授業『神装について』
他の作者様を参考にしてすこし改行を入れることにしました。
今まで、地の文章と会話文がごちゃごちゃして見にくかったかもしれません。
今まで、読んでくださっていた方々にはご迷惑をおかけしました。
トラムで揺られること数分、ラルフとミリアはフェイムダルト神装学院に到着した。
ちなみにだが、この学院……未踏大陸ファンタズ・アル・シエルに隣接する島に建っている。
フェイムダルト神装学院という名前も、島の名前から来ているのである。
未踏大陸ファンタズ・アル・シエルの玄関口でもあり、冒険者達の拠点ともなっている、世界で最も活気のある街『アルシェール』とは大橋で繋がっているため、割と簡単に行き来できる。
学院にはマナマリオスが運営する最先端の医療施設等が揃っているため、逆にアルシェールの方から学院に出向く者もおり、割と来訪者も多かったりする。
閑話休題。
トラムから降りると、同タイミングでシルフェリス寮方面からトラムがやってくる。続々とシルフェリスの学生たちが下りてくるのを待っていたラルフは、最後に出てきた少女に声を掛ける。
「おはよう、ティア」
少し俯きがちに出てきた少女――ティアは、ラルフとミリアの顔を見るとパッと表情を明るくして駆けてくる。
「おはよう、ラルフ。ミリア。アルティア」
『んむ』
「おはようございます。では、会ったばかりで悪いですが、私は教室が違うので、ここでお別れです。ティアさん、兄さんをよろしくお願いします」
「あ、ちょっと待てミリア」
ぺこりと頭を下げて別方向に行こうとするミリアを呼び止めたラルフは、その顔を覗き込んだ。
「そういや、ミリアは『輝』ランクだから特別教室なんだろうが……皆と上手くやれてるか? もしかして、俺が入学式の時に暴れたから、周囲から浮いてたりしないか?」
「ビースティスとマナマリオス、ドミニオスの友人は結構できましたよ」
「…………シルフェリスは?」
ラルフがそう言うとミリアは無言で、口の端を釣り上げて笑った。
それで大体のことを察したラルフはげんなりした顔をした。
「ほどほどにしとけよ、お前……」
「入学式に騒ぎを起こした兄さんに言われたくありません。それでは、心配してくれてありがとうございました」
先ほどとは違う、優しい笑顔を見せた後、ミリアは背を向けて校舎に向かって行った。
「なんか、背筋が寒くなるような笑顔を浮かべてたわね、ミリア……」
「アイツ、一度敵だと認識した相手にはもう徹底してるし……やられたら10倍返しを素でいくからなぁ」
過去の経験から来るものなのか、ともかくミリアは敵に対して容赦がない。
口も頭も回転が速い上に、読書家の影響なのかボキャブラリーが豊富だ。
舌戦を持ち込もうものなら一時立ち直れないぐらいメンタルを叩き折られるだろう。
過去にミリアを苛めていた男子達は、今となってはミリアの顔を見るとこそこそと逃げ出す始末だ。
「強くなって欲しいとは思っていたが、強くなりすぎて兄ちゃん何だか悲しい……」
「はいはい、それじゃ教室行くわよ。今日は交流戦の前にこれまでの総復習もあるんだから」
「あぁー座学があるのかぁ」
何となく重い気分のまま、ティアと一緒に教室まで移動する。
ティアとトラム乗り場で一緒になったのは偶然ではなく、ティアに教室まで連れて行ってもらうためである。
最近は多少なりとも道を覚えてきたラルフだが、『絶対の保証はない』とミリアがティアにお願いしたのである。
他愛もない話をしながら教室へと着いたラルフとティアは、机の上に荷物を置いた。
その時、ちょうどラルフ手提げカバンからはみ出した、色とりどりの冊子の目がいったのだろう……ティアが顔を寄せてくる。
「ね、これって学院が労働を許可してるお店一覧よね?」
「おぉ、よく知ってたね」
「…………私もちょっと見せてもらっていい?」
「うん、構わないよ」
許可を貰ったティアは、ペラペラと冊子をめくり始める。
そんなティアを眺めていたラルフだったが……思いのほか、ミリアがじっくりと冊子を見ていることに気が付き、声を掛けた。
「ティア、もしかしてバイト探してる?」
「え? い、いや、そんなことないわよ。ただ、興味があっただけよ、うんうん。あ、ほら先生来たわよ!」
「ふーん?」
どこか慌てたティアの姿に疑問を抱きながらも、ラルフはやってきたエミリーへと視線を向ける。
エミリーは壇上に立つと、にっこりと笑顔を浮かべながらメモ帳を取り出す。
「はい、おはようございます、ラルフ君、ミリアさん。今日の予定ですが、交流戦が入っていることは覚えていますね?」
頷く二人に満足げなエミリーは、ラルフの方へと声を掛けてくる。
「二年生が相手となる模擬戦ですが、相手からの指名がない限りランダムで戦う相手が決まります。上級生も君たちに興味津々ですから、割と指名される場合も多いんですよ? 上級生も優秀な下級生の確保に必死ですからね。ただ……ラルフ君、言いにくいことだけど、貴方はシルフェリスの子達に目を付けられていると言うかなんというか……だからもしも、貴方を痛めつけるような戦い方をする人がいたら、先生に言ってくださいね」
「返り討ちにしたらダメなんですか?」
平然とこういう返しをするあたり、この男も大概肝が据わっている。
「後々の君のことを考えるとあまりお勧めはしないかな。ラルフ君の気持ちも分かるけど。それはティアさんも一緒よ。とにかく何かあったら私にいう事。私も交流戦の会場には同行するから。分かりましたか?」
「はーい」
「わかりました」
「よろしい。では、交流戦の前に少し座学の時間が入ってますね。一応、区切りの良いところまで行ってるので、総復習を行いましょう。交流戦を行う準備のこともありますから、早めに区切りますので、寝ないで頑張ってくださいね、ラルフ君」
「はい……」
ラルフとしても寝ないように手の甲や頬を抓ったり、授業の前に水で顔を洗ったりしてはいるのだが……どうにも眠い。
まあ、ラルフが起きようとする努力をしてるのは認めているのか、エミリーはあまりうるさくは言わないが……。
「それでは、神装の歴史と現状について復習を行いますね」
エミリーはそう言いながらチョークを持つと、板書を始めた。
「神装がいつ、どのように、どうやって人の魂に宿り、そして発現したのか……その正確な時期はハッキリしていません。そもそも、神装は何の目的があって、存在しているのかすら不明ですからね。私達が当たり前のように発現させている神装には今もって謎が多いのです。一つだけわかっているのは、この神装を得たものは強大な力を得るということだけです」
エミリーはそこまで書いて、黒板に『神装大戦』と文字を書く。
「はい、ではラルフ君。この神装大戦とはなんだったか覚えていますか?」
「え、えと……神装を持った人達が起こした戦争だったと……」
「んーちょっと違いますね、正確には神装者を擁した国家間同士の世界大戦ですね」
更に黒板にシルフェリス、ドミニオス、ヒューマニス、マナマリオス、ビースティスと五種族の名前を書きこんでゆく。
「神装の力が認知されて神装者の人口が増え始めたのを契機に、この神装者を主戦力とした世界大戦が勃発します。もともと、当時は五国の仲が悪く緊張状態にあったんです。その爆弾に神装が火をつけてしまったんですね」
そして、シルフェリス、ドミニオス、マナマリオス、ビースティスから、ヒューマニスに向けて矢印が引かれる。
「争いは各地で勃発しましたが、主戦場になったのはヒューマニスの大陸『ガイア』です。なぜかヒューマニスには神装者がほぼ存在しなかったことと、貴金属、そして霊力をため込む性質を持つトゥインクルマナが唯一産出される地ということで、ヒューマニスの大陸はとても価値があったんですね。各国はガイアの地をこぞって欲しがり、多くの争いの舞台となりました。ですが……」
そこで板書の五種族を大きな丸で囲い、その横に『終世獣』と文字を書くと五種族に向かって大きな矢印を書いた。
「はい、ラルフ君起きましょうねー。もうちょっとですから頑張ってー」
「ほら、ラルフ。起きて!」
「うう、俺のことは置いて先に行けぇ……」
「バカなこと言ってないの!」
ゆっさゆっさと割と容赦なく揺り動かされて起きたラルフを苦笑交じりに見ながら、エミリーは再度説明を開始する。
「この神装大戦が過熱の一歩を辿っていた時に乱入したのが、世界最初に確認された終世獣です。正確には生命ではなく、特殊な霊術の一種ではないかと言われていますが、終世獣についてもあまり詳しいことは分かっていないんですね」
一息。
「数多くの小型終世獣、中型終世獣を引きつれた一体の大型終世獣……個体識別名を『リンドブルム』と言うのですが、これらの終世獣の介入により神装大戦は様相を一変させました。無差別に人々を襲い、命を奪っていく終世獣によって人類は大きな被害を受けたのです。特にリンドブルムの強さは圧倒的で、神装を持たない者では傷一つ付けることはできなかったと言われています」
今度は五種族から終世獣に向かって矢印が引かれる。
「急遽休戦協定を結んだ人類は、一致団結してこれに対抗。何とか討滅に成功しましたが、この戦いで約八割近い神装所有者が命を落としたと言われています。この圧倒的な終世獣の力を危険視した各国は、一体彼らがどこから来たのかを探索し……そして、見つかったのが未踏大陸ファンタズ・アル・シエルなのです。過去、この辺りは探索が試みられていましたが、濃霧のため探索できていなかったんですね。なぜ、この霧が晴れたのか……終世獣が人類を襲撃したタイミングと同じだったため、何らかの関係性が疑われていますが、真偽のほどは不明です」
終世獣の隣にファンタズ・アル・シエルと書かれ、その横にフェイムダルト神装学院と書かれる。
「未踏大陸ファンタズ・アル・シエルは広大で、未だにその全貌が把握できていません。今の所、分かっているのは大陸の中央に天を貫くほどに巨大な大樹が根ざしている……と言うぐらいでしょうか。このファンタズ・アル・シエルには案の定、終世獣が蔓延っており、現在、神装者による開拓が行われています。神装大戦から七十年近く経ちますが、今では広い範囲が開拓され、その玄関口である開拓街『アルシェール』は五種族が入り混じる世界で最も活気のある街となっています」
そして、と繋げてチョークで『フェイムダルト神装学院』の文字を軽く叩いた。
「ファンタズ・アル・シエル傍にある小島……フェイムダルト島にファンタズ・アル・シエルを開拓することのできる、神装を有する未来の冒険者――つまりは、君たちを教育するための機関が各国合同で造られました。これがフェイムダルト神装学院となります」
そして、エミリーはくるりとラルフとティアの方へ体を向ける。
「各国では五歳になった子どもは魂に神装を宿しているか検査があって、神装所有者と認められれば十七歳になってこうしてフェイムダルト神装学院に入学することになっています。冒険者になるつもりがない人は、神装の封印処置を受けることもできるけれど……今まで、断った人はいませんね。と、ここまでが大まかな流れですが、大丈夫ですか?」
自分でとったノートを見比べながら頷くティアと、その隣で頭を抱えながら物凄い顔をしたラルフ……非常に対照的である。
その様子を見て、たはは、とエミリーは苦笑を浮かべる。
「まあ、ラルフ君はまた分からないことがあったら聞きに来てくださいね。いつでも質問には答えますから」
「はい……」
意気消沈した様子でラルフが答える。
多少なりともやる気はあるのだが……生まれてこの方、父親と拳術の稽古をしたり、知り合いのおじさんの船に乗って漁に出たりと、体を使うことばかりやっていたので、どうも座学は苦手であった。
実はあと一つ、ラルフには座学が苦手な致命的な理由があるのだが……それはあまり他人に知られたくないことだった。
そんなラルフの背景を理解してはいるのだろう。
エミリーは項垂れるラルフを励ますようにポンポンと頭を撫でてから、励ますように口を開く。
「さ、今日の午前中の座学はこれで終わりだから、交流戦の準備に行ってきなさいな。場所は闘技場だから間違えないようにね」
「あ、そうか! はーい!」
現金なもので……一転元気になったラルフだったが、今度は逆にティアが憂鬱そうな表情になった。
「うぅ~実技かぁ……全部座学だったらいいのに」
「まあまあ、そんなこと言わずに行こうぜティア!」
「分かった! 分かったから腕引っ張らないで!」
ラルフは塞ぎ込んでいるティアの腕を取ると、廊下に向けて駆けてゆく。
そうやってはしゃいでたからだろうか……『神装大戦か』と、頭上でアルティアが悲しそうに呟いた声を聞きとることができなかった。