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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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閑話 ラルフさんと三獣姫③

「気力解放っ!」


 陽炎の如き気力を全身に纏い、ラルフは全力で地面を蹴った。

 ラルフの爪先が踏み抜いた地面が盛大に抉れ、小柄な体が爆発的な速度を得る。

 尋常ではない速度だ――相対する相手からすれば、遠近感が狂ったのではないかと錯覚してしまうほどの勢いで、一気に彼我の距離をゼロへと縮める。

 だが、相手は二年最高位である『煌』クラス。ジャンヌもラルフの速度に対応してくる。

「烈駆蒼!」

 基本的にシルフェリス達とは異なり、ビースティスの霊術は自身の武器や神装を媒介にして繰り出すことが多い。その例に漏れることなく、ジャンヌもアサルトブーツに纏わせていた蒼の霊力を、ラルフに向けて蹴り抜いた。

 虚空を駆ける蒼の衝撃が容赦なく牙を剥く――が、数多の霊術師と戦ってきた今のラルフを止めるには至らない。正確にその威力を見極めたラルフは、必要最小限の体捌きで身を捻ると、ギリギリで衝撃波を回避し、ほとんど勢いを落とすことなくジャンヌに肉薄した。


 ――ここからだ……ッ!


 先ほどの霊術は牽制に過ぎない。

 本当に危険なのは、拳の間合いに入る寸前――即ち、蹴りの間合いだ。


「嫌いじゃないねぇ、その猪突猛進!!」


 ジャンヌの右足が閃いた瞬間、ラルフは全身の捻りを利用して左の裏拳を繰り出す。

 力場をまとったラルフの左裏拳が、正確にジャンヌのハイキックを迎撃し、金属同士を叩きつけたような甲高い音が鳴り響く。


 ――くっ!


 腕力だけでは完全に衝撃を殺しきれず、ラルフは靴底で地面を抉りながら、後退する。拳に影響はないものの、肩にかけて左腕が軽く痺れている。


 ――やっぱり、蹴りを拳で相殺するのはキツイか。


 手数は確実に拳の方が多いだろうが、単発の威力だけで言うなら蹴りに軍配が上がる。そもそも、人間は腕力よりも脚力の方が強いのだ……当然と言えば当然だ。

 むしろ、神装をまとったハイキックを、裏拳で迎撃してケロッとしているラルフの方が異常なのだ。普通ならば腕ごと持っていかれるか、拳を壊している。


「本当に馬鹿げた威力の拳打だねぇ。アタシの蹴りを拳打で相殺する奴なんざ、見たことない。そいつの直撃をもらった奴には同情するよ」


 左右に小刻みにステップを踏みながら、ジャンヌが笑みを浮かべて言う。

 対するラルフは両の拳を構えながら、円を描くように間合いを測る。蹴りの間合いを考えれば、超至近距離まで接近することができれば、ラルフの勝利は確定する。

 だが、それは相手も分かっていることだろう。

 拳の届かない、かつ、蹴りの届く間合いでラルフを釘付けにしようとしてくるはずだ。


 ――カウンターを狙えればそれが一番良いんだけど。


 拳打に比べ、蹴りは一撃の威力が大きい分、隙が大きく、建て直しに時間がかかる。ならば、あえて蹴りによる攻撃を誘い、それを回避して懐に潜り込むのが現実的だろう。

 ラルフはそう決めると同時に、一気に前へ。

 蹴りの間合いギリギリまで近づいた瞬間、カミソリのようなミドルキックが迫るが――それを待っていたラルフは、上体をギリギリまで逸らして回避。爪先が鼻先をかすめるのを感じながら、強く地面を蹴って前進する。

 蹴り抜いた足を引き戻し、次の蹴りの準備をするジャンヌが見えるが……全身のひねりが効いていない蹴りは脅威ではない。被弾覚悟で飛び込めば、勝負はラルフの勝利で終わる。

 だが――神装者を相手にする場合、常識に囚われて行動を起こすことこそ下策。

 ふわりと、ジャンヌの体が浮いた(・・・)


「……ッ!?」


 ジャンヌはラルフの拳をアサルトブーツで受け止めると、その衝撃を利用して、宙を滑って一気に後退。まるで、水中の魚の様に宙で一回転すると、ニッと笑った。


「アタシの神装について噂ぐらい聞いていると思ってたが、その顔を見る限りじゃ、初見のようだね」


 ジャンヌのアサルトブーツの両側面から、光の粒子が放出されている。

 その有様はまるで――翼を持つブーツ。

 ジャンヌが空中に浮かんだまま、虚空を爪先で叩くと、まるでそこに水面があるかのように半透明な波紋が生じる。


「空飛ぶ……いや、空を駆けることができる神装?」

「御明察。アタシの<ヘルメス>は任意の場所に足場を作ることができる能力を持っているのさ。ジャンヌ・ベルトワーズのエアリアルレイドコンビネーションと言えばそこそこ有名だと思ってたんだけどね……ま、知らないなら良いさね」


 アサルトブーツが放出する光の粒子が、威嚇するようにその勢いを増し、ジャンヌがグッと体勢を落とす。


「今から身を持って体験しなっ!! そして、這いつくばるがいい!!」


 ジャンヌが虚空を蹴った。

 まるで、冬夜を駆ける流星のように一直線にラルフに向かって突っ込んでくる。

 ラルフはすぐさま拳を握り、タイミングを合わせて振り抜くが――完全に空を切った。

 拳打を放った瞬間、前転をする要領でジャンヌが宙を蹴ってラルフの頭の上を通り過ぎて行った……ソレに思い至った瞬間、ラルフは体を投げ出すように、全力で横に飛ぶ。

 次の瞬間、先ほどまで後頭部があった場所を、<ヘルメス>の爪先が猛然と通過して行った。一瞬でも反応が遅れていれば、ボールよろしく頭を蹴り飛ばされていただろう。

 だが、猛攻はこれだけで終わらない。


「そらそらそら! まだ終わっちゃいないよっ!」


 明らかに無理のある体勢であるにもかかわらず、ジャンヌが斜め上方の虚空を蹴り飛ばし、体制の崩れたラルフに向けて踵落としを繰り出してくる。


「うわッ!?」


 バックステップを踏み、これをかすめるように回避したラルフだったが……ジャンヌは、地面よりも上の地点を蹴って、ラルフの側頭部目がけてソバットを放ってくる。


「くっ!」


 流石にこれはかわせない。

 ラルフは拳を構えてガードを固め――その上から衝撃が走った。

 踏ん張りきれずに吹っ飛んだラルフは、ぐらぐらと揺れる意識に喝を入れ、地面を転がると同時にその勢いを利用して、跳ねるように立ち上がる。

 そして――続けざまに全力で上体を逸らした。

 ラルフを追って飛翔してきたジャンヌが、顎を蹴り抜かんとオーバーヘッド気味に前蹴りを放っていたのだ。

 背筋がうすら寒くなるような風切音と共に、ジャンヌの右足が通り抜けてゆくが、まだ気は抜けない。ジャンヌは逆さになった状態で、両足で宙を踏みしめ……ラルフの首筋に向けて蹴りを振り下ろしてくる。


 ――なるほど、エアリアルレイドコンビネーションってそういう意味か……ッ!!


 一切の停滞無き怒涛の連続攻撃。

 ジャンヌの神装である<ヘルメス>は任意の場所に足場を作ることができる。つまり……彼女はどんな不安定だと思える体勢からも、万全の一撃を繰り出すことができるのだ。

 おまけに、戦う相手からすれば、どのタイミングで、どの方向から攻撃が繰り出されるのか全く予想がつかない。

 つまり、ジャンヌ・ベルトワーズが繰り出す攻撃は、全てが万全の一撃であり、全てが意表をつく奇襲なのである。どれほど防御に優れた者であろうとも、常に予想外の方向からの攻撃に晒され続ければ、いつかは綻びが生じる。

 これこそが、彼女を『煌』クラス足らしめるエアリアルレイドコンビネーション。初見の相手はほとんどがこのコンビネーションの前に膝を屈する。


「ほらほらほら! もっと抵抗してみせな! それが無理なら、とっととぶっ倒れな!」


 次々と繰り出され、終わりの見えないコンビネーションの中にありながらも、ラルフの心は平常心を失ってはいなかった。

 ラルフは、右拳を強く握りしめると、大きく息を吸い――


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 咆哮。

 迸る気迫に呼応するようにラルフの右拳に灼熱の炎が燃え盛る。

 エアリアルレイドコンビネーションは確かに脅威だ。だが……その攻撃は万全の一撃ではあっても必殺の一撃ではない。

 悪い言い方をすれば、小手先の攻撃を隙無く並べているだけに過ぎない。無論、一度体勢を崩されたうえで畳みかけられれば危険ではあるが、少なくとも単発で致命傷を負うことはない。

 ならば、大威力の一撃でコンビネーションを喰い破ってやればいい。任意の場所に足場を作るとか、全ての攻撃が奇襲になるとか、そんな小難しいことは、まとめてぶちのめしてしまえば良いだけのことだ。


「なっ! それは――!」


 ラルフの右拳に宿った熱量を見て、ジャンヌが目を剥く。

 ラルフがドミニオス『輝』クラスの上級生と戦った時に使ったブレイズインパクトとは、明らかに火力が違う。そう……あの試合を見ていた大多数が勘違いしているがあれはラルフの本気ではない(・・・・・・・・・・)


「ブレイズ――」


 まさに問答無用。

 急制動を掛けるジャンヌ目掛けて深く踏み込んだラルフは、灼熱の右拳を強く握り込み、その火力を爆発的に上昇させる。

 拳から肩にかけて燃え盛っていた炎が、右拳を中心に収束し、その内圧を高める。

 そして――


「インパクトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 極大の一撃が炸裂する。

 辛うじて<ヘルメス>での蹴りを当てて相殺を狙ったジャンヌだったが……それすらも無意味と断じるかのように、ラルフの拳が神装を食い破る。


「つッ!! そんな、これほど、だったなんて……ッ!!」


 まるで、乱気流の中に放り込まれた小鳥のように、ジャンヌの体がデタラメに回転しながら吹っ飛び、地面に叩き付けられる。

 流石は『煌』クラスと言ったところか……ラルフのブレイズインパクトに蹴りを合わせて威力を削いだだけではなく、瞬時に霊力を消費して障壁を展開したのだろう。

 そうでなければ、今頃、過剰ダメージでメンタルフィールドから強制排出されているはずだ。


「ぐ……ぅ……」


 ジャンヌは上半身を起こそうとするものの、相当にダメージが深いのだろう……諦めたようにパタッと倒れ伏した。


「ふ……ふふ……あははははははははははっ! なんだ、見誤っていたのはアタシの方だったってことかい。あー負けだ負けだ! アタシの負けだ!」


 その宣言で勝敗が決し、メンタルフィールドが解除される。

 周囲のギャラリーは……完全に沈黙してしまっている。まさか、三獣姫の一角であるジャンヌ・ベルトワーズが一撃で撃破されるとは思っていなかったのだろう。

 学院生だけではなく、教師ですらも唖然とする中、ラルフはジャンヌのすぐ傍まで歩み寄ると手を差し伸べた。


「大丈夫ですか、ジャンヌ先輩?」

「大丈夫……と言いたいところだけど、体が動きゃしないね。まさか、あんな隠し玉を持っていたなんてね。人が悪い」

「別に隠していたわけじゃないんですけどね」


 本当に隠していたわけではない。

 ただ、今の今まで本気の一撃を放つ必要性がなかっただけのことである。

 ラルフがジャンヌへと手を差し伸べるが……彼女は一向にラルフの手を取る様子がない。ただ、ジッィィィィィっとラルフの顔を眺めている。

 いや、眺めているというよりも、品定めしているといったほうが良いかもしれない。


「え、えっと……ジャンヌ先輩?」


 手を引っ込めるべきか、まだ差し出しておくべきか迷うラルフをよそに、ジャンヌはニッと笑う。

 なんだか、その笑みにトラブルの予感を覚えたラルフだったが……どうにも、悪いことに関する予感は異様なほどに当たるというのは本当のようで。



「うん、やっぱりアタシの目に狂いはなかったな。ラルフ、お前、アタシの物になれ」



「……………………は?」



 唖然とするラルフとは対照的に、負けたにもかかわらず、ジャンヌ・ベルトワーズは会心の笑みを浮かべるのであった。


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