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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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閑話 ラルフさんと三獣姫⑤

 ラルフがジャンヌの誘いの言葉に、返答しようとした瞬間……ニュッと脇から手が伸びてきて頭を抱き寄せられた。

 豊満な二つの膨らみにモフッと頭を軟着陸させたラルフは、それが何か理解した瞬間、猛烈な勢いで頭に血が上るのを感じた。すぐさま離れようとしたものの……ラルフを拘束する両腕は、想像以上の力で頭をつかんで離さない。

 そして、その両腕の主であるアレットは、ピンと耳を立て、尻尾を膨らませ、不機嫌そうに唸り声を上げている。


「……ラルフは渡さない」

「んだよ、アレット。お前には聞いちゃいない。アタシはラルフの答えが欲しいんだ」


 うるさいものを見るように顔をしかめるジャンヌに対して、アレットは視線を鋭くする。


「……そもそも、耳触りのいいことを並べているけれど、ジャンヌの計画は失敗する可能性の方が高い。学院卒業生だけのパーティーじゃ、練度が低いこともそうだけど、装備も貧弱。未踏地域に挑むなんて無謀の極み」

「おーおー言ってくれるじゃないか。だがまぁ、それは否定しない。けどな、装備に関してはアタシが溜めに溜めたポケットマネーと、親父からの援助で何とかしよう」

「……親の七光り」

「はッ! 利用するもんは何でも利用するに決まってんだろーが。そもそも、アタシは姫と言っても十九人兄妹の末妹なんだ。『お前には相続させるモノが無いに等しい。なればこそ、冒険者として活動を始める時、可能な限り援助をしよう』って言いだしたのは親父とお袋だ。これは、アタシに与えられた権利なんだよ」


 そう言って、ジャンヌは指を一本立てる。


「更に、アタシの血族……ブレリスト血族の現役冒険者の中でアタシの考えに賛同してくれた奴らもいる。そいつらと一緒に行動をすることで、学院生の奴らも少しずつ強くなっていくだろう。人材の育成は一朝一夕にはいかないが、十年もすれば一端の冒険者になれるだろう。少なくとも、アタシのリンクにいる奴らは、それだけの覚悟と決意を持って手を貸してくれた奴らばかりだ。ラルフもそれにふさわしい力を持っていると確信している」


 そう言って、ビシッとジャンヌはアレットへ指を突きつける。


「こっちも言わせてもらうがな、アレット。お前はラルフをどうしたいんだ。手元に置いて満足するまで猫かわいがりして、卒業したらポイ捨てか? それなら、シアと同じだぞ」

「ず、随分失礼なこと言ってくれますわね!?」


 アレットとジャンヌの会話が白熱している間、こっそりと紅茶に角砂糖を三つほど落としていたシアは、突然振られた会話の内容に憤慨して立ち上がった。


「学院を卒業した後のことならきちんと考えてあります。少なくとも、わたくしのリンク『花鳥風月』の面子には全員、相性がよさそうなギルドを紹介するつもりでしてよ」


 シア・インクレディスという女性は、商人という少々特殊な立ち位置にいる。

 その最大の特徴は、種族を越えて色々な所に人脈を持っているという事だろう。

 豊富な農作物を有するビースティスの商人は、種族を問わずに手広く商売を行っている。そして、インクレディス家はその最王手ともいえる大商人だ……その人脈の広さも太さも尋常ではない。

 その人脈を利用して、ギルドに学院生の紹介を行うのであろう。


「……学院生を商品にするなんて……」

「アレットぉぉぉぉ……。まったく、貴女達はわたくしのことをなんだと思っているのですか。いいですこと? 有望な若い人材を欲しがっているのはどのギルドも同じですわ。そこで、ギルドの特徴を鑑みた上で、そこに合致する面子を紹介するのですわ。インクレディス家からの紹介ともなれば相手も無下にはできないでしょうからね」

「意外と考えてるな、成金」

「だぁぁぁぁぁれが成金ですか! ということで、ラルフちゃん、わたくしのリンクに来ればきちんと卒業後のアフターフォローまで万全ですわよー」

「……ダメ」


 ラルフに手を伸ばそうとするシアだが、それよりも先に、アレットがラルフをヒョイッと抱き上げて、距離を取った。

 女性に簡単にヒョイッと抱き上げられてしまうという事実に、割と深刻に男のプライドが傷ついたラルフは、密かにもっと筋肉を付けようと心に決めた。


「所有権を主張するのは結構だが、そういうアレットはどうなんだよ」

「……私は何もしないと思う」


 その返答に、ジャンヌははぁ!? と気の抜けた声を上げた。


「なんだそりゃ? おいおい、それだけ偉そうに言っておきながら、具体策の一つもなしかい。そりゃ、『陽だまりの冒険者』の連中は不運だな」


 非難がましい視線を受けながらも、アレットの表情は動かない。

 そんなアレットの姿に業を煮やしたのか、ジャンヌがラルフに向けて手を伸ばしてくる。


「ラルフ、そんな腑抜けよりもアタシを選べ!」


 そう言って手を伸ばしてくるジャンヌを見ながらも、ラルフは何となく首を傾げてしまった。

 クロフォード家……というか、クロフォード親子とは幼いころから家族ぐるみの付き合いをしているラルフだが、彼等はとても情に厚い性格をしている。

 少なくとも、『卒業したら好きにしろ』と放任を決め込むような性格はしていないはずだ。

 ラルフはそのことをこの中の誰よりもよく分かっている。

 だからこそ、ラルフは問うような目でアレットを見上げた。そして、返ってきたのは……どこか寂しげな瞳だった。


「……ラルフはどんどん先に進んじゃうもんね」

「姉ちゃん……?」

「……必要なら、どれだけでも力を貸してあげる。でも、きっと貴方はそれを必要としない。気が付けば、驚くほど先を歩いている貴方の後ろ姿が見えるだけ」


 ギュッと、背中から抱きしめられ、頭にアレットの顎が乗っかる。


「……私がラルフに何かしてあげたら、きっとそれは貴方の足を引っ張ってしまう。ジャンヌ、きっと、ラルフは貴女が思っている以上に大きなことに巻き込まれてゆくと思う。貴女では、たぶん、御し切れない」


 その予兆は確かにある。

 アレットの結婚騒動もそうだが、昨今のエア・クリア脱走事件もその一例だろう。

 おまけに、ジャンヌは知らないが……ラルフはアルティアをはじめとした創生獣の戦いに両足を突っ込んでいるのだ。アレットの言葉は予想などではなく、確信なのだ。

 まっすぐに向かい合ってくるアレットに対して、ジャンヌもまた真っ向から対峙する。

 数秒……体感時間だけで言うならもっと長い間、にらみ合いをしていた二人だったが、最初に折れたのはジャンヌの方だった。


「分かった。それだけ言うなら、『リンクフェスティバル』で勝負を付けようじゃないかい。アタシのリンクがアンタ達のリンクを倒したら、ラルフはいただく。文句はないだろう? ラルフを御せるか否かで語るなら、アタシがアレットに勝利して、統率者として格が上だと示せばいい」

「……分かった」


 軽く視線を切り結んだ後、ラルフの方を一瞥し、ジャンヌは踵を返して去っていった。この場で強引にことを進めようとしなかったのは、もしかするとアレットの瞳に本気を見たからかもしれない。


「……リンクフェスティバルでは『勇猛邁進』と戦わないといけなくなった」

「あら、アレット。違いますわよ。『勇猛邁進』と『花鳥風月』ですわ」


 アレットの独り言にシアが反応する。

 優雅に激甘紅茶を口にするシアに対して、アレットは渋い顔をする。


「……シア、ラルフに関してはもう決着がついてる」

「でも、先ほどのジャンヌとの会話では、勝利すれば統率者として格が上……つまりは、ラルフちゃんを御せるという話でしたわよね。ラルフちゃんの身の安全を考えるなら、より頼りになるリーダーの下にいるべきではなくて?」

「…………」


 無言で強い非難の視線を向けるアレットに対し、シアはどこ吹く風といった様子で立ち上がる。そして、扇子を広げると口元を隠して、妖艶に目を細める。


「ま、貴女達のリンク『陽だまりの冒険者』は色んな意味で注目されていますわ。相手はわたくし達だけとは思わない方がいいですわよ、ふふふ」


 微かに笑みの残滓を残したまま、シアはしゃなりしゃなりと去ってゆく。

 残されたのは、怒涛の話の流れについていけずに呆然とするラルフと、不満を直接顔面に張り付けたようなアレットだけだった。


「何で俺、商品のようになってるんだろうか……」


 ラルフが口を挟む間もなく、次々と決定が下され、いつの間にか決戦の場はリンクフェスティバルへと移っていた。全員、頭の回転が速いのは良いのだが、当の本人であるラルフの意見も聞いて欲しかったというのが本音だ。


「俺はアレット姉ちゃんのリンク以外に行く気はないんだけど……」

「……ラルフ、もっとそれ早く言って」

「いや、俺の意思表示する暇なんて微塵もなかったよね!?」


 むすーっと、アレットにしては珍しく不貞腐れた様子である。

 そして、その表情のままラルフの傍に接近してくると、ヒョイッと相変わらず軽々とラルフを抱き上げた。


「ちょ、アレット姉ちゃん!?」

「……ラルフは罰として『私がお昼寝してる間、抱き枕になる刑』に処します」

「なにそれ!? え、待ってくれよアレット姉ちゃん! 俺、このまま女子寮にぶち込まれるとかじゃないよね!?」

「……大丈夫。見つからないように最大限の配慮をする」

「配慮をするところを間違ってる! というか、俺、男だから! 姉ちゃん、結婚前の女の人が男を抱き枕にしちゃダメでしょ!?」

「……ラルフは私の可愛い弟だからノーカン。問題ない」

「問題しかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 ラルフの虚しい叫びも、アレットには届かず。

 結局、ラルフは夕方近くまでアレットの不貞寝に付き合うことになるのであった……。


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