少年少女、求職中につき
少しずつブクマが増えているようで……ありがたい限りです。
読んでくださっている方に少しでも楽しんでもらえるように頑張ります!
結局、最初の家具店で大きめの棚を一つ買った後は、日用雑貨や保存のきく干物などの食料を大量に買い込むことになった。
その買い物の中で驚いたのが、その買い物の仕方だ。
なんと、硬貨を使わずに生徒手帳を使用して買い物をするのだ。
何でも一時期は直接硬貨を持ち歩いていたらしいのだが、恫喝や暴力でそれを奪うという事件が多発したらしく……現在では、こうして生徒手帳に口座が作られ、そこから直接、使用した分のお金を引き落とす仕組みになっているらしい。
つまり、生徒手帳が財布代わりになっているのだ。
この生徒手帳、メンタルフィールドの発生装置になっていることからも分かる通り、マナマリオスの最新技術が惜しみなく導入されているらしい。
ミスリルコーティングがされているから壊れないとか、内部に組み込まれた『情報なんたら』が個人情報を蓄積しているとか、身分証明を行う上で生体情報をうんたらとか……正直、ラルフは半分も理解できなかったが、とりあえずとんでもなく高性能らしい。
ラルフはこの学院に来てから、まだ一度も買い物をしていないので、あまり実感できていないが……。
まあ、そんなこんなで買い物は済んだわけだが、ここで問題が発生した。
棚は店員が数日後に直接寮まで持ってきてくれることになったのだが……残りはラルフが全部持っていくことになったのである。
ミリアはこうなることを予想していたようで、大きめの手編みの手提げ袋を六枚とザックを用意していた。
おかげで、ラルフは片手に二つずつ、合計四つの袋を両手にぶら下げた上に、ザックを背負ってフラフラになりながら二人に付いていくことになった――まるで、夜逃げしているような気分である。
残りの手提げ袋を一枚ずつミリアとアレットが持ってくれているのはありがたいが……日常的に体を鍛えているラルフでも、さすがにこれだけの荷物を抱えて長時間の行軍は体に応えた。
ミリアもラルフに無理をさせているという自覚はあるのだろう……とりあえず、目ぼしい買い物は済んだということで、現在、一行はアルカディアの中央にある公園のベンチに座って休憩を取っていた。
「ぐあぁ……腕がジンジンするぞ……」
腕をぷらぷらと振りながら、ラルフは空を見上げる。
すでに太陽は沈みかけ、空は澄んだ青色から艶やかな茜色へとその身をやつしている。
これだけの重量の荷物を数時間持って、よく歩いてこれたものだと、ラルフは自分のことながらに感心してしまった。
「はい、兄さん」
若干放心状態でベンチに座り込んでいたラルフの前に、乳白色の液体が入ったゴブレットが差しだされる。
ミリアからそれを受け取ったラルフは、不思議そうに中身を覗き込む。
「これ、なんだ? ミルク……じゃないよな」
「ビースティスの所で採れる果実の搾り汁らしいですよ。口当たりが良くてなかなか美味しかったです」
「あ、ほんとだ。甘いミルクみたいな感じだな」
喉が渇いてたこともあって、最初の一口を味わった後、残りは一気に飲み干してしまった。
霊術で冷やしてあったのか、熱くなった体を冷たい感触が滑り降りていくのはとても心地よい。
「あ゛ー美味かった! ありがとう、ミリア」
「兄さん、アルティアみたいになってますよ。あと、お礼は奢ってくれたアレット姉さんへどうぞ」
あの鳥はどうもアルコールなら何でも良いようで、昨日、料理酒を飲んでは『あ゛あ゛あ゛あ゛~』と至福の顔で酒臭い吐息をばら撒いていた。
まぁ、その代償が今日の二日酔いだが。
「アレット姉ちゃん、ありがとう!」
「……頑張ったラルフにご褒美」
そう言いながら、アレットはにこにこと満足そうに笑っている。
「でも、本当にありがとうございます、アレット姉さん。私達が切羽詰まっているのはそうなんですが……それでも、結構な額のお金を使わせてしまって……」
「……大丈夫。決闘で貯まったポイントを使っただけ。直接お金は使ってないから気にしないで良いよ」
「え? 決闘で勝てばお金貰えるの?」
ラルフの発言にミリアが寒々しい視線を向けてくる。
『やっぱり入学のシオリ読んでねぇなコイツ』という意志がヒシヒシと伝わって来る。
必死にミリアを宥めるラルフの横で、アレットが人差し指を立てた。
「……決闘は異種族間のいざこざを解決するためのシンプルな方法と言うのはラルフも知ってると思うけれど、それは決闘システムの側面の一つ。学生同士が切磋琢磨するための機能でもあるんだよ」
アレットはそう言いながら、革張りの生徒手帳を取り出すと、それを開いて見せた。
『決闘』という見出しの下に細々とした注意書きが書いてある。
「……決闘を行って勝てばポイントが入る。このポイントを使って、学院から支給されるカタログに載っている色んなものと交換ができるの。私は特に欲しいものがなかったから、今までずっと貯めてたんだけど……今日、全部アルカディアで使える商品券に変えたの。あ、商品券って言っても、現物支給じゃなくて、この生徒手帳に全部入ってるんだけど」
「じゃあ、全部使いきってしまったんじゃ……」
「……うぅん、まだ残ってるよ」
「凄いですね。結構買い込んだと思うんですが……。さすがは『煌』ランク筆頭という所でしょうか」
感心したように生徒手帳を覗き込んでいるミリアの隣で、ラルフは興奮したように鼻息を荒くする。
「なあなあ、ミリア。これって俺が毎日のように決闘で連戦連勝を続ければ貧乏を脱出できるんじゃないか!」
「無理です」
ラルフの意見をばっさり切り捨てた上で、ミリアは嘆息する。
「アレット姉さんのように連戦連勝ができればいいですが、さすがに難しいでしょう。それに、今姉さんが持っているポイントは一年間貯めに貯めつづけたものですよ。一日に獲得できるポイントなんてたかが知れてます。たぶん兄さんのことです……決闘は一日五回までしかできないってことも知らないんでしょう?」
ぐうの音も出ないとはこのことだろう。
パクパクと口を動かしながらも次の言葉が出てこないラルフを一瞥すると、ミリアは小さく嘆息する。
「それで兄さん……以前言ってたと思いますが、今日の夜に兄さんの部屋に行きますからね」
「え、なんでさ?」
反射的に返された言葉に対し、ミリアはラルフの首を絞めることで応えた。
「ちょ、チョーク! チョークッ!」
「に・い・さ・ん? 今日の晩までにバイト先を決めておいてくれと言いましたよね?」
「あぁ、言ってた! ミリアさんすごい言ってた! だから頸動脈を圧迫するのは……!!」
「……ふふ、仲良いね」
「どこがさ!?」
悲鳴のような声を上げるラルフ。
幼馴染に昏倒させられそうになっているこの状況のどこに仲良し要素があるのか不明である。
ぬる~くラルフとミリアの戯れを見守っていたアレットだったが……不意に何かを発見したように目を細めた。
「……あれ、フローレスさんじゃないの?」
「え?」
「ん?」
アレットの指差す方向……そこに、ティア・フローレスの姿があった。
黒の片翼は良く目立つので見間違いではあるまい。
ちょうどドミニオスの郷土料理店から出てくるところのようだ……ただ、食事をしてきたという訳ではないようで、暗い表情で大きく肩を落としている。
「あれは……?」
そして、ティアがその手に持っている物……それはラルフが以前、ティアに見せたアルバイトできる店舗一覧が載っている冊子だ。
ミリアとアレットもそれに気が付いたのか、軽く首を傾げている。
「ティアさん、求職活動でもしてるんですか?」
「いや、この前聞いた時は興味ないって言ってたけど。そもそも、シルフェリスのティアはアルバイトする必要はないだろ? ……黒翼が原因で給料がもらえないとかじゃないよな?」
「いや、さすがにそれは……ないと思いますが」
フェイムダルト神装学院は各国合同で造られた施設であり、シルフェリスの事情だけで学生の生活が脅かされることはあってはならない。
ラルフやミリアのように国自体が傾いている事情で生活苦になっているのは例外中の例外なのである。
「おーい、ティア!」
ラルフが声を張り上げると、とぼとぼと歩いていたティアの背中がビクッと跳ねあがった。
振り向くと同時にその手に持っていた求人情報誌をサッと背中に隠したが、すでに時遅しである。
「ら、ラルフ……。それに、ミリアにクロフォード先輩まで」
「今日はアレット姉ちゃんに色々と日用雑貨を買ってもらいに来たんだ。ティアは……職探し?」
ラルフが首を傾げて尋ねると、ティアは観念したようにため息をつき、気まずそうに首を縦に振った。
「お金が必要なの」
「ふーん、そっか」
ラルフの呆気ない反応が意外だったのか、ティアが続く言葉を警戒するようにじっとラルフの表情をうかがってくる。
対するラルフは苦笑。
「もっと突っ込んで聞いた方が良い?」
「……ありがと」
多少気まずそうに視線をそらしながらティアがポツリと呟く。
これだけ気まずそうにされてるのだ……さすがにデリカシーに欠けるラルフでも、これ以上追及するのは無遠慮だと分かる。
だから、違う方向から質問を投げかけることにした。
「それで、働く店は見つかったのぶほぉッ!?」
次の瞬間、無言でわき腹にミリアの肘鉄が炸裂した。
「すみません、ティアさん。兄にはこの後きちんと教育を施しますので」
「良いのよ別に。そこまで気を遣わなくても」
容赦なく叩きこまれたのか、結構痛い。
わき腹を押さえて呻いていると、励ますようにアレットにポンポンと頭を撫でられた……もう、兄の威厳もへったくれもない。
そんな三人の前で、ティアは自分の漆黒の翼に指を通す。
「やっぱり、この黒い翼がダメみたい……不便よね」
黒の翼は重罪人の象徴。
そんな翼を持った少女が働いていると知られれば、少なくともシルフェリスの客足は遠のくだろう。
店側としてはわざわざそのようなリスクを抱え込みたくはあるまい。
ただ……それはラルフやミリアからしても他人事ではない。
「私達も物珍しいヒューマニスですからね。他種族みたいにすんなりとはいかない気がしてます。ヒューマニスってだけで見下す人も多いですから」
そう、ラルフとミリアはヒューマニス。ティアほどではないにしろ、色物であることには変わりない。
本格的に求職活動をしているわけではないが、困難を極めることは容易に想像がつく。
ティアとミリアが互いにため息をついていると、その間にひょっこりとアレットが顔を出した。
「……二人ともアルバイト探してるの?」
「えぇ。ヒューマニスに支給されるお金はほとんどありませんから。生活するために働かないといけないんです」
「私もちょっとお金が必要で……」
「……ふむふむ」
アレットは何か考えるように顎に手を当てて、空を仰いでいたが……何か納得したように頷いた。
「……アルバイト先、紹介してあげられるかも。厨房に一人、裏方に一人、給仕が一人で合計三人欲しいって言ってたし」
「え、本当ですか!?」
よほど多くの店で断られてきたのだろう……その言葉にパッと表情を明るくするティア。
だが、その横ではミリアが若干怪訝そうな表情をしている。
「ですがアレット姉さん。さっきも言いましたが私達は変わり者ばかりですよ。そんな人間を丸ごと雇ってもらえる場所なんて……」
「……いいからいいから」
ふにゃっと笑いながらアレットは手招きをしながらさっさと歩いて行ってしまう。
ミリアとティアは顔を戸惑うように顔を見合わせたが、覚悟を決めたのかその後に付いて歩き出す。
「ほら兄さん。呻いてないで行きますよ」
「誰のせいだと思ってんだ……!?」
ラルフはそう言って噛みつくものの、ミリアは涼しい顔でさっさと歩いて行ってしまった。
ぐぬぬ、とラルフは唸りながらも、その後をついてゆくのであった。