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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
六章 獣姫の結婚式~男の意地と誇り~
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死地にて酔っぱらいの愚痴を聞く

 全てが漆黒の闇に覆われる時間帯。

 地上を優しく照らす月は周期の関係でその姿を完全に消し、灯り無しではまともに外を歩くことすらできない。

 しかし――どのようなことでも例外は存在する。

 その森はまるで『夜』と言う概念を否定するかのように、昼間と見紛うほどに煌々とした光を放っていた。よくよく見ればわかるだろうが、密集する木々の葉が発光しているのである。

 ここはファンタズ・アル・シエルの未踏地域に分類される森――光樹の魔。

 この森に群生しているのはルクス種と呼ばれる樹木であり、昼に溜め込んだ日光を、夜に放出するという変わった特性を有している。

 一説には互いに発光することで、一日中光合成を可能にしているのではないかといわれているが、その実態は定かではない。

 そして、光樹の魔のほぼ中央……そこにある洞窟の奥で、ゴルド・ティファートは息を潜めながら休息を取っていた。

 ファンタズ・アル・シエルを冒険する者達は、荷物が少ないことで有名だ。

 チェリル・ミオ・レインフィールドが発明した空間拡張式道具袋があることも理由の一つだが……それ以上に、拠点を作るための道具を一切持たないことがそう言われる由来である。

 なぜならば、この地に跋扈しているのは動物ではなく終世獣だからだ。

  『人間がそこにいる』という形跡を発見した瞬間、終世獣は一切の警戒心など持たずに突っ込んでくる。テントなど不用意に建てれば、一晩中終世獣の襲撃を受け続けることになるだろう。

 同様に、火を起こすこともタブーだ。

 野生動物は大なり小なり警戒して近づかないが、終世獣からすれば人間がいる目印以外の何物でもない。不用意に火を起こしたが最後、周辺にいた終世獣が無尽蔵に群がってくることになる。

 故に、ファンタズ・アル・シエルの未踏地域に踏み入る際には、そこに人間がいるという痕跡をできる限り消し、身を隠せるような場所でひっそりと休息をとるしかない。

 火を起こせない関係上、冬などは暖を取ることができないため、基本的に未踏地域攻略組の冒険者は夏の前後に冒険に出ることになる。

 だからこそ、ゴルドは自身の足跡を完全に消しながらこの洞窟までやってきて、可能な限りルクス種の放つ光の当たらない所で、休んでいるのである。

 ちなみに、体臭を掻き消す特殊な香水を身に振りかけているため、臭いもしない。


「終世獣が活性化しているな……うろちょろしやがって」


 小声でそう呟いて、ゴルドは干し肉を噛み千切る。

 幸いにも、拡張式道具袋のおかげで、食料の運搬には苦労しない。

 小さな道具袋から、巨大な乾燥パンを取り出すと、ゴルドは肉と一緒に音がしないようにゆっくりと噛みながら嚥下する。

 冒険者は体こそ資本。

 満腹まで食べるのは流石に危険だが、いざという時のためにしっかりと食事はとっておかなければならない。

 味気ない食事を口の中に詰め込んでいると、不意に、誰かに呼ばれたような気配がした。声が直接意識に触れる……とでもいえば良いのか、とにかく独特な感覚だ。


 ――なんだ、遠距離通話か?


 ゴルドは無言で懐から、ぼんやりと霊術陣が浮かび上がった漆黒の金属界を取り出す……そう、遠距離通信機である。


「なんだ、エミリー。こんな時間に」

「も゛ぉぉぉぉぉぉ……聞いて下さいよぉ、先輩ぃぃぃぃ……」


 ゴルドは通信を切り、黙々と食事を再開した。

 だが……さっきから猛烈な勢いで呼びかける声がする。恐らく、このまま無視した場合、翌朝までひたすら呼びかけられることになるだろう。

 ゴルドは頭痛を堪えるように、目をつぶった後、再び金属塊に手を触れる。


「なんだ、酔っ払い」

「うぇぇぇぇぇぇん、先輩が私を無視したぁぁぁぁぁ……」

「あー分かった分かった。愚痴でも何でも聞いてやるから、ちょっと声のボリューム下げろ」


 酔っぱらいの愚痴聞いてたら終世獣から食い殺されたなど、本気で笑えない。

 ひっく、えあ゛ー、と酔っ払い特有の訳の分からない言語を吐き出した後、唸るような声でエミリーが口を開く。


「教え子のティアさんとラルフ君が、最近、なんか気まずくなってるんですよぉー」

「ふむ?」


 適当に相づちをうって聞き流すつもりだったゴルドだが、一人息子の名前が出てきたことで、意識をエミリーの声に向ける。


「私はー? 先生ですしー? 何とか二人の力になってあげたくて、いろいろ働きかけたんですけど……ひっく、二人とも、私になーんにも話してくれないんですよぉ……」

「お前が信頼されてないだけだろ」

「どぉぉぉぉぉして先輩ぁhそうdhtふぁくぉgfじゃをえいhふぁお;うぇいhがうぇッ!!」

「俺が悪かった! わーったから抑えてくれッ!?」


 意識の向こうから、うぇぇぇぇぇ……んぐんぐんぐんぐ、と間違いなく酒を呑んでる音がする。どれだけ燃料があるかは分からないが、長期戦は確定のようだ。


「ぷっはぁ。それでですね……やっぱり、私の推測では思春期の男女のあれこれが原因だと思う訳ですよぉ。ほら、私と先輩も、昔、切なくて甘酸っぱい理由で、気まずくなったりしたじゃないですかぁ」

「俺がちょっとでも異性と接触すると、お前が一方的に嫉妬してただけじゃないのか、それ」

「甘酸っぱいわぁ……甘酸っぱいですぅ。好きな人がいて、どれだけアプローチしても振り向いてくれない! 一途に恋焦がれる私! 私の恋心を知っていながら知らぬ存ぜぬを繰り返す鬼畜でヘタレな先輩!」

「おい待てや」

「普段は女の子にセクハラしかしない癖に、マジになった女の子にはヘタレ全開でも! 私がベッドの中に入って来て無防備極まりない寝顔を晒しても、ソフトタッチしかしない臆病者でも! 着替え途中を装ってこのナイスバディーを見せびらかしても、無言でバスタオルを押し付けてくる腰抜けでも! 私は先輩のことをこんなにも慕ってるんですよぉ……」

「慕ってる様子が欠片も伝わってこねぇよ、乳女」

「うるさいですよぉ、歩くセクハラー。そんな言うなら私のオッパイ揉んでみろー」

「あぁもう、水を飲め。水を」

「はぁい……んぐんぐんぐんぐ。あれぇ? これ清酒だ」

「燃料補充してんじゃねーよ!!」


 随分滅茶苦茶言っているが、まぁ、実際にエミリーの積極的なアプローチを、全て受け流していたゴルドからすれば、若干の後ろめたさがあってあまり強く出れない。

 とりあえずゴルドは、まとまるどころか、明後日の方に爆進し続ける話題を修正することにした。


「まぁ、お前の言うとおり思春期の男女には色々とあるんだろ。お前がラルフや、ティアっていう娘にどれだけ慕われていたとしても――」

「慕われてます! 慕われているはずなんです! ………………慕われてますよね?」

「俺 に 聞 く な !」

「うえぇぇぇ、先輩が、んぐんぐ、大声で、んぐんぐ、怒鳴るぅぅぅ」

「呑むか泣くかどっちかにしろ!?」

「んぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐ」

「分かった。俺が悪かった。泣いていいから呑むのを止めろ」

「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえんッ!!」

「だから、音量下げろと……あぁぁぁ、めんどくせぇなぁ、お前!?」


 エミリーは普段勤勉で真面目な反動か、酒を呑むと壮絶にめんどくさくなるのは、仲間内でも有名な話だ。無類の女好きである凱覇王レッカ・ロードをして『めんどくせぇ』と言わしめるのだ……よほどだろう。

 頭痛を堪えながら、ゴルドは話を続ける。


「ともかくだ……。どれだけ相談したくても、相談できない事ってのはある。今、二人が抱えている類の悩みってのはそれだろ。お前は陰からそっと見守ってやれ」

「草葉の陰から見てろって言いたいんですねぇ」

「誰も死ねなんて言ってねぇだろ」


 深く穿って考えすぎである。

 うだうだと呪詛のように愚痴を吐いていたエミリーだったが、一息つくと、どこか悔しそうに言葉を漏らす。


「んぅー時間があるときに先輩からラルフ君に話、聞いてあげてくださいよぅ……。たぶん、先輩にだったら、ラルフ君、話すと思うんで」

「わかんねーぞ、そんなこと」

「話すと思います。少なくとも、私なら、先輩を頼ります。甘えます。縋ります。先輩ならーって、気持ちになるはずです」

「どこから出てくるんだ、その根拠は」

「十年以上、ずっと貴方を想い続けてきた私自身が根拠です」

「あのなぁ……」


 その愛情が重いし痛い。

 ゴルドがうめき声を上げると、向こう側からエミリーがクスクスと笑う声がした。

 どうやら、ゴルドがこうやって罪悪感に苛まれると分かってて言ったようだ。

 相変わらず性格が悪い。


「それでぇ、どうなんですかぁ、先輩―」

「分かった。とりあえず、目的も果たしたし、食料もそろそろ底を付きそうだしな。十五日程度で転送陣のある街まで帰れるだろうから、そっから少し休んでそっち行く」

「食料ぉ……? 先輩、今どこにいるんですかぁ?」

「光樹の魔」

「…………………………は?」


 エミリーの声から酔いが吹っ飛んだ。

 まぁ、そりゃそうだろうなーと他人事のようにゴルドが思っていると、エミリーが抑えた声に怒りを滲ませながら、話しかけてくる。


「未踏地域の特級危険地域にいて、なにを呑気に酔っぱらいと喋ってるんですか……ッ!!」

「話しかけてきたのはお前だろ」

「無視するなり、事情を話してくだされば、すぐにでも対応しました! と、ともかく、早くその場を離れてください!」

「もう遅い」


 うるるるるるるる、と洞窟の入り口の方から唸り声と、爪で地面を掻く音が聞こえてくる。

 光樹の魔――森に群生するルクス種の樹木から発せられる光には微量ながら霊力が含まれている。そのため、この光は終世獣の活動を活性化させてしまう。更に木々に擬態する『ドリア―ド』と呼ばれる特殊な終世獣まで存在するため、ここは特級危険地域に指定されているのだ。

 この森にいる以上、朝でも夜でも光に晒され時間の感覚が狂い、いつ、どこから襲ってくるかもわからないドリア―ドの脅威に対し常に警戒をし続けなければならない。

 決して緩めることのできない緊張感の中、精神は摩耗し続け、気が付かぬうちに致命的な隙を作ってしまう。ここで命を落とした冒険者も多い。


「私のことなんて無視すればよかったじゃないですか!!」

「俺がお前のことを無下にできるわけねーだろ」

「な、う、ぁ……」

「とにかく、今から迎撃する。連絡切るぞ」

「……無事をお祈りしております、ゴルド」

「ガラでもねー言葉遣いしてんじゃねーよ」


 ゴルドは連絡を切ると、使い慣れたオープンフィンガーグローブを装着する。

 確かに、この森は非常に精神を消耗するが……この男の精神力はそれで摩耗しきってしまうほどにやわではない。


「しっかし、これだけ木々があっても、どこにも『実ってない』んだな。目的のモノはどこにあるのやら……」


 拳を打ち付け力場を展開させると、追いつめられている者とは思えないほど堂々とした足取りで出口へと向かってゆく。

 夜を徹した死闘が開幕する――


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