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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
六章 獣姫の結婚式~男の意地と誇り~
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ルディガー・バルクニル

 ぼんやりと男子寮までの道のりを歩きながら、ラルフはアレットの結婚についてずっと考えていた。

 ラルフはビースティスの本国に行ったことがないため、どのような状況に陥っているのか詳しく知らない。ただ、アレットがこれほどに覚悟をしているのだ……少なくとも、楽観視していいものではないということは分かる。

 それでも――ラルフは納得することができない。

 ビースティス全体の幸せのために、アレットが犠牲になることを是と思えないのだ。

 これからのアレットの将来を思うと、ラルフは陰鬱な気持ちになる。

 ただ……何をどう思おうと、ラルフに事態を動かすほどの力などありはしない。

 指をくわえて、アレットが望まぬ相手と結婚するのを見ていることしかできないのだ。


「はぁ……」


 大きくため息をつき、ラルフは男子寮の前まで来て顔を上げ……その歩みを止めた。

 男子寮の前、そこに一人の男子学生が壁に背を預けてラルフを睨み付けていたからだ。

 漆黒の髪に、絞り込まれた四肢、何よりもその刃物にも似た鋭すぎる眼光に見覚えがあった。


「俺に何か用ですか、ルディガー・バルクニルさん」

「ふん、俺の名をアレット殿から聞いたか」


 荒々しくそう言いながら近づいてきたルディガーは、ラルフの目の前でピタリと足を止める――そう、ラルフの間合いの二歩外側で。

 お前の間合いなど読み切っている、という無言の牽制に対しラルフは視線を鋭くすることで応じる。


「ラルフ・ティファートと言ったか。俺は回りくどいのは好かんので単刀直入に言わせてもらうが……お前の存在が邪魔だ。アレット殿の周りから失せろ」

「アレット姉ちゃん絡みですか」


 歯に衣着せぬ物言いに対し、ラルフは怖気づくことなく切り返す。


「そうだ。本来、アレット殿と俺の結婚はすぐにでも始められるはずだったが……アレット殿がせめて卒業するまで待ってくれと訴えたことが発端で、九血族連合の老人共の間で意見が割れてな。こうして宙ぶらりんになっている。なぜ、アレット殿が卒業まで俺との結婚を保留にしたか、お前に分かるか?」


 無言のラルフに対し、ルディガーは苛立ちを乗せて大きくため息をつく。


「ラルフ・ティファートを見守っていたいからだ、と……アレット殿はそう言ったんだよ」

「アレット姉ちゃんが……」


 アレットの経歴に傷がつくからという理由で九血族連合の意見が割れていたとは聞いていたが……その発端がアレットの一言だとは思わなかったラルフは、目を丸くした。

 そして、そんなラルフを面白くなさそうにルディガーは見下ろす。


「お前とアレット殿の間に何があったのか俺は知らん……だがな、お前がアレット殿を縛り付けているという事実だけは理解した。ラルフ・ティファートという男が、アレット殿の未練そのものだということもな」


 だから、そう繋いでルディガーは言う。


「自分の心配はいらないと、お前の口からアレット殿に伝えろ。本来の聡明な彼女ならば、お前とビースティスの未来……天秤に掛けるべくもないということはすぐに理解するはずだ。アレット殿が判断を狂わされている最大の元凶がお前なんだよ」

「断る」


 ラルフが即決でそう返すと、ルディガーの目の端がピクリと動いた。

 だが、それに構わずラルフもルディガーを真っ向から見据えて言葉を放つ。


「アンタの言うことは分かる。アレット姉ちゃんの結婚を本当なら祝福するべきだということも、頭の中では理解してる」


 そう前置きした上で、ラルフは自身の答えを口にする。


「アレット姉ちゃんが嬉しそうに結婚の報告をしてくれたのなら、俺だって喜んで送り出したさ。でも……何かを我慢するような、苦しそうな笑顔を浮かべた姉ちゃんを、望んで送り出すなんてできない」

「ほぉ……」


 ルディガーの全身から発散される重圧が一気に増す。

 まるで、喉元に刃物を突き付けられたかのように錯覚するほどの威圧感の中、ラルフはそれでも怯むことなく言葉を続ける。


「そもそも……アンタはアレット姉ちゃんのことをどう思ってるんだ!」

「彼女は尊敬できる女性だ」


 ラルフの問いに、ルディガーは目をつぶってそう答える。


「『剣豪』フェリオ・クロフォードの娘――最悪、親の七光りとも言われかねない立場であるにも関わらず、武術も学業も好成績を残して周囲を認めさせている……相応の研鑽が必要であっただろう。しかし、彼女はそれを一切表に出すことなく、己の才覚に驕ることなく、今も淡々と結果を出し続けている。そのストイックな姿勢を俺は高く評価している」


 アレットのことを思い出しているのだろう……ルディガーはフッと口元を笑みの形にする。


「だが、彼女も年頃の女性だ……結婚や恋愛にも憧れがあるだろう。それについては申し訳ないという気持ちはあるが、全てはビースティスの未来のため。だが、それとは関係なく……俺は俺の誇りにかけて自分の妻になる女を不幸になどしない。俺の持つ力を、未来を、地位を、全てを使って幸せにする自信がある」

「そんなに自信があるなら自分で口説き落とせよ。俺はアレット姉ちゃんの不安な表情が取れない限り、絶対に後押しなんかしないからな」


 若干呆れを混じらせるラルフに対し……ルディガーは口の端を釣り上げる。


「そんなにアレット殿を取り上げられるのが気にくわないか?」

「アレット姉ちゃんは誰のものでもない」

「そうか? 俺には、お前がお気に入りのオモチャを取り上げられて不貞腐れているガキのように見えるがな」


 さすがにラルフもこの一言にはカチンときた。

 いつの間にか敬語などかなぐり捨て、ケンカ腰にルディガーに向き合う。


「アレット姉ちゃんをモノ扱いすんなよ、自信過剰」

「自信過剰と来たか。なら、平凡極まりないお前が俺に勝てる要素が何か一つでもあると言うのか。もしや、『灼熱無双のフレイムハート』などともてはやされて、俺に武術で勝てるなどと……そのような夢想を言い出すのではあるまいな?」

「それが夢想なんかじゃないって、今、ぶん殴って教えてやろうか」


 ラルフの言葉にルディガーは挑発するように肩をすくめ……そして、愉快そうに笑う。


「ならば、教えてもらおうか。それ相応の場所――格闘大会という舞台でな」

「格闘大会……?」

「そうだ、衆人環視の中で行われる公式の試合だ。これほど勝敗がハッキリして、邪魔の入らない場所もあるまい」

「格闘大会は勝ち残りだろ。アンタと当たるとは限らない」

「同じ予選リーグになるように俺が働きかけよう。それぐらいは容易い」

「……グレン先輩が出てきたらどうするんだよ。アンタは勝てんのかよ」

「グレン・ロードは本選シードだ。予選には出てこない」


 ラルフの問いに苦々しくルディガーが答える。

 自信の塊のようなこの男でも、グレン・ロードには敵わないのだろう……グレンの常識外れの実力の一片が垣間見えたような気がした。

 さて、どうする――ルディガーが視線でそう問うてくるのを受け、ラルフは固めた拳をルディガーに突きつける。


「やってやろうじゃないか……」


 その言葉を待っていたかのように、暗く、低く、ルディガーは笑う。


「そうかそうか。ならば、貴様が負けた時はアレット殿が心残り無く、俺と婚約できるように後押ししろ。それぐらいは、やってもらわなければな」

「なら、俺が勝ったらアレット姉ちゃんとの婚約を取りやめろ!」

「ああ、いいとも」


 思った以上にあっさり承諾されたことにラルフは思わず言葉を詰まらせた。

 何か裏があるのかと警戒するラルフだったが、ルディガーはつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「負けるはずのない戦いだ。負けたことなど考える必要などない」

「そうかよ……」


 苦々しく言うラルフの前で、ルディガーは更にその距離を詰め、威圧を強めてくる。


「格闘大会本番までせいぜい足掻け。決して逃げてくれるなよ……もしも、格闘大会を辞退したり、逃げ出すようなことがあったら――」

「後輩を脅すなんて、ピューレル血族は随分と粗野なことをするんですのね」


 チッと舌打ちをしてルディガーがラルフの背後へ視線を飛ばす。

 振り返ってみれば……そこには、着崩した着物をまとったシア・インクレディスが立っていた。

 シアは扇子を広げるとそれで口元を隠し、ラルフを挟んでルディガーと相対する。


「しかも、神装なしの格闘大会で勝負を仕掛ける……『武の血族』と呼ばれる貴方にとって随分と有利な土俵に引きずり込みましたのね。恥ずかしくありませんの?」

「己が磨いた技術と、鍛えた肉体によって勝敗を決める……生まれ持って大きな格差がある神装が介在しないからこそ、男としての優劣がハッキリするというもの。成金風情の新参血族が大きな口を叩かないでもらおうか」

「な、成金……っ!?」


 その一言で盛大にシアの表情が引きつる。

 シアが取り乱す様子を見て満足したのだろう。最後に、ラルフを鋭く睨み付けると、ルディガーは颯爽とした足取りで男子寮の中に入っていった。

 その後ろ姿を見送ったラルフは、何気なく振り返り……小さく呻き声を上げた。


「あ、あの脳みそ筋肉男……ッ!!」


 青筋を浮かべ、両手に持った扇子を今にもへし折りそうなほど怒り狂ったシアがそこにいた。

 美人が怒ると怖いと言うが、本当なんだなぁとラルフは思い知った気がした。


「し、シア先輩、落ち着いて下さい。俺、シア先輩のこと、尊敬していますから」


 ラルフの言葉に、ピタッとシアの動きが止まる。


「……本当ですの?」

「本当です、本当です。シア先輩は凄いって思います!」


 実際、リンク『花鳥風月』を取りまとめ、上位にまで食い込むその手腕と、統率力は本物だ。

 ラルフもその辺りの――戦いとはまた違うシアの凄さを知っているからこそ、素直に彼女を尊敬しているのだ。

 ラルフの言葉で多少溜飲を下げたのだろう……ふふん、と少し得意げになったシアは、何とか怒りを収めてくれた。この女性、割とチョロイかもしれない。


「しかし、ラルフちゃん、随分と分の悪い賭けをしましたわね。いや……させられた、と言ったほうが良いのかもしれませんが」

「え、どういうことです?」


 格闘大会は、衆人環視の中で行われる勝敗がハッキリする試合――ルディガーの言葉を借りればそう言うことだが、そこに関してはラルフも特に異論はない。


「ルディガー・バルクニルが属するピューレル血族は、古来より『武の血族』と呼ばれているのですわ。純粋な武術で言うなら全ての血族の中でも、突出していると言えるでしょう」

「武の血族……」

「そう。そして、ルディガーはその中でも天才と呼ばれる男。恐らく……格闘戦に持ち込めば、わたくしやアレットよりも強い」

「は、はぁ!?」


 アレットよりも強いという言葉に、ラルフは変な声が出るのが抑えられなかった。

 近接格闘で最も強い学生と言えばグレンだが、次点でアレットだとラルフは思っている。

 そのアレットですら敵わないなど……一体どれ程強いと言うのか。


「え、でもあの人って『煌』クラスじゃないんですよね?」


 それほど強いならば、『煌』クラスに入ってもおかしくはないはずだ。

 ラルフの問いに然りといった様子でシアが頷く。


「あくまで強いのは神装抜きの格闘戦限定。ピューレル血族は霊術の才を持った子が生まれないことで有名です。例に漏れず、ルディガーも霊力が扱えない上に神和性も低いのですわ。だからこそ、神装からの身体能力強化も薄く、霊術を含めた総合戦闘力では、わたくし達に一歩及ばず、という状況なのです」


 だが、逆を言えばそれだけのハンディキャップを背負っているにもかかわらず、格闘術一本で『輝』ランクの上位に食い込んでいるのだ。

 その技の冴えは尋常ではないのだろう。まぁ、ファンタズム・シーカーズに所属している時点で、相当に強者だということは分かっていたことだ。


「ですから、その、今回の勝負は……」


 シアはとても言い難そうに言葉尻を濁す。

 言いたいことは分かる……つまり、ラルフに勝ち目は薄いと、そう言いたいのだろう。

 だが――


「心配してくれてありがとうございます、シア先輩。それでも……俺の決断は変わりません」


 自分はアレットのために何もできない――そう打ちひしがれていたラルフが、偶然にも手に入れたチャンス。もしも、勝つことが出来ればアレットの婚約を無いことにできるかもしれない。


「もしかしたら、アレット姉ちゃんからすれば大きなお世話なのかもしれませんけど……」


 少し、寂しそうな苦笑を浮かべてラルフはそう付け足す。

 今回の勝負はアレットの決意に水を差すことになるのかもしれない。

 ラルフの自己満足にすぎないのかもしれない。

 ただ……それでも、ラルフは『皆のために』と言って辛そうな笑顔をアレットのことが忘れられない。少なくとも、何もせずに、何もできずに、ただ事態を傍観し続けることなどできない。


「男の子、ですわねぇ」

「え、ちょ、シア先輩?」


 そっと手を伸ばしたシアが、ラルフの頬を柔らかく撫でる。

 慈しむような優しい手を跳ね除けることもできず、ラルフは顔を赤くしたまま硬直してしまう。

 ラルフの初心な反応を見て、シアはおかしそうに微笑む。


「ラルフちゃん、格闘大会開催まで残り十七日ありますわ。それまで、鍛錬の時は花鳥風月に来なさいな。アレットのいない陽だまりの冒険者では、近接戦の練習相手などいないでしょう?」

「え、良いんですか?」

「えぇ、それに、ラルフちゃんほどの近接戦の使い手なら、わたくしの花鳥風月の皆も得る物が多いことでしょう」


 確かに、アレットが忙しくなる今、陽だまりの冒険者でラルフの近接戦の相手が出来る人物はいない。対して、花鳥風月は前衛も後衛も高いレベルでバランスよく揃っており、様々な状況を想定しての特訓が出来るだろう。


「じゃぁ、その……すみません、お言葉に甘えます。よろしくお願いします」

「よろしく、ラルフちゃん。来るからにはビシバシ行きますわよ」


 少しおどけた様子でシアは笑う。

 こうして格闘大会までの十七日間……ラルフはアルベルトやシアを含む花鳥風月のメンバーと、対ルディガー対策を行い、予選に臨むことになったのであった。


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