閑話 ラルフさんと三獣姫①
場所は桜都ナイン・テイル。時はアレット・クロフォードの結婚騒動の時にまで戻る。
由緒ある教会の前――そこで、二人の男がアレットを巡って激闘を繰り広げていた。
一人は武において天賦の才を持つ若者、ルディガー・バルクニル。
一人は救国の英雄の血を引く赤髪の若者、ラルフ・ティファート。
ルディガーのワンサイドゲームになるという大多数の予想を裏切り、繰り広げられる戦いはまさに接戦と言うに相応しいものだった。
残像すら置き去りにする槍の一閃――これを、ラルフは正確無比に拳で弾き返す。
円を描くような軌道で槍を素早く引き戻し、続けざまに繰り出された神速の刺突をギリギリでかいくぐったラルフは、抉り抜くような拳打をルディガーの胴体に叩き込んだ。
胴体を抜ける快音と衝撃――例え大人であっても意識が吹っ飛ぶ威力と衝撃をもらいながらも、ルディガーは歯を食いしばってこれに耐え、旋回させた石突きをラルフの側頭部に叩き付けた。
不意の一撃をもらったラルフがボールのように吹っ飛び、地面に叩き付けられ……しかし、その衝撃を利用して一瞬にして立ち上がって構えを取る。
頭部からは盛大に出血しており、ラルフの顔半分を真紅に染めているが、それでも彼の闘志に微塵も陰りは見られない。そして、それは胴体に強打を受け、喀血するルディガーも同様だ。
一瞬の睨み合いを挟み、双方が同時に地を蹴った。
再び繰り広げられる拳と槍の狂騒。激音が鳴り響き、咆哮が空気を激しく鳴動させる。
周囲の観客たちは二人の白熱した戦い引っ張られるように熱狂し、次々と飛び交う声援が場を更に賑やかにしてゆく。
そして……観客の中で緑色の髪を持つ女性が、腕を組んで二人の戦いを見ていた。
彼女の視線の先……そこにいるのは、赤髪の少年ラルフ・ティファートだ。
彼女は先ほどからずっとラルフを見つめ続けているのである。
ルディガー・バルクニルが強いことは周知の事実だ。武の神に愛されているという評価は決して大げさなものではなく、あの男の強さは同世代の中では群を抜いている。
ならば、そのルディガーに喰らいついていくヒューマニスの少年は一体何者なのか。
突出した技術があるわけではなく、馬鹿げた身体能力を有しているわけでもなく、一発逆転の奇策を有している訳でもない。
圧倒的ともいえる力量の差を埋めているのは、単純明快な――気迫。気力。気合。
それを昇華させた気力法を引っさげ、ただそれだけを武器にしてルディガーと互角以上の戦いを繰り広げているのだ。
その戦いぶりに……あまりにも泥くさく、暑苦しい戦いぶりに彼女はゾクゾクとした愉悦を得る。背筋を這い上がってくる快楽にも似た感覚に、思わず凶暴な笑みがこぼれる。
何と無謀で、不器用で、無様で……潔い戦いぶりか。
「面白いな……あの男」
彼女はそう言って舌なめずりをする。
視線の先、常識外の動きを見せたラルフがルディガーの槍を弾き返し、必殺の拳を叩き込んで勝負を決めている。
倒れ伏すラルフを急いで抱き留めるアレットとミリアを見ると、彼女は踵を返して観客たちから距離を取る。
彼女は帰り道を急ぎながら、ラルフと接触を持つ算段を付け始めたのであった……。
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「そこの先輩! 俺と決闘してくれませんか!」
「ひぃ!? ほ、他の奴をあたってくれないか? 俺は別の後輩の予約が入ってるんだ!」
「そ、そうですか……あ、そこのきょろきょろしてる先輩! 対戦相手の後輩を探してるんですよね! 俺が相手に――」
「い、今決まった! あの後輩と一緒にやる予定が今決まった! い、いやー残念だなー。折角声を掛けてくれたのに残念だなー」
「ぐぬぬ……そこの綺麗な先輩! 俺と――」
「わ、私は霊術師だから、君と模擬戦してもしょうがないかな。ごめんね」
「………………」
本日晴天。
闘技場では一年生と二年生による二度目の上級生交流戦が行われていた。
入学してすぐに行われた上級生交流戦は、目ぼしい新入生を見つけて、リンクの勧誘することを目的として行われていた。
これに対し、今回の交流戦はどちらかと言えば上級生を焚きつけるための行事だったりする。
入学してから半年以上経過し、一年生の中にも力をつけてきた者が多くいる。成長著しい一年生と戦わせることで、たるみ始めた二年生に喝を入れようというのが学院の狙いだ。
事実、一年生の『煌』・『輝』クラスの中には二年生と遜色な実力を身に着けた者も多く、実力伯仲の戦いがそこらで繰り広げられている。
切磋琢磨の言葉がピッタリくるような光景の中、トボトボと歩いている赤髪の男子生徒が一人――ラルフ・ティファートである。
普段は快活を形にしたような少年なのだが、今は見るからに落ち込んでいる。
「あー最初にやりすぎたのかもしれないなぁ……」
ラルフはどこか投げやりに言って、芝生の上にどっかと座りこむ。生徒達がメンタルフィールドを展開して戦う光景を見ながら肩を落とす姿は、欲しい玩具を買ってもらえずに、不貞腐れる子供に似ている。
そんなラルフに弾んだ声が届いた。
「ラルフ! 勝ったわ! 私、上級生に勝ったよ!」
振り返れば、そこには杖型神装<ラズライト>を手に、金髪を風になびかせながら、興奮気味に駆け寄ってくるティア・フローレスの姿が見えた。
「お、勝ったんだ。おめでとう! チェリルとの訓練が実を結んだな!」
ティアは、セイクリッドリッターとの対抗戦後も継続してチェリルとの特訓を続けていたのだが、その成果が地力となって結びついたのだろう。
どこか清々しい表情のティアは、落ち込んだラルフを見て首を傾げる。
「うん! ……って、ラルフはまだ戦う相手が見つからないの?」
「………………おう」
ずどーんと沈み込みながら、ラルフが返事をよこす。そんなラルフに苦笑を向け、ティアが隣に座る。
「皆、俺のことそんなに怖がらなくても良いじゃないかぁ」
「うーん、先輩たちの気持ちも分かるから、私からは何とも言えないわね」
そんなティアの返答に、ラルフは首を傾げる。
「何でさ」
「アンタが強くなりすぎたんでしょ。最初の決闘、見てたわよ……やりすぎ」
そう、この上級生交流戦が始まってすぐ、ラルフは二年生の『輝』クラスの上級生と決闘をすることになったのだ。
相手は好戦的なドミニオス。しかも『輝』クラスだ。
『あのルディガー・バルクニルを真っ向勝負で打ち破った』『シルフェリスの第一近衛と戦って生き残った』『セイクリッドリッターを一撃で壊滅させた』等々……色々と噂の絶えないラルフの実力が本当の所どんなものなのか、上級生は確かめたかったのだろう。
それは他の上級生達も同じだったようで、多くのギャラリーがラルフ達の決闘を見るために集まってきた。
異様な熱気に包まれる中、決闘の火蓋が切って落とされ……ほぼ同時に、幕を下ろした。
気力法を発動したラルフが一瞬で肉薄し、呆気にとられた相手の胴体にブレイズインパクトで風穴を開けたのである。
メンタルフィールドのダメージ許容量を思いっきり振り切る一撃をもらった上級生は、哀れ、何が起こったのかすら認識できずに消し飛んだ。ちなみに、本体は今もまだ目を覚ましていない。
ほんの一瞬だったものの……その動きは明らかに学生の領分を大きく逸脱していた。
メンタルフィールド内とはいえ、屈強なドミニオスの大男が拳一つで消し飛び、ブレイズインパクトの衝撃で芝生が一気に燃え尽きるという光景はショッキング極まりなく……。
この光景を前にした上級生は一様に顔色を無くした。
そして、誰もが思ったことだろう――あぁ、コイツと戦うのはマズイ、と。
それ以後、誰もラルフと決闘をしてくれなくなって今に至る。
「ラルフ、この一年で見違えるほど強くなったもんね。そりゃ、怖くて誰も戦わないわよ」
「そうかぁ? 俺より強い奴なんて腐るほどいるぞ?」
「それは学園外込みの話でしょ。アンタの見ている場所と、学院生が見ている場所がすでに違うのよ」
そう、ラルフが見てきた、戦ってきた相手は学園外の強敵であることが多かった。
圧倒的な力を振るう相手を前にして、ラルフは死にもの狂いで鍛錬を積み、短期間でめきめきと実力を伸ばし……そして真っ向から打倒してきた。
だからこそ、認識のずれが生じた。
ラルフの見ている世界は、もはや『学院』という枠に留まっていないのだ。大海を知ってしまった蛙は、もう二度と井戸という限られた空間を広いとは思えないだろう。
「そうかなー?」
「そうなの」
そして、当の本人だけがそのズレを認識できていないのが現状だったりする。
腕を組んでしきりに首を傾げているラルフの隣で、ティアがジトッとした半眼を向けてくる。
「だって、本気を出したラルフの動きって目で追えないもん。クロフォード先輩とラルフが模擬戦してると、何が起こってるのか分かんないし」
「あっははは。またまた」
「何でこんなことで私が謙遜しなきゃなんないのよ」
最近では、三年生ですらラルフが決闘を申し込むと逃げていく始末で、まともに相手してくれるのは、アレットぐらいしかいない。ちなみにだが、グレン・ロードにも決闘を何度か申し込んでいるのだが……『好物は最後まで取っておく派でな』と言ってはぐらかされている。
ラルフは勢いよく立ち上がると、ティアに向き直る。
「よし、なら俺と決闘してみようか、ティア!」
「却下」
「なんでさー! 強くなったのなら俺と戦ってもいいじゃん!!」
「いやよ。私は自分のお腹に風穴開ける趣味はないの」
「…………痩せるんじゃない?」
「ほぉぉ、そういうこと言うのはこの口? この口? んん?」
「ごめんなひゃい! ほめんなひゃい!」
頬を左右に伸ばされラルフが悲鳴を上げる。
真っ赤になるまでラルフの頬をこね回したティアは、半眼を向けてくる。
「そんなに戦いたいならクロフォード先輩に勝負を挑んでくればいいじゃない」
ティアのそんな言葉に、ラルフは無言でとある方向を指差す。