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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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王都クラフト攻防戦①

今月になってお仕事が繁忙期に突入……基本的に水・日曜日で更新していますが、今月は更新が間に合わないときがあるかもしれません。楽しみにされている方がいらっしゃったら、本当にすみません……!

 天空に浮かぶ大陸エア・クリア。そこに住まうシルフェリス達の都であるクラフト。

 月が空高くにのぼるこの時間帯……最も人口の多いこの都でも、ほとんどの者が眠りにつき、翌日に備えて休息を取っている。

 深く、静かで、けれど、どこか優しい沈黙と闇に包み込まれているはずなのだが、今日ばかりは例外だった。


「逃がすな! 生死は問わんとザイナリア様からの指示である! 全力で攻撃を仕掛けろ! 我らが女王オルフィ・マクスウェル様に仇為す不逞のやからおぶぅ!?」

「君、うるさいね。ちょっと黙ってな」

「うわぁ、鼻が陥没してた気がするんだけど、大丈夫かよ……」


 剣を振りかざし、先陣を切って部隊を鼓舞していた近衛兵の顔面に、光弾が炸裂する。

 ド派手に吹っ飛ぶ近衛兵をラルフが横目で見ていると、チェリルが並走しながら顎で進行方向を指す。


「一端、路地裏に逃げ込むよ、そこで迎撃する。君はボクの壁となって全力であいつらを堰き止めておきたまえ」

「分かってるけど、言い方ってもんを考えろよ!?」


 叫びつつ、ラルフは鋭くターンを描き、路地裏へと飛びこむ。

 どこか雑然とした細い路地へ入り込んだラルフは、走りながら地面に置いてあったバケツを蹴り上げる。そして、放物線を描いて降りてきたバケツを手に取ると同時に、背後に向かって全力投球。

 快音と共に、今まさに霊術を行使しようとしていた近衛兵に見事に命中する。


「いよっし!」


 それを確認したラルフはその場で反転――拳を握りしめて、全速力で相手に向かって突進する。

 予想を上回るラルフの突進力と、思い切りの良さに先頭の近衛兵が目を見開く。その隙に懐に入り込んだラルフは、近衛兵の腹に全力の拳打を見舞った。

 打撃音と共に吹き飛んだ近衛兵が、民家の壁面をかち割って向う側へと消えてゆく。

 民家の中の人に心の中で詫びながら、続けざまに襲いかかってきた近衛兵の槍型神装を拳で払いのけた――その瞬間、ラルフの後方より飛翔した大量の光弾が、近衛兵に向かって襲い掛かる。

 まさに光の洪水。

 ラルフに斬り掛かろうとしている者も、後方で霊術の詠唱をしている者も、全て等しく叩き伏せてしまう。


「うわ……」

「ほら、こっちだ。ボーっとしてないで早く来たまえ」


 軽やかに地面を蹴って駆けてゆくチェリルの後をラルフも慌てて追い駆ける。

 その時、ふと違和感に気が付いた。


「なぁ、チェリル……何でチェリルが俺と並走できているんだ?」


 そう、体力がすっからかんな上に、足まで遅いチェリルはとてもではないがラルフと並走などできない。学院での逃走劇の時は、ラルフが担いで移動していたぐらいだ。

 にもかかわらず、今のチェリルはラルフの隣を息一つ切らさずに平然と走り抜けている。


「今日のボクは特別製だからね。それで納得しておきたまえ。納得がいかないというのならば、風の霊術を応用した疑似的身体強化方法と、それを魔術と併用した際の効果について事細かく説明してもいいよ。ただし、聞いたら最低でも四万字程度のレポートを提出してもらう」

「チェリルって凄いんだな!」

「その諦めの良さは嫌いではないな……ストップ」


 チェリルの合図に急いで足を止めて物陰に隠れると、少し離れた所を近衛兵達の部隊が足早に駆けていくところだった。

 息を殺して部隊が過ぎるのを待っているラルフの隣では、神装<ルヴェニ>の黄金球――通称金ちゃん――を虚空に浮かべて難しい顔をしているチェリルがいる。


「ふーむ、ザイナリアは割と本気で君を逃がしたくないみたいだね。王都クラフトの各出入口に第二近衛兵の部隊を配置しているか……ボクと君の二人で第二近衛兵を相手するのはちょっときついかな」

「なに見てるの?」


 チェリルは黄金球に映し出される映像を目線でチェックしながら、銀球――通称銀ちゃん――を高速で操作している。

 んー? と若干おざなりに返事をし、作業を続けながらチェリルが口を開く。


「君が捕えられている間に、ボクもそれなりの下準備をしてきたのさ。この王都中に霊術によるトラップを仕掛けたり、いくつも『目』を仕掛けたりね。正規の出入り口を使わずにクラフトから脱出するルートもいくつか用意してたんだけど……」


 そう言いながら、チェリルは苛立たしげに頭を掻く。


「チッ、あの腐れ外道め……人間を駒に見立てたチェスじゃ、アイツの裏を掻くのは難しいか。堂々と第二近衛兵を正規の出入り口に立たせてるのは、むしろこちらを非正規の脱出口へ誘導するためと見て間違いないか。こちらが『目』を使って王都を俯瞰的に見てるところまでは気付かれていないと思いたいけれど……」

「…………」


 ここにはいないザイナリア卿を相手取り、王都をボードに例えたチェスを繰り広げる。そんなチェリルを見ながら、ラルフは密かに眉をひそめる。

 確かに、チェリルは頭の回転が速く、利発な少女だ。

 しかし、世間知らずな面が多分にあり、知識や理屈が先立つ頭でっかちな考えをしている所がある。もっと言ってしまえば、人生経験が圧倒的に足りていないのである。

 チェリルの言葉が机上の空論になりがちなのはそう言う理由があるためだ。

 だが……今、ラルフの目の前にいるチェリルは違う。

 その瞳に宿るのは強い理性と知性、そして……牙を研ぎ澄まして獲物を狙う狼にも通じる狡猾さだ。少しでも相手が隙を見せれば、その瞬間、彼女の牙はその喉元に喰らいつくことだろう。

 更にいえば戦闘でもその違和感が際立つ。

 普段はどちらかと言えばチェリルにラルフが合わせるような戦い方をすることが多い。これは、チェリルが戦いに慣れていないこともあって、全体の流れを読むことができていないからだ。

 しかし、今のチェリルはラルフの動きを阻害することなく霊術を繰り出している。

 ラルフが後退する瞬間、相手が霊術を使う瞬間、得物と得物がぶつかり合い拮抗している瞬間――その時その時のパワーバランスを的確に見抜き、最善のタイミングで霊術の援護を放ってくる。

 ラルフ以上に戦い慣れた、歴戦と言っても過言ではない先見の明がそこにはある。


「ふふ、随分とボクに熱い視線を送ってくれるじゃないか」

「……アンタは一体何者なんだ?」


 口元を軽く上げてニヒルな笑みを浮かべるチェリルに、ラルフは若干の警戒心を抱きながらもそう問い掛ける。

 以前、星誕祭でも感じたチェリルがチェリルではないような違和感……その正体が、目の前の彼女なのだろうと、ラルフの直感が告げている。


「何言ってるんだい、ボクはチェリル・ミオ・レインフィールドだよ? 君の目にはボクがそれ以外の誰かに見えるというのかい?」

「見た目だけなら確かにチェリルだ。でも……中身が違う」

「先ほども言っただろう? 今日のボクは特別製だ、という事で納得しておきたまえよ。少なくとも、ボクが君とチェリルの味方であることだけは断言しておこう。それに、そんな事で問答を繰り返しているほど、今は悠長に構えてはいられないだろう?」

「そりゃそうだろうけどさ……」


 言外に『自分はチェリルではない』と言う目の前の女性に、ラルフは戸惑いを隠せないが……確かに、ザイナリア卿を敵に回してもこうしてラルフを助けてくれている所を見るに、敵ではないことは確かだ。

 警戒を解かないラルフを見て、チェリルは高速で作業を進めながらも、フッと笑顔の質を変える。


「君は心の底からチェリルを大切な友人だと思ってくれているんだね。まあ、陳腐な言葉ではあるが……友人ってのは何物にも代えられないモノだからね。これからも、この子と仲よくしてやっておくれ」

「………………」


 ラルフが何とも言えない表情をしていると、肩に止まっているアルティアが鋭い視線をチェリルに向けながら口を開いた。


『随分と変わった魂をしているな、チェリルの中の者よ』

「創生獣か。君には人の魂を見通すだけの力があるのかい? 実に興味深いね」

『今は力を失っているが故に、雑感程度なものだがな。ただ、ラルフよ……今はこの者の言葉に従うしかあるまい。この者、やろうと思えば魂の主導権をチェリルから剥奪できるほどに力を持っている』

「はぁ!?」


 変な声を上げるラルフに、チェリルは困ったように眉を寄せる。


「だから悪いようにはしないって。ま、どうしてもボクを信じられないって言うならボクはここでチェリルに魂の主導権を返しても良いよ。ただ……その時は世間知らずなこの子と、地理に不案内な君だけでこの窮地を脱しなければならない。できるかい?」

「………………」

「その不信感と警戒心は、裏を返せばチェリルを大切に思ってくれている証拠でもある。心地良さすら感じるね」


 微妙な葛藤を抱くラルフを尻目に、チェリルは顎をさすりながら黄金球を睨み据える。


「ふーむ、エルデピラー港で学院行きの小型の浮島ラグーンをジャックするところは問題なさそうだけど、ここを脱出するのが予想以上に骨だね、こりゃ」

『それについてだが、少しいいか?』


 チェリルの独り言に反応して、アルティアが口を挟む。


『この王都脱出に関しては私に任せてはくれないか。トゥインクルクリスタルから霊力を充填するまでもう少し掛かるが……時間さえ稼いでくれれば、何とかしよう』

「時間稼ぎ……ね。王都クラフトでは、それが一番難しいんだがね。可能なら電撃戦で行きたかったんだけど」

「どこかに隠れていればいいんじゃない?」


 難しい顔をして腕を組むチェリルに、ラルフは至極まっとうな意見をぶつける。

 王都クラフトは理路整然と家々が並んでいるという訳ではなく、割と雑然としている所がある。それこそ、物陰などいくらでもあるわけだから、そこに身をひそめていればいいだけの話だ。

 そんなラルフの意見にチェリルが頷き返す。


「普通に考えればそうだね。けど、問題点は『シルフェリスの王都』って部分だ。いいかい、ここの――」

「ここにいたわ―――!! 脱獄犯がここにいますよ―! 近衛兵さ――ん!!」


 チェリルの言葉を遮るように、突如として叫び声が聞こえてくる。

 ギョッと目を剥いて声の方を向いてみれば……そこには、ごく平凡なシルフェリスの女性が大声を張り上げていた。


「え、あ、ちょ、えぇ!?」

「あぁ、やっぱりこうなったか……」


 チェリルが大きくため息をつきながら片手で<ルヴェニ>を操作し、人差し指を女性に向けると、叫び声をあげていた女性はパタッと倒れ伏した。

 恐らく、何らかの霊術で彼女を昏倒させたのだろう。


「ほら見たか、ラルフ君。厄介なのはここだ。ここはシルフェリスの都……彼らの内輪での結束力の強さは君もよーく知っているだろう。おまけに君は信仰の対象ともなっているオルフィ女王を誘拐しようとした重罪人だ。ぶっちゃけ、敵は近衛兵だけなんて、甘っちょろい考えは今すぐに捨てたまえ」

「えぇっと……つまりなんだ……俺達の敵ってのは――」


 ラルフが最後まで言い終わるより先に、裏路地に面した全ての扉という扉が一斉に開け放たれる。

 そして、そこから出てきたのは……各々に武器を持った市井の人々だ。

 ほぼ例外なく怒りを浮かべながら、じりじりと近づいてくるシルフェリス達を見ながら、チェリルは爪先で軽く地面を叩く。


「ま、平たく言うと――ボク達の敵はこの王都クラフトに住まうシルフェリス『全て』だ」

「う、嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」


 ラルフの悲鳴を皮切りに、怒れる暴徒と化した市井の人々が一斉に襲い掛かってきたのであった……。


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