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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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閑話 ラルフさんと三獣姫②

 そこには、一年生を中心とした人だかりが三つほど形成されていた。一体何事かとティアが眉をひそめたが……すぐに思い至ったのだろう。ポンッと手を打った。


「あぁ……大人気ね、クロフォード先輩とインクレディス先輩」

「あの二人にはたくさん人が集まるのに、何で俺の所には人が来ないんだろ」

「問答無用で殴り掛かってこないからでしょ」


 そう、その人垣は二年『煌』クラスを席巻する三獣姫――アレット・クロフォードとシア・インクレディスを取り囲む集団なのだ。

 三年生すらも凌ぐ実力を持ち、かつ美人で、家柄も良く、おまけに優しく手ほどきしてくれるシアとアレットは一年生達から羨望の的になっている。

 一年生からすれば、『ぜひとも一度手合わせしてみたい! それに、これがお近づきになる切っ掛けになるかもしれない!』……などと、色々な思惑が入り乱れていたりする。

 ラルフはその人ごみを見て、顎に手を当てる。


「一回あそこに近づいたんだけど、皆俺のこと凄い目で見るしなぁ」


 『お前は毎日アレット先輩と一緒にいるだろ!』と言わんばかりの視線を四方八方から向けられれば、引き下がるしかあるまい。


「こうなりゃ、チェリルとミリアに決闘を挑んで……」

「フィールド外でミリアに張り倒されるわよ、アンタ」


 ちなみに、ミリアとチェリルはタッグを組んで上級生と戦っているが……こちらもチェリルの霊術レベルが色々とおかしいこともあって常勝。先ほどから、次々と上級生を屠っている。

 神装を振り回して迫りくる上級生を前にして、涙目になりながらも必死に戦うチェリル。普段の彼女ならすぐさま逃げ出している状況なのだが……恐らく、後方に控えるミリアにしっかりと手綱を握られているのだろう。

 何だか他人ごとに思えなくて、ラルフとしては同情を禁じ得ない。

 ちなみに、今は『花鳥風月』のアルベルト・フィス・グレインバーグと戦っており、白熱する決闘に惹かれてギャラリーも集まり大変賑わっている。

 その光景を、指をくわえて見ていたラルフだが……ふと、突き刺さるような闘志を感じて、反射的に振り返った。


「ねぇ、ラルフ……あの人、ラルフの方に向かって来ているわよ?」


 ティアが指差す先……先ほど、三獣姫を中心にできあがっていた人垣の一つが割れ、中央にいた人物がラルフの方へと歩いてくるのが見える。

 耳にかかる程度で切りそろえられ新緑色の髪と、褐色の肌が印象的な女性だ。

 ピンと尖った獣耳と、細く長い尻尾を見る限り、ビースティスだろう。

 身に纏っているのは学院指定の制服ではなく、ホットパンツに白のタンクトップ、そしてその上からファー付きのジャケットを羽織っている。

 タンクトップを内側から大きく押し上げる女性的な膨らみとは対照的に、惜しげもなく晒される腹筋は六つに割れており、剥き出しの両腕・両足も一切の贅肉が見当たらない程に絞り込まれている。

 野生の肉食獣を思わせる、しなやかなで、強靭な肉体――一目見ただけで、相当に鍛えていることが分かる。

 だが、何よりも印象的なのは彼女のその表情だろう。

 自身が捕食者であることを一切疑っていない、歯を剥き出しにした太太しい笑顔。顔立ちそのものは整っているのだが、それ故に凶暴な笑みと相まって凄味がある。

 三獣姫であるアレット・クロフォード、シア・インクレディス、そして、彼女こそが最後の一人。

 彼女の名前はジャンヌ・ベルトワーズ。

 武闘派であるピューレル血族と並び、血気盛んな血族として知られるブレリスト血族の姫である。

 ラルフも名前だけは聞いたことがあったのだが、実際にこの目で見るのは初めてだ。

 ラルフの目をじっと見据えながら、見せつける様に歩いてきたジャンヌは、ラルフの目の前まで来るとその歩みを止めた。その間、ラルフもまた真っ向からその視線を受け止める。

 双方、一度として目線を逸らさぬまま無言の時間が流れ……不意に、ジャンヌが目で笑いながら舌なめずりをした。


「いいねぇ、その懐の深い瞳。見ているこちらが吸い込まれそうだ……ゾクゾクするねぇ」

「そういうジャンヌ先輩は随分と攻撃的ですね」


 ジャンヌが闘争心を隠すことなく闘気をぶつけてくるのに対し、ラルフは自然体で立ってその闘志を全て受け止めたのである。

 それ相応の死線を潜った者でなければ、これほど据わった目をすることなどできはしない。これだけで、見る者が見ればラルフ・ティファートという少年のレベルを察することができるだろう。


「んふふ、そんなに見つめられると子種が欲しくなっちまうよ」

「ぶっ!?」


 なぜかラルフではなく隣にいたティアが盛大に噴いた。


「ちょ、ちょっとベルトワーズ先輩!! それはどういうことですか!」

「あんだい。メスだったら強いオスを前にして自然と濡れちまうもんだろう?」

「私に同意を求めないでください!!」


 ゆでだこの様に顔を赤くしながら喚くティアをみて、肩をすくめたジャンヌは再びラルフと向き合う。当のラルフは、ジャンヌから放たれる剥き出しの闘気に当てられ、既に臨戦態勢だ。


「それで、俺に何の用ですか?」

「ふふ、その面構え……もうわかってんだろう?」

「まぁ、そうですね。さすがにこれだけあからさまな闘気をぶつけられれば、嫌でもわかる」


 ラルフはそう言いながら、ポケットからオープンフィンガーグローブを取り出すと、両手に装着する。そして、両の拳を打ち鳴らせば、心は完全に闘争へとシフトする。

 そんなラルフを見て、ジャンヌは目を細める。


「アレットの結婚式でルディガーと戦う姿を見てから、ずぅっと狙っていたけれど……あれから更に強くなったみたいだね」 

「あの結婚式に参加していたんですか」


 ラルフの問いに、ジャンヌが頷く。


「末席とはいえ、アタシも九血族同盟の姫だからね。退屈な他人の結婚式なんて抜け出しちまおうかと思っていたけど……結果的に抜け出さなくて正解だった」


 二年『煌』クラスの中でも問題児とされるジャンヌ・ベルトワーズと、色々と札付きの一年生であるラルフ・ティファートの二人……珍妙な組み合わせに、自然とギャラリーが集まってくる。

 だが、他人など関係ないとばかりに、ジャンヌはラルフを見下ろしたまま、頬を釣り上げるような笑みを浮かべる。


「思わぬ掘り出し物を見つけちまったからね。絶対的な強者を前にしても一歩も引かない強引さ、槍を相手に拳一つで挑む無謀さ、何よりも炎のように激しく燃え盛る激情……久しぶりに滾った」


 言いながら、ジャンヌが爪先で軽く地面を叩く。

 まるで、その動きが合図だったかのように、虚空から出現した白銀のアサルトブーツがジャンヌの足に装着される。


「んふふ、アレットもたまらなかっただろうさ。あれほどまでに捨て身の情熱で求められちまえば、女なら誰だって火照っちまうもんさ」


 ジャンヌはちらりと視線をアレットの方へと向ける。

 恐らく、この場で彼女だけが気が付いただろう……人垣の向こう側、アレットの獣耳がピンと立ってこちらの会話を拾っているという事に。


「ラルフ・ティファート……お前がどれほどの力を持っているかアタシに感じさせてくれよ。アタシの目が節穴で無かったと、ちゃんと証明しとくれ」

「ええ、ガッカリさせないように全力を尽くしますよ」


 拳を握り、構えを取るラルフを見てジャンヌは口笛を吹くと、軽やかな足取りで一気に後退する。神装とは言え、金属製のアサルトブーツを装着しているとは思えない……地面を滑るような足運びだ。

 体のリズムを整えるラルフに、ティアが転がるように近づいてくる。


「ラルフ、負けちゃダメよッ!」

「そりゃもちろんだけど、何でティアがそんなに必死なのさ」

「……女の勘」

「……さいですか」


 肩から力が抜けそうになったラルフだが、何だか妙にティアが鬼気迫っており笑って流すことができない。ふと、視線を感じて周囲を見回せば、遠くからアレットやミリア、チェリルもこちらを注視しているのが見える。


「絶対に負けちゃダメよ! 負けたら、喫茶店のバイトで女装させてウェイトレスさせるから!」

「なんでそんな罰ゲーム背負わないとダメなのさ!? ほらほら、ティアは離れて」


 うーっと唸りながらもティアが素直に離れるのを確認すると、ラルフは懐から生徒手帳を取り出す。そして、ジャンヌの生徒手帳と突きあわせると、二人を緑色のメンタルフィールドが包み込んだ。


 ――相手の武器はアサルトブーツか。


 爪先から膝までを覆う白銀色のアサルトブーツを視界に納めながら、ラルフは目を細める。それを証明するように、ジャンヌはポケットに手を入れたまま、軽くステップを踏んでいる。

 普段ならば、ここでアルティアが助言の一つもしてくれるのだが……今は、霊力の消耗を回復するために非在化しており、何となく頭の上が寂しい。

 無機質な声でカウントダウンが開始される。

 周囲に次々とギャラリーが集まり始めるのを感じながら、ラルフも呼気を絞り込み、戦闘以外の意識を全て削ぎ落とす。凶暴な笑みを剥き出しにするジャンヌを見ながら、ラルフは体を軽く沈める。それは、矢を放つために、弓を引き絞る行為にも似て。

 そして、カウントダウンが……ゼロになる。


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