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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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浮遊大陸エア・クリア

閲覧数とブックマートがすごいことになって目を剥きましたが、ランキング入ってました。これも、普段から拙作を読んでくださる方々のおかげですね。ありがとうございます!

 ほぼゼロ距離で大出力の雷撃を喰らったにもかかわらず、目覚めは思ったよりも快適だった。


「ぐ……」


 ただ、体の節々が痛い。

 ラルフはうめき声を上げながら上体を起こし、寝ぼけ眼で周囲を見回す。

 もともと、繊細という言葉とは程遠い体だ。床で寝ようが、机にうつ伏せになろうが、波に揺られる船の上であろうが、ラルフは問題なく寝ることができる。

 しかし……それが、硬い石でできた床ならば話は別だ。


「ここは、どこだ?」


 恐らく、どこかの一室だろう。

 のっぺりとした酷く無個性な床は、ひたすらに冷たさと硬さをラルフに伝えてくる。見渡す限りでは、壁面も天井も、同じ色をした素材でできているようだ。長時間ここにいたら、壁や床の境界線も曖昧になってしまいそうだ。

 部屋にあるのは、先ほどまでラルフが被っていた汚れた毛布一枚と、バケツ一個。

 まぁ、それはまだ良い。常識の範囲内だ。

 ラルフの視線を釘付けにしているのは別のモノ――目の前に立ち塞がる鉄格子だった。

 圧倒的な存在感でラルフを見下ろす鉄格子。その存在が、何よりも雄弁にラルフの現状を物語っている。


「ろ……牢屋……?」


 疑問符と共にでてきた言葉は、けれど、すぐにラルフの中でストンと腑に落ちる。

 オルフィ・マクスウェル女王を誘拐した容疑で捕まったのだ……そう考えれば、今もまた首が繋がっていることの方が奇跡なのかもしれない。

 呆然と鉄格子を眺めていたラルフだったが、ふと、鉄格子の向こう側に見慣れた赤い物体がいることに気が付いた。


『ふむ、起きたかラルフ』

「アルティア! ……何してるのさ」

『ラルフが寝ている間に、周辺の探索をな。よっと』


 ニュッと鉄格子の間をすり抜け、アルティアはラルフのすぐ傍まで飛んでくる。


『体調はどうだ、ラル――』

「それよりもチェリルは! チェリルは無事なのか!?」


 勢い込んで聞くラルフを前にしたアルティアは目を丸くし、すぐに苦笑を浮かべた。


『自分の心配よりもチェリルの心配というのは、実にお前らしいな。大丈夫だ。チェリルは何とか逃げおおせたようだ。あの少女も、窮地においては機転が回るな』


 アルティアの言葉に、ラルフはホッと胸を撫で下ろした。

 まず、最大の心配事は解消されたといって良いだろう。そんなラルフの体を隅々まで眺めていたアルティアは、ふむ、と感心したように頷いた。


『ラルフよ、感謝しておけ。重傷を負ったままシルフェリス大使館まで輸送されたお前を治療したのは、クレア・ソルヴィムだ』

「え、クレア先輩? お、おぉう、分かった」


 セイクリッドリッターのリーダーにして、ミリアと同じく『再生』の能力を持つ三年『煌』クラスの神装者……クレア・ソルヴィム。

 過去、リンク対抗団体戦で彼女と戦ってから、ほとんど接点はなかったのだが……まさか、このような所で助けられるとは。縁と言うものは何とも面白いものである。

 受けた礼はきっちりと返すとして……ラルフは次に知りたいことをアルティアに尋ねることにした。


「ちなみになんだけどさ、アルティア。ここ、どこ?」

『説明するよりも自分の目で見た方が早かろう。ラルフよ、あそこの窓から外を見てみると良い。今、自分が置かれている状況が良く分かるだろう』

「は? 窓?」


 アルティアが翼で指す方向を見てみれば……確かに、天井付近の壁が四角く切り取られている。もちろん、鉄格子は嵌めてあるようだが、牢屋に大きめの窓があるというのは何とも不用心である。

 ラルフは首を傾げながら、軽く助走をつけて窓に飛びつく。そして、窓から外を見て――目を細めた。


「見たことない景色と街だ……」


 最初にラルフの視界いっぱいに映ったのは空の蒼と雲。

 そして、少し視線を下に向ければ、木造の家が多く立ち並ぶ街が見えた。よくよく見てみれば、その街にはたくさんのシルフェリス達が行き交いしており、非常に活気がある。

 というか……少なくとも、ラルフが見ている範囲ではシルフェリスしかいない。

 その瞬間、ラルフの中に一つの仮説が浮かび上がる。だが、それは余りにも馬鹿馬鹿しくて……けれど、今の状況を考えれば、それが一番合理的なのも確かで。

 窓に張り付いたまま恐る恐る振り返れば、アルティアが大きく嘆息した。


『この地は浮遊樹を中心として形成されるシルフェリス達の大陸――天空に揺蕩う大陸エア・クリア。そして、今いるのはこの大陸で最も栄える王都クラフトだ』

「えぇっと……何だ、その……」


 急転直下な状況についていけないラルフは、いつでもガス欠気味な頭を必死に回転させ、状況を整理する。


「つまり、俺は気絶している間に、この浮遊大陸に連れてこられ、牢屋にぶち込まれたと?」

『正解だ。ちなみに、移動はシルフェリス大使館にある転送陣を使用したため、ラルフが気絶してから一日しか経っていない』


 転送陣は本来、大型終世獣が出現した際に、速やかに救援に向かうことができるようにと敷設されているものだ。全ての大使館に敷設されているものの……一度使用すると使用不可になってしまう。その上、この陣を描くための道具が稀少な物である関係上、再度敷設しようとすると数百万コルが吹っ飛ぶ。 

 ラルフはまだ気が付いていないが……シルフェリス達はその転送陣を、ラルフを輸送するという、ただそれだけのために使ったのだ。つまり、今回の黒幕は『ラルフ・ティファートというカードには、それだけの価値がある』と判断したことに他ならない。

 ラルフは窓から身を離して地面に降り立つと、再度、辺りを見回して、よし、と頷く。


「壁を殴り壊して脱獄するか」

『うむ、短絡思考もそこまで行くと清々しいな。だが、まずは落ち着くのだ、ラルフ。お前が閉じ込められているこの牢屋は、王城の傍に併設された尖塔の最上階付近に位置し、地表より二百メルトの所にある。もし、壁を壊して脱出できたとしても――』

「だりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃッ!!」

『人の話を聞かんか!?』


 破城槌を叩き込むような爆音を響かせ、ラルフの拳が次々と壁に叩き込まれる。

 <フレイムハート>を使いこなせるようになってきた成果だろうか……最近のラルフの拳打は、一撃一撃がまさに必殺の域にまで至っている。特に、唯一にして無二の必殺技であるブレイズインパクトなど、中級霊術を凌ぐ破壊力を有している。

 この程度の壁、造作もなく殴り壊せるはずなのだが……。


「あ、あれ?」


 一向に壊れる様子がないどころか、傷一つついていない。

 どれほど壁が厚かろうと、殴れば抉ることぐらいは出来るだろうと踏んでいたラルフは、呆気にとられてしまった。盛んに首を傾げているラルフの隣で、アルティアはペタペタと壁に触れる。


『神装者は己が魂に武装を宿しており、存在自体が力そのものだ。だからこそ、脱獄を抑制するために牢にも何らかの細工がしてあると思ってはいたが……』


 アルティアの独り言に反応したのは、ラルフではない第三者の声だった。


「この牢にいる限り神装の発現は阻害される。詳しい仕組みは分からないがね」

「!?」

『!?』


 突然聞こえてきた声にラルフとアルティアが急いで振り返る。

 ラルフが閉じ込められている牢から通路を挟んで斜め前の牢屋……そこに、鉄格子に寄りかかるようにして、見知らぬシルフェリスの男が座り込んでいた。

 年の頃はゴルドやフェリオと同じぐらいか。

 恐らく、かなり長いことここに閉じ込められているのだろう。

 アッシュブラウンの髪と髭は、くすんでいる上に伸び放題で、顔の輪郭が良く分からない程だ。

 ラルフ達を見る瞳は澄んだ蒼の色をしているが、強い疲労の色が見え隠れしている。このような無機質で変化のない場所に長時間閉じ込められているのだ……当然である。むしろ、発狂せずにこれだけ正気を保っているだけでも称賛ものだ。

 そして、この男の現状をなによりも端的に示すかのように――その背の両翼は漆黒に染め上げられていた。

 ラルフ達の視線に気が付いたのか、男は自分の翼に触れてみせる。


「黒い翼を見るのは初めてかい?」

「いえ、ティアが……知り合いに黒の片翼をもってる友人がいますから」

「ほぅ……シルフェリスの知り合いがいるヒューマニス、それでいて神装持ちという事は、君はフェイムダルト神装学院の生徒と見た」

「はい、その通りです」


 どこか飄々とした男の問いかけに、ラルフは自然と頷いていた。

 黒の両翼を持つという事は、この男は重罪を犯した極悪人という事なのだが……気さくな笑みを浮かべながらラルフに話しかけてくるこの男からは、どうにも邪気を感じない。

 直感と理性が噛み合わずに首を捻っていると、傍らのアルティアが前に出る。


『そう言う貴殿はどうなのだ。その翼を見るに、大体のことは予想できるが』


 アルティアの姿の一瞬だけ目を丸くした男だったが、愉快そうに笑みを浮かべる。


「実は冤罪で捕まっていてね――と言って信じてもらえるかい?」

「ですけど、貴方からは邪気を感じない」


 全く躊躇い無く返すラルフに、男は言葉を失ったかのようにポカンと口を開けた。

 けれど、それは一瞬。すぐに腹を抱えて、くっくっく、と笑い声をかみ殺し始める。


「いやいや、邪気を感じないと来たか。まさか、真顔でそんなことを言われるとは思ってもみなかった。理屈を超える直感は、一種の才能だ。大切にした方がいい」


 人好きしそうな笑みを浮かべながら、男は長く伸びた髪を掻き上げる。


「そう言えば名乗り忘れていたな。私の名前はブライアン。気さくにブライアンおじさんと呼んでくれたまえ、ラルフ君、アルティア君」


 男――ブライアンは名乗ると、グッと親指を立てて見せたのであった。


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