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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
七章 星誕祭~無限を冠する女王と浮遊大陸エア・クリア~
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星誕祭二日目――もしかして女王様ですか?

 市場からアトリエまで荷車を引いて全力疾走、女性両名に全力で振り回されて祭りを回り、年上のお姉さんに捕まって甘やかされる――と、ラルフのこれまでの星誕祭を振り返ると、肉体面よりも精神面でのダメージがデカい。

 酒池肉林じゃん、と開き直れるほどこの青年は女性に対してオープンではない。

 そのため、荷物持ちという役目が与えられたチェリルとの時間は、割と心穏やか過ごすことができると考えていたが……それはかなり甘い考えであった。

 『空間拡張式道具袋があるのに、どうして荷物持ちを?』と、疑問を抱いていたラルフだったが、その疑問はまさに的を射ていたのである。


「あ、うん。ごめん、それ嘘」

「はッ!?」


 そんなやり取りから開始したチェリルとの古書巡りは、ラルフの度胸が試されるイベントと化した。


「…………」


 ごくりと、ラルフは古書を手にして喉を鳴らした。

 今、ラルフが手に持っているのは露店の冒険者から買った古書であり、何でもファンタズ・アル・シエルの遺跡の奥にて回収したものらしい。

 一見すると何の変哲もないただの古書なのだが……その露店をしている冒険者は、ひどく心配そうにラルフを見ている。それどころか、ラルフとチェリルを中心にして多くの見物人が集まっている始末である。


「それじゃ、ラルフ。カウントはこっちでするから、タイミングを合わせてね」

「お、おう!」


 本を手にしたまま固まるラルフの隣では、神装<ルヴェニ>を発現したチェリルがスタンバイしている。金と銀の球体の上に手を置き、まさに準備万端といった様子だ。


「それでは……5! 4! 3! 2! 1! 今だッ!!」

「つッ!」


 タイミングに合わせ、ラルフが本を中央から思いっきり開くと同時――まるで、その時を待ちわびていたかのように、ページが光り輝き……凄まじい勢いで『腕』が飛び出してきた。

 枯れ枝のようにガリガリにやせ細って黒ずんでいるその腕は、まるで、地の底より這い出た死人が、ラルフも死後の世界に引きずり込まんとしているかのようで。

 その腕は、ちぎれんばかりに五指を広げ、ラルフの顔を掴まんと迫り――接触するギリギリのタイミングで障壁に阻まれた。


「解除!」


 チェリルの指がルヴェニの上で踊るように滑り、術式を構成する。

 チェリルの両手に霊術陣が形成され、それが高速で回転すると、同期するように枯れた腕がゆっくりと朽ち果て、崩れてゆく。最後の一片が崩れ落ち、風に溶けて消えると、ふぅっとチェリルは額を拭った。


「よし」

「よし、じゃないよ! 今のなに!? ねぇ、今の何なの!?」


 ハッハッハとチェリルは笑って手を振る。


「いやいや、肉体から魂を剥ぎ取って、本の中に封印するありきたりなトラップだよ。何人かこれで死んでるけど、心配しなくていいよ」

「心配しなくていい根拠はどこにあるの!?」

「解術したので、約束通りこれはタダでもらっていきますね」

「聞けよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

『諦めろ、ラルフ……』


 悲痛なラルフの叫びは、どうやらホクホク顔のチェリルには届いていないようだ。慰めるアルティアの声が何だか物悲しい。

 これこそ、チェリルがラルフに頼みたかった仕事――囮である。

 なんでも、古書の中には力無い者が読むことを拒むために、トラップが仕掛けてある物があるのだとか。それは、純粋に内容を読むことを阻害するモノから、読もうとした者の命を奪い取るモノまで千差万別。

 何よりも厄介なのがこのトラップ……本を開かない事には解術できないのである。

 チェリルが言うには、本を開きながら解術するのは難しいらしい。確実を期すならば第三者に本を開いてもらい、チェリルが脇から解術するのが一番なのだとか。

 つまるところ、ラルフが片っぱしからトラップを踏み抜き、それが発動する前にチェリルが解術してゆくという作業なのである。

 絶対に大丈夫! とチェリルに太鼓判を押してもらってはいるものの、ラルフからすれば冷や汗ものである。無論、トラップの解術に失敗した場合、モロに食らうのはラルフである。

 今の所、本が爆発してラルフの両腕が吹っ飛びそうになったり、周囲の人々が一斉にバーサーカーになってラルフに襲い掛かりそうになったり、表紙に口が出現してラルフの両手を食いちぎろうとしたりと……割とエグイものばかりである。

 トラップの仕掛けてある古書は、その分だけ内容は充実しているのがまた始末が悪い。チェリルが嬉々としてトラップつきの古書を見つけてくるので、その度にラルフは顔面蒼白になっている。


「うぅ、もう止めたい……」


 力なく地に伏せるラルフの肩を、ポンッとチェリルが叩く。


「後で夕飯を奢ってあげるから、がんばってよ、肉か――ラルフ」

「今、肉壁って言おうとしただろ!!」

「あはは、冗談冗談。でも、こんなに古書が手に入るなんてなー。古書はとても価値があるのに、解術ができない冒険者が多いからね。結局、マナマリオスに二束三文で買い叩かれているんだ。それぐらいなら、この星誕祭に持ってくる人がいるかなって来てみれば……うふふふ」


 先ほど、ラルフの顔面にアイアンフィンガーを食らわせようとしてきた本を抱きしめ、満足げに笑うチェリル。ラルフからすれば、こんな危険なもの学院に持ち込ませんなよ、と思うのだが……『危険! トラップ付き!』と但し書きがあるので、許可はされているのだろう。

 跳ねるような足取りで祭りを堪能するチェリルを横目で見ながら、ラルフは小さく吐息をつく。

 今の所、昨日のように心神喪失状態になるような兆候は見られない……というか、今まで見たことないほどに絶好調だ。


 ――まぁ、元気ならいいんだけどさ。


 チェリルの霊術の腕は確かだ。

 それは、一緒に肩を並べて戦ってきたラルフが一番よく分かっている。そんな彼女が大丈夫と言っているなら、本当に大丈夫なのだろうが……命を担保に入れている身としては、勘弁してほしいというのが本音だ。


「次々! ほら、ラルフ! 別の誰かが買っていっちゃう前に、買い占めないと!」

「あんなの買う人いないって、いやマジで。というか、前! 前!」

「え……? あうっ」


 ラルフの方を見ながら、バックしていたチェリルは、わき道から早足で出てきた人物とものの見事に衝突した。ぽてっと倒れたチェリルを助け起こすために、ラルフは早足で彼女の元に急いだ。


「ほら、大丈夫か?」

「いたい……」

「前を見ないで歩くからだ。あの、そちらの人も大丈夫ですか?」

「ぇ……あ、はい。わたくしは大丈夫ですので……」


 そう言って立ち上がるのは、大きなフードを被ったシルフェリスの女性だった。背中にある六枚の翼を震わせ、彼女は大きく頭を下げる。

 尊大な態度を取ることの多いシルフェリスにしては、とても礼儀正しい所作に対して、ラルフも慌てて頭を下げ……ようとして、止まった。

 彼女の背にある六枚の翼。それが、何を意味しているのか、理解したからだ。

 反射的にチェリルの方へ顔を向けると、彼女もまた餌を待つ雛鳥のようにポカンと口を開けたまま、背中の翼を凝視している。


「…………? あっ!?」


 ラルフとチェリルが阿呆のように自分の翼を凝視していることに気が付いたのだろう。自身の翼を確認した女性は、顔色を無くすと同時にラルフとチェリルの襟首をつかんで、強引に脇道に引っ張り込んだ。

 あまりのことに為すがままになっているラルフの頭の上で、アルティアが大きくため息をつく。


『ラルフよ、お前はまた厄介ごとの火種を……』

「しょうがないでしょ!?」


 相棒の嘆息に突っ込みを入れると、ラルフは目の前の人物に視線を戻す。

 目の前の女性が小声で何かを呟くと、背中の翼がすぅ……っと消え、二枚の翼だけが残った。だが……どれだけ翼を消そうとも、ラルフとチェリルがその翼を見たという事実は消えない。


「…………」

「…………」


 無言で凝視してくるラルフとチェリルの視線に対し、女性はぷるぷると震えながら無言のままに俯いている。互いに牽制するような沈黙に耐え兼ね、ラルフは小さく手を上げながら、恐る恐る口を開く。


「あの……貴女はオルフィ・マクスウェル女王様でしょうか?」


 ビクゥッ! と分かりやすい反応が返ってきた。どうやらこの女王陛下、腹芸などはできないようだ。


「ど、どうしようラルフ! とりあえず、身代金を要求すればいいのかな?」

「混乱してるのは分かった。ただ、今の一言で俺達の首がスパッと行く可能性が爆上がりしたから、迂闊なことは口に出さないようにな」


 どっと冷や汗を流しながら、ラルフは再びオルフィ(仮)に向き直る。

 チェリルに対してこう言ったものの、ラルフも普段から盛大に口を滑らせている側の人間だ。これほどミリアに来てほしいと思ったことはない。


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