴルドは酒に強いのだが、呑んだ翌日は昼近くまで寝ていることが多い。今も寝ているのは、昨日、酒を呑んだのが理由なのだろう。

 現実逃避気味にうんうんと納得していると、廊下の向こう側から怒涛の勢いで足音が聞こえてきた。見てみれば、両手に大量の水を満載した桶をぶら下げたミリアがやってくるところだった。

 彼女はラルフの目の前で美しいターンを決めると、極めて迅速に蝶番ごと扉を蹴り倒した。

 悲鳴を上げるエミリーを無視して部屋の中に踏み込んだミリアは、イビキをかいて寝ているゴルドの真横に素早くポジショニング。

 そして、安らかに眠っているゴルドの寝顔に、桶に満載された、凍えるほど冷たい朝の井戸水をぶち込んだ。


「ごぶぇあ!?」


 あまりのことに驚いたゴルドが飛び起きると、カウンターを合わせるように、もう一つの桶の中身を再度、顔面に叩き付ける。水にぬらしたタオルを壁に叩き付けたような音がしたので、相当痛かったと予想される。

 寝起きから数秒にして完全覚醒に至ったことだろう。

 全身からぽたぽたと水滴を垂らすゴルドに向かって、ミリアが聖母のような笑みを浮かべる。


「おはようございます、言い訳は?」

「一切手は出してない」

「証明する手段は?」

「ない」

「兄さん、そこのハサミ取ってください。切り落としますから」

「ミリア! 兄ちゃん、そろそろ許してあげても良いと思うんだ!」


 ヤバい、目がマジだ。

 具体的に言うと……昔、ラルフを集団でさんざん殴りつけた村のガキ大将を木に縛り上げ、『非力な私ですけど、夕方になるまで殴りつづければ歯の一本や二本は折れますよね?』と真顔で聞いてきた時の目と同じだ。

 余談だが、それ以後、村のガキ大将はミリアを見ると体の震えが止まらなくなる発作に襲われるようになるのだが……それはさておき。


「ミリア、親父は手を出してないって言ってるんだしさ。許して――」

「エミリー先生」

「ひゃい!?」


 ミリアの肩に手を置いてなだめようとするラルフの肩越しに、ミリアがエミリーを凝視する。


「素敵な口紅をお持ちですね。それに、香水のセンスも良い」


 唐突なミリアの褒め言葉に、キョトンとしたエミリーだったが、若干引きつりながらも笑みを浮かべる。


「あ、ありがとうございます。これ、気に入ってて――」

「ファンタズ・アル・シエルにあるゴルドおじさんの拠点で見つけた口紅と同じ色ですね。それに、あの時に鼻に残った女の臭いも、その香水だったんですね」

「…………」

「ミリア、とりあえず背後のドス黒いオーラを引っ込めようか。兄ちゃん、割とマジでこの空気の中で立ってるのがキツイ」


 必死である。

 まさか、早朝からこんな修羅場に突入するとは思わなんだ。まぁ、誤解されるようなことをするゴルドに責任はあるのだが、過剰反応するミリアもミリアである。


 ――まぁ、ミリア、母さんのこと大好きだったしなぁ。


 ラルフの母であるアメリア・ティファートは、ラルフが幼い頃に亡くなってしまったが……孤児だったミリアにも我が子のように愛情を注いでいた。

 もちろん、ミリアを育てた老夫婦も彼女を十分に愛している。だが、ミリアにとってゴルドが第二の父であるのと同様に、アメリアは第二の母なのだ。だからこそ、ゴルドが他の女性に手を出そうとするのが許せないのだろう。

 ラルフが必死の思いを込めてミリアを見据えていると、彼女は大きくため息をついた。


「すみません、兄さん。ちょっと頭を冷やしてから、そのまま食堂に行ってきます。それでは、失礼します」

「お、おう」


 ミリアはそう言うと、無言のままに部屋を出て行った。

 ミリアにもミリアなりの葛藤のようなものがあるのだろう。ラルフとしてもその辺りが分からないでもないので、何とも対応に困る。


「親父……」

「父ちゃんが悪かった。迂闊だったわ……」


 ラルフが半眼を向けると、ゴルドが痛恨といった表情で頭を掻く。


「もういいよ、俺は別に気にしてないし。ほら、朝食持ってきたから一緒に食べよう。エミリー先生も一緒にどうですか?」


 ラルフはそう言うと、エミリーは申し訳なさそうに肩を落とす。


「その……ラルフ君は、怒ってないんですか?」

「俺は別に親父が誰と再婚しても気にしませんし。というか……母さんなら、ずっと親父が独り身でいた方が悲しみそうだよなぁ」


 武骨を絵にかいたようなゴルドに対して、母であるアメリアは儚げな女性だった。

 ただ、芯は強く、心からゴルドを愛していたことは、当時、幼かったラルフもおぼろげながら覚えている。


「ラルフ、こんな所を見せといてなんだが……父ちゃんは、誰とも再婚するつもりはないぞ」

「それならそれで良いんじゃない? 親父は親父の好きにすればいいよ。ま……ミリアが許せばの話だけど……」


 そう言いながら、ラルフは朝食の入った籠を机に置く。中身には色とりどりのサンドイッチが詰まっており、なかなかに食欲をそそる。

 こうして、ぎこちなく三人で朝食を食べ始めたのだが……もともと、気心が知れた間柄だ。時間が経過すると、気まずさも薄くなってゆく。話題はミリアにどうやって機嫌を直してもらうかに終始してしまい、結局、ラルフがエクセナのことを聞きそびれたと気が付いたのは、ゴルドが学院から帰った後のことであった……。


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