決闘の舞台へ
唐突な闖入者――ラルフ・ティファートの登場によって、教会内は騒然となった。
とある者は悲鳴を上げ、とある者は憤り、とある者は動向に注視し、とある者は何が起こるのか胸をときめかせた。
そして、その中で最も早く行動を起こしたのは、メンツをつぶされた者達だった。
「その無礼者を捕えろッ!!」
レオニス血族とはヴァージンロードを挟んで向こう側に参列していた者達――ビースティスにおいて武を司るピューレル血族の者達だ。
武を司るというのは伊達や酔狂ではないらしく、発せられた号令のもとに動き出した者達は、全員が隙のない身のこなしをしている。
アレットを護るように壇上に立っているラルフに向かって、得物を手にした男達が一斉に襲い掛かる……が。
「申し訳ねーが、俺たち脇役は仲良く引っ込んでいようぜ」
ラルフに襲い掛かろうとしていた男達を瞬時に抜き去ったゴルドが、反転すると同時に先頭にいた男を殴り飛ばした。
周囲の襲撃者を巻き込んで盛大に吹っ飛んだ男を見て、ラルフに襲い掛かろうとしていたピューレル血族の男達が足を止めた。
自身を中心にして扇状に展開した男達を見ながら、ゴルドが腰に手を当てて息を付く。
ひりつく様な緊張の中……殺気立つ男達の間から、厳めしい面構えをした老人が前に進み出た。
髪は白く、顔中にシワが刻まれている年齢だというのに、背筋はピンと伸び、眼光は刃のように鋭い。なによりも、身に纏う威圧感が尋常ではない。気の弱い者が目の前に立てば、その瞬間に腰を抜かしてしまうことだろう。
「何のつもりだ、ゴルド・ティファート……いや、救国の英雄と言った方がいいか?」
「アンタに言われると嫌味っぽく聞こえていけねぇな。ピューレル血族現族長――ヴァイゼル・バルクニル」
武を司る者達……その頂点に君臨する男はゴルドの言葉に目を細める。
「ふん、何を血迷ったか分からんが、そこを除け。貴様は、一度、我らが国と民を救った男だ……今なら、そこの小僧を処分するだけで済ませてやる」
「悪いな。ここにいるガキンチョは俺の命よりも優先順位が高いんでね。コイツを処罰するってんなら、ここにいる全員を殴り倒すまでよ」
「ここまで愚かな男だとは思わなんだ。ピューレルの誇り高き戦士達よ、遠慮はいらん……その男をころ――」
「お待ちください、ヴァイゼル老よ」
ヴァイゼルが決定的な言葉を放つ、その絶妙なタイミングで制止の声が割って入る。
張り上げているわけではないのに、不思議と遠くまで聞こえる声の持ち主は、レオニス血族現当主にしてアレットの父親――フェリオ・クロフォードだ。
フェリオは落ち着き払った足取りで騒ぎの中心に踏み入ると、ゴルドを庇うように立ち、ヴァイゼルと向かい合う。
「名も知らぬ賊ならばまだしも、過去、この男は己の命を賭して我らの民を護ったこともあるのです……このような大それたことをするからには、何か譲れぬ理由が存在しているはず。それを聞いてからでも遅くはありますまい」
「身内だからと言って甘いのではないか、フェリオ。事は貴様だけのことではないのだ……潰された我らの面子、如何にしてくれる?」
ヴァイゼルの言葉に、フェリオは小さく笑う。
「もしも、ゴルドが語る理由が取るに足らぬものであったならば、その時は私自ら、この男の首を落として御覧に入れましょう」
そう言ってフェリオが手を掲げた瞬間、その手に長刀が発現する。
フェリオ・クロフォードの神装<雪桜>――神技『紫電』とともに数々の強敵を打ち破ってきた半ば伝説と化した神装の出現に、場がどよめく。
ただ、その中で一人だけ、当のゴルドだけが白けた様子でフェリオの背中を眺めていたのだが……それに気づいていたのは、フェリオだけであったことだろう。
「では、ゴルド、理由を聞かせてもらおうか」
振り返り、<雪桜>を喉元に突きつけながら放たれた言葉に対し、ゴルドが無言でラルフの方へと視線を巡らせる。
その視線を受けたラルフは若干緊張しながらも、アレットを背に庇いながらヴァイゼルと向かい合う。
「俺は十日前、アレット姉ちゃんの結婚の成否を賭けてルディガー先輩と格闘大会で勝負をしました。結局、アレットねえ――アレットさんの乱入で決着はつきませんでしたが、その時にルディガー先輩が『いつでも挑んで来い』と言ったんです。だから、アレットさんが結婚してしまう前に、約束通り挑みに来ました……アレットさんを賭けて」
ラルフの言葉にヴァイゼルは視線でルディガーに真偽を問う。
厳しいヴァイゼルの視線に対し、ルディガーは苦々しい表情を浮かべる。
「……申し訳ありません」
シラを切ろうにもここには格闘大会を見ていた者達が多数参加している。
正直に認めるしか選択肢は存在しない。ルディガーの行動は、軽率と言えばそうなのかもしれないが……さすがにラルフが桜都ナインテイルまで押しかけてくるとは思うまい。
今回の件は、思い切って行動を起こしたラルフの勝利と言ったところか。
「ルディガーよ。なぜそのような馬鹿げた宣言をした」
「はっ。この小僧と何度戦ったところで、私の勝利は揺るがないからです」
そう言ってルディガーはラルフを睨み据える。
ラルフとルディガーが刃物のように鋭い視線で切り結んでいると、フェリオが<雪桜>を下げてヴァイゼルに向かって一歩前に出た。
「どうでしょう、ヴァイゼル老。当人達の間で交わされた約束ならば、それを履行させるべきではないでしょうか――武を司るピューレルが決闘の約束を反故するわけにはいかないでしょう」
「貴様に言われんでもわかっておる……ここで引くことはルディガーだけではなく、我ら血族の名誉を傷つけることに他ならん。全く、事態をややこしくしてくれおって」
ため息とともにヴァイゼルは告げると、ラルフ達に背を向けて号令を放つ。
「教会正面でこれより決闘を行う! 手の空いている者は正面で寝ている役立たず共を早急に片付けい!」
どたどたと男達が教会から出ていくのを見送ったヴァイゼルは、最後に振り返るとラルフに鋭い視線を向けてくる。
「小僧、もしもルディガーに勝つことが出来たのなら今回のことは不問に付そう。だが……負けるようなことがあれば、それ相応の罪を償ってもらう」
「上等です」
最後に鼻を鳴らし、老人は教会を出てゆく。
その後に続いて足取り荒く外へ向かうルディガーが、ラルフを一瞥する。
晴れの舞台を踏みにじられたからだろうか……その瞳には明確な敵意が宿っている。
「ここにメンタルフィールドはない……死んでも文句を言ってくれるなよ」
吐き捨てるように言うと、アレットとフェリオに一礼してそのまま外に出てゆく。
ざわめく招待客達を見下ろしながら、ラルフは大きくため息をつく……どうなることかと思ったが、何とかルディガーと決闘するところまで行くことが出来た。
「道は作ってやった。後はわき目を振らずに突っ走っていけ」
「ありがとう、親父」
「ガキンチョがかしこまってんじゃねーよ。ほら行くぞ、大根役者のフェリオくん」
「誰が大根役者だ、まったく……。ラルフ君、私が庇えるのはここまでだ。後はゴルドも言った通り、君の戦いだ。健闘を祈っているぞ」
「あの、フェリオおじさん。その……こんな勝手なことして怒らないんですか?」
恐る恐る尋ねるラルフに、フェリオは笑って見せた。
「私は事前にゴルドから色々と聞いていたからな。私も今回の婚約には色々と思うところがあってね……事の成り行きは、今を生きる若者たちに任せることとしよう」
「うわ、おっさん臭ぇ」
「だまらんか」
「……ありがとうございます、フェリオおじさん」
深々と頭を下げるラルフに軽く手を上げ、フェリオとゴルドは連れ立って外へと出てゆく。
そして……。
「……ラルフ」
背後……もう、聞くことはできないと思っていた声で控えめに名を呼ばれ、ラルフは小さく吐息をついた。
振り向いたらダメだと、何となく分かった。きっと、今、アレットの顔を見たら張り詰めているモノが崩れてしまう。そして、崩れてしまったら……もう元には戻せない。
「姉ちゃん、勝手なことばっかりしてゴメン。でも……俺、絶対に勝ってくるから。勝って、アレット姉ちゃんに考え直してもらえるように必死に説得してみせるから」
「……」
ラルフはそれだけを言って、自身もまた決闘のフィールドへと向かうのだった……。