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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
二章 リンク勧誘合戦~蒼銀の狼と黄金の狐~
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黄金の狐姫

「アレットちゃんのリンクに入ってくれたら、ここで雇ってあげても良いわよ」


 その言葉に全員の視線がアレットに集中すると、アレットは居心地悪そうに身じろぎをした。


「アレット姉さん、リンクを自分で作っていたんですか? てっきり有力なリンクに所属していると思っていたのですが……姉さんなら引く手数多でしょう」


 ミリアの言葉にアレットは小さく頷いて見せる。


「……有力リンクは規則でガチガチな所が多くて面倒だったから。自分でリンク作ったの」

「ちなみに、どれくらいの規模のリンクなんですか?」

「……私一人」

『え?』


 思わず三人の声がハモった。唖然とした表情をしたラルフ達に対し、アレットは首を傾げる。


「り、リンク対抗団体戦はどうしたんですか?」

「……四人くらいの中小リンクと幾つか戦って勝ったよ」

「よ、四対一で勝ったって……」


 ティアは完全に言葉を失っている。

 それはそうだろう……数というのは純粋な力だ。

 四対一なら余程のことがない限り四人の方が負けることはないだろう。

 そう、よほどのことがない限りは。

 つまり、このアレット・クロフォードという女性は、それだけの数の不利を覆せるほどの力を持っているのだ。


「よっしゃぁ! 俺も一人リンク作って無双してぐふぅッ!?」


 ミリアの肘打ちが以下略


「兄さん、条件反射で発言するのはやめましょうね」

「ティア……妹が怖い……」

「アンタが場を掻き乱すようなこと言うからでしょ」


 ティアが嘆息すると、それに合わせるようにカウンター奥のレオナもアレットを見ながら嘆息した。


「ほら、この子っていつもこんな感じでしょ? 我が道を行くと言うか、天衣無縫というか。母親としてはそのまま風船のように飛んで行ってしまいそうで心配なのよ。だから、貴方達が傍にいて引き留めてあげて欲しいの」

「……お母さん、私、そんなにふわふわしてないよ」


 少し拗ねたようにアレットは言う。それに対してレオナは頬杖を突きながら小さく笑う。


「なら、ラルフ君たちがリンクに入るのはイヤ?」

「……ラルフ達と一緒に活動するのは楽しそうだけど」


 言質を取られたと言うのは理解しているのだろう。どこか複雑そうな顔をするアレット。

 その言葉にレオナは満足そうに笑う。


「ラルフ君たちも問題ないわよね?」

「俺はアレット姉ちゃんさえいいなら!」

「私も問題ありません」

「だ、大丈夫です!」


 三人の返答に満足げに頷いたレオナは両手を叩いた。


「それじゃぁ、決て――」




「その話、ちょっと待ったですわ―!!」




 外から聞こえてきた叫び声とともに、勢いよく扉が開けられる。

 あまりにも唐突な出来事に全員が硬直する中、逆光をその身に浴び、髪をかきあげながら中に入ってきたのはビースティスの女性だ。


 盛大にロールさせた豪奢な金髪に、過剰な程の自信を漲らせた金色の瞳、そしてピンと立った金色の獣耳に、ふさふさした四本の尻尾。

 その長身に帯びているのはこの辺りでは見ない服装――ビースティスの一部地域で着られている『着物』という着衣だ。

 そして、これを大胆に着崩しており、豊満な肢体を惜しげもなく晒している。

 特にその深い谷間を形成している胸は異性ならば目を向けずにはいられないだろう。

 これだけの色香を放っていながら、それを下品に見せないのは、彼女の表情を彩る余裕綽々な笑みのせいだろうか。

 一歩間違えれば傲慢不遜とも取られかねないのだが……そうならないのは目の前に立つ相手を真っ向から見据えるその姿勢によるところが大きい。

 見下すのではなく、対等に。

 誤魔化しや、偽りなど入り込む余地もないほど真っ直ぐな瞳をしているのである。


「誰……?」


 この場の新入生を代表してラルフが思わずといった様子でそうこぼした。

 これに対し、女性は得意そうな笑みを浮かべつつ、手に持っていた扇子を広げた。


「誰と言われたら答えないわけにはいきませんわね!」


 そして、広げた扇子を天に向けながらラルフ達に向かって名乗りを上げる。


「わたしくの名はシア・インクレディス! 二年『煌』クラスの筆頭にしてフォクス血族の姫、そして、リンク『花鳥風月』のリーダーですわ!」

「あぁ、あの人が二年『煌』クラスの一角なのね。というか、あれ? 二年『煌』クラス筆頭はクロフォード先輩だったはずだけど……?」


 ラルフの隣ではティアが疑問を浮かべて首を傾げている。

 昨日ティアが、二年の『煌』クラスは全員ビースティスの姫だと言っていたのを、ラルフは今更ながらに思い出した。


「あら、いらっしゃいシアちゃん。今日も珈琲を飲みに来てくれたの?」

「御機嫌よう、レオナ様。いつものようにブレンドをお願い致しますわ」

「わかったわ、ミルクもシロップもたっぷり入れるのよね?」

「きょ、今日はブラックの気分ですわ! と、ともかく……アレット、抜け駆けは許しませんことよ!」


 畳んだ扇子をビシッと突きつけられたアレットだが……当の本人は何を言われているのかあまり理解していないようで首を傾げている。


「……なんのこと?」

「決まっています、ラルフちゃんのことですわ!」

「はいッ!?」


 ラルフは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 初対面の相手の口から唐突に自分の名前が出てきたのだ……戸惑うのも無理はない。

 そんな当人の困惑を置き去りにして、話は進んでゆく。


「入学式の時にわたくしが最初に目を付けたのは、アレットも知っているでしょう。それを横から掻っ攫っていくなんて言語道断ですわ!」

「……別に横取りとかそんなつもりはないけれど」

「つもりがなくても、今先ほど貴女のリンクに入りそうになっていたではありませんか。そんなこと許しませんわ」


 不機嫌そうに眉を寄せながら、シアは扇子を広げて口元を覆う。

 気障ともとれる仕草だが、この女性がすると恐ろしいほどに似合っている。

 そうやって言い争う二人を見ながら、ラルフはミリアの方に顔を寄せた。


「なぁミリア。あのシアっていう人……昔どこかで会ったことあるか?」

「いえ、私も記憶にありません」


 当惑しているのはミリアも同じようで、しきりに首をひねっている。

 視線を横にスライドさせてティアを見れば、こちらも首を横に振っている。

 肝心のレオナは珈琲を淹れるために奥に引っ込んでしまっているため、今は不在だ。

 こうなれば……本人に聞くしかあるまい。

 ラルフはシアの方へと近づいてゆく。


「あの、シア先輩。俺、シア先輩とどこかで会ったことありましたっけ?」


 ラルフが見上げながらそう声を掛けると、シアはアレットから視線を外してラルフの方へと顔を向ける。

 その瞬間、ラルフの背筋にぞくっと寒気のようなものが走った。

 原因はラルフを見つめるシアの目が、まるでお気に入りのおもちゃを見つけた猫のようにカッと見開かれたからだろう。

 シアは蕩けるような表情を浮かべ、両手を合わせてラルフを見下ろす。


「あぁ……そのわたくしを下から見上げてくるという、このシチュエーションがもう、たまりませんわぁ。さぁ、ラルフちゃん、こっちにいらっしゃい、いらっしゃい」


 少し前屈みになってちょいちょいと手招きをしてくるシア。

 対するラルフが助けを求めるようにアレットに視線を向けると、彼女は少し呆れた様子で腰に手を当てていた。


「……シアはちいちゃい子が好きなの。だから、ラルフを自分のリンクに入れたいんだって」

「俺小さくないです!!」


 反射的にそう切り返すが、それすらもご褒美なのか、シアはまるで小さい子を相手にするかのようにうんうんと頷いて見せる。


「そう、そうやってちょっと背伸びして主張する姿も垂涎もの……! 『これから大きくなるんだもん!』までがワンセットですわっ!」

「姉ちゃん! 俺この人が何言ってるのかよく分かんない!?」

「……大丈夫。私も分かんない」


 ラルフはアレットの方を見ながら、諦めの境地に至ると人はここまで清々しい笑顔を浮かべることができるのかと感心した。

 シアはラルフを視線でロックオンしたまま、さらに続ける。


「それに事情は聞いていますわ。働く場所ならわたくしだって提供できましてよ?」

「……シア、立ち聞き良くない」

「立ち聞きなんてしてませんわ。耳に入ってきただけですもの」


 堂々と開き直る当たり、この女性、なかなかいい根性している。

 ふふん、とシアは得意そうに鼻息を荒くする。


「わたくしの血族――フォクス血族は全ての血族の中で最も商いが上手い種族と自負しておりますわ。表通りの洋食店『オートクチュール』もわたくしの血族が運営してましてよ」

「え、『オートクチュール』ってちょっと値段が高めだけど、美味しくて量が多いって有名な洋食店よね……?」

「あら、そこのシルフェリスの御嬢さんは随分と肥えた舌を持ってらっしゃるようね。わたくしがそこを紹介してあげてもよろしくてよ」


 ティアの一人言に、我が意を得たりとばかりにシアは得意げに頷いて見せる。

 そうなの? とラルフが視線で尋ねるとティアは小さく頷いた。


「ちょっと贅沢したい時とかよく行ったりするみたい。一応、アルバイトできるらしいけど……有名な所だし、これじゃ雇ってもらえないだろうなと思って候補から除外してたんだけど……」


 そう言いながらティアは自身の黒い翼を撫でる。

 だが、これに対して速攻で異を唱えたのはシアだった。


「その翼は罪人の子を示すものとは聞きましたわ。でも、それは貴女の罪ではないはず。己に非が無いと思うのならば、堂々と胸を張りなさい。第三者が何を喚こうとも、騒ごうとも、女は常に誇り高く、気高くあってこそ輝くのです。よろしくて?」

「え……あ、はい」


 射貫かんばかりの視線を真っ向から受け、ティアは驚きながらも頷く。

 だが、それも一瞬。

 シアはすぐに相好を崩し、小さく微笑む。


「雇ってもらえるかどうかは貴女の働き次第ですわね。さすがにわたくしが紹介したとしても全く働かないなら解雇は免れませんからね」


 そうはいっているものの、この提案はかなり魅力的なものだ。

 シルフェリスやドミニオスとは異なり、ビースティスは唯一全種族と友好的な関係を築いている種族だ。

 そのため、種族間の軋轢というものが存在しない。

 ラルフとミリアがビースティスの寮で生活しているのもこのような事情があるからだ。

 というよりも、ビースティスは過去の『とある一件』によってヒューマニスに対してとても友好的な感情を抱いている。

 そのビースティスが経営する場所ならば、ティアやラルフ達でも偏見交じりの白い目で見られたりはすまい。

 三人が最も問題としている部分をクリアしているのである。


「さぁ、これで後顧の憂いは断たれましたわ! ラルフちゃん、わたくしのリンク『花鳥風月』にいらっしゃいな!」


 シアはそう言って両手を広げてみせる。

 確かにシアの提示した条件ならば何の文句もない。

 むしろ好条件と言っても良いだろう。

 だが――


「すみません、シア先輩。俺、やっぱりレオナおばさんの所で働きたいし、アレット姉ちゃんのリンクに入りたいです」

「そうでしょうそうでしょう。では今からわたくしのリンクに……えぇ!? ど、どうしてですの! こんなにいい条件をそろえましたのに!」

「何というか、アレット姉ちゃんやレオナおばさんには昔凄いお世話になってるんです。だから、少しでも力仕事とかで恩返しができればなって……」


 アレットとは幼い頃からの付き合いだ。

 当時、ミリアの髪の色の件で孤立しがちだったラルフとミリアを暖かく迎え入れてくれたクロフォード家には恩がある。

 それはラルフが一方的に感じているものかもしれないが、それでも受けたものは返したい。

 ラルフの決意が固いことをその口調から感じたのだろう……シアはぐぬぬ、と歯噛みしている。

 ラルフはそこまで言って、申し訳なさそうに背後を振り返る。


「その、ティア、ミリア、勝手に決めてゴメン。でも、俺――」

「いいわよ。クロフォード先輩から紹介してもらえなかったら、そもそも働き口すら見つからなかったところだったんだから。私に不満はないわ」

「私も兄さんと同意見ですから。特に問題はないです」


 ラルフの機先を制するようにティアとミリアがそう言ってくれる。

 ラルフは安堵しながら、シアの方へ向き直る。


「本当にすみませんでした、シア先輩。俺達はアレット姉ちゃんの――」

「……ちょっと待って、ラルフ」


 だが……ラルフの言葉に待ったをかけたのは思わぬ人物だった。


「アレット姉ちゃん……」


 まさか本人から止められるとは思っておらず、ラルフが言葉を失っていると、眼前に来たアレットが、屈みこんで視線を合わせる。


「……私のリンクに入ってくれるっていうラルフの気持ちは嬉しい。でも、リンク選びも学園生活の楽しみの一つ」


 アレットはそう言ってポンッとラルフの頭に手を乗せる。


「……だから、ラルフもいろんなリンクを見てみると良い。花鳥風月も含めて。ここだけでリンクを決めてしまうのはとてももったいない」

「そう……ですわね。きっと他のリンクを見て回れば、花鳥風月がどれだけ素晴らしいリンクなのか理解できるというものですわ」


 アレットの言葉にシアは同意するが……なぜかその言葉は自信に満ち溢れていた先ほどまでの言葉に比べて弱い。

 シアがアレットに向ける視線は、どこか――不満げで。

 そんなシアの様子に気が付かず、アレットはラルフの頭を撫でた。


「……シアの言うとおり。そして、お母さんも良いよね」

「アレットちゃんは手厳しいわねぇ。はい、シアちゃん、ブレンドよ」

「うう、本当にブラックですわ……」


 コーヒーを一口して凄まじく渋い顔をするシアを一瞥して、アレットはラルフ達三人に向かって微笑みかけた。


「……もしかしたら、他にも気に入るリンクがあるかもしれないから。ね?」


 そう言って、アレットはふにゃっと微笑んだ。

 何となく釈然としないものを感じながらも、ラルフは素直にアレットの助言に頷くことにしたのであった。

 この時、ラルフの背後でミリアが。

 そしてカウンターで珈琲を飲みながらシアが。

 無言でアレットを見つめていたのだが……そのことに、ラルフは気が付かなかった。

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