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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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星誕祭二日目――最後の三年『煌』クラス

「飛び降りるって……え、ここから?」

「うん」


 何でもない事のようにチェリルは頷く。

 フェイムダルト神装学院の校舎は六階建てだ。生身の人間が飛び降りれば、ほぼ確実に死ねる高さである。ただ……これが神装者ならば話は別だ。

 身体能力の強化によって、強靭な力を得ている神装者ならば、確かに死なないかもしれないが……それでも、その身に返ってくる衝撃は尋常なものではない。両足の骨ぐらいはぼっきり逝ってしまうかもしれない。

 物凄い勢いで冷や汗を流すラルフの隣では、チェリルが何でもない事のように、ビースティス大使館の方角を指差している。


「ほら、ここからなら東にあるビースティス大使館も良く見えるだろう? 下の近衛兵達はボク達が地面を走って移動すると決め込んで包囲をしている。なら、その裏を掻いてやればいい」

「いやチェリル。ここから飛び降りたら、ただじゃすまないと思うけど」

「あっはっは、馬鹿だなぁ、ラルフは。そりゃそうさ……いひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 何を言い出すんだこのチビッ子は――と、無意識のうちにその柔らかい頬を左右に引っ張っていた。何とかラルフの手を逃れたチェリルは、若干涙目になりながら、うー! と唸り声を上げる。


「た、ただで飛べって言ってるわけじゃないよ! 話は最後まで聞きなさい!」

「最初にそれを言えよ!?」


 若干赤くなっている頬を擦りながら、チェリルは警戒心を剥き出しにして頬を膨らませる。


「ほら、下の階で近衛兵達が霊力を風に転化して、それを纏って突進して来ただろ? 要はそれと同じことをするのさ。ラルフがここから助走して、大使館方面に思いっきり飛んで、そこにボクが霊術で風を起こしてフォローを入れる。ボク程の腕があれば、完全に飛ぶのは無理でも、滑空ぐらいはできるはずさ」

「大丈夫なんだろうね、ソレ」

「ラルフ一人で飛ぶならまだしも、ボクも一緒に飛ぶんだよ。一か八かの賭けなんてする訳ないでしょ? ――じょ、冗談さ! 冗談だからグリグリは勘弁して!」


 両手を拳の形にしてゆらゆらと近づいてくるラルフを前にして、チェリルは必死に手を振って弁解をする。どうしてこのチビッ子はいつもいつも一言多いのだろうか。


「……ま、どっちにしろ選択肢はないみたいだな」


 耳を澄ませば、階下からテンポ良く何かが飛びあがってくる音が聞こえてくる。恐らく、ラルフ達を追ってきた近衛兵達だろう……ここに到着するのも時間の問題だ。


「よっし。その案乗った」

「うひゃぁ!?」


 ラルフはヒョイッとチェリルを肩に担ぎあげると、西側に向かって小走りに移動する。屋上の縁に移動し終えたラルフは、一度、大きく深呼吸をする。チェリルも緊張をしているのだろう……ごくりと生唾を飲んだ音がここまで聞こえてきた。

 一拍の間を挟み、ラルフは前傾姿勢から地面を蹴った。

 一歩目を踏み出すと同時に全身のリミッターを解除して気力法を発動。爆発的に加速して、一気に屋上を踏破すると、東側の屋上の縁に足を掛け――飛んだ。

 浮遊感など微塵も感じることなく、空気の壁をまとめてぶち抜きながら一直線に東方向に向かって飛ぶ。だが、どれだけ助走をつけて飛ぼうとも、慣性は必ず死ぬ。

 上昇する勢いは衰え、次第に放物線を描くように高度が下がってゆくが……その勢いは極めてゆっくりとしたものだ。

 視線を横に向けてみれば、チェリルが必死の形相で霊術を行使している姿が見えた。

 試に足をまっすぐ下に向けて伸ばしてみれば、何となくではあるがふんわりと返ってくる感触がある。眼下には普段通学している中央トラム乗り場が広がっており、シルフェリス達の包囲網を越えていくのが見えた。


「鳥ってこんな気分で空を飛んでるんだな、アルティア」

『うむ。それはそうなのだが、そんな呑気に構えている場合ではなさそうだぞ。後ろを振り返ってみろ』


 アルティアに促されて振り返ってみれば、そこにはラルフ達と同じように屋上から飛び立つ二名のシルフェリスの姿があった。ただ、ラルフと違うのは背の翼を広げて飛翔しているという点だろうか。


「え、何であのシルフェリスは飛んでるの?」

『ああ、ラルフは知らなかったか。力あるシルフェリスは、あの翼に風の霊術を受けて飛翔することができるのだ。それなりに力が無ければできない事ではあるが……ふむ、近衛兵というだけのことはあるようだ』

「そこの二人! 呑気に話してる場合じゃないんだからねー!!」


 肩に担いだチェリルが悲痛な声を上げるが、ラルフは変わらずアルティアに話しかける。


「アルティアは霊鳥なんだから、俺達を掴んで滑空とかできないの?」

『本来の体に戻れれば、二人を背に乗せて飛ぶこともできるが、この体ではさすがに無理だ。莫大な霊力が込められた……それこそ、トゥインクルマテリアルでもあれば一時的には元に戻れるだろうがな』

「チェリル、持ってたりしない?」

「持ってるか、馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! てか、何でそんなに落ち着いてるのさ! ほらほらほらほら、後ろから霊術撃ってきそうなんだけど!!」


 ラルフの肩に担がれながら喚くチェリルだが……ラルフはふむ、と吐息を一つ。


「まぁ、何となく分かってたことだからね」

「え?」

「下からシルフェリスの追手が迫ってたしね。そいつらが遠距離から霊術を仕掛けてくるのも予想できてたから、そんなに慌ててはいないかな。空飛んできたのは予想外だが」

「……じゃ、じゃぁ、何でそれを言わないのさ!! シルフェリスが階下から迫って来てるのを知ってたら、ボクもこんなことしてないよ!」


 目を剥いて抗議してくるチェリルに、ラルフは首を振って応える。


「他に良い意見が思い浮かばなかったしなぁ。それに、事前にそれを言ったらチェリルは怖気づいて、飛ぶのにごねただろ?」

「………………」


 図星だったのだろう。

 ウグッと声を漏らして、チェリルが黙り込んでしまった。

 ラルフはそんなチェリルの頭にポンッと手を置くと、ニヤッと笑う。


「まぁ、大丈夫だ。後は俺に任せろ」

「……………………うん」


 目をぱちくりさせた後、チェリルは素直に頷いた。

 恐らく、この場にミリアがいれば気が付いたことだろう……その仕草が、セリフが、そして何よりもラルフ自身から感じられる『この人なら何とかしてくれる』という安心感が、彼の父であるゴルド・ティファートのソレと瓜二つだったという事に。

 少しずつ、けれど確実に、己の師匠であり父であるゴルドに近づいているという事実に、ラルフだけが全くもって気が付いていない。


「チェリル。とりあえずこの風の霊術を解いていいから、合図を出したら、足元に風で足場を作ったりできる? 一瞬で良いんだ」

「うん、できるよ。でも、足場にできるぐらい強固な風塊を瞬間的に作るとなると、爪先が乗る程度の大きさにしかできないけど……」

「よし、それでいい。まぁ、それで余裕があったらブレイクで相手の霊術を迎撃してくれ」


 背後を気にしながら、ラルフはゆっくりと下降してゆく。

 やがて、背後から感じられた霊力の高まりが、爆発寸前まで膨れ上がった瞬間、ラルフは鋭く声を上げた。


「今だッ!」


 その声と同時に浮遊感が消え、両足の爪先に確固たる感触が現れる。ラルフは瞬時に足場を蹴りつけ、斜め上方に向かって飛ぶ。

 次の瞬間、ラルフが先ほどまでいた場所を雷光が通り過ぎてゆく。もしも、のんびりと対応していたら、今頃感電してしまっていただろう。


「今! 今! 今! 今!」


 次々と指示を出し、ラルフは二人の近衛兵が次々と繰り出してくる霊術を、空中をジグザグに駆け抜けることで見事に回避してみせる。


「うえっぷ……酔いそう……」

「あとちょっとだ! 我慢して! ……今だ!」


 そして、地面が限りなく近くなってきたのを確認し、ラルフは狙いを定めていた場所に見事に着地した。足元から伝わって来る定期的な振動は、慣れたもので……ラルフがこの足場に着地した瞬間、シルフェリス近衛兵の攻撃がピタリと止んだ。


「これ……トラムの上?」

「おう。これなら、さすがに霊術での攻撃はできないだろ?」


 チェリルを隣に下ろしながら、ラルフは空で忌々しい表情をしているシルフェリス達に向かってニヤリと笑みを浮かべた。このトラムはビースティス大使館方面へ向かうのもそうだが、それそのものがビースティスの所有物だ。それをシルフェリスの近衛兵が攻撃したともなれば、問題になるのは容易に想像がつく。


「また、随分ときわどいことをするね、ラルフ……」

「叱られるのは覚悟の上さ」


 ゴトン、ゴトン、と揺られながらラルフは苦笑を浮かべる。

 上空のシルフェリス達は、トラムに並走するように空を飛んでいるが……それ以上に手を出してこようとはしない。ラルフの狙い通り、手を出しあぐねているのだろう。

 隙を見せれば横から一突きされる可能性はあるものの、油断さえしなければこのまま無事にビースティス大使館に着くことができるだろう。

 この追いかけっこはラルフ達に軍配が上がることになる――シルフェリス近衛兵達ですらもそう思ったことだろう。

 だが……。


「…………? なんか、寒い……?」

「……まずいよ、ラルフ」


 何が? そう尋ねるよりも先に結果の方が形となって表れる。

 ラルフ達の足元……トラムの速度が少しずつ落ちてきているのである。一体何があったのかと見回して、最初に目に入ったのは『氷』だった。

 深みのある蒼色の氷がレールと、トラムの車輪周辺をびっしりと覆ってしまっているのである。そのためか、中に乗っているビースティスの生徒達も車外に降りられなくなっている。

 トラムの速度が少しずつ落ちてきたのは、この氷によって車輪の動きを凍結させられてしまったからだろう。

 季節は冬に近づいてきているとはいえ、これは余りにも異常だ。確実に霊術による仕業だろうが……周囲を飛び回っているシルフェリス達ではあるまい。そもそも、霊術の発動があったのならば、チェリルが即行で妨害に入るはずだ。

 そのチェリルは厳しい表情でレールの先を睨み付けている。

 彼女の視線を追って目線を上げたラルフは、その先で待ち構えていた人物の姿を見て、声を上げそうになった。

 三年生を表すタイを締め、マナマリオスを象徴する紫紺の髪に水色の瞳を持つ女性。

 マナマリオスにしては高めの身長と……そして何よりも、感情が根こそぎ欠落したような無意味で、無価値で、無感動な瞳には見覚えがあった。


 ――校舎に忍び込んだ時に会ったマナマリオスの女生徒……!


 辞書のように厚い書物を片手に持ち、ラルフ達の方を見据える彼女は、確かにラルフが校舎の中で出会ったマナマリオスの女生徒だった。

 一体なぜ彼女が自分たちの前に立ちはだかっているのか……そもそも、彼女は誰なのか。その疑問は、チェリルの苦々しい呟きによって解決する。


「セシリア・ベルリ・グラハンエルク……何で三年『煌』クラスの生徒がこんな所に出張って来るのさ。女王が見つかっている以上、マナマリオス大使館に救援要請なんてする必要もないだろうし、動く理由が見当たらない……」

「三年『煌』クラス……しかも、ベルリ・グラハンエルクって、学院長と同じ……」


 ラルフの言葉に、警戒を解かぬままにチェリルは頷く。


「そうだよ。あの人は学院長の孫であると同時に、霊術のエキスパート。詳しい説明は省くけど所有神装は本型神装<フィグメント>っていうんだ。あの神装で発動した霊術に関しては、術式に介入できないからブレイクはできない。この氷を溶かすには、セシリア先輩を倒すしかない」

「げ、三年『煌』を相手にしないといけないのかよ……というか、何であの人は俺達の足止めをしてるんだ!?」

「分かんない。でも……少なくとも、味方じゃないよね」


 学生だからと侮るなかれ。

 セシリア以外の三年『煌』クラスは、ドミニオスのグレン・ロード、そしてシルフェリスのクレア・ソルヴィムだが……二人とも稀少な能力と実力を持っている。

 少なくとも、グレンはシルフェリス近衛兵であっても纏めて薙ぎ払えるほどの、学生という枠に収まらぬ実力を有している。そして、目の前の女生徒――セシリアもまた、彼らと肩を並べる域に立っているのだろう。

 少なくとも、自尊心の高いチェリルをして『霊術のエキスパート』と言わせるのだ……その実力は推して知るべきだ。


 ――どうする……!


 前方にはセシリア、そして後方・側面にはシルフェリス近衛兵が二人……完全に前後を挟まれてしまった。セシリアを叩くためにトラムを離れれば、その瞬間に近衛兵達が嬉々として襲い掛かってくるだろう。かといってトラムの動きを封じられている以上、セシリアを無視するという選択肢はない。

 八方ふさがりの状況に対して、ラルフが唸り声を上げていると、チェリルが一歩、前に出た。


「ボクがあの人を倒すよ。だから、ラルフはシルフェリス近衛兵を警戒してて」


 普段のチェリルなら絶対に言わないようなセリフを耳にして、ラルフは目を点にした。てっきり、『何とかしてよ!』と涙目で訴えてくると思っていただけに、驚きも一塩だ。


「だ、大丈夫なの?」

「全然大丈夫じゃないよ」


 そう言って振り返ったチェリルは、恐怖なのか武者震いなのか、プルプルと震えていた。


「でも、セシリア先輩の神装<フィグメント>は霊術を事前に封入しておいて、詠唱無しで連発することができる特殊能力を持ってる。だから、ほぼ確実に霊術戦になる。正直、ラルフとは相性最悪な相手さ」


 そこまで言って、チェリルは震える声を整えるように深呼吸をする。


「だから、怖いけど、逃げたいけど……君とボクが無事に逃げ切るには、今ここで、ボクが頑張るしかないじゃないか!」


 恐らく、必死で恐怖と戦っているのだろう。

 涙目になりながらも、震えながらも、それでも決して引こうとはしない小さな友人を前にして、ラルフはフッと表情から力を抜くと、その頭に手を置いた。


「背中は任せる」

「ふ、ふん! ラルフこそヘマするなよ!」


 たどたどしい足取りでトラムの屋根から地上に降りた友人を見送り、ラルフは急降下を掛けんとしているシルフェリス近衛兵相手に向かって、拳を握った。

 呼気を落ち着け、自身の中にあるリミッターを外すと同時に、胸の内に宿る<フレイムハート>に熱を入れる。全身から陽炎のような気迫が発散され、両腕に真紅の炎が燃え盛る。

 ラルフ・ティファートという男の存在感が何倍にも膨れ上がったかのように錯覚するほど、圧倒的な威圧感を纏い、真紅の少年は凶暴な笑みを浮かべる。


「掛かってこいよ。今、この場で撃ち落としてやる!」


 背後で必死に勇気を振り絞っているチェリルの背を護るため、ラルフは灼熱の炎をその手に、シルフェリス近衛兵に挑むのであった。


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