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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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脱獄開始!

 ラルフが投獄されてから七日目――脱獄決行の日である。

 時間は深夜。誰もが眠りについた時間帯に、ラルフは牢屋の中で体をほぐしながらアルティアから連絡が来るのを待っていた。

 この数日間で、アルティアがオルフィ女王と連絡を取り、脱獄の手伝いを了承してくれた……らしい。そこら辺は、さすがに本人に直接会って話している訳ではないので何とも言えないが、あの人の好い女王のことだ……約束を違えるようなことはしないだろう。

 今回の脱獄の段取りはこうだ。

 まず、深夜になってアルティアがこの牢屋から出発。

 階下の看守の部屋で非在化したまま、窓の傍で待機しておく。そして、城の二階の窓でオルフィが手を振ったのを確認して、こっそりと牢の鍵を奪取。

 その鍵を使ってラルフが脱獄し、油断しきっている看守を強襲して縄で縛りあげる。

 それから一気に塔を駆けおり、地上でオルフィと合流。マナマリオス用のローブを頭から被り、来賓に成りすまして、大胆に城の中を突っ切り脱出。その後は、街で待っているチェリルと合流してクラフトから離れることになっている。

 割と行き当たりばったりな所もあるが、突貫工事の割には上出来と言ったところか。

 すでにアルティアは看守の部屋へと向かっているので、今頃オルフィからの合図を待っているのだろう。


「しかし、君がいなくなってしまったらまた寂しくなってしまうね」


 緊張感をみなぎらせながら、入念に柔軟体操をしていたラルフに、ブライアンが話しかけてくる。その様子は普段となんら変わらず、飄々としている。

 ブライアンのそんな姿を見て、ラルフは小さな疑問を口に出す。


「ブライアンおじさんは脱獄したいと思わないんですか? アルティアが看守の鍵を持ってきてくれたら、おじさんの牢も開錠できる。そうすれば貴方だってここから逃げられるはずだ」


 正直、ラルフはブライアンが一緒に行きたいというならば拒むつもりはなかった。この七日間、ブライアント生活をともにしたわけだが、どう見てもこの男は悪人に見えない。

 ラルフの見る目がないだけ、と言われてしまえばそれまでだが……少なくとも、両翼を黒に染められなくてはならないほどの罪を、本当に犯したのか疑問が残る。

 ラルフの破格ともいえる申し出に対し……ブライアンはどこか申し訳なさそうに笑う。


「申し出はありがたいだがね。それは無理だな」

「なんで!?」

「私が脱獄した場合、妻と娘がタダでは済まない。少なくとも、ザイナリア卿であれば私の代わりに妻と娘を牢獄に入れるなり、さらし首にするなりするだろうな」

「…………」


 完全に二の句が告げなくなっているラルフに、ブライアンは軽く肩をすくめてみせる。


「正直言わせてもらえば、今回の脱獄の件……ザイナリア卿なら予想していてもおかしくはない。最後の最後まで気を抜かないことだ」

「……はい」

『りゃりゅふ!』


 その時、鍵束をくわえたアルティアが飛んできた。

 ラルフは頷き返すと、鉄格子から手を突きだして鍵を受け取り、素早く開錠。数日ぶりに牢屋から外へと足を踏み出した。


「よし……こっからが本番だな」

『うむ、急ぐぞ』

「うん、その前に……ブライアンおじさん、色々とお世話になりました」


 深く頭を下げるラルフに、ブライアンは手をひらひらさせて答える。


「私こそ話をする相手ができて楽しかったよ。気を付けて帰るんだよ」

「はい。学院に帰ったら、ティアには『お父さんは怪我も病気もなく元気だった』と伝えておきますね。ブライアン・フローレスさん」


 ラルフがそう言うと、ブライアンは――ティアの父は、目を丸くした。


「気づいていたか……随分と君も人が悪いじゃないか」

「はい、黒翼は『大罪人』の証……そう何人もいるとは思えません。それに、ティアのお父さんは捕まえられているとも聞いていましたから。学院の話を妙に聞きたがるのも引っかかりましたし」

「気が付くのも道理、か」


 ブライアンはため息をつきながら、ポリポリと後頭部を掻いた。


「まぁ、今更父親面してもしょうがないが……私のせいでティアは辛い目に遭っていることだろう。君のような若者が傍に居てくれるなら、親として安心だ。ティアを、よろしく頼む」

「任されました。ただ、ティアは本当に貴方に会いたがっています。早くこんな所から出てきて、両手でティアを抱きしめてあげてください」

「そうだな……」


 ラルフの言葉にブライアンは頷いて返答してみせる。


『ラルフ、名残惜しいのは分かるが、そろそろ急げ!』

「おう、すまん! それでは!」


 ラルフは再度ブライアンに向かって頭を下げると、全速力で階段を駆け下りはじめた……。


――――――――――――――――――――――――――――


 第一関門である看守との攻防は、呆気ないほどにラルフの完勝で終わった。

 数は合計で四名――神装者二名と、普通の衛兵二名だったことを確認したラルフは、不意打ちで神装者二名を沈めると、後の衛兵を普通に殴り倒した。

 神装者がいるのは予想外だったため、一端牢屋に戻り、全員を元いた牢屋にぶち込んで施錠。苦笑いするブライアンに再度挨拶をして、出発となった。

 先行して偵察を行うアルティアと連携しながら、跳ぶような速度で階段を下りてゆく。そして、塔の一階に降りたラルフは物陰に隠れるようにして潜んでいたオルフィを見つけると、目を丸くした。


「うわ、お姫様みたいだ」

「えぇっと、わたくし、一応、女王ですので……」


 霊術による隠ぺいを施したうえで物陰に隠れていた彼女は、ふんわりとしたドレスを身に纏っていた。頭には宝石が埋め込まれたティアラを冠し、首元には嫌味にならない程度の装飾が施されたネックレス。そして、指と腕にもブレスレットと指輪に似た装身具を付けている。

 学院にいた頃は質素な旅装束だったこともあって、この段階になってようやく彼女が女王様なのだと実感できたラルフであった。


「お久しぶりです、ラルフさん。アルティアさんからお話は伺っています。ともかく、移動しながら話をしましょう。まずは、これを頭から被ってください」


 そう言って手渡されたのは青を基調とした、美しい刺繍が施されたフードつきのローブだった。


「話は聞いていると思いますが、マナマリオスの来賓の方が身に着けられるローブです。マナマリオスには、あまり他者との交流を得意としていない方も多くいますので。そう言う時に、このローブを着て城内を移動するのです」

「あぁ……」


 アルベルト・フィス・グレインバーグのような例外はいるものの、ラルフの知っているマナマリオスは大抵引っ込み思案――というか、引きこもりとか、他人に無関心とか、コミュニケーション面に問題ありきな人が多い気がする。

 乾いた笑みを浮かべながら、ラルフはローブを頭から被る。長さもちょうどよく、スッポリと頭の先から爪先まで隠してくれる。

 これは余談だが……小柄な種族であるマナマリオス用のローブは小さく、他種族からすれば子供用ぐらいの大きさしかない。つまり、今回はラルフがチビスケだったことが役に立ったのだが、まぁ、言わぬが華である。

 ラルフはオルフィの後に続いて歩きはじめる。

 マナマリオスの髪は基本的には『青』であるため、赤毛のラルフは髪を見られないように必然的に俯きながら歩くしかない。


「申し訳ありませんでした、ラルフさん。わたくしの見通しが甘かったばかりに、貴方やチェリルさんを巻き込んでしまった……」


 城と塔を繋ぐ細い通路を歩きながら、オルフィが懺悔するように呟く。

 俯きながら歩くラルフに彼女の顔は見えないが……その声には強い悔恨が滲んでいる。


「今、それを言ってもしょうがないって。だからフィーはこうして、危険を冒しても俺の脱獄を手伝ってくれてるんだろ?」

「……こんなことになっても、貴方はまだ、わたくしのことを『フィー』と呼んでくださるんですね」


 そう言った後、彼女はぽつり、ぽつりと言葉をこぼし始める。


「わたくしはシルフェリスの女王にしてインフィニティーのオルフィ・マクスウェル。シルフェリスは絶対王政の政治形態をとっていますから、本来ならわたくしの一存で全てを動かすことができるはずなんです。貴方をこんな境遇に追い詰めるようなことはしたくなかった」


 ただ……と、続けてオルフィは小さくため息をつく。


「実質、この国を動かしているのはザイナリア卿です。わたくしが女王としていられるのは、『インフィニティー』という他国への牽制力を持っており、国民からの支持を集めやすいからに過ぎません。わたくしは……ザイナリア卿の傀儡にすぎないのです」

「でも、フィーはインフィニティーだし、凄い力を持ってるんだろ? なら、ザイナリアなんて押しのけてやればいいのに」


 ラルフの言葉に、オルフィが小さく微笑む気配がした。


「ラルフさん。今、シルフェリスの民はわたくしを熱狂的に支持してくれています。それは何故か……簡単です。わたくしが、彼らにとって偶像だからです」

「偶像……?」

「そう、偶像。伝説の中で語られる無限の霊力を行使する存在……シルフェリスの民を護るインフィニティー。けれど、そんなわたくしが私利私欲のために力を使い、ラルフさんが言うようにザイナリア卿を排除した時……民はわたくしを信仰や忠誠の対象ではなく、恐怖と排斥の象徴として見るようになるでしょう」


 そう言うオルフィの声はどこか悲しげで。


「神と悪魔。英雄と簒奪者。大きな力は、結局の所使い手次第でどのようにも変わるのです。人を害したわたくしは、その時点でインフィニティーではなく、ただの破壊者と成り果てる。そうすれば、この国は混乱の坩堝となることでしょう。資源にも土地にも乏しいこの国は、ザイナリア卿の手腕と、わたくしの『インフィニティー』という看板があってようやく成り立っている状態なのです」

「え、そんなにこの国ってギリギリなの?」

「ええ。ザイナリア卿の手腕あって、何とか回っている状態なのですよ。手段を選ばぬその姿勢に問題はあるとは思いますが……あの人はあの人なりにこの国のことを考えているのだと、わたくしはそう思っています」

「フィーは、この国が好きなの?」

「はい。わたくしが生まれた国ですから」

「そっかぁ……」


 躊躇いなく、オルフィはそう答えるのを聞きながら、ラルフは思い出す。

 誰もが手さぐりで生きている――過去、父であるゴルドはラルフにそう語った。今回、ラルフを投獄したザイナリアだが、オルフィが言うように彼には彼の信念があるのかもしれない。

 まあ、だから許せるのかというと、また話は別だが。


「ラルフさん、そろそろ近衛兵達が行き来する城内へ入ります。これ以後は、一切口を開かないようにお願いします」

「あ、うん。でもその前にさ……」


 周囲に誰もいないことを確認し、ラルフは顔を上げてフィーをまっすぐに見据える。


「フィーは極端すぎるんじゃないかな。神とか悪魔とか、そこら辺のこと俺はよく分かんないけど……楽しけりゃ笑って、嫌なことがあったら怒るってのは普通なんじゃないの? 力がどうこういう前に、フィーは俺達と同じ『人』だろ」

「………………」


 ラルフの言葉にオルフィがグッと言葉に詰まる。

 インフィニティーであるオルフィは、たった一人でこの国を壊滅させるだけの力を有している。

 人という枠に納めるにはあまりにも逸脱しすぎていて……人の姿をした天変地異と言っても過言ではない。それほどの力を前にして、果たして、ラルフと同じように考えられる者がどれだけいるだろう。

 嘘偽り無く、オルフィのことを『君は人だ』と心から断じることができる者がどれだけ稀有なのか……オルフィ自身が痛いほどに知っている。

 微かな沈黙を挟んで、オルフィは淡雪のように儚い笑みを浮かべる。


「チェリルさんが羨ましい……」

「え?」

「さ、行きますよ、ラルフさん」

「あ、ちょ、ちょっと待って!?」


 ドレスを翻して歩きはじめるオルフィの背を、慌てて追う。

 この時、ラルフとオルフィは気が付かなかった。

 ザイナリアから密命を受けていた近衛兵が、物陰に潜んで通路から出てくる者をチェックしていたことを。

 二人が出てきたのを確認した近衛兵は、入れ替わるように塔へと入っていったのであった……。


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