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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
二章 リンク勧誘合戦~蒼銀の狼と黄金の狐~
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VS 蒼銀の狼姫

 ――大刀の間合いを飛び越えて、一気に懐に入る!


 神装を得ることにより飛躍的に身体能力を強化されたラルフの速度は、常人の域をはるかに超える。

 まさに一瞬ともいえる速度で間合いを詰めたラルフは、一撃を繰り出すために拳を引き絞り――全力で横に飛びのいた。

 次の瞬間、ラルフが立っていた空間を物凄い勢いで<白桜>が薙いで行った。

 もしも、強引に真っ向から攻めていたならば、今頃体が左右に分かれていたことだろう。

 ラルフは己の脚力で慣性を殺し、鋭角に跳躍するとアレットの手元を狙う。

 攻撃を当てて<白桜>を落とさせて勝負を決めるつもりだ。

 だが……アレットは長物を操っているとは思えない速度で旋回すると、刀の鍔でラルフの拳を受け止めた。

 至近距離で視線が交錯し、刹那の間に相手の出方を読み合う。

 ラルフは拳を引き、体を落とすと同時に相手の懐に飛び込もうとするが……アレットもラルフの意図を察し、ラルフが詰めた距離の分だけ、後方に下がった。


「く……っ!」


 ラルフが攻撃を行うにはどうしても接近する必要があるのだが、対するアレットは接近され過ぎると大刀の性質上攻撃ができない。

 だからこそ、こうして適度に距離を保ってラルフと相対しているのだが……驚くべきはその見切りの鋭さである。

 ラルフが詰めた距離の分だけ正確に下がり、そして、ラルフが引けばその分だけ押し返してくる。

 まるで流水を相手に戦っているような手ごたえの無さ……完全にアレットの間合に囚われている。

 恐らく……攻めようと思えば、アレットはいつでも攻めることができるはずだ。

 あえてそれをしないのは、ラルフの実力を見極めようとしているからか。


 ――なら……ッ!


 ラルフは一気に前へ。

 その分だけアレットは後方に下がるが……その勢いを超えてさらにラルフは前へ。

 瞬間的な動きならまだしも、どうやっても前進と後退ではそこに速度に差が出る。

 細かい動きで間合いが調整できないのならば、思いっきり前進してこの膠着状態を打破するしかない。

 だが――


「なっ!?」


 ラルフの前進に対して……アレットが選択したのもまた前進。

 手に持っていた<白桜>を回転させると、逆手に持ち替える。

 アレットの構えを見たラルフは寒気を覚えて、急制動を掛けるも……すでに遅い。

 <白桜>の柄がラルフの鳩尾に添えられた瞬間――


「破ッ!」


 衝撃が腹から背中に向けて突き抜け、一瞬意識までもが吹き飛ばされた。

 だが、それもほんの一瞬だけのこと。

 ラルフは両足を踏ん張って何とか踏みとどまると、構えを取ってアレットと相対する。


「ぐ……」


 足に相当きている所から見て、内臓の方にダメージを貰っている。

 意識しなければ構えが下がってしまうのがいい証拠だ。

 プラプラと軽く手を振っていたアレットは、ニコッとラルフに向けて微笑んだ。


「……さすが」

「いや、直撃したし……ごほっ」

「……うぅん。気絶させるつもりで打ったけど、後ろに飛んで衝撃を逃がしつつ、体を少し捻って鳩尾に打撃が入るのを回避したよね?」


 ――ばれてるか……。


 体をひねって打点をずらしていなければ、今頃まともに鳩尾に一撃を貰って呼吸すらままならなくなっていただろう。

 この女性、躊躇い無く急所を狙ってくるあたり、意外と容赦がない。

 相変わらずアレットは笑みを浮かべたまま……<白桜>を天に掲げる。


「……なら、これはどうかな、ラルフ」


 その言葉が合図だった。

 白の刀身に凄まじい勢いで霊力が収束してゆく。

 霊術とは周囲の霊力を取り込んでそれを現象として顕現する術である。

 故に、霊術の才能とは、どれだけの霊力を扱うことができるか……言ってしまえば、霊力を扱える量のキャパシティーのことを指す。

 だからこそ……際限なく霊力を刀身に収束させているアレットの才覚は、驚くべきものがあるのだろう。

 入学式の頃に行ったダスティンとの死闘が……その実、児戯にも等しい物だったのだと、今更ながらに思い知らされる。


 ――く、どうする……! 前に引いても後ろに引いても活路が見いだせない……!


 後ろに引けば一方的に攻撃されるだけだし、かと言って前方に突っ込めばそれこそ霊術の餌食だ。

 完全に八方塞となってしまったラルフの耳に……ティアの声が飛び込んでくる。


「汝、空を切り裂く紫電の牙! ライトニングスカー!」


 ティアの詠唱と共に空気を焼きながら紫電が疾駆する。それは、ラルフを追い越してアレットに一目散に襲い掛かるが――。


「ふっ!」


 かなりの速度で襲い掛かったはずだが、霊力を収束した<白桜>で一刀両断に伏された。

 その光景を見たティアが、ラルフの後ろでシャックリのような悲鳴を洩らしている。


「いや、昔から強かったけど、もうシャレにならないぐらい強くなってるな……アレット姉ちゃん」

「強すぎでしょう、あの人!! どうしろっていうのよ! あわわわわ……」


 ラルフ達が次の一手をどう打ってくるのか見極めようとしているのか……眩いばかりの霊力を秘めた<白桜>を両手で持ちながら、アレットは一歩もその場から動こうとしない。


「なあ、ティア。今ティアが使える一番威力の大きな霊術って何がある?」

「もうちょっと強いのも使えるけど……たぶん、効かないと思う」


 そうだろう。

 目の前のアレットが<白桜>に収束させている霊力量はそれほどのものなのだ。

 ならば――


「なら、煙幕でも何でも良い……アレット姉ちゃんの視界を塞いでくれ」

「…………分かった、やってみる」


 そう言って大きく深呼吸をしたティアは、<ラズライト>をアレットの方へと向けて大きく叫ぶ。


「燃え盛る炎よ、驟雨の如く降り注げ! フレイムバレット!」


 ティアの頭上に次々に星のような瞬きが生まれ……次の瞬間、それは拳大の火球へと変化する。

 ティアは大きく<ラズライト>を振りかぶり――


「行け!」


 <ラズライト>を振り抜くと、火球がアレットの元へと殺到する。

 否、正確に言えば……アレットの手前。

 次々に着弾した火球は地面を焼き、衝撃をまき散らしながら黒煙を吹き上げる。

 巻き上がる土砂と黒煙がアレットとラルフの間に立ち上り、完全に視界が遮られた。


 ――今だッ!


 同時、ラルフはスタートダッシュを切り、アレットがいると思われる辺りへ、迂回しながら駆けだす。

 さすがのアレットもこうまで視界を遮られては攻撃のしようがあるまい。

 だが、その考えですら――浅慮であった。


「……足音、聞こえてるよ」

「っ!?」


 ぼそりと、呟かれた声が雑音の中にあって鮮明に聞こえたその瞬間。


「桜花繚乱」


 振り抜かれた<白桜>から生じた霊力による衝撃波が一瞬にして黒煙を吹き飛ばした。

 純白の花びらを内包した優美で、けれどどうしようもないほどに圧倒的な威力の波は、地を抉りながらラルフとティアの方へと猛進してくる。


「ぐっ……ッ!!」


 あれだけ視界が閉ざされていたにもかかわらず、ラルフの足音だけを頼りに正確無比に衝撃波を放ってくるとは……完全にラルフの予測を超えていた。


「アルティア!!」

『おう!』


 観念したラルフはその場で足を止めると、拳を握りしめる。

 攻撃の意志が灼熱の炎と化して拳に宿り、爆発的にその熱量を高めてゆく。

 神装<フレイムハート>によって得られた炎の力を余すところなく――


「ブレイズインパクトォォォォォォォォォォッ!!」


 眼前に迫る衝撃波に叩き込む。

 力と力がぶつかり合い、相殺された余波が周囲に散乱。

 キラキラと陽光を反射して煌めく純白の花弁が幻想的な空間を作り出す。

 ブレイズインパクトを叩き込んで何とか衝撃を相殺したラルフは完全に体勢を崩している。

 そして……目の前には、桜花繚乱を放つと同時に前進し、すでにラルフを間合いに取り込んだアレットの姿。


「……これで終わり」


 下段に構えた<白桜>が閃いた……その時にはもう、ラルフの意識は途切れていたのであった。



――――――――――――――――――――――――――――



「…………うっ」

「……目、覚めた?」


 後頭部に触れる柔らかい感触と、それ以上に柔らかい声で優しく覚醒を促されたラルフは、鉛が付いたかのように重い瞼を開けた。

 ぼやける視界に映るのは青空をバックに、ラルフの顔を覗き込むアレットの顔だった。

 四年間……数字にすれば短いが、たったそれだけでアレットは恐ろしいぐらい綺麗になっていた。

 初見で見た時から綺麗な人だとは思っていたが、こうして至近距離で見てみると、その印象がより強い……などと、寝起きの頭でラルフはそう思った。

 いったい自分がどういう体勢なのかまで頭が回らなかったラルフだったが、自分が膝枕をされているという事実に気が付くや否や、頬に血が上った。


「ちょ、わ、た、そわーぃ!?」

「……おぉ」


 訳の分からない掛け声をあげて跳ね起きたラルフは、腹に感じる鈍痛に顔をしかめた。

 当て身を喰らって一瞬で意識を刈り取られたのだろう。

 ここまで見事にやられると清々しさしか感じない。

 ラルフが顔をしかめていることに気が付いたのだろう。

 アレットがなんだか申し訳なさそうな表情をしていた。


「……ラルフ、ぽんぽん痛いの?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だよ、アレット姉ちゃん!」


 ペタペタと無防備に触れてくるアレットに、顔を赤くしながら必死に返答するラルフ。

 互いの吐息を感じられるほど顔が近いので、ラルフからするとたまったものではない。

 対するアレットは、ラルフを異性としては捉えていないのだろう……平然としている。

 その時、ふと後頭部を突き刺してくるような視線を感じて振り返ると……そこには、半眼でラルフを観察しているミリアがいた。


「見てください、ティアさん。兄さんは昔からアレット姉さんを前にすると、ああしてだらしなく鼻の下を伸ばしてデレデレするんですよ、みっともない」

「そ、そんなことないぞ!」

「まぁまぁ、久しぶりの再会なんだし、そんなに目くじら立てなくてもいいじゃない」


 険を感じさせる視線でラルフを射抜いているミリアをなだめながら、ティアがラルフとアレットを交互に見ている。

「というか……ラルフとクロフォード先輩って知り合いだったんですか?」


 ティアの質問にアレットは頷く。


「……ラルフのお父さんと私のお父さんが親友でね。それで、六年前、私のお父さんがヒューマニスの大陸にあるビースティス領でお仕事がある時、家族でついて行って……その時に知り合って一緒に遊んだんだよね」

「そうですね。姉さんがこっちにいたのは二年間だけで、すぐに帰ってしまいましたが」

「……ミリア、泣きながら『帰っちゃヤダ!』って駄々こねて可愛かった」

「姉さん、そういう話はいいですから」


 頬を赤くして咳払いをするミリア。

 当時はミリアも色々と大変で、一つ年上のアレットにベッタリと懐いていたのである。

 泣きながら駄々をこねるミリアは、アレットと別れてから一時の間、塞ぎ込んでいたのをラルフはよく覚えている。

 まぁ、今そういう話を蒸し返されたくはあるまい……ラルフは苦笑を浮かべながら視線をティアの方へと向ける。


「というか、ティアの方は大丈夫だった?」

「うん、私はラルフが倒れてすぐにギブアップしたから」

「もうチョイ粘れよぅッ!?」

「それ、死ねっていうの!?」


 ティアの身体能力は控えめに言っても低い。

 ラルフ抜きでアレットとぶつかり合えば、それこそ一瞬で勝敗は決するだろう。

 精神論だけではどうしようもない。


 ――しかし……昔から滅茶苦茶強かったけど、なんか輪をかけて強くなってる気がする。


 楽しそうにミリア達と談笑しているアレット見ながら、ラルフは表情を渋くする。

 六年前――当時十一歳だったラルフは父親から拳術を教わり、腕っぷしでは同年代の中で敵なしと言われる程に強くなっていた。

 正直、驕っていた。

 父親以外で自分より強い奴なんていないと、本気で思っていた。

 そんな時に、父親が連れてきたのがアレット・クロフォードだった。

 今になって思えば、ラルフの驕りを父親は正確に見抜いていたのだろう。

 ラルフとアレットは組手を行い……結果、ラルフはものの見事に鼻っ柱を折られたのである。

 幼い時からアレットの剣術・霊術の才能は突出しており、更に剣豪と評される彼女の父親――フェリオ・クロフォードから指導を受けていたこともあってか、当時十二歳だったアレットはこの頃から頭角を現していたのである。

 井の中の蛙、大海を知らず……とはよくいったものだ。

 年上とはいえボーっとした女の子に負けたことが悔しくて、一人になってから悔し泣きしたことをラルフは今でもよく覚えている。

 その後、アレットが本国に帰るまでの二年間、幾度となく組手を行ったが、結局ラルフはアレットに勝つことはできなかった。

 そして今回もまた、敗北を重ねてしまったという訳である。

 ラルフの中にあるちっぽけな男のプライドが集団で地団駄を踏んでいる。


「というか、アルティアは戦闘での援護とかできないの?」


 頭の上にいる自分の相棒に若干八つ当たり気味に言葉を発すると、苦笑が落ちてきた。


『私は神装<フレイムハート>の意志のようなものだと言っただろう。神装を通して使う霊力の調整等は行うが、直接的な戦闘に関しては期待しないでくれ』

「そんなもんか……」

『それに、私が介入して勝ったとしても嬉しくはないだろう?』

「まぁ、そりゃそうなんだけどさ」


 自分の実力不足にうんうんと唸っていると、遠くからピーッと笛の音が聞こえてきた。

 どうやら、ラルフが気絶している間に交流戦が終わってしまったようだ。

 一戦しかできなかったが、内容は非常に充実していたので、ラルフ的には満足ゆく結果だった。


「ほら、ラルフ集合だって。急ぐわよ」

「ああ、分かった」


 一足先にティアが集合場所へ駆けてゆくのを見ながら、ラルフもそれに続くために立ち上がる。

 腹部の痛みはあるが、何とかなるレベルだ。

 精神に受けたダメージなので、一時間もすれば消えてなくなるだろう。

 ラルフがティアを追って走り出そうとした時、不意にクイッと袖を引かれた。

 振り返れば、そこにはラルフの様子を窺うように少し身をかがめたアレットの姿。


「……ラルフ、ミリア。明日はお休みだけど二人とも時間は空いてる?」

「え、空いてるけど?」

「ええ。私も問題ありませんよ」

 

 ミリアとラルフの返答を満足げに聞いたアレットは、ピンと人差し指を立てる。


「それじゃ、こっちに来たばかりだし家具とか日用品をお姉ちゃんと買いに行こうか」


 そう言って、アレットはふにゃっと微笑んだのであった……。


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