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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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覇者の血を引く者

 ラルフ達がレッカと会話をしているちょうどその頃……貴賓室の傍にある林の中で、ティア、ミリア、アレットの三人は、双眼鏡を使って貴賓室の中を覗き込んでいた。

 レッカに会うためにラルフとチェリルが出発する前、顔面蒼白で胃を押さえていたチェリルを見て、さすがに心配になったのである。

 The大雑把なラルフに、繊細なフォローは期待できないので、チェリルの保護者を自認しているティアとしては、非常に不安だ。


「うーん、何言ってるか分からない……ねぇ、ミリア。読唇術とか使えない?」


 部屋の中は覗けるのだが、何を話しているのか全く分からない。


「ノウハウは以前本で読んだことがありますが、実際に使ったことはありませんね」

「ノウハウは知ってるのね……」


 割と冗談で言ったつもりだったのだが、マジで返されてしまいティアは冷や汗を流した。

 続いて左隣のアレットに視線を向けると、双眼鏡を覗き込みながらむしゃむしゃとクリームパンを食べていた。

 その食べっぷりを無言で見ていると、アレットが視線に気が付き、双眼鏡を下ろした。


「……創業八九年を誇るクーリンムーチェン店はビースティスの代表的なパン屋さんで、歓楽街アルカディアにも出店しているの。ここのクリームパンは、カスタードと生クリームが絶妙に配合され――」

「あ、別にそのクリームパンが気になった訳じゃないです」

「……そう」


 獣耳がしゅんとなったところを見ると、もしかすると説明したかったのかもしれない。


「クロフォード先輩は読唇術とかできたりします?」

「……任せて」

「え!?」


 グッとティアに向けてサムズアップを決めたアレットは、再び双眼鏡を覗き込んだ。

 そして、ムムムっと眉を寄せるとゆっくりと口を開き……。


「『お・れ・は・ア・レ・ット・が・好・き』」

「分かりました、姉さんの今日の夕飯は抜いてもらうように寮母さんに頼んでおきます」

「……ごめんなさい、出来心だったんです」


 アレットにしては珍しく、あわあわと慌てている。夕飯抜きはよほど堪えるのだろう。

 そんな二人のやり取りを見て小さく笑ったティアは、再び双眼鏡を構えて貴賓室の中を覗き込んだ。


 ――ラルフ……。


 凱覇王レッカ・ロードの前に立ち、気後れすることなく会話をするラルフを見て、ティアは少しだけ胸の奥が痛むのを感じた。

 何だか、最近ラルフが遠くに感じてしまう。

 お調子者で、直情的で、お人よしで、勇敢で、お節介……それが、ティアのラルフに抱く印象だった。たぶん、それは今だって変わっていないだろう。

 手を伸ばせば、触れられることだって、きっと変わってない。

 でも、変わったところもたくさんある。

 入学式の時と比較して、ラルフは驚くほど強くなった。

 それは、大切な人を護り、自分の信念を貫くため……自分よりも強い相手に打ち勝つためだ。最近では、シルフェリスの第一近衛と引き分けに持ち込んだとも聞いた。

 たぶん、そうした世界中の強者と戦う中で、彼等の背負う物や信念に触れていったのだろう……戦う度に、ラルフは何かを考え込むようになった。

 この頃、ラルフは目の前にある風景ではなく、もっと遠い所を見るような目をする時がある。驚くほど大人っぽいその横顔に、何度ドキリとさせられたことか。

 ただ、同時に、目の前にいる自分を見てくれているんだろうかと、ティアは不安になる。

 もう自分のことなど眼中にないんじゃないかと、そんな根拠もない妄想に囚われてしまうのである。そんな馬鹿げたこと、と理性が笑い飛ばす一方で、感情は寂しさに震えている。

 もう少し、自分を見てくれてもいいんじゃないかと……そんな我儘が顔をだし、その感情を認めたくないから、彼の前では強がってしまうという悪循環。


 ――そんなことだから余計に距離を感じちゃうんだろうなぁ……。


 チェリルのように、もっと素直に甘えることができればとも思うが、今更自分の性格を矯正できるとも思えず……ティアは知らずに大きくため息をついた。

 と……その時だった。


「お前達、何をしている?」


 怪訝そうな声を掛けられ、振り返ってみれば、そこには三年『煌』クラス筆頭にして全戦無敗の覇者――グレン・ロードが立っていた。

 ちょうどここを通りかかったのだろう……林の中に双眼鏡を持って並んで潜んでいる三名を、何とも言えない表情で眺めている。


「え、あ、ロード先輩、あの、これはですね……!」


 流石に貴賓室の覗き見をしていました、とは言えまい。

 必死の場を取り成そうとしているティアの隣で、ミリアがフッと小さく笑って立ち上がる。


「三人揃って兄さんのストーキングをしているだけですが、何か問題でも?」

「ちょ!?」

「問題しか感じないのは我だけか?」


 呆れたように嘆息したグレンは、軽く肩をすくめた。


「まあ、お前達が仲が良いのは理解している。あまりラルフに迷惑はかけ――」


 だが、グレンが最後まで言い終わるより前に、校舎の扉が開いた。

 ティア達が少し双眼鏡から目を離した時に、会談が終わったのだろう……扉から出てきたのは、ラルフ、チェリル、そして、レッカ・ロードだった。

 凱覇王レッカ・ロード……その姿が見えた瞬間、ピンと空気が張り詰めたようにティアは感じた。その総身から発せられる威圧感、そして、存在感はまさに本物。

 あの小心者のチェリルがよくもまぁ、あの密室でこの男と長時間向き合えたものだと、内心感心してしまうほどだ。

 若干緊張しながら、レッカを眺めていたティアだったが……不意に、レッカがこちらの方へと視線を向けてきた。

 もっと正確に言えば、ティアではなく――グレンに。


「ほぉ……誰かと思えば、グレンか」


 その言葉が発せられたと同時、一気に周囲の温度が下がり、全身にかかる圧力が増す。

 この場にいる誰もが言葉すらも発せず、黙り込む中……互いに向かい合うドミニオスの男二人は、一歩も引くことなく視線で切り結ぶ。


「自分の子の顔と名前すらも覚えていない鳥頭が、よく我の名を覚えていたものだ」

「俺様には子どもが多いからな、いちいち覚えてられん。だが、貴様は例外だ。なにせ、見込みがあるからな……俺様から王位を簒奪しようとするほどの気骨、他の奴等にはないものだ」


 レッカの後ろでは、ラルフが『え!? グレン先輩ってレッカ王の息子だったの!?』と驚いているが……学院にいる者ならほぼ例外なく知っていることである。

 レッカ王は自身のハーレムを築いており、三十七人の嫁がいる。そのため、子供の数も大変に多く、実はこの学院にも数名在籍している。

 そして、その中の一人がグレン・ロードという訳である。

 レッカの言葉に、グレンはつまらなそうに目を細める。


「簒奪などと随分な言いぐさを。正直、我は王位そのものには興味などない。だが……我が目的を達するには王位に着くのが早道だ。だからこそ、正規の手順を踏んで貴様を王位から引き摺り下ろすだけだ」

「正規の手順……な。つまり、貴様は俺様と真っ向から戦って、打ち勝つと言っている訳だが、それは理解しているのだろうな?」


 今までとは比較にならないほどの重圧がレッカの総身から放たれ、場にいる全ての人間を圧する。だが……その中にあって、グレンは毛ほども揺らぐことなく小さく笑う。


「貴様が王でいられるのは我がこの学院にいるまでだ。我は学院を卒業すると同時に選王の儀に臨み――」


 そう言って、グレンは己の拳をレッカに向けて突きつける。


「貴様を殺す」

「く……くく……ははははははははははははははははははッ!! よくぞ、よくぞ言い切ったぁぁ!! やはり、俺様に挑む相手は、同じ血を引いた男だったということか!」


 大口を開けて笑ったレッカの双腕に、次の瞬間、紫紺のガントレットが発現する。

 それを見たグレンは、無言で両の拳を握り、漆黒のガントレットを発現する。

 片や、数々の猛者を血祭りにあげた天下無双のレッカ・ロードの神装<ヘリング>。

 片や、敗北の二文字を退け続ける金剛不壊のグレン・ロードの神装<アビス>。

 詳細な部位に多少の違いは見られど、そこは血の繋がりがなせる技なのか……相対する二人の男が装備する神装の形は驚くほど似ていた。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください、レッカ王! グレン先輩もぐおっ!?」

 

 双方の体から内に秘めた莫大な魔力が放出され、激しい衝撃波を発生させる。

 ティア達が隠れていた林もまた、その余波を受けて盛大に木々が枝葉を揺らし、下草が身をのけ反らせるように流れてゆく。


「……何この魔力量……馬鹿げてる……」


 ティアの隣、アレットが唖然と口を開いている。

 それもそうだろう。

 本来、ドミニオスは自身の体に内在する霊力――つまり、魔力を使って自身の体を強化して戦うのが一般的だ。自然界にある無限にも近い霊力を利用できる霊術とは異なり、魔力は限りがある。

 だからこそ消耗の少ない、身体強化魔術しか使えないのだ。

 だが、今、レッカとグレンから放たれる魔力は、ドミニオスの平均魔力総量を軽々と超えている。

 この二人ならば、魔力を使って霊術を行使することもできることだろう。


「卒業と言わず、今ここで貴様を血祭りにあげてやろう!! トリプル・ブーストぉぉぉぉぉ!!」

「学院内で神装を使うとはな……イノシシ頭が。トリプル・アクセル」


 方向性を持たずに荒れ狂っていた魔力が、双方の体に吸収・変換され、力となる。

 先ほどまでの無秩序な力の放出は収まり、今度は一転、完全なる静寂に支配されるが……この場にいる誰もが理解している。

 この静寂こそが、嵐の前の静けさなのだと。

 次の瞬間、二人の男の姿消え、拳と拳が激突……爆音が炸裂した。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 発生した衝撃波の煽りを受け、ティアの体が後方に吹き飛ぶ……前に、素早く回り込んだラルフによって抱きとめられた。


「大丈夫か、ティア」

「え? あ……うん……」


 逞しい腕に抱きとめられ、状況が状況であるにもかかわらず、ティアは頬を染めた。


「というか、アンタの隣にいたチェリルは!?」

「建物の中に押し込めてきた。ちなみに、ミリアはアレット姉ちゃんが受け止めてくれてる」


 ラルフはそう言って、そっとティアを自分の体から離す。

 何だか寂しく感じてしまったあたり、相当に重傷だと、ティアは自分自身に対して軽いめまいのようなものを覚えた。


「でもよかった……さすがに、ここでレッカ王とグレン先輩が戦闘を開始したら、止められないところだったぞ」


 安堵の吐息をつくラルフの視線を追えば……そこには、レッカとグレンの間に割って入るかのように、氷の壁が出現していた。恐らく、ただの氷壁ではなく、霊術で強化されものだろう。


「強大な魔力を検知して来てみれば……やはりか。これこれ、生徒達がいる学び舎で何をしておるのじゃ」


 そして、氷壁を出現させたであろう張本人――学院長イスファ・ベルリ・グラハンエルクが杖状の神装を片手に、レッカとグレンの間に立っていた。

 レッカはその姿を見ると、あからさまに顔を歪めて舌打ちを一つする。


「おい、ジジイ、邪魔をするなぁッ!!」

「本来なら親子の関係に口を挟むなど無粋だとは分かっているのじゃが……まだ、グレン君はワシが護るべき学生じゃからのぅ。例え、凱覇王レッカ・ロードであろうとも、無為に傷つけるのはワシの名において許すわけにはいかん」

「あ? 久々に本気で命を懸けて殺り合えるんだ……ジジイであろうと、邪魔するのなら――」


 だが、レッカが最後まで言い切るよりも先に、校舎の扉が盛大な音を立てて蹴り開かれた。そして、そこにいたのは……燃え盛る炎を幻視できるほど、激怒したエミリーだった。

 明らかに怒っているにも関わらず、笑顔なのが余計に恐ろしい。


「何を・して・いるん・ですか・ねぇ? レッカ・先・輩?」

「げッ!? あーくそっ、グレン、今は生かしておいてやる。幸運に思うんだな!」

「悪人の捨て台詞か……」


 一目散に逃げていくレッカと、それを物凄いスピードで追い駆けてゆくエミリーを見ながら、グレンが嘆息して、神装<アビス>を消す。そして、学院長に向けて軽く頭を下げた。


「無為に騒がせてしまい申し訳ない」

「よいよい、恐らく、レッカが吹っ掛けてきたんじゃろうて。あれは学生の頃から、一度火がつくと誰も止められんかったからのー」

「理解してもらえたのなら幸いだ。では、我は用事があるのでこれで失礼させてもらう」


 そう言って、グレンはラルフとティア達を一瞥すると足早に去って行き、学園長も来た道を戻ってゆく。その後ろ姿を見送って、ティア達は揃って安堵の吐息をついた。


「凄い魔力量でしたね」

「……いままで、グレン・ロードの本気を引き出した者はいないと言われてるけど、割と本当のことなのかも」

「え、今までグレン先輩って本気を出したことないの!?」


 ティアの隣でラルフが驚いたように口を開くと、アレットが小さく頷く。


「……グレン先輩が使う身体強化魔術は、身体能力全般を向上させるアクセル系なんだけど、今まで二段階目のデュアル・アクセルまでしか使ったところを見たことがない。本気を出してないと言うより、出す前に勝負が終わってる感じ」

「クロフォード先輩、身体強化魔術って最大何段階まであるんですか?」


 ティアが質問をすると、アレットは両手を広げて見せる。


「……理論上は最大十段階。でも、そこまで使うと魔力が尽きるか、体がついて行かなくなるらしい」

「ちなみにですが、現在、最高位はレッカ・ロードが使ったことのある七段階……セプタ・ブーストらしいです」

 アレットの答えに、ミリアが捕捉を加える。そこに更に捕捉を加えると、ブースト系の身体強化魔術は、主に腕力を強化するものである。


「うーん、私達には想像もつかない領域よね……」


 ティアからすれば、素のグレンでも十分強いのに、それよりも更に強くなると言うのだから驚きだ。あの男は一体どこに底があるのだろうか。

 と……その時、隣にいるラルフが何かを考え込んでいた。


「本気のグレン先輩……か」


 ポツリと呟かれたラルフの声が、何故だか妙に耳に残る。もしかしたら、また何か無茶をするつもりではないかと、その横顔をジッと見据える。

 その視線に気が付いたのだろう……ラルフはわざとらしく視線を逸らすと、ポンッと手を叩いた。


「あ、そ、そーだ! チェリルを迎えにいかないとな!」


 パタパタと走ってゆくラルフの背中を見て、ティアは小さく嘆息したのであった……。


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