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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
二章 リンク勧誘合戦~蒼銀の狼と黄金の狐~
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上級生交流戦――蒼銀の狼姫

 闘技場。

 入学式にラルフが大立ち回りを広げたフィールドは、今日はたくさんの人々で溢れていた。

 一・二学年合同で行う交流戦である。

 さすがに全校生徒が下のフィールドに降りて戦うことは無理なので、二日に分けて行われる。ラルフ達は前半の部だ。

 ラルフは柔軟を行いながら、上級生たちの方を窺う。

 パッと見た感じ、神装なしで戦えばラルフは互角以上の戦いができると感じていた。

 伊達に幼い頃から拳術ばかりで生きてきたわけではない。

 だが、これが神装や霊術込みの総合戦となると話は変わる。

 どの程度身体能力が強化されるかもわからないし、霊術や魔術は種類の多さゆえに戦術の幅が広い。

 実習でも、ティアに霊術を撃ってもらって、それをラルフが避けるという特訓を頻繁に行うが、発動の瞬間が早い物は電光石火でラルフに襲い掛かってくる。

 ダスティンの時もそうだったが、霊術を使う相手は油断ならないのである。


「ティア、『輝』ランク以上を相手するときは一緒に組んでやろうよ」

「えぇ……」


 ものすごい嫌そうな顔をされた。


「そんな嫌そうな顔しなくても」

「ラルフが嫌っていう意味じゃなくて、『輝』ランクなんて滅茶苦茶強い相手と戦うのが嫌なの。二年生からは総合成績でランクが決まるんだから、本当に強い人だけが残るんだよ」

「だからいいんじゃないか。いい機会だよ。個人的には『煌』ランクの相手と戦いたい」

「うえぇ……ちなみに、ラルフは二・三年生の『煌』ランクの相手って知ってるの?」

「いやまったく。一年も知らないし」


 カクッとティアの頭が落ちる。

 まあ、『燐』ランクの生徒の者とは思えない身の程知らず発言ではある。

 ティアは大きくため息をついた後、ラルフの額にぴとっと人差し指を当てる。


「二年生の『煌』ランクは全員がビースティス。中でもその筆頭の『蒼銀の狼姫』って呼ばれている人は別格の強さらしいよ」

「凄い二つ名だなぁ……」

「なんでも、一目見たら忘れられないぐらい綺麗なんだって。後の二人もビースティス血族連合のお姫様らしいんだけど、全員が武術も霊術もすごいんだって」

「へぇ、三人とも女性なんだ」


 高い身体能力を有する獣の血を継ぐ者――ビースティス。

 獣の耳と尻尾を持つ種族……ビースティスを言い表すならば、この一言で大抵は事が済む。

 ビースティスと言う括りの中でも更にレオニス族、フォクス族、ベアル族などの細分化が激しい種族であり、その中でも力の強い九つの血族からなる九血族連合によって運営されている。

 また、五種族の中で最も身体能力が高い種族として知られ、個人の素質によっては霊術も扱うことが可能である。

 その中での『煌』ランクである……よほどに高い身体能力を有するのだろう。


「ふむふむ、んで、三年は?」

「三年は入学式で挨拶をしたグレン・ロードを筆頭に、あとはイスファ学院長のお孫さんと……ミリアと同じ『再生』の能力を持つシルフェリス」


 最後……『再生』の能力を持つシルフェリスに付いて語る瞬間、その表情に影が落ちた様に見えたが、ラルフはあまり深く突っ込まないことにした。

 ティアが背負っている物は深く、重い……そのシルフェリスに嫌な思い出でもあるのかもしれない。

 ラルフはあえて空気を変えるために明るい表情でにっと笑う。


「ティアは詳しいんだな。俺、そんな事全然知らなかったよ」

「ラルフが知らなさすぎるんだよ……凄い有名だよ。ほら、あそこの人だかりとか見てよ」


 言われるがままに顔を向ければ、そこにビースティスの人だかりができていた。

 恐らくは一年の女子や男子だろう。

 中央にいる人物が誰なのかは分からないが……物凄い人気である。


「すっごいなぁ……」

「たぶんビースティスの『煌』ランクの誰かだろうね」

『そのようだ』

「え、アルティア分かるの?」


 今まで黙り込んでいたアルティアの声が頭の上から降ってくる。


『む……? あ、あぁ。私は神装<フレイムハート>の意志だからな。他の神装についても何となくだがその強さは分かる』

「そう言うもんなのか……。でも、あれは逆指名とかそんな感じになるんだろうなぁ。あれだけの人気じゃ『煌』ランクの人とは戦えないかも」

「そうそう、諦めなさい」


 がっくりと肩を落とすラルフとは対照的に、ティアはどこかホッとした様子である。

 それもそのはず。

 このフェイムダルト神装学院は進級するためにある一定以上の実力が必要となっており、実力が足りないものは容赦なく留年の憂き目に合う。

 つまり、上級生であるというだけで一定以上の実力が保障されているのだ……今の一年とは総合能力で雲泥の差が付いている。

 ティアがホッとするのも納得である。


「ん? あれ……ミリアじゃないか?」

「え?」


 どこか物欲しそうな子供のような表情で先ほどの人だかりを眺めていると、その中から純白の髪を持つ少女が出てきたのだ。

 色とりどりの髪を持つ人々が集まる中でも、白は特別に目を引く。

 ミリアはキョロキョロと周囲を見回していたが、ラルフ達を見つけると駆け足で近寄ってきた。


「兄さん、ティアさん、アルティア、朝ぶりです」

「ミリア……何してんのさ?」

「怪我人が出た時のために特別に参加してくれと言われました。『再生』の力を持っているのはこの学院に二人ですから。今日が私で、明日がクレア先輩の持ち回りになっています」


 『再生』の能力は外傷の即時回復だ。メンタルフィールドを使用するとはいえ、万が一の場合がある。おまけに今日試合を行うのは神装を扱い始めたばかりの一年生だ……万全を期すに越したことはないのだろう。


「そっか、ミリアの番でよかった……」

「ん? ティア、何か言った?」

「え、ううん、何でも! それよりもミリアは私達に何か用でもあったの?」


 まるで誤魔化すように言うティアに、ミリアは頷いて見せる。

 そして、折りたたまれた紙をラルフに向けて差し出した。

 疑問符を頭の上に浮かべながら、何の変哲もない紙を開いたラルフは目を見開いた。

 開かれた紙はどうやら下級生を指名するために使われる紙だったらしい。

 上級生氏名の所には蒼銀の狼姫と書かれ、指名先に書かれた名前は――


「二年『煌』クラス。蒼銀の狼姫から直々に御指名ですよ、兄さん」


 ラルフ・ティファートと、そう書かれていた。


「嘘でしょ……」


 ラルフの隣でティアが呆然とした様子で呟いている。

 だが、それはラルフも同じだ……正直、面識どころか先ほど話を聞いたばかりの相手から指名が来たのだ。

 一瞬、見間違いではないかと目を疑ったほどだ。

 だが、それよりも疑問に思うことが一つ。


「なぁ、ミリア。何でミリアがこれを持ってきたんだ?」


 そう、この紙をミリアが持ってきたことだ。

 あの人ごみから出てきたということは、本人から直接手渡された可能性が高い。

 世渡りの上手いミリアでも、この短期間でさすがにここまで親しくなることは難しいだろう。

 そんなラルフのセリフに、少しだけ呆れたように人ごみを見つめた後、ミリアは肩をすくめる。


「まあ、自分で確かめてみてください。たぶん、すぐに分かりますから。……ほら、そろそろ開始するって先生が言ってますよ。早く行ってください、兄さん、ティアさん」


 確かに、闘技場の中央に立っていた先生が大声を張り上げ、『指名された一年生はただちに模擬戦を開始しなさい!』と指示を出している。

 どうやら、指名をされなかった者達はこれからランダムで上級生に割り振られていくのだろう。

 なるほど、と納得しながら、ラルフはこっそりと逃げようとしていたティアの腕をがっしりと捕まえた。


「やっぱり私も行くの!?」

「あったりまえだろ。ほら、ティア行こう!」

「いやぁぁぁぁ!!」


 駄々をこねるティアを引きずりながら、ラルフは人ごみの方へと近づいてゆく。

 接近してくる異質な二人組に気が付いたのだろう……怪訝そうな視線と共に、人ごみが分かれてゆく。

 そして、その中央に立っていた人物をようやく視界にとらえることができた。


「うぉ……」


 思わず声が出るほどに……美しい女性だった。

 うっすらと青みを帯びた銀の長髪は透明度の高い海の色をそのまま映したように綺麗で、長いまつ毛に縁どられた碧眼はサファイアですらも霞むほどの煌めきを湛えている。

 モデルのようにスタイルも良く、伸長はラルフよりもよほど高い。

 引っ込むところは引っ込んでいるくせに、女性的な膨らみはしっかりとあり、その存在を強く主張している。

 ビースティス特有の獣耳はピンと立ち、ふさふさの毛並みが美しい尻尾は緩やかに左右に揺れている。触れればさぞ手触りが良いことだろう。

 まるで、『美』という概念がそのまま形になったかのよう……そんな馬鹿げた言葉ですら、彼女の前では思わず肯定してしまいそうになる。

 ただ……顔立ちそのものは背筋が震えるほど美しいのだが、どうもその表情がぽやっとしており、いまいち締まりがない。

 美女は近寄りがたい……とはよく言われるが、彼女の場合は幸か不幸かそのふにゃっとした表情が愛嬌となっており、近寄りがたい印象はあまりない。


「…………」


 蒼銀の狼姫はラルフを見つけると、そのまま淡く微笑んだ。

 見る者すべてを蕩けさせてしまいそうな笑みを前にして、心拍数が一段階上がるが……ラルフは頭を強く左右に振って雑念を追い払った。

 相手はどれだけ綺麗でも二年『煌』ランクの筆頭……つまり、最も総合能力の高い二年生なのだ。

 このまま緩い意識のままで戦えば恐らく一瞬で片が付いてしまうことだろう。

 二度、深呼吸。

 ゆっくりと、自分の中にあるスイッチを切り替え、思考を刃物のように研ぎ澄ます。

 騒いでいた心を完全に落ち着かせたラルフは、目の前の女性に向かって深く頭を下げた。


「それでは先輩、よろしくお願いします!」


 顔を上げ、構えを取る。

 すでに周囲の野次馬も各自の模擬戦へと移っており、無遠慮な視線は突き刺さってこない。

 相対しているのはラルフと、ティアと、そして、目の前の女性だけだ。

 準備万端のラルフに対して……彼女は構えない。

 というよりも、若干顔が引きつっている。

 疑問符を浮かべながら、相手が構えるのをじっと待つラルフだが、一向に構えるそぶりを見せない。

 ラルフを馬鹿にしていたり、侮っていたりというわけではないのだが……。


「え、えっと……ティア、俺、何か間違ったかな?」

「そんなことはないと思うけど……」


 何とも微妙な沈黙が双方の間にわだかまり、ラルフがティアと顔を見合わせていると……。


「……うぅ」


 ――え、なんか泣きそう!?


 何故か、しょぼん、という擬音が聞こえてきそうなほど肩を落としてしまった。


「はい、兄さんストップ。ちょっと借りていきますね」


 ぎょっと目を剥いているラルフとティアの横を素早くミリアが通り過ぎ、蒼銀の狼姫の腕をがっしりとつかむと、そのままズカズカと遠くに行ってしまう。

 もう、ラルフからすると何が何だかと言う感じである。


「ね、もしかしてあの人って、ラルフと知り合いなんじゃないの? なんか、ミリアと凄い仲がよさそうに見えるんだけど」


 落ち込む彼女を必死にミリアが励ましているのが見える。

 確かに、仲がよさそうだ。少なくとも一朝一夕で築き上げられた仲ではあるまい。


「でも俺にビースティスの知り合いなんて……ん?」


 そこでラルフの言葉が止まった。

 ラルフの中で一人だけビースティスで仲良く遊んでいた女子の姿が思い浮かんだのである。

 確かあれは六年前だったか……父であるゴルドの知り合いの子ということで、ラルフ達と二年間ほど一緒に遊んだビースティスの女の子がいたはずだ。

 その子はいつも活動的な服装をしていて、ショートカットで、蒼銀色の髪をしていて――


「あ」


 思い出してみれば、記憶の中の女の子と目の前の女性を結びつけるのは簡単だった。

 ただ、あえて言い訳をさせてもらえば、昔はあんなに身長が高くなかったし、髪も結構短かったはずだ。

 女性というものは髪を伸ばすだけでここまでイメージが変わるものなのかと、ラルフは内心でうめき声を上げた。

 恐らくだが……指名欄に『蒼銀の狼姫』と書いていたのは、ラルフをびっくりさせたかったからあえて名前を伏せたのだろう。

 その証拠に、ラルフと顔を合わせた瞬間の彼女は少し得意そうな、けれどもとても嬉しそうに微笑んでいたではないか。

 これだけ遠回しに色々とやっていたのだ……よもや、彼女は自分の顔をラルフが忘れているなどと微塵も思っていなかったのだろう。

 罪悪感が尋常ではない。

 だらだらと冷や汗をかいているラルフの前に、再び蒼銀の狼姫が戻ってくる。

 しょんぼりと垂れ下がった尻尾が彼女の内心を如実に示している。

 ラルフは目線でミリアに助けを求めたが、射殺しそうな視線が返ってきたためやむなく視線を外すことに。

 確実に怒り絶頂だ……これは後で説教確定である。


「……それじゃぁ、よろしくおね――」

「あ、あの! 俺の勘違いじゃなかったら……もしかして、アレット姉ちゃん……だよね?」

「…………っ!」


 その一言がもたらした効果は劇的だった。

 彼女の尻尾がピンッと立ち、ぱぁぁっと見ている方が眩しくなるような笑顔が浮かぶ。

 だが、それも一瞬のこと。

 次の瞬間にはぶすっとした不貞腐れた表情へと変化する。


「……ミリアからラルフを驚かそうって言われてやったけど……私のこと忘れてた」

「い、いや、そんなことないよ! ただ、アレット姉ちゃんが綺麗になってたし、髪伸びてたし、昔の姿から結構変わっていたから戸惑っただけで、アレット姉ちゃんのことを忘れたわけじゃない!」


 ラルフの必至な抗弁にジトッと半眼を返す蒼銀の狼姫――アレット・クロフォードだったが、不意に表情を崩すと再び綻ぶような淡い笑顔を見せてくれた。


「……うん、久しぶりだね、ラルフ。ラルフも大きくなった……ね?」

「の、伸びたよ!! 毎日牛乳飲んでるんだから伸びてるはずっ!!」


 この男、地味に自分の身長が低いのを気にしていたりする。

 付け加えると、あまり身長は伸びていない。

 必死なラルフの叫びに小さく笑った後、アレットはゆるゆると首を横に振る。


「……それだけじゃなくて、強くなったってこともだよ。入学式の戦い、見てた。ラルフ、本当にまっすぐ強くなったんだなって、感心した」

「アレット姉ちゃん……」


 アレットはそう言いながら、手をまっすぐにラルフの方へと向ける。


「……だからね、久しぶりに手合わせしたい。ラルフがどれぐらい強くなっているか、知りたいの」


 虚空より生じた光がアレットの手に収束する。

 その光を握ったアレットが軽く手を振ると、光は動作に同期して伸長し、本来の姿を発現する。

 そこに現れたのは……独特の反りを有する純白の長剣だった。

 一体、どのような物質で構成されているのか……その純白の刀身には桜の花びらの紋様が浮かび上がっており、まるで芸術品のように美しい。

 ビースティスの一部地域で伝承されている製法によって錬成される特殊な剣――刀。

 折れず、曲がらず、切れやすいと言われる代物だが、一本一本に非常に手間がかかるためほとんど流通していない代物だ。

 四年前、アレットと一緒に鍛錬をしたことがあるラルフだが、その時にアレットが使っていた得物も刀だったはずだ。

 神装とはその者の魂が発現する力――とは良くいったものである。


「……神装<白桜>。さ、ラルフとティアさん、どこからでも掛かってきていいよ」


 構えは正眼。正面からラルフ達を迎え撃つ構えだ。


『ティア、ラルフ。あの少女の神装……やはり、相当な代物だ。気を引き締めてかかった方がいい』

「うん、分かった……って、ティア、大丈夫?」

「うぅ、構えからしてもう滅茶苦茶強そうなんだけど……」


 蒼の美しい宝珠を先端に付けた杖状の神装<ラズライト>を手に持ちながらも、ティアは既に及び腰である。

 まぁ……ラルフにもティアの言わんとすることは分かる。

 アレットの全身から発せられる威圧は本物だけが放つことができるソレだ。

 ダスティンの時などとは比べ物にならない……正直、こうして相対しているだけでも背筋がぞくりと粟立つのが止まらない。

 だが――


「二年生最強の相手と戦える折角のチャンスじゃないか。なら、全力でいかない

ともったいない。それに……アレット姉ちゃんに俺の実力を見せる良い機会だッ!」


 胸を高鳴らせ、ラルフは二年最強の実力を持つ女性に向かって、全力で地を蹴った……。


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