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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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幕間 黒の外套を身に纏う者

 タンッと軽やかに屋上のタイルを蹴り、アレットは体を宙に躍らせる。

 耳元でビョウビョウと風の唸る音を聞きながら、アレットは視界に映るシルフェリス大使館を睨みつけた。

 シルフェリス大使館に行って何がしたいの――アレットの中にいる冷静な自分がそう呟く。

 分かっている。行ったところで何ができるわけでもない。

 すでにラルフもチェリルも移送されおり、その身柄は完全に敵の手中に落ちているのだ。

 異議申し立てをした所で、適当にあしらわれて終わるだけだろう。結局の所、今のアレットの行動は自己満足に過ぎない。

 だが……それでも、行かなければならないと、理屈を超えた部分が叫ぶのだ。


「……!」


 地面が迫ってきたのを確認したアレットは、意識を集中。

 足裏に霊力を収束させると同時に、バネのように空中で身を縮め……そして、虚空を思いっきり蹴りつけた。本来なら虚空を蹴り抜くはずだった靴は、不可視の足場を踏みしめ、アレットの体を斜め前方へと弾き飛ばす。

 二度、三度と霊力を固めた足場を蹴り、地に沿うように飛んだアレットはタイミングを見計らって両足で着地。体に働く慣性を一切殺さぬまま、一歩目からトップスピードに乗って、トラム線路沿いの道を、シルフェリス大使館に向けて爆走する。

 停滞を一切挟まぬ怒涛の疾走に誰もが驚きの視線を向けてくるが……今はそれどころではない。


 ――ラルフ、チェリル……。


 焦りは痛みを覚えるほどに高まり、アレットの心の柔らかい部分を掻き毟る。

 幼い頃、ラルフが盗賊に集団で殴打されて血だまりに沈む姿が。

 夏季長期休暇中、創生獣二体を相手にしたラルフが胴体に風穴を開けた姿が。

 結婚騒動の時、ルディガーの槍を受けたラルフが、力なく崩れ落ちる姿が。

 『喪失』という言葉が、鮮明なイメージを伴って襲い掛かってくる。そのイメージに急き立てられるように、アレットは速度をぐんと上げる。

 土煙を巻き上げ、走行中のトラムを軽々と抜き去り、少しずつシルフェリス大使館の姿が見えてきた……その時になって、アレットは異変に気が付いた。

 シルフェリス大使館上空、そこで誰かが戦っているのだ。

 空中を飛びまわり、霊術戦をしている所からして双方ともにシルフェリスだという事は分かるのだが……異様なのは、激突する霊力量だろう。

 うすら寒くなるほどに莫大な霊力が激突しあっているのだ。アレットも霊力の扱いにはそれなりに自信があるが、目の前で繰り広げられている戦いはそんな次元ではない。

 霊力の撹拌が激しすぎるため、空間が歪んで見えるのだ……それほどの霊術戦を行える霊術師など、世界でも数名しかいない。


「……エミリー先生?」


 そして、上空で戦っている片方……それはラルフとティアの担当教諭である、エミリー・ウォルビルであった。

 翼に風を集め、巧みな制御で空を自在に駆け回りつつ、次々と霊術を放っている。

 あまり学生達には知られていないが……エミリーがS級冒険者という肩書きに相応しい実力を持った霊術師であることを、アレットは知っている。

 そんな彼女が……苦戦している。

 中級霊術を矢継ぎ早に繰り出すという、常軌を逸した攻勢に出ているエミリーだが……相手はこれを全て同格の霊術で相殺しているのである。

 一言で中級霊術と言っても、上から下までピンきりではあるが……大抵の場合、中級霊術はそれなりの詠唱を必要する上に、霊力の収束にも時間が必要となる。中級霊術の中でも難易度の高いものは、数名での詠唱を必要とする。

 それを、上空の二人はほぼノーキャストで放ち続けているのだ。

 ただ……『中級霊術をほぼノーキャストで放つ』という結果だけ見れば同じではあるが、そこに至る方法は、むしろ対照的だった。


「『『『黎明の先に在りし者よ』』』」


 エミリーは三重輪唱と呼ばれるオリジナルの詠唱を用いることで、詠唱を短縮化し、収束や発現といった工程の効率を爆発的に向上させている。

 世界で彼女しか使えぬ神業ともいえる技術、厳選に厳選を重ねた言葉を連ねた詠唱、そして、エミリーの高い素養が合わさって、初めて中級霊術の連続行使が可能となるのだ。

 これに対しエミリーと対峙している者――黒いフードつきの外套を纏っているので、詳細は分からないが――は、霊力の収束、詠唱、発現の肯定を全て力押しで突っ切っている。


「雷鳴、轟け」


 霊術の構成を一言で言うならば、『簡素』。フェイムダルト神装学院の学生が創ったと言われても信じてしまいそうなほど、シンプル極まりない。少なくとも、エミリーの放つ霊術とは雲泥の差があるのは確かだ。

 これでは、中級霊術どころか、基礎霊術を発動させるので精いっぱいだろう。

 だが……この相手は、簡素極まりない霊術構成を、エミリーを上回る有り余るほどの霊力で強引に中級霊術レベルにまで引き上げているのだ。

 霊術構成を水車、霊力量を水流と例えると分かりやすいか。

 水車を改造して、同じ水流でも勢いよく回るようにしたのがエミリーであるとするなら、相手は洪水の中の水車を突っ込んで強引に回そうとしているようなものである。

 どう考えても無茶だ。

 だが、無茶を押し通してしまえるほどの能力があるのならば、話は違う。

 技巧を凝らしたエミリーの霊術に対し、相手の霊術は簡素であるが故に収束、詠唱、発現の工程が極めて短い。つまり、連射が利くのである。

 エミリーよりも後手に回っているにも拘らず、これを全て迎撃できているのはこれが理由だ。

 更に――


「『落ちろ』」

「……ッ!! 『『『打ち消せ』』』」


 霊術の詠唱の中に混じる明らかに毛色の違う言語。

 それを聞いたアレットは眉をひそめる。


「……確か、あれは攻性言語」


 『言の葉』に霊力を込めることで、そこに込められた意味を具現化するという異端ともいえる霊術形態――攻性言語。

 言葉を事象に転換するという、シンプルにして強力無比なこの霊術だが、その分、必要とされる霊力は莫大な量に上る。そのため攻性言語は、比類なき霊力を操ることができるオルフィ・マクスウェル女王と、三重輪唱を用いたエミリーだけが使用できる霊術であった。

 ワンオフと言っても過言ではないこの霊術を……この相手は当然のように行使している。

 もともと、攻性言語は極端に才能に依存するというだけで、仕組みは簡単だ。具現化できる事象も単純明快なものばかりで、必要な霊力量さえあれば、すぐにでも使用できるのだろうが……。


 ――相手は一体誰なの……?


 エミリーですら三重輪唱を用いなければ発動することができない攻性言語を、普通に発動させているという事は、相手はエミリーよりも扱うことができる霊力量が上という事だ。

 下手をすればオルフィ・マクスウェルに匹敵するレベルの才覚を有している可能性もある。

 いくら世界が広かろうとも、これほどの才能を有しているのならば、どこかで頭角を現しそうなものだが……少なくとも、アレットはエミリーよりも優れた霊術師の名を聞いたことがない。


「天空の蒼き剣、切り裂け。『吹き飛べ』」

「『『『煉獄より芽吹く大樹は灼熱の色』』』」


 黒外套の周囲に水晶で創られたかのような剣が十八振り顕現する。それをエミリーに向けて射出すると同時に、攻性言語で追撃を掛ける。

 これに対し、エミリーは詠唱と共に剣に向けて両手をかざす。

 その両手から猛烈な速度で紅の輝きが噴出する。それは木々が天に向けて枝葉を伸ばすように、猛烈な速度で広がり、迫りくる十八の水晶の剣を全て絡め取る。

 灼熱の枝葉はそれだけに留まらず、黒外套すらも巻き込み焼き殺さんと襲い掛かるが――


「全てを消し去り、虚空へと誘う」


 音もなく、光もなく、灼熱の枝葉がゴッソリと消滅した。

 それが中級霊術でも難易度の高いオーバー・レイと呼ばれる霊術だと気が付いた者は、エミリーとアレットぐらいなものだろう。

 だが、エミリーはそれを見越していたのだろう。すでに収束を終えた霊力が、エミリーの周囲を渦巻いている。


「『森羅万象』『天地開闢』『原初顕現』」

「護りたまえ、顕れたまえ。『切り裂け』」


 オーバー・レイを遥かに超えた消滅の霊術――エミリーのオリジナル霊術が直撃するよりも前に、黒外套は前面に物質化するほどに濃縮させた霊力の盾を展開。これを受け止める。

 ド派手な光と威力を誇る霊術をぶつけ合う陰で、仕込んだナイフを突き立てるように消滅の霊術を織り交ぜる……自力で負けているエミリーが均衡状態を保っているのは、豊富な戦闘経験を下地とした狡猾ともいえる駆け引きが出来るからだろう。

 この戦いを遠くから見ていたアレットは、思わず息をのんだ。

 確かに、アレットは天才と呼ばれ将来を有望視されている神装者だ。一般の冒険者と比較しても、遜色ない……いや、それ以上の実力を持っている。

 だが、それはあくまでも一般の冒険者と比較しての話だ。

 現役冒険者の中でも、更にトップクラス――それこそ、未開地域の特級危険地域に単独で挑めるほどのレベルの冒険者ともなれば話は別だ。

 彼等からすれば、まだまだアレットは学生という域を出ない。


 ――どうする……。


 アレットが参戦すれば確かに一瞬の均衡を崩せるかもしれない。

 だが……あの苛烈な霊術戦の中に割って入ることは、自殺行為にも等しい。少なくとも、アレットにあれだけの霊術の応酬を捌けるほどの力はない。


「……けど、見て見ぬふりはできない」


 割って入り、前衛として戦うことはできずとも、不意打ちの一撃を叩きこむことぐらいは出来るはずだ。アレットは神装<白桜>を構えると、全身に力を込め――



「出航の準備は整った。もう『ソレ』の相手をしてやる必要はない。引け」



 冷然とした声が戦場に響き渡る。

 エミリーと激しい戦闘を繰り広げていた黒外套は、その声を聞くとエミリーを牽制しながらも大人しく引いてゆく。その声の主――ザイナリア・ソルヴィムは黒外套が戻ってくるのを確認すると、エミリーとアレットに背中を向け、悠々とした足取りでエア・クリア行きの浮島ラグーンが停留している港へと向かう。


「待ちなさい、ザイナリア!! 話は終わっていない……ラルフ君とチェリルさんを返しなさい!」


 エミリーの叫びに足を止めたザイナリアは、一瞬だけ振り返ると不快そうに目を細めた。


「失敗作風情が一端の口を利く」

「……!」


 痛烈な一言に詰まるエミリーの興味を失ったかのように、ザイナリアは再び歩きはじめる。一瞬だけザイナリアの目がアレットの姿も捉えたが、すぐに逸らされてしまった。

 エミリーはただちに霊力の収束を始めるが……結局、ザイナリアがいなくなるまで、その背に霊術を浴びせることはできなかった。


「……エミリー先生」

「はぁ、勢い込んできたものの、ダメね。ラルフ君とチェリルさんを人質に取られている時点で、ザイナリアが圧倒的に有利なのは分かっていたんだけれど……」


 近寄ってくるアレットに向けて、エミリーはどこか苛立ちを含んだ苦笑を浮かべる。


「……先生も、ラルフ達が捕まっていることを知ってたんですね」

「校舎を破壊していた近衛兵達の頭の中を覗いた時に、ちょっとね。もうちょっと早く頭の中を覗いていれば、防げていたかもしれないんだけれど……」

「……先生、物騒」

「おほん、それはともかく……アレットさん、そう言うってことは貴女もラルフ君達が捕まったと知って、ここに来たという事ですね」


 そう言って、エミリーは目を細める。


「貴女がラルフ君のことを大切に思っていることは重々承知しています。けれど……今回は相手が危険すぎる。大人たちに任せて貴女達は大人しくしていてください。いいですね?」

「……相手がザイナリア・ソルヴィムだからですか」

「貴女の場合、そこの当たりをよく理解しているから、話が早くて助かりますね。あの男は、貴女達が思っている以上に危険な男です……少なくとも私は大切な教え子を、ザイナリアと関わらせたくはない。あの黒外套といい、近衛兵の件といい……あの男の周囲には常に『何か』がありますね」


 いいですね、と念を押してエミリーは本校舎の方へと飛び去って行った。恐らく、今からラルフ達を取り戻すために、多方に手を尽くすのだろう。

 普段の柔らかい雰囲気とは異なり、どこか切羽詰まったようなエミリーの様子からして、その言葉は本当のことなのだろう。だが……どちらにせよ、学生の身分である以上、アレットがこれ以上事態に介入することは難しいだろう。


「……ラルフ、チェリル」


 可愛い二人の後輩の名を呼び、アレットは己の無力さを噛みしめるのであった……。


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