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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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王都クラフト攻防戦⑤~第一近衛~

 ウォーハンマー――本来は杭などを叩く道具であるハンマーを戦闘に特化させた代物であり、超重武装の一種である。

 攻撃方法は極めてシンプル。

 長い柄を持って振り回し、重量のある槌頭で相手を殴り飛ばすだけ。単純明快ではあるが、超重武装と評されるだけの質量を勢いをつけて叩き付けるのだ……その威力は脅威以外の何物でもない。

 直撃すれば重症は免れないだろう。

 ただ、当然と言えば当然だが重量のある武器を振り回す以上、振り抜くまでに時間がかかるし、一撃一撃が大振りになるためにその軌道は至極読みやすい。

 一撃必殺。ウォーハンマーを言い表すならこの一言に尽きるだろう。


「まぁ、相手の得物が神装である以上、その限りではない……と」


 視線の先で仁王立ちしている第一近衛兵――ジレッド・エシュロットと相対しながら、ラルフはそう呟いた。

 どのような特殊能力を秘めているのか分かったものではないのが神装だ。先入観を抱いたまま戦っては、確実に痛い目を見る。

 拳を軽く握りしめ、愛用のオープンフィンガーグローブの着け心地を確認していると、背後でチェリルが大きくため息をつくのが聞こえてきた。


「油断するなよ、ラルフ君。相手は第一近衛だ……実戦だからと言って、手を抜いていたら君の命が消し飛ぶぞ」

「あぁ、分かってるさ」


 先ほどからビリビリと肌を刺すような尋常ではない闘気を叩きつけられているのだ。目の前の相手は自分よりも格上なのだと、嫌でも実感する。


「可能な限り、俺があのジレッドとかいう人を食い止める。だから、チェリルは――」

「ああ、ボクは自分の身は自分で護れる。だから、君は前衛とか後衛とか、そういうのは気にせずに戦いたまえ。たぶん、そんなこと考える暇もないはずだ」

「…………分かった」


 一瞬反論しそうになったラルフだったが、『第一近衛を知っている』チェリルがそう言うのだ。下手な見栄やプライドは捨て、忠告に従ったほうが良いだろう。

 ラルフが心身を戦闘態勢へと移行させていると、ジレッドが面倒そうに頭を掻いた。


「その様子だと投降はしてくれねぇようだな。んじゃま、しょうがねえ。サフィール、構えろ」

「了解。先陣は任せます」

「おう。さて、あーそこの少年。ラルフだったか?」


 ジレッドはそう言ってウォーハンマーの柄を持ち、槌頭を地面スレスレの高さに持ち上げる。

 柄の握り方から見て、全速力でこちらに接近しつつ、ウォーハンマーを振り上げて大上段から降り抜くつもりなのだろう。少なくとも、超重武装のハンマーをわざわざ下段から上段に向けて振り抜くようなことはすまい。


 ――相手がハンマーを振り抜くタイミングを見極めろ。どれだけ重量のある武器でも、打点をずらしてしまえば、効果は薄い……ッ!


 そう……ラルフは思っていた。

 だが。



「女王陛下の前に突き出すまでは死んでくれるなよ」



 その言葉が合図にして、ジレットを中心にして霊力が爆発する。

 大気が荒れ狂い、石畳が剥がれて同心円状に吹き飛ぶ。周囲の民家が悲鳴を上げるようにギシギシと軋み、そして、気が付いた時には――ジレッドがラルフの目の前に立っていた。


「ッ!?」


 全身が総毛立ち、頭の中で最大級の警鐘が鳴り響く。

 ジレッドの手元がぶれたのを認識した瞬間、ラルフは反射的にハンマーが大上段から降り抜かれる軌道を予測し、拳を繰り出した。

 刹那、衝撃。

 芯を揺さぶるような威力が突き抜け、体がゴミ屑のように吹っ飛ぶ。痛みと共に視界が何度も回転し、ジレッドの姿が猛烈な勢いで遠ざかってゆく。

 近隣にあった民家の壁を二件分ぶち破ってどうにか止まったラルフは、顔を引きつらせながら、よろよろと立ち上がった。


「く……そ……認識が甘かった……」


 ゴキュリと、外れた右肩を強引にハメ直したラルフは、全身を苛む痛みに顔をしかめ……それ以上に、眼前の強敵に戦慄した。

 打点云々を語る以前の問題……疾走一歩目から接敵までの一連の動作が見えなかった。

 辛うじてウォーハンマーを振り抜く瞬間を捉え、ハンマーの打面に拳打を叩き込んで相殺したものの……まともに喰らっていたら、今頃、肉片と化していただろう。


『大丈夫か、ラルフ!』

「あぁ、何とか……」

「そうかね。なら、これで自分がどれだけ甘く考えていたか分かっただろう」

「うお!?」


 肩にしがみ付いていたアルティアとは別の声が聞こえ、驚き振り返れば、ラルフに押し潰されるようにチェリルが地面に転がっていた。

 民家の壁をぶち破る勢いで吹っ飛ばされたにも拘らず、体のダメージが少ないのは、チェリルが間に入って衝撃を緩和してくれたからなのだろう。

 ラルフが急いで退くと、チェリルは立ちあがって服のホコリを払いながら……懐から巻物を取出し、それを空に向けて放り投げた。

 巻物が空中で自動的に紐解かれると、紙面に乗っていた複雑怪奇な数字と文字の羅列がふわりと浮かび上がった(・・・・・・・)。 

 点画を思わせる密度でビッシリと書かれた文字列は、色を得て光り輝き、次の瞬間には極彩色の障壁へと変貌する。

 そして……ラルフを追撃せんと放たれたサフィールの風の霊術を受け止めた。

 霊術と霊術の激突の余波で、雑草を引き抜くかのように周囲の家々が吹き崩れてゆく。現実感の薄い光景を唖然と眺めていたラルフの隣で、チェリルが目を細める。


「『マキシ・エアロ・ブラスト』か。この短時間で発現まで持ってくるとは……やるね」

「舐めた口を叩くなっての、お嬢ちゃん」


 サフィールの一撃を耐え抜いた極彩色の障壁に、間髪入れず激震が走る。

 恐らく、先ほどの霊術の影に隠れて接近してきていたのだろう……ジレッドのウォーハンマーが叩きつけられていた。


「ぬぅぅぅッ!!」


 障壁と干渉し、バリバリと激しい音をたてるウォーハンマーの打面を、ジレッドがさらに押し込みにかかる。


「打ち砕けろぉぉぉぉぉぉッ!!」


 ジレッドの咆哮に呼応して、障壁と拮抗している打面の反対側に霊力が収束し……解放。

 指向性を持って解き放たれた霊力は、それ自体が推進力となってウォーハンマーの威力を底上げする。


「ラルフ君、見ろ。これが先ほど、ジレッドが高速移動してきたネタだ」


 ビシビシと危険な音をたててひび割れてゆく障壁を前にしても、チェリルは平然とした顔をしたまま、ラルフへと語りかける。


「お、おう! それよりも目の前!」

「ん、分かっている。とりあえず……邪魔だよ。消えな」


 チェリルは懐――よくよく見れば、空間拡張式道具袋を仕込んである――から二つの巻物を取出し、左右の手で同時に展開。


「世界を巡る風よ。今こそ我が意志の元に集いて風爆と化せ。エア・ディザスプロージョン」


 

 イィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン―――――――――ッ!!



 ガラスの破片を激しく擦りあわせたような甲高い音が鳴り響き、空気が慟哭し始める。


「スクロールを使うだと……ッ!! くそっ!」


 風の悲鳴を聞いて何か勘付いたのか、ジレッドが悪態をつきながらバックステップを踏む。そして流れるような動作で、ウォーハンマーの槌頭を接地させて飛び乗ると、霊力を逆噴射させて、チェリルと一気に距離を取った。


「随分と器用な後退の仕方だね。でも無駄だ。その鎧の力……削がせてもらう」


 虚空に浮かび上がる文字列が激しく明滅を初め、ラルフを包む世界から、ふっと音が消え去った……次の瞬間、空間が盛大に揺らいだ。

 超高圧縮された風がジレッドとサフィールを巻き込んで炸裂し、空間を歪めながら一切合切を根こそぎ巻き上げて吹き飛ばしてゆく。

 天に向けて逆巻く風が立ち上り、大地に深い轍が刻みつけられる……まさにそれは、天災というに相応しい威力であった。

 先ほどまで、ラルフとチェリルは街の中央に立っていたはずだ……にもかかわらず、今は民家の残骸が瓦礫となって無造作に転がっており、とてもではないが街中などと言える状況ではない。まるで廃墟だ。


「なんだよ……これ……」


 眼前で繰り広げられる光景を前にして、ラルフはただただ呆然と呟く。

 戦闘が開始されて、たった二度、霊術の応酬が行われただけでこれだ。今までラルフが見てきた戦いとは、あまりにもレベルがかけ離れている。

 これこそ、世界トップレベルの霊術戦。俗人が足を踏み入れることすら許されぬ、剥き出しの威力がぶつかり合う戦場。


「ほら、ラルフ君。ボサッとしている暇はないぞ」

「っ!」


 爆心地ともいうべき地点から、砂煙を巻き上げながらジレッドが再接近してくる。それを見たラルフは、グッと歯を食いしばると頬を思いっきり両手で叩いた。


 ――怖気づくな。今までだって格上の相手とばかり戦ってきたはずだ!


 震える呼気を沈めるため、深く息を吸い、大きく吐き出す。


 ――拳を握れ。その理由は自分が一番よく知ってる。


 掌に返ってくる慣れた感触に、浮足立っていた心が落ちてゆく。

 決して譲ることができないラルフ・ティファートを形作る芯……拳を握れば、心の奥底に少年の頃に誓った想いが蘇ってくる。


 ――弱いから逃げるんじゃなくて……弱いから戦うと誓い、弱いから強くなりたいと願った。


 白髪の化け物と蔑まれ、泣いていた大切な妹を護ろうとしたラルフは……けれど、降りかかる暴力に対抗するには、あまりにも弱くて。

 殴られ、蹴られ、叩きのめされ、自身の無力を呪い、悔しさから涙した。


 ――俺の弱さは戦う理由だ。自身が弱者であること、相手が強者であることから逃げるな。


 拳を握り、そして振るう理由は今だって変わらない。

 現に、ラルフを取り巻く状況だって、あの日と何一つ変わっていないではないか。

 眼前に強者がいて、傍には護りたいと願う大切な人がいる。

 そして……今、ここに立っている自分は弱者のままで。


 ――目の前の理不尽を覆すために強くなろうと願った! 俺自身が弱者であるなら、譲れない想いがすぐ傍にあるなら、ここで引いていいはずがない!


 両足が強く地を踏みしめる。

 握りしめた拳が熱を帯び、灼熱を纏う。

 弱気になっていた心には火がくべられ、前を見据える眼光には挑みかかるような光がある。


「気力解放」


 自身が弱者であるからこそ、一歩前に踏みだす勇気を持て

 相手が強者であるならば、その驕りを根底から覆す力を欲しろ。

 弱者とはすなわち――


「死にたくなきゃどけッ!」


 

 強者を打倒するためにいるのだから。



 駆け抜けざまに、ジレッドがウォーハンマーを振り抜く。

 圧縮霊力を解放した勢いに乗せた一撃は、超重武器にあるまじき速度と、それに相応しい威力を兼ね備えている。まさに、一撃必殺という言葉にふさわしい。

 先ほどまでの委縮したラルフならば、回避か、防御を選び突破されてしまったことだろう。

 だが――


「そっちこそ、ぶちのめされたくなかったら、とっとと引けぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 一歩、前へ。

 余波だけで頬肉を抉られそうな一撃を紙一重で回避し、ラルフは一足飛びでジレッドの懐に飛び込んだ。


「な……っッ!?」


 接近してくる最中、ラルフはジレッドが手にしていたウォーハンマーの柄をギリギリまで目視していた。そして、槌頭と柄を合わせた長さを頭の中に叩き込み、ジレッドが振り抜く一撃の射程を予測し、回避してみせたのだ。

 『刺突』や『斬撃』『打撃』など複数の攻撃ができる剣などとは異なり、ハンマーの攻撃方法は基本的に『打撃』しかない。

 つまり、相手の武器の長さを把握してしまえば、初動の位置から攻撃の射程範囲を割り出すことは可能だ。

 もちろん、言うは易いが行うは難い。

 強者とも戦闘の中で磨き抜かれた戦闘センスと、気力法による集中力と身体能力の向上、そしてなによりも、それを実行に移す思い切りの良さがあって初めて為せた妙技だ。

 ラルフの灼熱の拳がジレッドの鎧に直撃し、先ほどとは逆にジレッドが盛大に吹っ飛んでゆく。


 ――追撃を掛けるなら、今!


 拳に返ってきた好感触から、ラルフは地を蹴る足に力を入れる。

 サフィールの霊術も警戒すべきではあるが、そこはチェリルに任せるしかない。今は、目の前の敵に集中し、これを打破するのみ。

 だが……駆け出すよりも先に、服の襟首を後ろから引っ張られた。


「おっと、ラルフ君待ちたまえよ」

「うお!? なんでだよ!」


 思わず文句を言ったラルフだったが……チェリルの言葉が真実であると、すぐに理解することになった。視線の先、あれだけクリーンヒットしたにもかかわらず、何事もなかったかのようにジレッドが立ちあがったのだ。


「いつつつ……ラルフとかいうガキの方もやるじゃないか。二人とも学生の能力じゃねぇ……こりゃ、ちょっと見る目を変えなきゃなんないな」

「油断しすぎです。あんな大振りな攻撃、カウンターで合わせてくれ言っているようなものじゃないですか」

「いや、油断していたのは認めるが、俺の攻撃にカウンターを合わせるの、言うほど簡単じゃねえから」


 何事もなかったかのように会話する二人を見て、ギョッとラルフは目を剥く。


「え、そんな……バカな……」

「あの鎧、オルフィ・マクスウェル直々に祝福を掛けた代物でね。霊術衝撃と物理衝撃を半分ぐらいカットする上に、一度ではあるが完全防御障壁『イージス』まで備えてある化け物装備なんだよ。エア・ディザスプロージョンでイージスの方は潰したから、後はひたすら殴るのみだね」

「なんて卑怯装備だよ、それ……」


 先ほどのチェリルの霊術をもらっても、平然としていたのはそういう理由があったのだろう。

 若干うんざりしながらも、ラルフは再度構えを取る。


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