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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
六章 獣姫の結婚式~男の意地と誇り~
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恋心

「ラルフ、起きてる?」


 倒れたまま一切の動きを止めているラルフの傍に来たティアは、恐る恐る呼びかける。

 目を閉じたまま、呼吸だけを繰り返していたラルフだったが、ティアの声を聞いてうっすらと目を開けた。


「ティア……? どうしてここに」


 普段のラルフの声からは想像もつかないほど、枯れて、かすれた声がこぼれ出る。

 その瞳は焦点を結んでいるのか怪しく、夢現を彷徨っているかのように曖昧だ。

 ティアはラルフの傍に座ると、その顔を覗きこむ。

 ティアが無言でラルフを見詰めていると、不意に、ラルフの表情がふにゃっと崩れた。


「よかった……いつもの、ティアだ」


 ずっと握っていたからだろう……小さく痙攣している手がティアの方へと伸ばされる。

 ティアは、その手をそっと握り返しながら、バツが悪そうに視線を逸らす。


「別に、私は……」

「寂しかったよ」

「え……」


 言葉を濁したティアに向かって、ストレートに返ってきた言葉を聞き、胸の鼓動が強く鳴った。

 恐らく、意識もどこか曖昧なのだろう。普段以上に素直なラルフが、ティアの碧眼を見詰めながら、淡く笑みを浮かべる。


「ティアと話せなくて、いつも辛そうで、苦しそうで……俺、何もできなくて……悔しくて、寂しくて、情けなかった」

「そんなこと……」

「何とかしようって思ったら……今度はアレット姉ちゃんのこともあって……結局、そっちだって、何もできなくて……」


 握りしめてくる手を両手で包み込み、ティアはその手を頬に当てる。

 すでに、汗を掻く水分すら体には残っていないのだろう……熱に侵されたかのようにその手は熱く、乾ききっている。


「ゴメンな、ティア……」

「ラルフは何も悪くない。悪いのは……いつも、いつだって、貴方に甘えてばかりの私だわ。だから、ごめん、なんて言わないで」


 ――あぁ、そっか。


 いつだって助けてくれて。

 いつだって傍に居てくれて。

 辛い時は慰めてくれて、苦しい時は手を伸ばしてくれて、泣きたい時は胸を貸してくれた。

 だから、無意識に甘えてしまっていたのだろう

 ラルフ・ティファートはいつも傍に居てくれると……どんな時も自分だけの(・・・・・)傍に居てくれると、そう思っていたのだ。

 だから、ロッティのラルフに対する本気の想いを前にして、焦った。

 自分の傍からラルフがいなくなってしまうと思った。

 盗られてしまうと、そう思ったのだ。


「むしろ、謝らなくちゃいけないのは私だ。貴方をずっと……縛ろうとしていた」


 アレットに対してもそうだ。

 今までずっと、ラルフはティアのために戦い続けてきた。

 入学式はティアを庇ってダスティンと戦い、基礎実力試験ではティアを護るために泥巨人を相手取り、リンク対抗団体戦ではティアの名誉を傷つけないようにドミニクに勝利した。

 だから、きっと、ラルフが自分以外の誰かのために必死になっているのを見て、ティアの中にある独占欲が疼いたのだ。

 何と……浅ましいのか。

 ラルフ・ティファートを、自分だけのものにしたいという願望――それが、ティアをこうまでも頑なにしてしまっていたのだ。

 気づいてしまえば簡単で。どうして今まで、思い至らなかったのかと不思議に思うほど。

 その気持ちはきっと――


「だって、貴方のことが……好きだから……」


 完全に無意識から来た一言だった。

 形となって紡がれた言葉が虚空に解け、淡く消え去る頃……ティアは、ようやく自分が何を言ったのか理解して、カーッと顔を赤くした。


「え、あ、や、い、今のは違……!」


 動転に動転を重ねた意識が、猛烈な勢いで空回りを開始する。

 マグマのように顔を赤くし、無意味に翼をバタバタと動かしながら、必死の両手を左右に振る。そのくせ、弁解の言葉は一個も出てきてはくれない。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、とその言葉だけがグルグルとまわり続ける中、恐る恐るラルフの方をうかがってみれば……。


「…………ZZZ」

「……え?」


 ぐっすりと寝入っているニブチンが一人。

 呆気にとられているティアの前で、幸せそうな寝顔を晒しながら、ラルフがグースカ寝ていた。

 少なくとも、この様子だと……ティアの決定的なセリフは聞かれていないだろう。


「くっ、この……拳骨落としてやろうかしら……っ!」


 青筋を浮かべながら、拳を握りしめるティアだったが、大きくため息をついて胸に手を当てた。

 鼓動は速く、煩いほどにその存在を主張していて……顔に集まった熱が一向に引いてくれる様子がない。

 もしも、今の彼女の姿を客観的に見る第三者がいたらこう言っただろう……まるで、恋する乙女のようだと。


「はぁ……もう」


 自覚してしまったら、もうそれを誤魔化すことはできない。

 いや、きっと、もうずっと前から何となく気が付いてはいたのだろう……ただ、それを認められなかっただけで。

 ティアはひたすらに惰眠をむさぼるラルフの頭をそっと持ち上げると、自分の太ももの上にそっと乗せる。そして、枯葉のようにカサカサになった彼の髪にそっと指を通し、その頭を撫でてやる。ただそれだけのことで……幸福感を得てしまっている自分に苦笑してしまう。


「ほんっとうに、現金ね」


 木々の間をすり抜ける風に髪を揺らしながら、ティアは何度も何度も、ラルフの頭を撫でるのであった……。


――――――――――――――――――――――――――――


「あー。この歳になるとさっすがに堪えるな……」


 ビースティス寮の傍にある港に向かいながら、ゴルドはゴキゴキと盛大な音を立てて首を回した。ラルフの八日間ぶっ通し鍛錬に付き合っていたのである……同様に、ゴルドもまたほとんど不眠不休で戦い続けていたのだ。

 まぁ、シッカリ食事もとっていたし、ラルフとは実力差に開きがあるため、倒れるほどはないが……それでも、さすがに不眠でここまでやると体にクルものがある。


「若い頃はまだ無茶が通ったんだがな。俺もオッサンになったってことか」


 ゴルドがまだ若い頃、ラルフと同じような鍛錬を十日間連続で行ったことを思い出して、苦笑いする。例え化け物のような身体能力を持っていたとしても、寄る年波には勝てないということだろう。 


「高速船の手配だけ済ませたら俺も少し仮眠をとるか。ラルフにはティア嬢ちゃんがついてくれてるから大丈夫だろうし――」

「『『『光よ、あれ』』』」


 次の瞬間、ゴルドの隣にあった樹の幹が、中ほどから消滅した。

 吹っ飛んだとか、木端微塵になったとかではなく、跡形も残さずに消滅したのである。

 中級霊術の中でも、上級霊術に片足を突っ込んでいると言われている非常に強力な霊術『オーバー・レイ』である。

 本来は三人同時に、五十六節を詠唱することで発動させることが出来る高難易度の霊術。

 それほど手間を掛けなければならない霊術を、三重輪唱を用いて、たったの二節だけで発動させた……しかも、個人で。

 そんな化け物じみたことが出来る霊術師など、世界広しといえども限られている。

 そして……その中の一人が、この学院で教員をやっていたりする。


「あー。分かった。お前に何の相談もせずに息子を欠席させたことは謝ろう」


 両手を上げて降参のポーズをとりながら言うと、背後からエミリーの怒りに打ち震えた声が発せられた。


「そうですね、ラルフ君は先輩の息子であると同時に、私の可愛い生徒でもありますから。今回の件、もしかしたら、『ラルフ君の相談に乗ってあげて』って一言が関係してるんじゃないかと思って、先輩が昔使ってた秘密の訓練場に行ってみれば……案の定ですよ」


 そして、ムスッとした沈黙を挟んで、少しイジけた様子の声が返ってくる。


「それと、何度も言ってますが……この学院に来たら私に一言声を掛けてくださいねって、何度言ったら分かってもらえるんでしょうか?」

「いや、それには理由があってだな」

「『森羅万象』『天地開闢』『原初顕現』」


 音すらなく、ゴルドの周囲の地面が幅七メルト近くゴッソリとドーナッツ状に消滅した。

 ちらりと視線を下に向けてみれば、深さは五メルト近い……強力無比な威力と同時に、精密極まりない霊力の収束技能が合ってこと為せる神業である。

 もしも、少しでもコントロールを誤っていれば、ゴルドの体が持っていかれていたであろう。

 ちなみにだが、今回使われた霊術はゴルドも目にしたことがない……恐らく、エミリーのオリジナル霊術だろう。


「よーしよし。言い訳は男らしくねぇな。だから、俺の周りにあるものを片っぱしから消し飛ばすのは止めろ、マジで」

「分かりました、狙って消します」

「そこで俺に向かって掌を向けるのは、色々と間違ってるからな?」


 ゴルドはグッと足に力を込めると、地を蹴り跳躍。軽々と堀状になった部分を飛び越えて、エミリーの傍に降り立った。


「相変わらず、先輩の神装は発現してるのか、そうでないのか、分かりにくいですね」

「まーな。俺の神装は色々と変わり種だからな」


 ゴルドがそう言って肩を回していると、じーっとエミリーが半眼で顔を覗きこんできていることに気が付いた。


「何だ?」

「いえ、先輩の顔を見るのも随分と久しぶりだなって。先輩が私に全く逢いに来てくれませんから」

「根に持つな、お前も……」


 子供にしてやるように、エミリーの頭に手を置いて軽く撫でてやると、彼女は飼い猫のようにゴロゴロと喉を鳴らし……ハッとした顔で赤面した。


「癖ってのは大人になっても抜けないのな」

「か、からかわないでください! 全く……それで、先輩は私の生徒を無断欠席させて、一体何をしていたっていうんですか」

「俺の十八番を叩き込んでた」

「は……はぁ!?」


 ゴルドの何気ない一言に、エミリーが裏返った声を発して目を見開く。


「『俺の十八番』って……ラルフ君を殺す気ですか!?」

「大丈夫大丈夫。何だかんだでやっぱりあいつは俺の息子なんだよ。きちんと習得して、今はぐっすり寝てっから安心しろ」

「だからって……!! あぁ、もう……」


 更に言葉を募ろうとしたエミリーだったが、飄々としたゴルドの様子を見て無駄だと悟ったのだろう……大きなため息とともにがっくりと肩を落とした。


「じゃぁ、今頃ラルフ君は満身創痍なんでしょうね」

「まぁな。ただ、これでスタートラインに立ったようなもんだ。アイツの本当の戦いはこっからだ」

「アレット・クロフォードさん関連ですか」


 断定口調で聞いてくる後輩に、ゴルドは笑った。

 恐らく、エミリーもまたラルフの格闘大会の様子を――救護班に地面に押さえつけられ、叫ぶラルフの姿を見ていたのだろう。


「あぁ。ほれ、クロロッカの実も用意してある」

「第一種劇物じゃないですか、それ」


 毒々しい赤色の実を見せるゴルドに、エミリーは責めるような視線を向けてくる。

 それもそうだろう。クロロッカの実――その実に含まれる成分は、生物の生命力を過剰な程に活性化させる。それこそ、今のボロボロのラルフでも万全の状態で戦えるほどに。

 ただ……その反動で、三日近く身動きが出来ない程に疲労してしまう。

 しかし、その効果と即効性は確かなものなので、冒険者の間では疲労困憊で動けなくなった時のために、緊急用として一個は常備するのが定番となっている。

 ジトッとしたエミリーの視線を意に介さず、ゴルドはクロロッカの実を道具袋に入れる。


「ラルフが悔し涙を流しながら『勝ちたい』って言ってきたんだ。なら俺は、どんな手段を使ってでも、あいつに勝たせてやるだけだ。少なくとも、ラルフにはそれだけの覚悟があった。後はラルフの気迫と気力がルディガーの技術を上回れるかどうかだな」

「…………」


 どこか不満そうなエミリーの頭をポンッと撫で、ゴルドは再び港の方へと足を向ける。

 その背に、どこか寂しそうな声が触れてくる。


「次は、いつ会えますか?」

「暇があったらな」


 そう言った後、ゴルドは振り返るとニッと笑みを浮かべた。


「お前が頑張ってるって話はラルフからよく聞いてる。俺からすりゃ、お前以上に頼もしい奴はいないよ。ラルフのこと、これからも頼むな」

「……ひきょうものぉ」


 不貞腐れた様子でぼやくエミリーに苦笑を向け、ゴルドは歩き出す。

 決戦の舞台はビースティスの大陸『ナイル』で最も栄える地――桜都ナインテイルへ。


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