星誕祭一日目――打撃コミュニケーション
そして、そこに投影されたのはどこか見覚えのある男の顔だった。
背の中ほどまで伸びる紫紺の長髪に、血の色をした真紅の瞳、そして、頭の両側頭部から伸びる漆黒の角が特徴的だ。顔のつくり自体は繊細なのだが……そこに浮かぶのは凄味のある笑みだ。
「あれが、凱覇王レッカ・ロード……」
何度か噂に聞いたことのある、ドミニオス最強の王。
「でも、随分と思い切ったことをしたわよね。ドミニオスの王とシルフェリスの女王を同時に呼ぶなんて」
「そうですね。最も仲の悪い二種族のトップを同時に並べたわけですからね。まぁ……学院長にも学院長なりの考えがあるんでしょう」
そんな二人の会話をよそに、白の天幕に映し出されたレッカが口を開いた。
『学生諸君、俺様がドミニオス国王にして、世界一イケてる男、レッカ・ロードだ』
一瞬、何とも言えない沈黙が場を支配したが……そんなこと知るかと言わんばかりに、レッカはどこから湧いてくるのか分からない自信を漲らせ、言葉を続ける。
『俺は迂遠で長い話は嫌いなのでな……単刀直入に話させてもらおう』
そう前置きしたレッカは、大きく咳払いを一つ。
『今ここに、一つ、女学生諸君に有益な情報を公開しよう。俺様が今、滞在している場所はこの学院の南にあるドミニオス大使館の一室だ。中央トラム乗り場から簡単に行ける事ぐらい、この学院に通っている奴なら分かっているはずだ』
あまりの突然なことに全員が疑問符を浮かべていると、レッカは小さく笑い……そして、大仰な仕草で貫頭衣の裾を翻した。
『俺様に抱かれたい女どもよ、喜べ! 今日、そして、明日、俺様が滞在している間、ドミニオス大使館の門戸を開いておいてやろう!! 俺様は女性に対しては寛容だ……夜這いに来た女はほぼ例外なく、種――』
導火線に火をつけた爆弾を勢いよく地面に叩き付けるような発言をしていたレッカだったが、次の瞬間、画面の端から伸びてきた拳にぶん殴られ、一瞬で消え去った。
盛大に何かが倒れる音や、崩れる音がした所から、随分と派手に吹っ飛んだのだろう。
『ゴルド、貴様何をするか!』
『このド阿呆! 時と場所を考えた発言をしろとあれほど忠告しただろうが!』
『これほど時と場所を選んだ発言もあるまい! 全学院生に俺様超アピール!』
『一回死んで、頭ん中を入れ替えてこい!!』
なんだか、とても聞き覚えのある名前と声が画面から聞こえてくる。
断続的な爆発音が鳴り響く中、どこか慌てたように画面に出てきたのは金髪碧眼の美男子――フェリオ・クロフォードだった。
背後から割と致命的な音が鳴り響いているにもかかわらず、フェリオは学院生に向けて柔らかく微笑む。
『諸事情あって私が代わりにスピーチを務めさせていただこう。去年もここに立たせてもらった関係で、二年生以上は知っているだろうが、一年生諸君は初めての人も多いだろう。私は、ビースティス九血族連合筆頭、レオニス血族族長のフェリオ・クロフォードだ』
そう言って、キラリ白い歯が輝くような笑みを浮かべると、所かしこから女性たちの黄色い歓声が上がるのが聞こえてきた。
「フェリオおじさん、相変わらずのスーパーイケメン」
「そうね、さすがはクロフォード先輩のお父様ってところかしら」
ラルフの言葉に、神妙な顔をして頷くティア。
画面の向こう側――フェリオが始めたスピーチは、自身の学院生時代の体験談を交えた、学院生たちが退屈しないような親近感のあるものだった。
さすがは多くの人の前に立って、演説することを仕事の一部にしているだけのことはある。聞き手のことを考えた見事なスピーチだった。
惜しむことがあるとすれば……話をするフェリオの背後で、凄絶と言っていい戦いが繰り広げられており、とてもではないがスピーチに集中できないという事だろうか。
「フェリオおじさんの背後で、気力法つかった親父が割とガチで殴り合いしてるんだけど」
「ゴルドおじさんが本気で戦っている所を見るの、何気に初めてかもしれませんね」
一体全体なにゆえに自分の父親が画面に映っているの、切実に説明が欲しいラルフだが……あのゴルドが本気を出さなければならないという時点で、レッカ・ロードの実力が分かると言うものだろう。
ただ……問題なのはスピーチをしているフェリオの顔が徐々に引きつってきているという点だろうか。笑顔を崩していないのは立派だが、彼の内心を現すかのように、周囲を雷が這いまわっている。
『す、スピーチの途中ではあるが、少々時間をいただいても良いだろうか。すぐに済ませるので、学生の皆には迷惑をかける』
そう言いながら、フェリオの手に神装<雪桜>が発現。
次の瞬間、フェリオが纏っていた雷光が目を焼かんばかりの光量に膨れ上がり――映像がぶっつりと途切れた。
沈黙が学院全体を包み込む中、再びパッと映像が映し出される。
先ほどまで半壊状態だった背景が、所々焼け焦げ、全壊状態になっていた。恐らくだが……フェリオが奥義『紫電』をぶっ放したのだろう。
『あーあまり時間を取ってはオルフィ殿のスピーチの時間が無くなってしまうな。それでは、これにて私の話は締めくくらせてもらおう。ゴルド、現役S級冒険者のお前から、未来の冒険者の卵たちに何かないのか?』
フェリオが画面の向こう側に話しかけ……そして、小さく苦笑した。
『どうやら、私の親友は恥ずかしがり屋のようだ。学院時代に結んだ友情は、今もこうして私を助けてくれている。学生の諸君、今を精一杯過ごし、掛け替えのない友人を作りなさい。その絆が、いずれ君達を助けてくれる何より心強いものとなるだろう。私からは以上だ』
そう言って微笑むと、フェリオは軽く頭を下げて画面から消える。
相当混沌としていたが、最後はこうして綺麗に締めくくる当たりは流石だ。
『それでは引き続きまして、シルフェリスの女王。オルフィ・マクスウェル様、壇上へどうぞ』
司会進行の声で壇上に上がったシルフェリスを見た瞬間、ラルフは目を丸くした。
容量の関係で少し短め。今日の夜には続きを投下できると思います。