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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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王都クラフト攻防戦③

「いってぇぇっ!?」


 訳が分からないまま視界が一回転し、何の準備もなく尻に衝撃が来たことで、ラルフは悲鳴にも似た声を上げて悶える羽目になった。


「ふぅ……これで少しは時間を稼げるかな」


 そして、ラルフの隣では、見事に着地を決めたチェリルが一息ついていた。


「いててて。一体なんだよ……人ごみの中にぶち込まれたと思ったら、視界が真っ暗になって、気が付けば……って、ここは?」


 尻をさすりながら周囲を見回したラルフは、そこで改めて頭上に疑問符を浮かべた。

 先ほどまでの狂乱騒ぎの大通りではなく……そこは、喧騒という言葉から切り離されたかのような静寂に満たされた空間だった。

 どこかの家の屋内だ。

 長いこと使われていなかったのだろう。窓から差し込んでくる月明かりが、ふわりと浮かび上がるホコリをキラキラと煌めかせている。ただ、例外的に、机とベッドだけは最近使っていたかのように、ホコリが溜まっていない。

 そもそも物が極端に少なく、家具は必要最小限。小物の類は中身の入っていない写真立てぐらいしかない。

 ラルフは知らないが、ここは本物のチェリルが浮遊大陸エア・クリアに飛ばされたばかりの時に訪れた家だった。


「あぁ、ここはボクの……んー、まぁ、隠れ家って感じかな」

「隠れ家……? 」


 ラルフがオウム返しにすると、チェリルは小さく頷いた。


「ボクと、ボクの友人にとって首都クラフトは魔窟みたいなもんだったからね。この家は、身の安全を確保するためにも、一定の道順を行かないと辿り着けないような細工がしてあるのさ。まさに隠れ家、だろ?」

「ここが魔窟? それは、チェリルの中のアンタの事情……だよな」


 ラルフが言うと、チェリルの中にいる『誰か』は苦笑を浮かべてみせる。


「さて、どうだろうね。まぁ、チェリルは学院に通うまで、マナマリオスの首都であるセルクルから出たことがない、とだけ言っておこう」

「ふぅむ……って、あれ」


 ラルフはそう言いながら、自分が座り込んでいる床面に、緻密な霊術陣が刻み込まれていることに気が付いた。


「これ、転送陣か?」

「あぁ、チェリルは自分でも把握していなかったようだが……この<ルヴェニ>にも君たちの神装と同じように特殊能力があってね。黄金球と白銀球には一つずつ霊術陣を記憶させ、それを発動させることができるんだよ」


 そう言いながら、チェリルは爪先で転送陣を軽く叩く。


「だから、事前にここに転送陣を描いておけば、いざという時に<ルヴェニ>の中に記憶させていた対の転送陣を起動させて緊急退避が出来るってわけさ」

「へぇ、便利だな……って、なら俺が暴徒化した一般市民さんの中に蹴り飛ばされた意味は何だったんだよ!? 早く使ってよ!?」


 ラルフが至極もっともな文句を言うと、チェリルは甘いと言わんばかりに指を振った。


「ああやって、『煙に紛れてどこかに逃げました』って演出が大切なのだろう。今頃、連中は目を皿にしてあそこ周辺を捜しているはずだ。まさか、そこから遠く離れたこの家に転送してるなんて、夢にも思ってないはずさ」


 チェリルはそう言って軽く肩をすくめた。

 補足すると……たった五日間という極めて短い時間で、緻密極まりない転送陣を二つも描くという行為自体が規格外なのだ。転送陣を専門に描く霊術師もいるが……彼等をして、最短で二十日は掛かる。

 これだけでも、チェリルの中にいる『彼女』がどれだけ規格外かが分かるというものだろう。


「最良なのは、エルデピラー港に直接霊術陣を描き、一瞬でそこへ行くことだが……見知らぬ第三者に邪魔される可能性もあるしね。ま、それ以前に顔バレしていて、王都から出られなかったというのが大きいんだが」

「じゃぁ、なんだ。さっきまでの逃走劇は、チェリルにとって予定調和だったって……そういうこと?」

「そうでもないさ。ザイナリアはボクが予想していた以上に、君の身柄を欲しがっていたしね。目くらましせずにここに来てたら、ローラー作戦でここも見つかっていただろうよ」


 くあぁぁ、と大きなあくびをしてチェリルは軽く首を回す。

「ま、アルティア君の準備ができるまでここで息を潜めていればいい。残り20分ぐらいなら、そうそう見つかりは――」


 そう言って、ベッドのある部屋へ移動するチェリルを見ていたラルフの背筋に、ぞくりと悪寒が走った。数多の戦闘の中で磨き抜いたラルフの直感が警告を発する。

 根拠も何もない……けれど、幾度もラルフを助けてきた警鐘を聞いた瞬間、ラルフは問答無用でチェリルを抱えると、飛び込むようにして家の端の方へと退避した。

 ほぼ同タイミングで『何か』が轟音と共に天井を割り砕き、床面を盛大に陥没させる。

 暴力的な勢いで吹き荒れる破材をスカーレットスティールで弾きながら、ラルフは充満する煙の向こう側で立ち上がる『何か』を見定めるために、視線を鋭くする。


「おいおい、マジかよ……見ろ、サフィール。ザイナリアのオッサンの言った通りマジで家があったぞ。どうするんだよ、これ」

「ジレッド、無駄話をしている暇はありませんよ。中には女王陛下に仇為す害虫がいるのです。気を引き締めなければ」


 もうもうと立ち上る煙の向こう側、聞こえてきた声は二人分。

 一人は身の丈以上の巨大なウォーハンマーを肩に担いだ、ジレッドと呼ばれた黒髪黒瞳の男だ。

 この家を大破させたのは、この男のウォーハンマーの一撃だと思って間違いないだろう。眠たそうに下りた目蓋や、気だるそうな雰囲気とは対照的に、その立ち姿には一切の隙がない。

 身に纏っているのは白銀色をしたプレートアーマーだが……今まで見た近衛兵のそれよりも、格段に物が良い。ラルフの目には、プレートアーマーそれ自体が霊力を発しているのを正確に捉えていた。


 そして、男の後ろにはサフィールと呼ばれた蒼髪蒼瞳の女性が控えている。

 こちらはジレッドと同じ形状・材質でありながらも軽量化された鎧――フリューテッドアーマーを着こみ、大きな宝珠が埋め込まれた杖を手にしている。

 ラルフが一足飛びで接近できないギリギリの距離に陣取っており、鋭い瞳で油断なくこちらを観察している……この女性もまた、隙のない身のこなしをしている。

 一目でわかる。この二人……ラルフがこの浮遊大陸に来て戦った誰よりも強い。


「いやはや、今回は君の直感に助けられたよ……」

「お、おう。大丈夫か?」


 チェリルはラルフの問いかけに頷いて応えると、立ち塞がるジレッドとサフィールを見据えて、難しい顔をした。


「まさか本当に第一近衛が出てくるなんてね。しかも、ピンポイントにこの場所を狙って……ってことは、ここに隠れ家があるってことを見透かされていたわけか。少なくとも、シルフェリスにはこの隠蔽の霊術を看破するほどの霊術の知識はないはずなんだけどね。力技で何とかできるオルフィは別として、だけど」


 そこまで言って、チェリルは小さくため息をつく。


「人造インフィニティー計画――ボク達が思っていた以上に闇が深いね。本当の黒幕は、ザイナリアではないのかもしれない……」

「チェリル、第一近衛兵って言ったけど、もしかして、今目の前にいるのが?」


 ラルフの問いかけに、チェリルが頷いて応える。


「そうさ。シルフェリス王家の護剣にして、A級冒険者にすら匹敵する実力を有する者――それこそが第一近衛兵さ」


 つまり、S級冒険者であるゴルドやフェリオには及ばないまでも……それに近しい実力を持った者達という事だ。少なくとも、今まで戦ってきた第三近衛兵とは比較にもならぬ一騎当千の力を持っていることだろう。


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