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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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星誕祭二日目――逃走劇開始

先週は休日が仕事でことごとく潰されたせいでろくに小説も書けませんでした、申し訳ない。そして、アクション回まで辿り着くことができなかった……!

 こそこそと警戒しながら校舎から出てきたラルフ達一行は、街路樹の傍で顔を突き合わせていた。ラルフは眉を寄せながら難しい顔をする。


「うーん、結局、何の手がかりも得られなかったな……」

「そうだね。というか、むしろ謎が深まった感じしかしない」


 顎に手を当てて、チェリルが何事か考え込みながらそう呟く。頭脳明晰な彼女のことだ……恐らく、今もラルフからは考えもつかない方向から様々なアプローチを掛けているのだろう。


「今さっきの話で、チェリルは何かつかめた?」

「情報少なすぎ。パズルのピースを何個か渡されて、全体像を想像してって言われているようなものだよ、これ」

「だよなぁ」


 ラルフがその言葉に同意すると、チェリルはちらっと視線を向けてくる。


「ちなみに、ラルフは何かつかめた?」

「いや、全然」

「ふっ、だよね」


 によっ、という感じで小馬鹿にしたような笑みを浮かべるチェリルに、ラルフは目の端を引きつらせる。


「今、鼻で笑ったな、チビッ子」

「なにおぅ!? ラルフだってチビッ子だろ!」

「お、俺は良いんだよ、将来でっかい男になるからな!」

「でっかい男(笑)」

「ほほぉ、そこに直れ……コメカミドリルを食らわせてやる!」

「わー男が女に暴力振るおうとしてるー! 最低! 最低だあぁぁいたたたたたた!? ほ、本当にグリグリを……あ゛あ゛あ゛あ゛ー! ごめんなさいー!」


 両側頭部に拳を当ててグリグリを喰らわせているラルフと、涙目になって必死に詫びを入れるチェリル……そんな二人を見ていたオルフィが、不意にくすっと笑みをこぼした。


「お二人とも仲が良いのですね。羨ましいです」


 あまりにも素直な反応に、ギャーギャー喚きあっていた二人は毒気を抜かれて、思わず顔を見合わせてしまう。ほのかに微笑むオルフィに何か感じるものがあったのだろう……チェリルは表情を緩める。


「そっか、フィーは友達いないんだむぐぐぐぐ!? 口塞がないでよ、ラルフ!」

「俺も人のこと言えないけど、そういうバリケートな話題に簡単に手を出すなって!」

「それ、素で間違ってるの!? それともダブルミーニングなの!?」


 さすがに、チェリルの率直過ぎる感想にムッと来たのか、オルフィは少し頬を膨らませた。

 この女王様――大衆の前では威風堂々としているものの、どうにも子供っぽい部分がある。


「わ、わたくしにもエクセナ以外の友人はいますよ。その人はいつだってわたくしの相談に乗ってくれて……今回、こうして思い切ったことができたのも、その人が助言してくれたからなんですよ」

「へぇ、女王様に助言って凄いね。ねぇ、だれだれ?」


 チェリルが興味津々でそう問い返すと、オルフィは無言のまま視線を逸らした。


「……ゆ、夢に出てくるんです」

「…………」

「ほ、本当なんですよ! わたくしが悩んでいたり困っていると、夢に出てきて助言してくれるんです。その、姿はよく分からないんですが渋い声のおじ様で、とっても紳士的なんです!」


 必死で説得するオルフィの言葉を遮り、チェリルは割れ物を触るように女王の手を握る。そして、その瞳を真正面から見据えて笑みを作る。


「分かったよ。そういう設定の友達なんだね?」

「し、信じてくださいー!」


 訴えかけるオルフィに対し、チェリルは優しい笑顔を崩さない。

 そんな二人を少し離れてみていたラルフは、腕を組んでうーむと唸る。


「そういう可能性ってないのかな、アルティア。ほら、クラウドさんが俺の夢の中に出てきて話してくれたことあったでしょ。それとおんなじ感じで、フィーの夢が誰かと繋がっているとかさ」

『ラルフがクラウドと会ったのは正確に言えば夢の中ではないのだがな。しかし……夢が誰かと繋がっているか。うーむ、創生獣クラスの力があれば可能かもしれんが……まぁ、難しいだろうな』

「ふーん、そっか。いや待て、ということは……」


 アルティアは首を振って断じるが、それは逆に言えば、創生獣クラスの力を持っているモノならば、オルフィの夢に干渉することも可能であるという事に他ならない。

 ラルフがあと少しでその可能性に思い至るその瞬間、不意に、嫌悪感をそのまま形にしたような怒声が鼓膜を激しく叩いた。

 何事かと振り返ってみれば、遠目に複数人が固まって言い合いをしているのが見えた。


「あれ……シルフェリスとドミニオスか」

「うん、そうだね。まぁ、シルフェリスが中央駅を占拠している時点で、こうなるのは目に見えていたけど」


 チェリルが呆れたように腰に手を当ててため息をついている。

 周囲に威圧感を振りまく重装備のシルフェリスが、我が物顔で学院の交通の要である中央トラム乗り場を占拠しているのだ……もともと、シルフェリスと折り合いが悪いドミニオスと衝突するのは、チェリルの言うとおり時間の問題だっただろう。

 取るに足らない小さな火種が、周囲の全てを巻き込んで大火と化すように……激しくぶつかり合う罵詈雑言に触発され、次々に人が寄ってくる。

 喧騒の中にあっても、罵声というものは不思議と耳に残る。良識ある者は眉をひそめ、賢い者はすぐさまこの場を離れる中、それ以外の大多数は怖いもの見たさといった感じで遠目にその騒動を眺めている。

 誰も止めようとしないどころか、火に油を注ぐかのように野次を飛ばす者さえいる。


「なぁ、これちょっと不味くないか?」


 異様な熱気に包まれ始めた場の空気を敏感に察知したラルフは、同意を求めるようにチェリルに声を掛ける。対するチェリルもまた、冷や汗を流しながら頷く。


「ちょっとどころか、かなり不味いよ。ドミニオスは血の気が多いからね……誰かが手を出して、それを切っ掛けに大乱闘になるのが目に見えるようさ。フィー、ラルフ、さっさとここから離れようよ。ボクは荒事が嫌いなんだ」


 止めた方がいいのかとも思うが……ヒューマニスのラルフが出て行った所でどうにかなる状況ではない。むしろ、要らぬ罵倒を浴びて巻き込まれるのがオチだろう。

 だが、だからといってこのまま見過ごすことはできない。


「チェリル、フィーを連れてこの場を離れてくれ、俺は先生を呼んでくる。この場に集まっている中には神装を所有してる冒険者もいるんだ。さすがに知らぬ存ぜぬはできない」

「知らぬ存ぜぬで良いんだってば! 一緒に行こうよ! わざわざバカの相手をすることほど馬鹿らしいこともないんだよ!」

『そういうな、チェリル。ラルフらしいではないか』

「でもさ……ぬぅ……。ほら、フィーも何か言ってやりなよ」


 ラルフとアルティアを行かせたくはないのだろう。チェリルは不貞腐れながら、オルフィに助けを求めるようにその手を引っ張る。

 だが……オルフィはそれには答えず、無言で喧騒を見つめていた。


「フィー?」


 その瞳はどこまでも真摯で、一途で、無垢で、そして……悲しくて。

 オルフィはゆっくりと目をつぶると、小さく頭を振った。


「彼らは確かに愚か者かもしれません。ですが、わたくしはそれ以上の愚か者です……上から目線で彼らのことを糾弾することはできません」


 そう言って、オルフィは固く結ばれていた手を離し、一歩下がってラルフとチェリルに向けて深く、深く、頭を下げた。


「短い間ではありましたが、わたくしの我が儘に付き合ってくださり、本当にありがとうございました。もう、『フィー』でいられる時間は終わってしまったようです」

「え……」


 オルフィが何を言いたいのか察したのだろう……チェリルは表情を曇らせる。


「で、でもでも、エクセナさんのことまだ何も分かってないんだよ。ほら、レッカ・ロードだってまだこの学院にいるんだし……その……」


 必死に紡がれたチェリルの言葉は、けれど、次第に尻すぼみになってゆく。

 自分の言葉がどれだけ見当違いの方向を向いているのか、それを理解してしまったのだろう。意気消沈するチェリルに向けて、オルフィは淡く微笑んだ。


「エクセナのことについては、確かにまだ納得できていない部分もあります。けれど……もうこれ以上、我を通すのは限界でしょう。わたくしは、この世界に根付く悪意を軽く見ていたのかもしれません。王宮の中で伝え聞いた世界の在り方は、わたくしが思っていた以上に、複雑だったようです」


 そう言ってオルフィは、寂しそうに見上げてくるチェリルの頭を優しく撫でる。


「所詮は籠の中の鳥……窓枠によって切り取られた空の一部だけを見て、世界のことを知った気になっていたわたくしこそが、最大の愚か者だったのでしょう」

「フィー……」

「ラルフさんとチェリルさんはすぐにこの場から離れてください。わたくしの傍に居たことが知れれば、あらぬ疑いが掛けられてしまうでしょう。ザイナリアはそれを許す男ではありません。ですから――」


 だが……その言葉が最後まで紡がれることは叶わなかった。

 爆音とともに熱せられた突風が吹きつけ、悲鳴が辺りに木霊する。周囲の霊力が激しく撹拌し、乱れに乱れているのを見れば何が起こったのか一目瞭然だ。


「一般人もいるのに霊術をぶっ放したのか!!」


 地面に穿たれた焼け焦げた跡は、想像以上に深く、広い。もしも、身を守るすべのない一般人に直撃でもしようものなら、それこそ目も当てられない事態になるだろう。


 ――争いの中心は誰だ……ッ!


 周囲に鋭く視線を向ければ、争いは近衛兵達ではなく……この諍いに誘われてやってきた冒険者間の抗争へと姿を変えていた。

 近衛兵というだけあってこの場で騒動を起こすことがどのような結果を引き起こすのか、よく理解しているのだろう……必死に場を収めようとしているものの、『やった、やられた』の次元に騒動が落とし込まれてしまってはそれも難しい。

 シルフェリスの冒険者達が霊術の詠唱を開始し、それに触発されたドミニオスの冒険者が強化の魔術を全身に纏う。

 まさに一触即発。

 この瞬間にも霊術の嵐が吹き荒れ、神装同士がぶつかり合わんと熱を帯びる。

 だが……騒動の発端がオルフィ・マクスウェルにあるのだとすれば、この狂乱を沈めたのもまた彼女であった。



「『静まりなさい』」



「…………ッ!!」


 尋常ではない霊力を込めて放たれた言葉が、一切の抵抗を許すことなく周囲の霊術式・魔術式を瞬時に破壊する。言うなればそれは霊力の大瀑布だ。人間の力の大小など、天災を前にすれば等しく無力でしかない。

 詠唱を開始していた者達は術式を破壊された反動をもろに受けて膝を付き、逃げ惑う者達も周囲に満ちる莫大な霊力を前に立ちすくむ。

 この場にいる多くの者が唖然とした視線を向ける先――そこには神々しい六翼を広げた、金髪碧眼のシルフェリス女王が佇んでいた。


「この場にいる人々よ。少し私の話に耳を傾けてください。わたくしの名はオルフィ・マクスウェル……天空の大陸エア・クリアを統べる者にして、シルフェリスを統べる女王です」


 偽装の霊術は、彼女が霊力を発散した際に一緒に吹き飛び、今はその神聖な身を衆目に晒している。威厳とはその身の内から湧き出るものとは言うが、野暮ったい旅装束を身にまとってなお、彼女の在り様はあまりにも美しかった。

 だからこそ……この瞬間が、ラルフ達の逃げる最初で最後のチャンスだった。


「…………」

「予定が狂ったね。ほら、逃げるよ」

「へ?」


 例外なくラルフもまたオルフィの姿に魂を奪われていると、不意に服の裾を引かれた。

 視線を下ろせば、そこには油断なく周辺を警戒しているチェリルの姿があり……そして、その姿にラルフはどこか違和感を覚えた。

 具体的にどこがとは言えないのだが、あえて言うのならば、チェリルが呆然自失となった昨日の時に近いか。ただ、あの時とは違い今はしっかりと意識はもっているようだが……。


「いや、でも逃げるってこれだけ注目されてちゃ……もうこうなったら、フィーと一緒にいた方が安全じゃないのか?」

「その考えは甘い」


 ラルフの考えに、ぴしゃりとチェリルは言葉を返す。


「君はザイナリア・ソルヴィムという男を知らな過ぎる。あの男は一度必要だと判断すれば、どんな手段を用いてもそれを実行する。この場の空気に気圧されず、普段通りの君の目で辺りを見回してみなよ」


 チェリルに言われ、改めて周囲に視線を向けたラルフは、ようやくその異変に気が付いた。

 誰もがオルフィの威容に釘付けになっている中――シルフェリスの近衛兵達だけは、静かに散開し、ラルフ達を取り囲もうとしていた。


「気が付いたかい。アレはオルフィとザイナリアを護るために生きている連中だ。他のシルフェリス達とは一線を画す……油断しないように、けれど、大胆に突破するよ」

「でも、突破したとしてもどこへ……!」

「ビースティス大使館へ逃げ込むんだ。各大使館には治外法権がある……その中でも、君と最も距離が近いのがビースティス大使館だ。ドミニオスやマナマリオスの大使館は、恐らく君を利用しようとするだろうしね。選択肢は限られる」

「お、おう」


 立て板に水といった様子で、チェリルの口から次々と現状の打開策が提示される。

 突発的なトラブルに極端に弱いチェリルとは思えないほどの頼もしさに、ラルフは近衛兵達を警戒しながらも、横目で顔をうかがう。その造作は確かにチェリルのものだが、自信に満ち溢れた表情はラルフの知らないものだ。

 そんなラルフの訝しげな視線に気が付いたのだろう。

 チェリルはラルフに視線を合わせてくすっと微笑んだ。


「ほら、ぼやぼやしない。女の子をエスコートするのは男の子の役目だろ? しっかり、ボクを護ってくれたまえよ、ラルフ君」


 そう言ってチェリルは静かに目を閉じ……そして、再び開いた時には、先ほどまで感じていた得体の知れなさのようなものはすっかり霧散してしまっていた。


「ん……えと、そう言うことだから、とりあえず急ごう、ラルフ!」

「……そうだな。とりあえず、考えるのは後回しだな」


 着実に狭まっている包囲網を見て、ラルフは表情を渋くしながら頷く。

 ラルフは走り出す前にオルフィの方へと顔を向け、小さく頭を下げる。気のせいかもしれないが、一瞬だけオルフィが微笑んでくれたような気がした。


「よし、それじゃ……行くぞ!」


 こうして、シルフェリス近衛兵達を相手取った逃走劇が幕を開けたのであった……。


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