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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
六章 獣姫の結婚式~男の意地と誇り~
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桜舞い散る都で、今、反逆の拳を突き上げて

 決して枯れることのない桜が咲き、一年中花びらが舞い踊る都。

 九つの血族が統括する美しき都――桜都ナインテイル。

 ビースティスの大陸『ナイル』の中で最も栄えている都市であり、九血族連合の本部が置かれている都市でもある。

 農業、漁業、酪農が盛んであるビースティスの経済が集中する都市で、多くの人々が出入りを繰り返している。また、全ての種族と友好関係を築いている関係上、この桜都にはビースティス以外の種族の姿も多く見える。

 その関係で、この桜都には様々な種族の文化を垣間見ることができる。フェイムダルト神装学院と近しい環境と言っても良いだろう。

 そして、その桜都の中でも最も規模が大きく、歴史の古い教会にて、結婚式が執り行われることになっていた。

 レオニス血族の姫にして『蒼銀の狼姫』と呼ばれる絶世の美女アレット・クロフォードと、武を司るピューレル血族の天才児ルディガー・バルクニルの挙式だ。

 長い間、隔たりのあった二つの血族が今回の結婚を通して交流を得る――何より、アレットと結婚するに足る相手が見つかったという明るいニュースに人々は歓喜した。

 フェリオとレオナの子であるアレットがこれほどに美しく、強く、聡明ならば、彼女の子もまた、ビースティスの希望となってくれるだろう……と。

 そう、アレットやルディガーが言っていたことは現実となっていた。暗い話題ばかりが蔓延していた中で、ようやく希望の光が見えたと、誰もが笑顔を見せている。

 そして、結婚式が行われる教会のレオニス血族招待者の中で、ミリアは参列者の一人として席に着き、周囲を見回していた。


「結婚式は北部式と南部式のどちらの方でやるのかと思いましたが……教会ということは、北部式なんですね」

「ピューレル血族が北部の出ですからね。そっちに合わせているのですわ」


 学院の制服を隙無く着込み、胸に婚約参列者の証であるオルフェミルの花を添えたミリアの隣では、普段の着崩した着こなしではなく、きっちりと着物を身に纏ったシア・インクレディスがいる。

 二人とも、アレットから招待状をもらってここに座っているのである。

 下品にならない程度に周囲を見回していたミリアは、ふと、シアの表情がどこか硬いのが気になった。


「シア先輩、親友の祝いの席だと言うのに随分と表情が暗いんですね」

「アレットが結婚することに関しては大いに結構。ですが……どうにも、格闘大会での一幕を知っている身としては、この結婚に対して複雑な心境にならざるを得ませんわ」


 それはそうだろう。

 ボロボロになったラルフを抱きしめながら、涙とは無縁のアレットが泣いていたのだ……最も近しい友人であるシアとしては複雑にもなるだろう。


「むしろ、貴女が平静としていることにわたくしは驚いてますわ。貴方は、わたくしと同じようにアレットと幼いころから付き合いがあると聞き及んでいますが……今回の結婚、素直に賛成しているとは思えませんわ」

「まぁ、何といいますか……」


 ミリアはそう言って言葉を濁しながら、頭の中でラルフのことを思い出した。

 ミリアと同じように、ラルフもまたレオニス血族の招待者として招待状をもらっている。まぁ、シアは、格闘大会での一幕が原因でラルフが来ないと思っているようだが……ミリアの考えは違った。

 『今は、やることがあるんだ』――ミリアが桜都ナインテイルに出立する前、燃え盛る炎を思わせる苛烈な光を宿した瞳で、ラルフは言った。

 ミリアはあの瞳がどういったものなのか、よく知っている。

 困難に直面した時、絶対に譲れないものを背に負うた時、負けられない戦いに挑む時――それこそ、ルディガーと戦う直前にも、ラルフはあんな瞳をした。

 それがどういうことを意味しているのか、付き合いの長いミリアは何となく察することが出来た――彼が、一体何をしようとしているのか。

 だからこそ、こうしてミリアは平静でいるのだ。


「この結婚式、一筋縄ではいかないって分かってしまいましたからね」

「……? それはどういう――」


 シアが疑問を問い掛けとして口にするよりも前に、教会の中が荘厳な音色で満たされる。壁に中ほどまで埋まっている金管楽器から発せられる旋律――何でも、由緒ある楽器らしいのだが、ミリアからすればそんなものどうでもいい。

 そして、音楽の中、教会の扉が開くと同時にタキシードを着た男が教会に入って来る。

 ルディガー・バルクニルである。

 まさに威風堂々と言った様子で真っ直ぐに祭壇へと足を運んだルディガーは、振り返って参列者に一礼をし、顔を上げる――憎たらしくなるほどに、男前である。


「うぅむ、外見という意味では合格ですが、わたくし、やっぱりあの男を好きにはなれませんわ」

「シア先輩とは相性悪そうですものね」


 ミリアは知らないことだが、シアとしては成金と言われたことを今でも根に持っているのだろう。

 彫りが深く、凛々しい顔立ちをしたルディガーに、ほぅ、と感嘆の吐息をつく女性達の中で、ミリアは視線を教会の入り口に向け続ける。


 ――正直、前座はどうでもいい。


 そして、再び教会の扉が開いた時……誰もが言葉を失った。

 身に纏うは一切の穢れを知らない純白のウェディングドレス。

 相当に上質な生地を使っているのだろう。ステンドグラスから差し込む光を反射してキラキラと輝いており、それ自体が光を放っているかのようであった。

 そして、頭に頂いているのは『繋がり』を象徴する月華草を編み、嫌味にならない程度の宝石を添えて冠にしたもの……それは、新婦が新郎に対して一緒になりたいと言う意志の表れでもある。

 世の女性ならば誰もが憧れる最上級のドレス――だが、新婦はこのドレスすらも霞んでしまうほどに美しかった。

 大きく開いた背に流れる蒼銀の髪は、冬夜を流れる星々のように美しく煌めき、歩くごとに夢のようにふわりと広がる。

 ドレスに包まれたその体は柔らかさに富んでおり、出る所は出て、引っ込むところは引っ込み、女性として理想的な線を描いている……そのプロポーションは同性異性問わず釘付けにならざるを得ない。

 何より……薄いヴェールの下にあるその美貌から、誰も目が離せない。

 長いまつ毛に縁どられた瞳に、淡く朱を引いた唇、ふっくらとしている魅力的な頬――どの部位も極上であり、それが全て最良の位置に収まっているという奇跡。

 神が人という種の造詣の極致に挑戦したかのように……人間離れした美しさであった。

 父親であるフェリオと腕を組み、ヴァージンロードをゆっくりと歩いてゆく二人……シアですら言葉を失い、唖然とアレットを見詰めている中で、ミリアだけは静かに閉じた扉を見詰めていた。

 アレットが無言でミリアの隣を通り過ぎ、すれ違う。

 けれど、それでもミリアは振り向かない。

 

 ――まだですか。


 どこか苦い顔をしたフェリオの元からルディガーの傍へとアレットが歩いてゆく。

 アレットの手を取ったルディガーは、二人で祭壇へと向き直る。


 ――何をもたもたしているんですかっ。


 祭壇では、豊穣を示す婚礼用の黄の司教服を纏った司祭が、二人の前へと粛々を歩いてゆく。そして、長く響かせるように神の言葉を諳んじ始めた。

 朗々と響く司祭の声を聞き終え、アレットとルディガーは向かい合う。

 月華草の冠を被った新婦と、胸に赤いプロミネスの花を挿した新郎が祭壇に立つということは、すなわち互いに好意を持っていると示していると同義――今更、誓いの言葉は必要ない。

 そして、静寂に包まれた教会内部の緊張が高まってゆく。

 なぜならば、次に待っているのは神前でのエンゲージキスの交換なのだから。

 誰もが祭壇の上にいる二人に凝視する中、ミリアはまだ教会の扉を凝視し続ける。


 ――早く、早く……間に合わなくなってしまいますよ。


 その時、ただ一人だけ扉を凝視していたミリアだけが気が付いた――扉のその向こう側から、喧騒が聞こえてきていることに。

 ルディガーがアレットの顔を覆うヴェールをゆっくりと持ち上げ、息をのんだ。恐らく、そこにあったアレットの美貌を前にして、言葉に詰まってしまったのだろう。

 無言で顔を上げるアレットの肩にルディガーが、そっと手を置く。


 ――急いでください……ッ!


 その頃になって、ようやく扉の向こう側がおかしいと参列者たちが気づき始める。

 怒号と霊術をぶっ放す爆音が飛び交い……そして、狂おしいほどに聞きなれた男の咆哮が木霊する。

 そして、ルディガーがアレットの唇へと己の唇を近づけ、アレットの瞳から涙が一滴零れ落ちる瞬間になって――その喧騒は最大値に達した。


「その結婚、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ズドンッ!! という盛大な音と共に教会の扉が根元から吹っ飛ぶ。

 悲鳴が響き、騒然とする中……逆光を浴びながら、教会の入り口に二人の男が立っていた。

 恐らく、強行突破してきたのだろう。彼らの背後には死屍累々と言った様子で、この教会を護っていたビースティスの衛兵たちが倒れ伏している。

 一人は救国の英雄と呼ばれたヒューマニスの男――ゴルド・ティファート。

 そして、もう一人は乱闘の余波で薄汚れたフェイムダルト神装学院の制服を身に着けた赤毛の少年だ。炎の化身のように真紅の瞳と髪を持った少年は、祭壇の上で唖然としているルディガーとアレットに向かって、全力で駆けてゆく。

 その姿、まさに電光石火。

 瞬時に距離を詰めたラルフは、真紅のヴァージンロードを蹴りつけて跳躍すると、握りしめた拳をルディガーに向かって振り抜いた。


「く、貴様……ッ!?」


 対するルディガーは徒手空拳……バックステップを踏んでラルフの拳を回避する。

 だが、ラルフにとって恐らく先ほどの拳は、ルディガーに当てるためのものではなく、牽制のためのものだったのだろう。

 祭壇の上に立ったラルフは、アレットを背後に庇うように仁王立ちすると、右の拳をルディガーに突きつけ、咆哮する。


「ラルフ・ティファート、ここに推参!! さぁ、約束通り格闘大会の続きをしてもらおうか、ルディガー・バルクニルッ!!」

「もぅ、遅いですよ……兄さん」


 神聖な儀式へと乱入してきた闖入者を見ながら、ミリアは安堵の吐息と共に微笑んだのであった……。


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