星誕祭二日目――友達探し
チェリルに対してこう言ったものの、ラルフも普段から盛大に口を滑らせている側の人間だ。これほどミリアに来てほしいと思ったことはない。
「あ、あの……わたくしは……わたくしは……ッ!」
ラルフが益体もないことを考えると、意を決したのか、オルフィ(仮)がグッと拳を握って勢いよく顔を上げた。
「わたくしは、オルフィ・マクスウェルなどではありません! 人違い――」
「おぉ、王家だけが金髪碧眼ってのは本当なんだなぁ」
「…………ぇう」
――あ、しまったー!?
彼女が顔を上げた拍子に揺れた美しい金髪と、澄んだ碧眼を前にして、スルッと失言が口をついて出ていた。隣から向けられるチェリル視線が痛い。
ここで、「あ、そうなんですか! いやーウッカリウッカリ!」とでも言って、見て見ぬふりをすれば今の状況を回避できたかもしれないが……もう遅い。まぁ、六枚翼を目にした時点で、色々と手遅れかもしれないが。
目の前で泣きそうになっている女王陛下は、両手を組むとフッと小さく笑った。
「今は亡き父上、母上、不出来な娘をお許しください。かくなるうえは、この身を天へ届く聖火に転じ、その輝きをもって贖罪としましょう」
「ストップストップ。多分それ女王様だけじゃなくて、俺達もコンガリ焼けるんで。いや本当にマジで勘弁してくださいお願いします」
というか、インフィニティーの能力全てを使って発火した場合、ここら一帯が焦土と化す可能性も十分あり得る。口にはしないが、激しく迷惑だ。
そんなラルフ達を、オルフィは怯えたような目で見つめる。
「しかし、先ほど、身代金と……」
「いえ、女王様、それは誤解です。彼女は貴女の見事な金髪を目にして、思わず『この色、金!』と叫んでしまっただけなのです」
「そ、そうだったのですか」
人間、死ぬ気になればやれるもんだと、ビッシリ冷や汗をかきながらラルフは思う。
援護射撃してくれと、ラルフはチェリルの方を向くと……当の彼女は、オルフィの顔をじぃっと見つめている。
「お、おい、チェリル。そんなにじっと見たら失礼だろ」
だが、ラルフの必死の訴えに耳を貸すことなく、チェリルはトコトコとオルフィの目の前まで歩いてゆく。そして、至近距離から彼女の顔を覗きこみながら、首を傾げた。
「……どこかで、ボクと会ったこと、ある?」
「え……?」
何の前触れもない質問に、オルフィが驚いたように目を丸くする。
その瞬間、目にもとまらぬ速さで距離を詰めたラルフが、荷物を抱えるようにチェリルを肩に担ぎ、後退する。
「い、いやぁ、あはははは! 実は俺達の同級生に同じ金髪碧眼がいて、たぶん、あの子と間違えたんだと思います!」
「ちょ、こら、離せ、ラルフ! どこ触ってるんだ、エッチ!」
「お尻に手は当たってるけど、そんなこと考えてる余裕なんて微塵もないから安心しろ!」
「ミリアさんに言いつけてやる!」
「ひぃ! なんでドラゴンの尾を踏むようなことをするんだよ!」
慌ててチェリルを下ろすと、彼女は頬を染めながら、両手で自分のお尻をかばった。ラルフとしても罪悪感はあるが、とりあえず現状を乗り越えることを第一に考えて欲しい。
――でも、意外だな。
古書を買っている時のように異様なハイテンションでもない限り、極度の人見知りであるチェリルが積極的に他の誰かと絡みに行くことはほとんどない。
――オルフィ・マクスウェル……か。一体、チェリルとはどういう繋がりがあるんだろう。
昨日の心神喪失状態のチェリルの口から、彼女の名前が出てきた。
チェリルとオルフィが何らかの関係性を持っている可能性は大きいが……少なくとも、キョトンとしている二人を見る限りでは、面識ないと思われる。
ラルフが内心で大きく首を傾げていると、不意にオルフィが小さく笑った。
「そこのマナマリオスの方……わたくしと、どこかで会ったことがあると、そう感じたのですか?」
「う、うん。見間違いかもしれないけれど……なんだか、とても懐かしくて」
「そうですか」
チェリルの言葉に、オルフィは笑みを深める。
「実は、わたしくもそう感じていたのです」
「え!?」
思わず反応を返してしまったのはラルフだ。
反射的にチェリルを見てみると、彼女もまた驚いたように目を丸くしている。聞いた当人であるチェリルも、まさか女王が肯定するとは思ってもみなかったのだろう。
「とはいっても、貴女と直接面識があるわけではありません。昔……わたくしがまだ幼い頃、マナマリオスの国立研究所から農耕地用浮島のメンテナンスに訪れていた一人のマナマリオスの女性研究員と似ていると……そう感じたのです」
当時のことを思い出しているのだろう……オルフィは表情を柔らかくしながら、言葉を連ねる。
「その方は、ずっと王宮の中だけで育ったわたくしに、外の色んな話をしてくださいました。フェイムダルト神装学院のこと、友人のこと、実験のこと、神装のこと……女王として生きることを義務付けられ、縛られるように生活してきたわたくしにとって、彼女の話は刺激に満ち溢れ、本当に楽しいものでした。彼女も、貴女と同じように自分のことを『ボク』と言っていたものです」
そこまで語ったオルフィだったが、不意にその表情を暗くする。
「ただ、ある日を境に唐突に彼女は王宮を訪れなくなりました。王宮の者に聞けば、本国に帰られたと。一言もなく帰ってしまわれたことが、悲しくて、辛くて……お別れの挨拶の一つもできなかったことを、わたくしは今の今までずっと後悔し続けていたのです」
だからこそ……そう前置きして、オルフィはチェリルと同じ目線まで膝を折った。
「今回の遊説はチャンスだったのです。聞けば、星誕祭はこの学院の卒業生も多くやってくるとのこと。もしかすると、彼女もまた、この学院に来ているかもしれない……一縷の望みを賭け、わたくしはこうしてこの学院にやってきたのです」
「そうなんだ……その人に会いたいの?」
無垢なチェリルの瞳に、オルフィは小さく頷く。
「会いたい。あの人は、わたくしの生涯においてただ一人の……友達なのです」
「そっか……そっかぁ。大切な友達なんだ」
感慨深げにそう言ったチェリルは、くるっとラルフの方を振り向くと、グッと拳を握って見せる。
「ラルフ、王女様の人探し、ボク達も手伝ってあげようよ」
友達という言葉がチェリルの心の琴線に触れたのか……その瞳は、いつにもましてやる気に満ち満ちている。鼻息荒いチェリルを前にして、ラルフは頭を掻きながら問いかける。
「んーそうなぁ。王女様、入場者名簿は確認したんですか?」
現役学生以外がこの星誕祭は参加するには、きちんと入場する際に危険物を持ち込んでいないか、チェックを受ける必要がある。それをクリアすれば、入場許可証である小さなバッチが渡されるのである。
この際、一応名前も登録されるので、誰が入っているのか、名簿を見れば一発で分かる。無論、ラルフ達のような一般学生が見ることは叶わないが、オルフィぐらいになれば、色々と理由を付けて見ることは可能だろう。
だが、ラルフの提案にオルフィは首を横に振る。
「今のわたくしは『オルフィ・マクスウェル女王』ではなく、ただの『オルフィ』です。その……あまり人目に付くことはしたくないのです」
「そうなんですか。でも、女王様が護衛も連れずに一人で出歩くなんて、よく許可が出ましたね?」
至極まっとうなラルフの指摘に、オルフィはどこか気まずそうに視線を逸らす。その動作に嫌な予感を覚えたラルフは、半笑いを浮かべる。
「あ、あはは……まさか、抜け出してきたとか、護衛を撒いてきたとか、そんな感じで……」
「…………霊術をつかったとはいえ、あそこまでアッサリ撒けるとは思いませんでした」
頭を抱えて「ノォォォォォォォォォォォォォォッ!!」と叫びたくなった。
つまり、今の状況を客観的に見てみれば――王女様を誑かすヒューマニスの男一人と、マナマリオスの女一人。見つかり次第、ぶった切られても文句は言えない。
どうもこの女王様、王宮で育ったというだけあって、色々と世間知らずだ。温室育ちとまではいわないが、世の中の理不尽さをいまいち理解していない。
正直な所、「じゃあ頑張ってくださいネ!」と言って全力疾走で逃げたいところではあるが……同時に、一途な彼女を応援してあげたいと願う自分がいるのも確かだった。
空を見上げれば、太陽は少しずつ地平線の向こう側に沈みゆき、微かにだが蒼に茜色が混じっている。
「なぁ、アルティア。どうしようか」
『すぐさまこの場から立ち去れ……と言っても、お前は納得しないのだろう?』
「いやまぁ、うん」
アルティアの言葉に、ラルフは歯切れ悪く頷く。
ちなみに、アルティアが喋るのを見たオルフィが「凄いです、地上のヒヨコは言葉を解することができるのですね!」と驚いているが、激しく見当違いである。
うーむ、と考え込んだアルティアは、小さく嘆息しながら次善策を提示する。
『ならば、日暮れまでと決めて手伝ってやってはどうだ。ただし、気を付けろ。確実に女王を探し求めてシルフェリスの近衛兵達は血眼になっているはずだ』
「だよねー」
それはそうだろう。
近衛兵ともあろうものが、護衛対象である女王を見失ったのである――下手をしなくても、首が飛ぶレベルの失態だ。比喩でも何でもなく、己の命を賭して探していることだろう。
ド派手にぶっ放しながら暴れるのは得意だが、隠密行動はラルフの最も苦手とする分野だ。だが、こうも二人から期待に満ちた視線を向けられてしまっては、やるしかあるまい。
「では、女王様。日が沈むまで……それまでその人を探しましょう。今は近衛兵が探しているだけかもしれませんが、周囲が暗くなった場合、それこそあっちも手段を選ばなくなるでしょうし」
それこそ、全てのシルフェリスを捜索に動員してきてもおかしくはない。
そんなラルフの言葉を聞いて、パッとオルフィは表情を明るくする。
「手伝っていただけるのですか!」
その無防備極まりない笑顔を前にして、若干、彼女の将来が不安になったラルフだったが……一個人としては、とても好感のもてる笑みだった。
「よし、それじゃ……オルフィ女王の友達を頑張って探そう」
「おー!」
「お、おー」
やる気満々に拳を突き上げるチェリル、そして、オズオズとそれに続くオルフィを見ながら、ラルフもまた拳を空に向かって突き上げるのであった。