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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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教師としての懊悩、後輩としての特権

 ラルフとチェリルがレッカと会談した日の夜……。

 歓楽街アルカディアにある酒場『月の雫亭』の隅で、ゴルド・ティファートはレッカ・ロードを待っていた。この酒場は学生が使用するには割高なため、人は少なく、密談にはもってこいの場所だった。

 ちなみにだが、ゴルドはこの学院の卒業生ということで、入校許可証をもらっている。

 待ち合わせ時間よりも少し早く来たゴルドは、逸る心を押さえるかのように手を組んで、そこに額を当てている。

 と……そんなゴルドの内心を察した訳ではないだろうが、酒場の入り口が開き、レッカが入ってきた。


「おう、ゴルド。出迎えご苦労」

「ご苦労、じゃねぇ。待ち合わせからどれだけ遅れれば気がすむんだ、お前は」

「エミリーの説教が長引いてな……」

「は?」

「いや、何でもない」


 そう言いながら、ゴルドの前に置いてあった蒸かしたジャガイモにバターを溶かしたものを、口に放り込む。満足そうに咀嚼するレッカを、ゴルドは若干呆れたように眺める。


「お前、王なんだから普段はもっと良いもん食ってるだろ」

「王宮の食事は上品すぎて俺様の口に合わん。食い物は出店や、酒場に置いてあるような大雑把な物の方が美味い」

「そーいうもんかね」


 冒険中はもっぱら干し肉を齧ったり、塩蔵した野菜を水で戻して食べることが多いゴルドとしては、酒場の食事でも十分上等の部類に入るのだが……それはさておき。

 ゴルドはきょろきょろと周囲を見回すと、レッカにそっと尋ねる。


「エミリーにつけられてねーな?」

「俺様を誰だと思っている」


 よし、とゴルドは頷くと、ニヤッと笑った。


「それじゃ、案内してくれ……ミニスカ美女がノーパンで給仕をしてくれるという裏酒場へ!」


 そう、今日、ゴルドがこの酒場でレッカと待ち合わせをしていた目的は、コレである。

 ミニスカートという男に夢と希望を与えてくれる衣装を身に纏った美女たちが、下着を付けずに給仕をしてくれる……まさに伝え聞く楽園以外の何物でもない。

 そんな特殊極まりない酒場が歓楽街アルカディアの隅っこに、こっそりオープンしたんだとか。その酒場は会員制で、新しく入るには紹介が必要だとも。

 だからこそ、こうして会員であるレッカに紹介してもらうために、ゴルドはここで待っていたのである。


「いいのかぁ、ゴルド。死んだ嫁が泣いてるぜ?」

「大丈夫だ。直接何かするつもりはねーよ。てか、そういう店はタッチ禁止だろう」


 ニヤニヤ笑いながら問いかけてくるレッカに、ゴルドはシレッと答えてみせる。


「いやぁ、俺、こういった店に行くのは初めてでなー。年甲斐もなくワクワクしちまってよー」

「お前は本当に嫁一筋だな……まぁ、いい。今夜は十分に楽しめ」

「おう! それじゃ、行くか!」


 そう言って、ゴルドは立ち上がると代金を払うためにカウンターの方に回り込み……そして、そのままターンして帰ってきた。


「どうした、ゴルド」

「おい待てよマジで止めろ本当に勘弁してくれ」

「せ~ん~ぱ~い~♪」


 ゆっくりと、それはもう、焦らすかのようにゆっくりと、カウンターの方からゴルドの方へと近づいてくる女性が一人……無論、エミリーである。

 ゴルドから見えない、カウンターの死角にある席に、気配を絶って座っていたのである。

 どう考えても、事前に奥にゴルドがいることを知っていて、かつ、どういう目的でレッカを待っていたのか知っていなければ、ここまですまい。

 と……そこまで考えて、ゴルドは引きつった表情でレッカを見上げた。


「てめぇ……俺を売ったな……ッ!!」

「ふ……ふふ……ふははははははは!! 星誕祭の時、俺様の邪魔をしてくれた礼だ!」

「あの時のことまだ根に持ってたのかよ!? しつけぇよ!!」

「なんとでもいうが良い! ちなみに、フェリオには女と安宿に入っていく写真を偽装して、嫁に送っておいた」

「お前、それは割とシャレにならないからなッ!?」


 今頃、羅刹の形相になったレオナに無実の罪で詰め寄られているフェリオを思うと、不憫で仕方ない。ただまぁ……ゴルド自身も十分に似たような状況なのだが。

 ポンッとエミリーの手がゴルドの肩に置かれ……そして、ギシギシギシと握りしめられる。


「レッカ先輩に言われて来てみれば……わー楽しみ。先輩、今日は夜通し私に付き合ってくれるんですよね」

「い、いや、ちょっと待てエミリー。これには海よりも深く、山よりも高い理由がだな……」

「……へぇ、聞きましょう」

「良いか、ミニスカートってのは男にとって――」

「はい実刑」

「ちょっと待て! まだ何も……いててててててててててッ!?」


 ゴルドとエミリーのじゃれ合いをニヤニヤと見ていたレッカは、そこで椅子を引いて立ち上がる。


「あ、テメ、待てやゴルァ!」

「待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる。ま、お前がドミニオス本国に来た時には、俺様が直営しているベビードールバーに連れて行ってやろう」

「マジかよ……お前天才いだだだだだだだだだだだ!?」

「じゃあな、ゴルド、エミリー、せいぜい仲良くやれよ」


 レッカがそう言うと、エミリーが満面の笑みを浮かべた。


「えぇ、さようなら、レッカ先輩」

「レッカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ゴルドの叫びも虚しく、ひらひらと手を振ってレッカは酒場を出て行ったのであった……。


――――――――――――――――――――――――――――


 そして、二時間後。

 ゴルドは別の意味で頭が痛くなっていた。

 ゴルドと机を挟んだ対面の席……そこに、エールの入ったゴブレットを片手に、机にベッタリと上半身を預けたエミリーが潰れていた。

 トマトもかくやと言わんばかりに顔は赤くなり、目は完全に据わっている。これ以上ないほどに完全なる酔っぱらいの構図である。

 エミリー・ウォルビルという女性は、見目も麗しく、文武両道で、性格も良いと一見すると欠点のないように見えるが……ともかく酒癖が悪い。

 弱いくせに飲みたがるし、酔っぱらうと酔っぱらうで周囲に絡み始め、かなりメンドクサイことになる。そのため、彼女と酒を呑みたがる男は少ない。


「おい、エミリー。もう帰った方がいいんじゃないのか」

「んうー?」


 のっそりと上半身を起こしたエミリーは、ジトッと半眼をゴルドに向けてくる。


「……先輩のスケベ」

「はいはい、それはもう分かったから」

「なんですかーそんなにエッチなことしたいんですかー」

「男ってのは何歳になってもエロい生き物なんだよ。そこら辺は理解してくれ」


 ゴルドがそう言うと、ムスッとエミリーが頬を膨らませる。


「じゃあ、私にもエッチいことしたいんですか?」

「それはない」

「学生時代、寝てる私の胸揉んだくせに」

「お前、それ引っ張るな……」


 ことある事に引っ張り出してくるそのネタに、ゴルドの表情が渋くなる。

 そんなゴルドのことを、エミリーは無言でジ―――――――っと眺めてくる。さすがにこれだけ無言の視線に晒されれば、居心地も悪くなる。


「んだよ、まだ何か言い足りないのか?」

「いえ……それでも先輩のこと、好きだなぁ、って」

「だから、お前……痛いから止めろっての」

「えへへへへ」


 ふにゃっと、エミリーが普段は見せないような無防備極まりない笑顔を浮かべる。

 そんなエミリーを前にして、ゴルドは思わずため息をついた。

 前述したとおり、エミリー・ウォルビルは才色兼備を地で行く女性だ。ゴルドなどにこだわらなければ、それこそいくらでも相手を見つけることができるだろう。

 だが、どれだけ他の男からアプローチを掛けられようとも、エミリーはゴルドを一途に想ってくれる。それは、男として嬉しくもあり……同時に、保護者としては情けなくなる。

 言い換えれば、ゴルドは『エミリーが誰かと結ばれて幸せになる』可能性を潰しているのだ。

 一番いいのは、ゴルドがエミリーの気持ちを受け入れ、彼女を幸せにすることだが……ゴルドの心の中には、今もまだ亡き妻への想いがある。

 もう亡くなったんだから……と、割り切れれば楽なのだろうが、ゴルドはそうやって気持ちの整理を付けられるほど器用ではない。


「ねぇ~先輩~聞いてくださいよぅ~」

「ん?」


 軽くエールを煽りながら、エミリーの話に耳を傾ける。


「今日、エクセナの行方について、レッカ先輩とーラルフ君とーチェリルさんとー四人で話したんですよー」

「そうだったのか。なんか進展あったか?」

「結局、エクセナが生きてるか死んでるか、何処にいるのか、それについては分からず仕舞いですねぇ……」

「……そうか」


 クラフトで失踪したエクセナについてはゴルドも気にしている所だ。

 だが……ゴルドにとって、宰相ザイナリアは相当に因縁深い相手であり、同時に相手も最もゴルドのことを警戒している。そのため、下手に探りを入れることができずにいる。


「それでですねぇ。レッカ先輩が、エクセナのことに関わると危ないから、もう首を突っ込むなーってラルフ君とチェリルさんに言ったんですねぇ」

「ふむ」

「そしたら、チェリルさんが『エクセナは自分のお母さんかもしれないから探したい』って言いだしてぇ……そしたら、ラルフ君はそんなチェリルさんを護るって言って……」


 はひゅーと変な吐息をつき、エミリーは肩を落とす。


「本当は教師として、何としても止めるべきだったんですよねぇ……でも……結局、止められなかったんですよねぇ……」

「珍しいな。俺も、お前なら止めると思ってたよ」


 レッカの言いたいことはゴルドにも痛いほどに分かった。

 相手はザイナリア・ソルヴィムだ。学生が相手にするには、あまりにも相手は老獪……最悪、掌で散々踊らされた挙句に殺される可能性だってある。

 エミリーはどこか遠い目をして、ぽつりと呟いた。


「だって、昔……リンクメンバー全員の反対を押し切って、先輩、私のこと、保護してくれたじゃないですか」

「………………そうだったっけか」

「そうです。覚えてます。ザイナリアに敵視されるって皆が反対する中で、先輩、私の頭を撫でて『大丈夫だ、もう心配いらない』って……笑って……。それ思い出したら、なんか反対できなくて……」

「そのチェリルって子と、自分の境遇を重ねちまったのか」


 ゴルドの言葉に、エミリーはため息交じりに頷く。


「ダメだなぁ……教師失格だなぁ……」


 ゴルドはそんなエミリーに苦笑を浮かべると、少し身を乗り出し……そして、その頭をポンポンと撫でた。


「大丈夫だ、お前はよくやってる」

「…………キスしていいです?」

「なんでそうなる。ほれ、そろそろ帰るぞ。酒場もいい加減にそろそろ閉店だ」


 チラチラと店主の視線を感じたゴルドがそう言うと、エミリーはあからさまに不貞腐れた様子で、両手両足をバタバタと動かした。


「んー! やだー! もっと先輩と呑むー!」

「あーはいはい。借りた寮の一室で続きは聞いてやるから、とりあえずこっから出るぞ」

「えへへ……うぇへへへ……先輩と一晩一緒、一緒」

「ほら、背、乗れ。おぶってってやるから」


 そう言って背を向けると、すぐさま柔らかい重みが圧し掛かってくる。

 遠慮しないなぁコイツ、と頭の片隅で思いながら、ゴルドは店主に遅くまで居残った詫びを込めて、少し多めに金を渡し、外に出る。

 既に季節は冬……雪こそ降ってはいないものの、それでも夜気は身を切るほどに冷たい。

 はぁ、とゴルドが吐息をつくと、首に回されたエミリーの腕がギュッと抱きしめてくる。


「えへへ……先輩のおんぶ……懐かしいですね」

「ん? あぁ、そういや、昔はよくやってたな」


 ゴルドはそう言いながら、ゆっくりと寮に向かって歩いてゆく。

 背中では、上機嫌にエミリーが鼻歌を歌っている。若干調子ハズレな旋律を聞きながら、ゴルドは歩みを進めるのであった……。


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