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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
六章 獣姫の結婚式~男の意地と誇り~
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格闘大会予選

 花鳥風月の面子と特訓を始めてから、あっという間に日々は過ぎ、格闘大会予選日。

 晴天の下で巻き起こる歓声の中、ラルフは高速で闘技場のフィールドを駆け抜けていた。


「くそ、コイツ一年のくせに……!?」


 眼前、三年『灯』クラスの男子学生が繰り出す剣撃を、ラルフは必要最低限の動きだけで回避する。

 踏み込む角度、力を入れるタイミング、全身の強張り、目線の動き、呼気のリズム、五感で感じる全ての要素が、相手の動作の軌跡を浮き彫りにする。

 これが熟練者になると、極限まで相手に情報を与えないように予備動作が殆どなかったり、あえて隙を見せることでフェイントを織り交ぜてくるのだが……目の前にいる相手は、その域には達していないようだ。


「くっ!?」


 前進と同時に振り抜かれたラルフの拳をガードするため、三年生はギリギリで剣を引き、その腹で拳打を受け止めるが……異音と共に背後へと弾き飛ばされる。

 虚空を舞った煌めきは、剣の破片――異音の正体は、ラルフの拳打が剣を真っ二つに叩き折った音であった。


「……っ!」


 そして、その音が決着を告げる合図だった。

 得物を真っ二つにへし折られ、完全に戦意を失った相手へと、一瞬で肉薄したラルフは、拳を大きく振りかぶり……ピタリと、相手の目と鼻で止めてみせる。

 ラルフの振り抜いた拳の圧力で、盛大に相手の髪が揺れた……直撃をもらっていれば、鼻が陥没していたかもしれない。


「……ま、まいった」

『おーっと、どうやら勝負が決まったようです! 予選Eブロック準決勝を制したのは、灼熱無双のフレイムハート・ラルフ選手だー! 一年生でありながらも、磨き抜かれた格闘術はまさに無双の名にふさわしい強さ! 相手が三年生であろうとも全く寄せ付けない――!』


 各予選ブロックの準々決勝から対戦フィールドが闘技場へと移り、更に実況が付いたのだが……予想外に照れくさい。

 ラルフは周囲から送られる歓声に少し照れたように頭を下げると、意気消沈する対戦相手にも頭を下げ、メンタルフィールドが消えるのを待って闘技場の控室へと戻ってゆく。

 少し広めに作られた石造りの控室に戻ると、そこには花鳥風月のメンバーと、ミリア、チェリル、ティアの三名が待っていた。


「お疲れ様です、兄さん」

「ありがとう、ミリア」


 ミリアからタオルを受け取り、汗を拭くラルフの周囲を、わっと花鳥風月のメンバーが取り囲む。


「おーおーやるじゃないか、ラル坊! その調子で決勝戦も楽勝だな!」

「ラルフ君、凄いです! さすがミリちゃんのお兄さんですね!」

「うんうん、まだ一発も攻撃をもらってないし、本当に次も行けちゃうかも!」

「あはは、ありがとうございます。でも、次が本番ですから」


 アルベルトとシア以外のメンバーとはあまり交流の無かったラルフだが、今回の特訓で全員と顔見知りになることができた。

 バシバシと背中を叩かれながら、激励の言葉をもらっていると、シアがラルフの目の前へとやってきた。


「ラルフちゃん、勝ち進んでいる所に水を差すようで申し訳ないですが……正直、ここまでは予定調和ですわ。これまでラルフちゃんが下してきた相手に強敵と言える者はいませんわ」


 シアの言葉にラルフは神妙に頷く。

 そう……シアの言うとおり、今、ラルフがいるのは言ってしまえば玉石混交の予選に過ぎない。強敵と呼べる相手にはぶつかっていない。

 だが、決勝は違う。


「そのこと、よく分かっていますわね」

「はい。俺は、そのためにここまで来たんですから。それよりも、皆さんはアルベルト先輩の応援に行ってあげてください。そろそろ、予選Dブロックの決勝だと思いますから」

「あら、もうそんな時間ですのね。それではラルフちゃん、健闘を祈りますわ。皆、アルベルトの応援に行きますわよ」


 次々にラルフに激励の言葉を送りつつ、控室を後にした花鳥風月の面々を見送ったラルフは、控室に張り出されていたトーナメント表へと視線を向ける。

 トーナメントの左端に書かれた名はラルフ・ティファート。

 そして、右端に書かれた名前は――ルディガー・バルクニル。

 あの夜の宣言通り、ルディガーもまた決勝まで駒を進めていた。

 ルディガーの戦いを見る機会があったため、ラルフの彼の戦いを観戦していたが、一切危なげのない戦いはまさに盤石の一言に尽きる。

 その強さは本物だ。

 まるで、ルディガーよりも前に戦った相手が全て前座に思えてしまうほどに。

 ラルフは大きく深呼吸をして周囲を見回し――ふと、アレットの姿がないことに気が付いた。


 ――そっか。やっぱり、アレット姉ちゃんは来てないか。


 格闘大会までの間、ラルフはまともにアレットに会うことが出来なかった。

 どうも、婚約関係の諸々で準備をしなければならないことが多かったらしく、学院の方にもろくに顔を見せていないのだとか。

 実際、こうしてルディガーと揉めて格闘大会に出ることになったこともアレットは知らないはずだ。


「アレット先輩なら本国から呼ばれたからって緊急帰国してるよ、ラルフ」

「にゃるほろ。ところへ、なんれ頬をひっぴゃるんら?」


 近づいてきたチェリルがラルフの頬をこねまわしながら、ジトッとした半眼で言ってくる。

 戸惑うラルフを尻目に、チェリルはふて腐れたように頬を膨らませる。


「だって、ラルフってばボクらのこと放り出して、花鳥風月に入り浸ってさ。事情は分かるけど、なんか納得できない」

「そーですね。私達に一切相談もなく勝手に決めてしまいましたもんね」


 ズイッと目の前に立ちふさがる二人を前にして、背をダラダラと冷や汗が流れてゆく。

 そう、今回の件、ラルフは完全に単独行動をしていた為、ほとんど陽だまりの冒険者の方に顔を出していないのである。

 まぁ、アレット不在であるため、活動自体が停止していたわけだが……チェリル達から言わせれば、ソレはソレ、コレはコレ、なのだろう。


「い、いや、アレット姉ちゃんに話を聞いた帰り道に、ルディガーに格闘大会での決闘を申し込まれてさ。あの時は頭に血が上ってたこともあって……悪かったよ」


 必死に言い訳を試みようとしたラルフだったが……結局、最後には素直に頭を下げた。

 どういう事情を抱えていようと、リンクの仲間に何も相談しなかったのはラルフの落ち度だ。

 事実――


「…………」


 控室の壁に背を預け、一人俯くティアを見てラルフは何とも言えない表情を浮かべる。

 ティアとの関係は一向に改善されていない。

 ただ、やはりこうしてここに来てくれているということは、ラルフのことが嫌いになったと言う訳ではないのだろう。

 何とも言えない、気まずい沈黙が控室を満たし始めた……その時、重くなった空気を破るように、控室の扉が少し強めにノックされた。


「あ、はい!」

「邪魔するぞ」


 少し身を屈めて入ってきたのは、今回の格闘大会で本選シードを果たしているグレン・ロードだった。

 控室の中に微かに残った重い空気を意に介することなく、一同を見回したグレンは、最後にラルフの方を上から下まで見て、小さく笑った。


「ルディガーから事情を聴いて様子を見に来たが……ふむ、緊張や不安とは無縁のコンディションと見える。良い具合に実戦に慣れてきたようだな」

「この学院に来てから戦い通しでしたから」

「だが、だからこそ油断が生まれるのもその時期からだ。気を引き締めていけ」

「はい、次は絶対に勝ちます」

「ならば良し」


 迷いのないラルフの言葉に、グレンは満足そうに頷く。

 そんな二人のやり取りを聞いていたミリアが、不意にグレンに向けて口を開いた。


「グレン先輩。確か、ルディガー・バルクニルはリンク『ファンタズム・シーカーズ』所属でしたよね。どういう人物なのか教えてもらえませんか」

「ふむ? ルディガーのことが気になるのか」

「異性としての興味は皆無です。ですが……アレット姉さんの婚約相手がどのような男性なのか詳しく知りたいんです」

「ふむ、そうだな……」


 グレンは腕を組んで何かを考え込むように虚空を見詰める。


「短気で、一度頭に血が上ると視野が極端に狭くなるという欠点はあるが……文武両道を地で行く優等生といったところか。こと武術に関して言えば、あの男は天才だ。神和性の低さが原因で総合力では『煌』に届かなかったが、神装抜きの純粋な格闘戦なら、あの男に敵う奴は現役冒険者でもそうはおるまい」

「性格はどうなんですか? 人格破綻者だとか、すぐに酒に走るとか、カッとなるとすぐに手を上げるとか」

「どうやら、ルディガーも随分と嫌われているようだ」


 グレンはそう言って苦笑を浮かべる。


「短気だ、というのはさっき言ったが、無用な暴力を振るうような輩ではない。むしろ、自身の血族が武を司ることに誇りを持っているからな……浅慮な暴力はアイツにとって唾棄すべきものだろう。酒は下戸で呑まんし、賭け事もせん、女遊びも興味がないはずだ。趣味も己の鍛錬以外では特にこれといったものはない」

「ひどく淡白ですね」

「そうだな。だからこそ、お前が心配するように、アレット嬢を不当に扱ったりはしないと思うがな。本人たちの幸せかどうかは分からんが、婚約するのに悪い相手ではないはずだ」

「……なるほど。ありがとうございました」

「うむ」


 頭を下げたミリアに、グレンは鷹揚に頷くと、再び視線をラルフに向けた。


「先ほど話した通り、武に己の心血を注ぎこんできたような男だ。才能という原石を研鑽によって磨き抜いたその力は、伊達ではない。真の強者の前では小細工など意味を成さん……真っ向からぶつかってこい」

「はい!」

「よし、良い返事だ」


 その時、控室の外で大きな歓声が鳴り響いた。


『おーっと! アルベルト選手、途切れることのない、流れるような連撃でドスレグ選手を沈めたー! 身体能力の劣るマナマリオスでありながらも、この圧倒的な実力! この技の冴え! これは思わぬところからブラックホースが飛び出したー!! さぁ、本選に勝ち進んだのはCブロック三年『輝』クラスのイスマール・アレド選手! そして、Dブロック二年『輝』クラスのアルベルト・フィス・グレインバーグ選手だー! 本選に勝ち進む二人の盛大な拍手を!』

「アルベルト先輩が終わったか。さすが……早いな」

「さて、我もそろそろ観客席に移動するとしよう」

「あ、はい。激励ありがとうございました!」


 ラルフが頭を下げると、グレンは構わんとばかりに軽く手を振り、そのまま共用通路の方へと戻っていった。

 その背を見送ったラルフは己の頬を二・三度叩くと、勢いをつけて椅子から飛び降りる。

 次はとうとうラルフの番――Eブロック決勝だ。

 ちなみに、時間の関係もあって二つのブロックが同時進行で行われている。


「兄さん、頑張ってください」

「ファイトだよ、ラルフ!」

「おう! 勝ってくるぞ!」


 二人からの激励に拳を握って応えていると、不意にティアが小走りにラルフの傍へと駆け寄ってきた。そして、何を言うか迷うように視線を彷徨わせると、弱々しくラルフの服の裾を握りながら、まっすぐな視線を向けてくる。


「その、頑張って。応援、してるから」

「……あぁ。ありがとう、ティア」


 随分と久しぶりにティアの瞳を真っ向から見た気がする……そう思いながら、ラルフはティアの言葉にしっかりと答えてみせる。


「それじゃ、行ってくる!」


 ラルフはそう言って、決闘の舞台へと駆け出した。

 最終決戦……そこで待つ、最強の敵と対峙するために。


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