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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
六章 獣姫の結婚式~男の意地と誇り~
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咆哮は遠く、蒼穹へと響き渡り

「なるほど、確かにいっぱしの口を利くだけの実力は持っているようだな」

「アンタもやるじゃないか。口だけの男じゃないってわかったよ」

「一つ聞かせろ」


 互いに距離を取り、構えを解かぬままルディガーが語りかけてくる。


「貴様の武は何のために磨き上げた」

「…………大切な人を護るため」


 質問の意図を一瞬だけ考えたラルフだが、ありのままの答えをルディガーにぶつける。

 ラルフの答えに対し、ルディガーは視線を鋭くする。


「お前は、お前の強さを他人に求めているのか」

「何?」


 その言葉の意味が分からず、問い返すラルフに対し、ルディガーは口調を厳しくする。


「武とはすなわち己との戦い。克己して修練に励み、己の限界のその先に挑み続け、最強とする理想と常に競い合う――これこそが武」


 ルディガーはそう言って構えを変える。

 穂先を下へ、石突き付近を持っていた右手を微かに高く掲げる。


「いかなる理由でそこまで武を磨いたのかと思えば……他人に強さの理由を預けている貴様が、俺に勝とうなど笑止千万!」


 まるで、その苛立ちをぶつけるかのように、ルディガーが地を蹴った。

 突貫してくるルディガーに対し、ラルフもまた拳を握りしめて駆け出す。


「じゃあ、アンタは自分の弱さに絶望したことがないのかよ!」


 上半身の伸びを利用した、間合いの範囲外からの刺突……それを拳で弾き返しながら、ラルフは前に出る。


「俺にはあった! 大切な人が泣いているのを前にしても、立ち尽くすことしかできなかった!」


 円運動を利用して最短距離を最速で襲い掛かってくる石突きの一撃を、サイドステップで回避し、続けて横薙ぎに振るわれる槍の穂先を拳で払う。


「乗り越えたい絶望があったから強くなりたいと願った! 無力な自分でいることが許せなかったからキツイ訓練も耐え続けてきた! それを、その想いを――アンタに否定されるいわれはない!!」

「それが甘えだと言っている!!」


 接近して拳を振るうも、体全体を旋回させながら振るった槍の石突きに払われる。

 拳が払われることで開いた胴体に向かって槍の切先が突きこまれるが、ラルフは体を横に逃がしながら、拳をぶつけることでこれを回避。


 ――くっそ、間合いが……ッ!!


『どうやら、ラルフ選手、攻めあぐねているようですね』

『間合いをルディガーに把握されてしまっているな。あの男の間合いの支配力は尋常なものではない。押せば引き、引けば押し返してくる……ラルフからすれば、まるで形のない流水を相手に拳を振るっているように感じることだろう』


 グレンの言うとおり、ラルフは完全に間合いを掌握されてしまっていた。

 拳の間合いに入ったのは一度きり……しかも、それはあえてルディガーが近接戦を挑むために飛び込んできた時だけだ。

 それ以外は、常に槍の間合いにラルフを捕え、固定してしまっている。

 後退しつつ旋回して薙ぎ払い、刺突の踏込みが前進となる。攻防の動きに連動した足運びが、全てラルフとの距離を一定に保つために機能しているのだ。

 その一切無駄のない攻防一体の動きは、舞っているかのように美しい――武を司る血族の中にあって天才と呼ばれているのは伊達ではないようだ。


「く……っ!」

「貴様が他人のために戦うと言うのならば、今、俺と戦っているのはアレット殿のためか! 何と恩着せがましい!」

「俺はただ! アレット姉ちゃんに笑っていて欲しいだけだ!」

「貴様のその行為は、アレット殿の決意に泥を塗る行為だといい加減に気が付け!」

「ッ!」


 高速の三段突きを、足運びと両の拳で捌いたラルフに、下からの切り上げが襲い掛かる。

 高速で迫る刃に拳を当てて弾き返そうとした――その瞬間、ルディガーが槍の柄に鋭く蹴りを合わせた。

 切り上げる力に、脚力が加味されたことにより、ラルフの方が逆に弾き返されてしまう。

 そして――それが隙を生んだ。


「瞬槍四段!」


 槍を深く引き、刹那の静寂を挟み……槍の穂先がぶれた。

 これにラルフが対応できたのは、ひとえに日々の鍛錬の賜物であろう。

 素早く引き戻した拳でその全てを弾き返したラルフに向かって、ルディガーがさらに一歩踏み込んでくる。


「旋駆六連!」


 自身が高速で回転しつつ、それに合わせて連続の薙ぎ払いがラルフに襲い掛かる。

 連続した円運動は、回数を重ねるたびにその速度を増し、ラルフの防御を着実に切り崩しに掛かってくる。

 そして、六連撃が終わったその時、着実に積み重ねられた連撃によって、ラルフの防御は完全に崩されていた。


「真槍必閃ッ!!」


 繰り出されるは足から腕にかけ、全身のばねを使って放たれる、ルディガー全身全霊の刺突。予備動作はなく、溜めも必要としない、完全なるゼロの状態から突如として放たれる全力の一撃――必殺の名にふさわしいこの一撃を回避することは至難の業だ。

 そして、それは……体勢を崩されていたラルフには不可能なことであった。


「ぐ……あ……」


 ルディガーの槍は、あやまたずラルフの胴体を貫き、その背を抜けていた。

 ずるりと、血に濡れた槍が引きずり出されると、ラルフは膝から崩れ落ち、そのままどうっと倒れ伏した。

 うるさいぐらい心臓の音が響き、全身から猛烈な勢いで血が流れてゆく。

 メンタルフィールドの中で死ぬことはないが……それでも、自身の中から流れ出てゆく『生』を実感する。

 地面に倒れたままのラルフの前まで歩いてきたルディガーが、カツンと、石突きで地面を叩く。


「アレット殿が自分を好いていない事など百も承知。だが、それでもビースティスの未来のために、己を殺してほとんど面識のない俺と結婚しようとしているのだ」


 かすれて消えてゆく意識の中でルディガーの声が落ちてくる。


「その決意、何と高潔なことか。それだけ、彼女が己の立場に責任を持ち、ビースティス達の未来を真剣に思っているということに他ならない」


 その声には紛れもない苛立ちを含んでいて……だからこそ、理解できた。

 この男は、本当にアレット・クロフォードを尊敬しているのだろう。だからこそ、そのアレットの判断を鈍らせ、ここに引き留めようとするラルフが許せないのだ。


「戯言でこれ以上彼女を惑わすな」

「ぐ……が……あ、あはは……な、ら……止めてみせろよ」


 全身に残る力を全て足に込めて、ラルフがゆっくりと立ち上がる。

 槍で胴体を貫かれたにもかかわらず、立ち上がるとは思ってもみなかったのだろう……さすがのルディガーも目を丸くして一歩、後ずさった。

 震える手で拳を握り、ラルフは死相の浮いた顔で笑みを浮かべる。


「心臓は……ここ……だぞ。確実に、息を……止めない限り……俺は……足掻き……続ける……からな……」

「死にぞこないが」


 虚ろな瞳が焦点を結ぶ。

 もやは、完全な死に体……だからこそ、これ以上傷つくことに躊躇いはない。

 ルディガーの槍が再び自分の体を貫いた瞬間、確実にルディガーは足を止めることになる――ラルフが狙うはその一点。

 ここで一方的に倒れるぐらいなら、渾身の一撃を叩き込んで相打ちを狙う。

 ラルフが拳を握りしめて、構えを取った……その瞬間、ラルフとルディガーを覆っていたメンタルフィールドが大音量と共に揺れた。

 一体何事かと周囲をうかがえば、メンタルフィールドに向かって神装を振り下ろす一人の女性の姿があった。

 おっとりとした普段の彼女からは想像もつかない程に、鬼気迫った表情のまま、霊力を纏わせた<白桜>を連続してメンタルフィールドに叩き付けている。

 <白桜>がメンタルフィールドに直撃するたびに、緑色の力場にラグが走り、爆薬に火が付いたように大音量が鳴り響く。


「アレット殿! 今は格闘大会の最中だ!」

「……勝負はもうついてる。このメンタルフィールドを解いて」


 問答無用で女性――アレット・クロフォードはそう断じると再び<白桜>を叩きつける。

 その気迫たるや、運営の人間が彼女を止めるのを躊躇うほどに壮絶なものであり、あのルディガーですらも怯ませていた。


「この男はまだ勝負を諦めていない! ならば、俺も――」

「……早く解いて。解かないなら、アナタ諸共、叩き切る」


 アレットがそう言って<白桜>を腰だめに構えるや否や、その刀身に目視できるほどの霊力が収束し始める。

 バチバチバチッ!! と警告を発するかのように激しく霊力の電光が走る。

 ビースティスで多少なりとも武術を齧ったことがある者ならば、フェリオ・クロフォードの絶技『紫電』を知らぬはずがない。


『はっ! あ、あまりのことに言葉を失っておりました! なんと、アレット・クロフォード選手の乱入です! 勝負を中断しろと迫り……えっと、あの技は何でしょうか! なんだかとっても危険な臭いがしますが!』

『ふむ、救国の英雄にして剣豪フェリオ・クロフォードの秘技「紫電」ではないだろうか。我もこうして目にするのは初めてだが』

『え、あの、大会運営の皆も腰が引けて止めに入れないんですが、グレンさん、ぜひ止めに行ってあげて貰えないでしょうか!』

『いや、もう少し様子を見ることにしよう。そちらの方が面白そうだ』

『あぁ、この人、超自分に正直……!!』


 アレットが繰り出そうとしているのが、その紫電だと分かったのだろう……ルディガーが舌打ちを一つして運営の者に声を飛ばす。


「この勝負、時間はまだあるが判定にでもかけてくれ! そうでなければアレット殿が何をしでかすか分からんぞ!」

「ま、待て……まだ、勝負は……」


 はぁ、と大きくため息をついたルディガーは冷めた目をラルフに向けてくる。


「その死に体で、まだ言うか。ならば、何度でも挑んでくるがいい」


 ルディガーはそう言って槍を収めた。


「俺が貴様に負けることなど絶対にありえん」


 興醒めだとばかりにそう言い捨てると、ルディガーはラルフに興味を失ったかのように背を向け、控室の方へと向かって行った。

 すうっとメンタルフィールドが消え去ると同時に、ラルフの傷も綺麗さっぱり無くなるが……痛みは一向に収まる気配をみせない。精神の深い部分にまでダメージが入っているということなのだろう。

 ルディガーとの戦いが終わった……そう認識した瞬間、完全に気が抜けた。

 再び、力を失って倒れ込もうとしたラルフだったが、それよりも先に、駆けつけたアレットがラルフの体を抱きしめた。

 柔らかく暖かな感触と、懐かしい香りに安堵がこみ上げてくる。


「……お母さんから全部聞いた」

「アレ……ット、姉ちゃん……」


 ラルフはアレットの名前を呼ぶと、その袖をグッとつかんだ。


「俺、勝手に……ゴメン」

「……ううん、いいの。ありがとう」


 優しい手がそっとラルフの前髪を掻き上げ、汚れた頬を撫でる。

 かすれる視界の中、アレットの顔がぼやけてよく見えない。ただ……それでも、声の調子で彼女が優しい表情をしている事だけはよく分かった。


「……ラルフはいつだって私のために無茶ばっかりしてる。小さな頃、私がさらわれた時も。私が臆病になって皆を遠ざけてた時も。病気になってセイクリッドリッターと戦えなくなった時も。そして……今も」

「ねえ……ちゃん?」


 そこで、ようやくラルフは気が付くことができた。

 アレットの声が……小さく震えている。


「……本当はね、もっと傍に居てあげたかった。危ないことばかりする貴方を、傍で見つめて、護って、その成長を支えてあげたかった。でもね、もう、無理なの」


 ぽつりと、頬に濡れた感触。

 それは次々にラルフの顔に触れ、暖かな感触を落としてゆく。


「……婚約の日時が決まったの。目と鼻の先、十日後。だから、今日の船ですぐにでも本国に帰らないといけない」

「姉ちゃん、泣いて――」


 だが、全て言い終える前に、ラルフの体がギュッと抱きしめられた。

 柔らかな感触や、服越しに伝わって来る温もり、甘い香り――そんなことよりも、彼女がしゃくり上げながら、小さく震えていることばかりに意識がいく。


「……もう、傍に居てあげられないの。ごめんね、頼りないお姉ちゃんで、ごめんね……」

「姉ちゃん……」


 震える手でアレットの腕をつかもうとしたラルフだったが……それよりも先に、アレットの温もりから引き剥がされる。

 一体何事かと振り返ると、救護班がアレットからラルフの体を受け取るところだった。


「姉ちゃん……ぐ、そんな……」

「コラ! 大人しくしたまえ!」


 両腕を掴まれ、担架に乗せられまいと必死に抵抗するラルフの前で、アレットが立ちあがって顔を上げる。

 優しい笑顔を浮かべたその頬に、綺麗で透明な涙が次々と零れ落ちてゆく――その光景を見て、ラルフは愕然とした。




「……ばいばい、ラルフ」




 軽く手を振って別れの言葉を告げたアレットは、蒼銀の髪を揺らして踵を返すと、ラルフから遠ざかってゆく。

 少しずつ開いてゆくその距離はきっと……もう二度と、埋められない距離だ。


「待って、くれ……姉ちゃん……姉ちゃんッ!! ぐ……かはッ」

「いかん、喀血が! メンタルダメージが肉体にフィードバックし始めている、急いで医務室に……こら、暴れるな!!」


 上から押さえつけられ、両腕を強く拘束される。

 だが、それに抵抗しながら、今は離れてゆくアレットに一歩でも近づくために、必死で前に。


「姉ちゃん、姉ちゃん! 行っちゃダメだ……ぐッ……」


 地面に押さえつけられる。

 遠く離れ、そして、消えてしまったアレットの背中に向かって必死に伸ばした手は、虚しく空を切るだけで――何も、掴めない。


「くそ……くそぉぉぉ……くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 蒼穹の空の下。

 苦渋に満ちたラルフの咆哮がどこまでも遠くに響いてゆく……。


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