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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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意味深な漆黒の猫

 喫茶店ディープフォレスト。

 喫茶店の裏方で、珈琲豆の入った麻袋を肩に担ぎ、棚の上に乗せ直したラルフは額の汗を軽く拭った。高価な品を少量提供するこの店のスタイルから、一般的な飲食店に比べて資材の量は少ないが、それでも裏方にはたくさんの食品が積まれている。

 これを動かして整理整頓するのは、女性の細腕では少々キツイだろう。

 耳を澄ませば、「ありがとうございました」とミリアの声が聞こえる。どうやら、最後のお客が帰ったようだ。


 ――帰ってきたんだなぁ。


 何でもない日常の光景を前にして、ラルフはしみじみとそんなことを思った。

 正直、浮遊大陸エア・クリアに拘束された時は、日常に戻れないことも覚悟していただけに、感慨もひとしおだ。

 ラルフとチェリルがフェイムダルト神装学院に帰って来てから六日が経った。

 帰還したその日、ゴルドの護衛のもと、用心のために寮には戻らず、学院の宿直室で寝泊まりしたラルフとチェリルだったが……なんでも聞くところによると、その日の夜に三度のシルフェリスの襲撃があったそうだ。

 その全てをゴルドが撃退したそうだが……ザイナリア・ソルヴィムはよほどラルフの身柄を拘束しておきたかったのだろう。

 フェリオ・クロフォードとゴルドが連携してシルフェリスに圧力をかけてくれたおかげで、今は平穏無事に暮らせているが、念のためにシルフェリス大使館のある島の北側には近づかないように言われている。

 ミリア、ティア、アレットのリンクメンバーには相当に心配をかけていたようで……ミリアに至っては、ラルフが顔を見せるなり、泣いて抱きついてきた。この学院に来てからというものの、ミリアには心配の掛け通しである。

 色々あったものの、何とかラルフの平穏な日常はこうして戻ってきた……一点を除いて。


『あらぁ? 私に何か用ぉ?』


 ラルフが整理している棚の上、そこに漆黒の毛並みが美しい一匹の黒猫が寝そべっていた。ぱたり、ぱたりと尻尾を振りながら、その猫は目を笑みの形に歪めながらラルフを見下ろしている。

 普通の猫にしてはあまりにも邪な瞳……だが、それ以上に、その存在に怯えるかのように周囲の霊力が黒猫を避けるように流れているのが印象的だ。

 異様と言えばあまりにも異様な風体の猫を前にして、ラルフはため息を一つついた。


「アルティアが復活するにはまだ掛かりそう?」

『ふふ、その兆しはまだないわねぇ。なぁに、心細いのかしら、フレイムハートちゃん?』

「アルティアが心配なだけだっての」


 闇を司る創生獣、深淵のロディン――それがこの黒猫の正体である。

 ちなみに、普段からラルフの頭の上にいるアルティアの姿はない。真の姿に戻り、この学院まで全速力で飛んできたアルティアだったが……霊力の消耗が激しかった影響で、顕現できなくなってしまったのである。

 突然いなくなってしまったアルティアの姿を必死に探すラルフに、それを教えてくれたのがロディンだったのだが……一体何を考えているのか、それ以降、アルティアの代わりと言わんばかりに、ラルフの傍に居ついてしまったのである。

 その振る舞いたるや、まさに自由奔放。

 アルティアのようにラルフの肩によじ登って来たり、尾行するように背後にぴったりとついて来たり、今のように高い所から観察するようにラルフを眺めていたりと……まぁ、好き放題にやっている。

 ただ、ラルフに並々ならぬ興味があるという事だけは痛いほどわかった。


「なぁ、ロディン」

『あらぁ? もう呼び捨てぇ? ずぅいぶんと上から目線なのねぇ』

「ロ、ロディンさん……」

『うふふふふ、ロディンでいいわぁ』

「どっちだよッ!? ま、まぁ、ともかくとして……何が目的で俺の傍に居るのか、いい加減に教えてくれよ。こっちは気になってしょうがない」


 腰に手を当ててそう尋ねるラルフに、ロディンはニヤニヤと口元を歪めながら、いっそ優雅といっても良い所作で立ち上がる。

 そして、重さを感じさせない動きで跳躍すると、ラルフの肩に飛び乗ってきた。

 一瞬驚いたラルフだったが……ロディンは絶妙なバランス感覚で肩に居座ると、ラルフの耳元に口を寄せてくる。


『ひ・み・つぅ』

「……いい性格してるよ」

『あらぁ、フレイムハートちゃんにお褒めいただき光栄だわぁ』

「あと、俺の名前はラルフ・ティファートだ。<フレイムハート>は俺の使ってる神装! いい加減に覚えてくれよ」


 ラルフが何度目か分からない指摘をすると、ロディンは小さく笑う。


『人間の個体名なんてぇ、どーでもいいわぁ。貴方は<フレイムハート>の使い手。私にとって、それ以上でもそれ以下でもないの』


 前足でちょんちょんとラルフの耳を弄びながら、ロディンは嗤う。


『私に名前を憶えて欲しかったらぁ、クラウド・アティアスのように、人間を越えてみせなさい。そぉしたら、少しは記憶に残してあげる』

「アルティアに聞いてた通り、めんどくさいな、アンタ……」


 ラルフが顔を引きつらせながら言うと、ロディンはさも愉快そうに身を震わせる。


『うふふ、アルティアったら、照れ屋さんねぇ』

「いや、照れ隠しじゃないだろ」


 頭痛がしてきた。

 必要な時以外、口を開かなかった寡黙なアルティアとは違い、ロディンは何かにつけてちょっかいを掛けてくる。まさに本人の言うとおり『人間は格好の玩具』なのだろう。

 その時、表の方からティアの声が聞こえてきた。


「ラルフ! ちょっとこっちに来てー!」

「お、はーい!」


 ラルフは返事をするとロディンを肩に乗せたまま、表の方へと歩を進める。

 そこには、リンク「陽だまりの冒険者」の面々が揃っていた。すでに営業時間外になっていたのだろう……ミリアが営業終了の札を表に掛けている。

 ちなみに、店主であるレオナの姿はない。今回のラルフ拉致騒動でシルフェリスに働きかけるために、大使館の方に詰めているのである。ありがたい限りだ。


『それでぇ、何か用かしら? 七面鳥ちゃん?』

「だから、私は七面鳥じゃないって言ってんでしょうが!?」

「ティア、言っても無駄だって……」


 半ば諦めの境地にいるラルフとは対照的に、ティアは顔を真っ赤にして反論している。

 ちなみに、アレットがオオカミちゃん、ミリアが妹ちゃん、チェリルがオチビちゃんである。なぜ、ティアの呼び方だけそこはかとなく悪意が込められているのかは謎である。


「それで、本当に何の用?」


 ラルフが聞くと、ティアが目線でアレットの方を示して見せる。

 誘導されるままに見てみれば、アレットがカバンの中から一冊の冊子を取り出して、全員に見えるように机に置いた。

 その冊子の表紙に書かれていた文字を、ラルフは素直に口に出す。


「リンクフェスティバル……?」

「……うん、時期が迫ってきたからそろそろ私達も戦略とか方針とか決めないといけない」


 リンクフェスティバル――その単語を最近どこかで聞いたことがあるような気がして、ラルフは首を捻り、そして、ポンッと手を叩いた。

 


 ――分かった。それだけ言うなら、『リンクフェスティバル』で勝負を付けようじゃないかい。



 上級生交流戦で出会った三獣姫の一人……ジャンヌ・ベルトワーズが放った言葉にそんな単語が混じっていたはずだ。

 アレットがラルフ、ティア、ミリア、チェリルの全員を見回した後、ゆっくりと口を開く。


「……皆は一年生だから一応説明すると、リンクフェスティバルは、歓楽街アルカディアを除いた全ての学院施設をメンタルフィールドで覆い、そこを戦場とした大乱戦のこと。ほぼ全ての学生が参加するから、毎年お祭り騒ぎ」

「え、全ての学生が参加って……凄い数になるんじゃ……?」


 ラルフの問いにアレットが頷いて応える。


「……うん、開始時は団子状態。迂闊なことをすれば袋叩きにあって簡単に脱落する。だから、戦略と方針がとても重要になるの」

「なるほど、不意打ち、横槍、流れ弾、何が起こるか分からないという事ですね」

「ねぇ、ミリア。貴女、凄く悪い顔してるわよ」


 邪悪に笑うミリアの隣で、ティアが何とも言えない表情で腕を組んでいる。

 そんな二人から少し離れた所でジュースを飲んでいたチェリルが、重いため息をつく。


「うう、乱闘かぁ……ボク、野蛮なのはいやだなぁ」

「……でも、これこそ実戦形式。冒険者になってからの戦いは、正々堂々とは限らない」


 そう、本来、神装者が戦う相手は同じ神装者ではなく終世獣なのだ。正々堂々と言うよりも、むしろ、相手は常に不意をついて襲い掛かってくる。

 つまり、リンクフェスティバルとは限りなく実戦形式に近い模擬戦闘なのである。


「よし、理解したぞ。つまり、目につく奴を片っぱしから殴り倒せばいいんだな」

「兄さん。ちょっと黙って話を聞きましょうね」

「はい……」


 しゅんと落ち込むラルフに苦笑を向けたアレットが引き続き口を開く。


「……それで、他にもルールがあるんだけど――」


 だが、アレットが全て言い終えるよりも先に、終了の札が下がっているはずの扉がカウベルの音と共に開いた。

 全員の視線が集中する先、そこには少し申し訳なさそうな笑みを浮かべたエミリーが立っていた。


「終了の札は見えたんですが、失礼しますね。ラルフ君とチェリルさんに用があったものですから……お二人とも、いますか?」

「ティア、どうしよう……授業中に両目を開けたまま寝てたのがバレたっぽい……ッ!」

「大丈夫よ。アンタ、目を開けたままイビキかいてたから、エミリー先生にもうバレてる」

「ラルフ君、それについては明日、じっくり先生とお話ししましょうね?」


 若干引きつり気味の笑みになったエミリーだったが、小さくため息をついた後、表情を引き締めた。


「エクセナのことについてドミニオス国王、レッカ・ロードと話をする許可が取れました。六日後、ここに着くそうなので、二人とも放課後、時間を空けておいてください」


 エミリーはそう言って、ラルフとチェリルを見回したのであった……。


随分と遅れてしまい申し訳ありませんでした。好き放題プロットを脱線してたツケが回ってきて、矛盾だらけになってしまったため、再度プロットを立て直しておりました。ううむ、他の作者様たちはプロット通りにかけるんだろうか……

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