星誕祭一日目――困惑のチェリル
『それでは引き続きまして、シルフェリスの女王。オルフィ・マクスウェル様、壇上へどうぞ』
司会進行の声で壇上に上がったシルフェリスを見た瞬間、ラルフは目を丸くした。
彼女のことを一言で言い表すのならば、『童話のお姫様』だろうか。
背に流れる黄金の髪に、雲一つない蒼穹を思わせる碧眼。彼女の内面を現しているかのように、目じりはやんわりと垂れており、どこか優しげでおっとりとした印象を受ける。
全体的に女性としては背が高く、純白のドレスに包まれた肢体は出る所は出て、引っ込むところは引っ込んでおり魅力的なラインを形成している。
だが……それよりも注目すべき点はやはり彼女が背に負うている翼だろう。
六枚の純白の翼。
基本的にシルフェリスの翼は二枚だが、画面の向こう側にいる女性の翼は六枚――大きく広がる純白の翼を背にした彼女の立ち姿は、ある種の神々しさすら感じさせた。
「シルフェリスを統べる女王にして、切り札。インフィニティーのオルフィ・マクスウェル女王ですか……初めて見ました」
ミリアの言葉に、ラルフは顔を向ける。
「切り札……? それに、インフィニティーって?」
「無限の霊力を行使できるシルフェリス……それが、インフィニティーです。大気中の霊力を無尽蔵に行使し、たった一人で戦略級霊術すら操って見せると言われています。彼女の存在が、他国に対する牽制になっているとすら言われているほどです」
それが本当ならば、凄まじいことだ。
授業で習ったことで若干曖昧だが……確か、戦略級霊術というのは、数千、へたをすれば数万単位の霊術師が一糸乱れぬ統率の元でようやく発動させることができると言われている霊術だ。
大陸の形を変えることすら可能と言われる程の威力を持つ戦略級霊術――それを、個人で発動させることができるなど、他国からすれば冗談以外の何物でもない。
それならば、他国の牽制になるというのも頷ける。
『未来の冒険者の皆様、はじめまして。わたくしの名はオルフィ・マクスウェル。シルフェリスの女王にして、浮遊大陸エア・クリアを治める者です。今日は、少し無理を言って皆様の過ごすフェイムダルト神装学院へとやってきました』
朗々と紡がれる声は軽やかで、澄んだ透明な色をしていた。
まるでそれは……歌うかのようで。
無意識のうちにラルフはティアの方へと視線を向けていた。何となくではあるのだが、その声が……歌うような声が、ティアの歌と瓜二つに思えたのだ。
「…………」
ただ、改めてティアの方を見てみると、どことなくオルフィと似ているような気がした。
釣り目気味で気の強そうなティアと、おっとりした感じのオルフィでは共通点はなさそうだが……なぜだろうか、ラルフの直感がそう感じたのである。
「類似点って言えば、金髪碧眼……ってところぐらいだよなぁ。そういや、シルフェリスで金髪ってティア以外には見ないよな」
ラルフの何でもないような言葉に、ティアは軽く頷く。
「そりゃそうよ。金髪碧眼のシルフェリスは王家の血を引いているってことの証明なんだから」
「へぇ…………………………へぇッ!?」
何気なく流そうとしたラルフは、裏返った声を上げてティアを凝視する。
金髪碧眼――まさにその少女が目の前にいるわけで。ラルフにじいっと見つめられていることが照れくさいのか、若干顔を赤くしながらティアが髪を掻き上げる。
「私のお母様が遠縁で王家の血を引いてるってだけ。私には王位継承権もないし、特別な待遇もないわよ」
「ほ、ほぉう。そうだったのか。でもそっか、ティアがお姫様ね……ぷふっ」
「ちょっと表でなさいよ、アンタ……ッ!!」
目の端を痙攣させるティアを、ラルフはまじまじと上から下まで眺める。
もともと、どこか気品のある少女だとは思っていたものの、まさか王家の血を引いているなんてトンデモ設定が発覚するとは思いもしなかった。
ただ、実際に金髪のシルフェリスを今まで一度も見たことがないという事実が、より彼女の言葉に信憑性を与えていた。
『わたくしと歳も大して変わらぬ人々が、神装という名の選ばれし力をその手に、世界の脅威である終世獣と戦っている……だからこそ、わたくしはこの学院に来てみたかった。天空より見下ろすのではなく、世界の実情を同じ目線で確かめたかったのです』
祈るように両手を組んで言うオルフィは、どこか浮世離れしており、雲の上の存在なのだという事を嫌でも実感する。周囲を見回してみれば、どこか恍惚とした様子でオルフィを見上げているシルフェリス達の姿も見ることができる。
その時、頭の上でアルティアがボソッと呟いた。
『インフィニティーか……』
「アルティア、知ってるの?」
『む? そうだな。過去、創生獣大戦でもその素質を持った者は二名いたからな』
「おお……じゃぁ、大活躍したの?」
戦略級霊術を個人で放つことができる存在だ。さぞかし、活躍したことだろう。
だが、アルティアの言葉はラルフの斜め上を行っていた。
『喰われた』
「え……?」
『正確に言えば、第Ⅴ終世獣ウロボロスによって取り込まれた。リュミエールと同じ「創造」の力を与えられた大型終世獣でな。無限と転輪を象徴するその能力は、終世獣の創造。無限に霊力を行使することができるインフィニティー二人を取り込んだウロボロスは、それこそ驚異的なまでの勢いで終世獣を生み出してな……今のファンタズ・アル・シエルに終世獣が溢れているのはウロボロスによるところが大きい。最終的には、私とクラウドが玉砕覚悟で突貫して消滅させたが……失ったものは多かった。もちろん、インフィニティーの二人を助けることは叶わなかった』
「…………」
痛恨の極みと言わんばかりに、声のトーンを落とすアルティアに、ラルフは何も声を掛けることができなかった。
ふっ、と小さく吐息をつきアルティアはラルフの肩まで下りてくる。
『すまない、少し空気が悪くなったな。さて、それでは私は酒の試飲会に行ってくるとしよう。ラルフも頑張るのだぞ』
「あぁ、うん……なぁ、アルティア」
『ん?』
滞空しながら振り返ったアルティアに、ラルフは無言でグッと握り込んだ拳を示して見せる。
何が伝えたいのか、それを言葉にすることは今のラルフには難しくて……。
ただ、うっすらと悔恨を浮かべるアルティアはきっと、ラルフが思っている以上に重いものを抱え込んでいるのだろう。
ラルフとアルティアは神装<フレイムハート>を介した相棒だ。だからこそ、その苦しみや悔恨は共に分かち合って……そして、打ち砕きたいとラルフは思ったのだ。
突き出された拳を前にして、目を丸くしたアルティアだったが……小さく笑い声をこぼすと、ラルフの拳に止まり、同じように翼を突き出して見せる。
視線と視線が交錯し、想いと想いがぶつかり、そして、燃えるような熱が共有される。
ニッと互いに笑い合えば、そこにはもう先ほどまでの苦い空気は存在しない。
「呑み過ぎんなよー、アルティア!」
『分かっている!』
そのままパタパタと翼を羽ばたかせて飛んでゆく。気のせいかもしれないが、その姿は先ほどよりもどこか軽やかな気がした。
フッと肩の力を抜いて振り返れば……そこには、ニヤニヤと笑みを浮かべたミリアと、微笑ましいものを見るかのように淡い苦笑を浮かべたティアがいた。
「な、なんだよ……!」
「いえ、別に」
「うん、別に」
互いに何か通じ合うものがあるのだろうか。ミリアとティアは示し合わせたように笑い、再び塩蔵の作業に戻ってゆく。
なんだか、無性に恥ずかしくなったラルフは無意味に地面の石ころを、こつんと蹴る。
「ほ、ほら。ティアはオルフィ女王が演説してる姿を見なくていいのかよ! ミリアだって早く食べ物の下処理しないとだろ!」
「見てる見てるー。ラルフのカッコいい姿と同じくらい見てるー」
「やってますやってます。兄さんがカッコよく拳を付き出すぐらいやってます」
「むぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
くすくすと笑いながらいうティアとミリアに対し、ラルフは頭を抱える。
これは形勢不利だと睨んだラルフは、助けを求めるようにチェリルの方を向き……そして、思わず眉を寄せた。
画面に映るオルフィを見るチェリルの目がどこか虚ろだったからだ。
遠く――ここではないどこかを見るかのように、焦点が定まらぬ瞳に危ういものを感じたラルフは、反射的にチェリルの両肩に手を置いて強く揺さぶった。
「おい、チェリル……チェリル!」
「ゴルド……フェリオ……レッカ……オルフィ……。オルフィ……マクスウェル……」
ぐるりと首を巡らせ、虚のような瞳で見つめられたラルフは思わず言葉を失った。
まるで、『チェリル・ミオ・レインフィールド』という一人の人格が、ゴッソリと無残に抉り取られた後のように、その瞳は余りにも凄惨なものだった。
愕然とするラルフを一時見ていたチェリルだったが、ゆっくりと首を傾げる。
「君……誰……?」
「しっかりしろ!! チェリルッ!!」
気迫すら込めた一喝を至近距離からチェリルに向けて叩き付ける。
さすがにこれは効いたのだろう……ビクリと大きく身を震わせたチェリルの瞳に、光が戻ってきた。
「あ……ラルフ……?」
「おう、ラルフだ。大丈夫か? 意識はハッキリしてるか?」
「あれ……ボク何してたんだろ……何か、頭痛い」
額を抑えフラフラとしているチェリルを支えたラルフは、こちらを心配そうに見つめていたティアとミリアの方へと向き直る。
「ティア、悪いけどチェリルをアトリエで休ませてあげてくれないか」
「えぇ、分かったわ。チェリル、大丈夫?」
「うん……」
弱々しいチェリルの肩を抱き、ゆっくりとティアがアトリエの中に消えてゆく。
視線で何があったのかと問い掛けてくるミリアに、ラルフは無言で首を横に振る。先ほどの現象は一体なんだったのか……心にこびり付いた疑念が、痛みのようにその存在を主張する。
ラルフの背後、そこでは聖女のような笑顔を浮かべた、オルフィ・マクスウェルの演説が終わるところであった……。




