幕間 ???
フェイムダルト島のほぼ中央に位置するフェイムダルト神装学院。そこから北に位置する小高い丘に『彼女』は立っていた。
周囲はすでに闇に没し、天に浮かぶ月だけが淡い光で地上を照らしている。
「…………」
『彼女』が見据えるのは北――ちょうど、浮遊大陸エア・クリアが存在している方角だ。
『彼女』から見えるのはシルフェリスの大使館と、そこから先に広がる夜の海。
ぼんやりと月明かりに照らされた海は、まるで、それ自体が優しく淡い光を放つかのように美しい。そして、それはずっと遠くまで続いており……水平線で空と交わる。
それは何の変哲もない光景。
夜目の利く者であったとしても、『彼女』と同じ位置に立って、同じ場所へ視線を投げかけた所で何かを見つけることなどできはしないだろう。
だが……『彼女』だけはそのずっと先に在るものを感知していた。
燃え盛る炎のような鮮やかな真紅の霊力――創生獣『灼熱のアルティア』が放つ不滅の炎の波動。それは『彼女』にとって馴染み深いものであり、同時に複雑な感情を想起させるモノだった。
「…………」
だが、感じられる霊力の波動はそれだけではない。
アルティアの背後……本人達は気が付いているかどうかわからないが、歪で異質な霊力の波動が接近してきている。
この世界の理から外れし異端の存在――その正体はよく分からない。
ただ、その存在がアルティア達に害をなす者だという事だけは理解できた。
ならば。
「世界を紡ぐ森羅万象の理よ。我が願いに応えて力を成せ」
可憐な唇から紡がれる言葉が、世界を構成する不可視の機構に触れる。
彼女の背後の空間――そこに、一点だけ白い光が灯る。
そして、その光は猛烈な速度で飛翔し、虚空に巨大な幾何学模様の霊術陣を描き上げる。
人には決して理解できぬ森羅万象を描きだした最上位霊術陣――エメト。
今、この世界で最上位霊術陣エメトをその目で見たことある者は、灼熱のアルティア、蒼海のマーレ、悠久のレニス、深淵のロディンぐらいなものだろう。
すなわちそれは……創生獣クラスでなければ扱うことができぬ力だという事に他ならない。
人の身では辿り着くことのできぬ領域を描きだした霊術陣は、激しく明滅を繰り返し、そして――水平線を穿つかのように、莫大な霊力の奔流を解き放った。
その余波で周囲の木々が根こそぎ吹き飛び、『彼女』が立っている丘の半分が大きく抉れてしまった。尋常ではない霊力の波動を感じとったのだろう……学院に次々と明かりが灯り、俄かに騒がしくなり始めた。
それを無言で見下ろした『彼女』は、誰かに見つかる前に身をひるがえす。
ただ、最後の一度だけ水平線の向こう側を見やると、スッと目を細める。彼女の瞳は、自身が解き放った戦術級の霊術が、狙った通りの結果を叩き出したことをしっかりと確認していたのであった……。
繁忙期が辛い……休日が寝るだけの日々になっている最近です。更新が後ろにずれこんでしまっていること、本当に申し訳ないです。ただ、8月いっぱいは鬼のように忙しいので、もしかしたら、少し更新が遅れるかもしれません。