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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
二章 リンク勧誘合戦~蒼銀の狼と黄金の狐~
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貧乏兄妹

「このままでは生活できません、兄さん」


 小鳥たちが鳴き、陽光が優しく万物を照らす早朝。

 うららかな雰囲気とは対照的に、胃に直接ダメージが入るようなへヴィーな内容がミリアの口から発せられる。

 その正面で正座をしているラルフは、はぁ、と気のない返事を返した。


「そりゃまた……どうして?」


 入学式から数えて六日が過ぎた。

 朝早く起きて、早朝鍛錬を終えたラルフが軽く水浴びをして、部屋に帰ってくるなり、ミリアが押しかけてきたのである。

 そして、問答無用でラルフを正座させ先ほどのセリフを放ったのだ。

 ラルフとしてはさっさと食堂に行って腹いっぱいご飯を食べたいところなのだが、今そんなこと言おうものなら、ミリアから何をされるか分かったものではない。


「とりあえず、これを見てください」


 そう言って渡されたのは一枚の書類だ。

 ラルフはその書類を受け取って中身に目を通し始める。


「中身を見てもらえばわかると思いますが――起きなさい」

「あだ!?」


 脳天に手刀を貰って、ラルフは目を覚ました。

 割と容赦なく叩きこんできたのか、かなりジンジンする。

 一応、この少女もラルフの父親から簡単な護身術程度は手ほどきを受けているので、なかなかに油断できない。


「活字を見ると眠くなるというのは何とかならないんですか」

「いやぁ、だってなぁ……」


 眠くなるものはしょうがない。

 頭痛を堪えるように額に手を当てていたミリアだったが、気を取り直すように顔を上げる。


「この書類、兄さんの所にも来ているはずですが、内容は確認しましたか?」

「ああ、鼻紙にした――分かった! 分かったから兄ちゃんの腕関節はそっちには曲がらないたたたたたた!?」

「何が・どのように・どの程度分かったのか、私にも理解できるようにすっきり教えてもらっていいでしょうか、兄さん?」


 ラルフの左腕の関節を容赦なく極めながら、ミリアが笑顔で言ってくる。

 さすがに長い付き合いである……この笑顔が激怒しているサインであることぐらい分かる。


『朝から随分と仲がいいな、二人とも……』


 ラルフの早朝鍛錬に付き合っていたアルティアが呆れたように言ってくる。

 ちなみに、アルティアは今、水の入ったお椀の中で翼を洗っている。


「仲がいいのは事実ですが、兄さんにはもう少ししっかりしてほしいものです」

「分かったよ……」


 痛む左腕を軽く振りながら、ラルフは渋い顔をする。


「それでは、ザックリ内容だけ説明しますが……とりあえず、基本的な所から確認をしていきましょう。恐らく、普通に話しても兄さんは理解しないまま、はいはい、と言って流すでしょうから」

「おお、よく分かってるな」

「ぶん殴りますよ」


 無表情ながら青筋が浮いている。からかうのもそろそろ止めた方がよさそうである。


「まず……このフェイムダルト神装学院に通っている学生は、例外なく各国の役人として扱われ、給金が支払われています」

「え、本当!?」

「なんで嘘つかなきゃならないんですか。一応、ファンタズ・アル・シエルという未踏大陸の開拓は全人類の共通目標ですからね。それを行う上で重要とされる神装所有者の育成は急務なんです。だから、どれだけ家庭事情が困窮していても大丈夫なように、生活に必要な賃金は国から支給されます。贅沢さえしなければ普通に生活することはできるんですよ」


 ですが、と繋いでミリアは説明を続ける。


「ここに落とし穴があります。それが各国の貨幣価値の違いです。ヒューマニスの貨幣単位はイェル、マナマリオスはオリス、ビースティスはセル、シルフェリスはマーニア、ドミニオスはウォルと言うのですが……これは覚えなくていいです。とりあえず、フェイムダルト神装学院とファンタズ・アル・シエルで使われている貨幣単位が『コル』ということだけ覚えておいて――起きなさい」

「ぐっふ!?」


 ラルフの頭頂に肘鉄が打ち下ろされた。

 頭を押さえてのた打ち回るラルフは、涙目でミリアを見上げる。


「必死で聞いてるけど眠くなるんだからしょうがないじゃないか!?」

「そこで開き直らないでください、情けなくなるんで。はぁ……エミリー先生が苦労しながら授業している光景がありありと浮かんできますよ」


 まあ、ここまで集中力がないラルフに根気強く説明しているミリアも大概ではあるが。


「何と言いましょうか……例えばですよ、兄さん」

「うん」

「ゴルドおじさんが『この枝豆一粒やるから、その目玉焼きを父ちゃんによこせ』って言ってきたらどうします?」

「枝豆食ってから、皿を持って逃げる」

「せめて枝豆は残してあげなさい」


 論点ずれまくりである。


「これがもし、目玉焼きと目玉焼きの交換だったらどうします?」

「その焼き加減は気に喰わないって言って応じない」

「何食べても美味いとしか言わない味音痴が何を偉そうに。あぁ、もう、話が進まないじゃないですか。ともかくです」


 そこで言葉を切って、ミリアは話を戻す。


「これと同じように国家間の貨幣の価値が違うんですよ。さっきの例えで言うなら、枝豆がヒューマニスのお金で、目玉焼きが他の国のお金と言う感じです」

「え、俺達の国のお金ってそんなにしょぼいの」

「はい、貨幣に含まれている貴金属の含有……とにかく、安いんです」

「いま、説明するの諦めたよね?」

「説明していいのなら説明しますが、寝たらそのまま絞め落としますよ」

「ミリア先生、そのまま続けてください」


 絞め落とされた後で、腹に喝を入れられる未来の自分を想像して、ラルフは無難に流すことに決めた。

 何事も諦めが肝心である。


「例えば、最も貨幣価値が高いビースティスのお金100を、フェイムダルで使われている貨幣単位『コル』に直すと、100よりももう少し上になるんです。コルはヒューマニスを除く四国の貨幣価値の平均を取ったものですからね」

「じゃあ、ヒューマニスのお金だったら?」

「1を遥かに下回ります」

「うわぁ……」

「もうゴミみたいなものですね。神装大戦時に旨味のある土地は全部植民地化されてますし、産出されるトゥインクルマナも色々と理由付けてマナマリオスが独占してるし……自明の理ではありますが、酷い有様です」

「????」

「ああ、忘れてください。寝ないでくださいね?」


 よほど警戒されているようだ。

 ここまで説明し終えて、ミリアは再度、先ほどラルフに渡した書類を示して見せる。


「これでわかったと思いますが……私たち二人がここで生活するとなると、それこそ莫大なお金が必要になるんです。国も頑張ってくれていますが、送られてくるお金は、ここに記されている通り雀の涙です」

「…………ミリア先生、質問です」

「はい、なんですか?」

「この三日間で俺達が使ってきたお金はどこから出たの? 俺、食堂で遠慮なくおかわり連発してるんだけど、やばいかな」

「寮の食堂はご飯のおかわり自由だから、むしろ食い溜めしておいてください。そして、今まで使ってきたお金に関しては、ゴルドおじさんが融通してくれました。とりあえず、生活が安定するまではお金を出してくれるそうなので、すぐにどうこう言う問題ではないのですがね」

「え、親父が? むしろ、家は貧乏だったはずだけど……」


 村にある実家を思い出してラルフは眉をひそめる。

 大黒柱に拳を叩き込めば、そのまま倒壊しそうな家だ……とてもじゃないが、ここでの生活を賄えるほどお金があったとは思えない。


「ゴルドおじさん、未踏大陸ファンタズ・アル・シエルでS級冒険者やってるじゃないですか。それこそ、『コル』はたくさん持ってると思いますよ」

「え、親父ってそんなにすごかったの?」

「ビースティス九血族連合筆頭のフェリオ・クロフォードおじさんや、ドミニオスの国王である凱覇王レッカ・ロードとも知り合いですし……何気にすごいんですよ、兄さんのお父さんは」

「親父が冒険者をやってることは知ってたが……そこまで興味なかったしなぁ。それよりも、小さい頃たくさん遊んでくれたフェリオおじさんが、そんなに偉かったことの方が驚きだよ」

「あの頃はまだ私達も小さかったですしね。知らなくてもしょうがないです」


 ミリアはそう言って、書類と一緒にもってきた冊子をラルフの前にスッと差し出した。

 一枚目に出された給与が書かれた書類に比べると随分と色鮮やかだし、たくさんのイラストが表紙を飾っている。


「凄いなこんなに絵が……」

「写真と言って、風景をそのまま写し取るマナマリオスの技術らしいですよ」

「へぇ」

「それで本題です。私達は生活をするために働かなくてはなりません。この冊子は学院側が労働を許可している店舗の一覧です。兄さん、入学のシオリに書かれていた地図の中に歓楽街アルカディアという文字を見かけませんでしたか」

「文字は見たけど、場所は分からないんだけど……」

「大丈夫です。そこまで期待してません」

「厳しい!」

「休日や放課後に生徒達が息抜きするために作られた場所らしく、色々とお店があるそうです。飲食店街とか、娯楽施設とかですね。そこで、放課後とか休日に働くんです」

「…………船で漁に出るとかじゃダメ?」

「その魚をこの学園のどこでお金に変えるんですか。おまけに、漁は安定して収入が得られるほど甘くありません。学生との二足の草鞋ではすぐに破綻しますよ」


 確かに、大量に釣れる時もあれば、すっからかんの時もある。

 おまけに漁は時期にも影響されるため、ミリアの言うとおり安定感と言う意味では適さない。

 なんだかんだ言いつつ、この娘も漁村育ちである。


「何はともあれ、そういう事なので兄さん、これに一通り目を通して、働いてみたいと思える店を選んでおいてください。明日の晩、もう一度兄さんの部屋に来ますから」

「うぅむ、分かった。学院の休み時間とかに目を通しておくよ」

「そうしてください。さ、兄さん、それでは学院に行く準備をしましょう。今日、戦士科と霊術師科は、二年生と交流戦があるんですよね?」

「ああ、そうそう! 楽しみなんだよねー! どんだけ強いんだろうな、上級生!」


 ミリアが書類を丸めてごみ箱に突っ込みながら聞いてくると、ラルフは嬉々として答えてみせる。

 そう、この六日間で簡単に神装についての基礎を学習し、使い方にも慣れたところで上級生の胸を借りると言う名目で交流戦が行われることになったのである。

 メンタルフィールド内で行われる割と大きな行事らしく、上級生にも利点があるらしいのだが……そこら辺の事情はラルフの知るところではない。


「『輝』ランク以上の上級生に対しては二人で挑んでいいらしいから、ティアと一緒に頑張るんだー。やっぱり、できれば強い奴と戦いたいよね」

「…………ティアさん、周りと上手くやれてますか?」

「あぁー。うん……まあ、ちょっと苦戦してるかな。でも実習は俺と一緒にやってるから、特に問題になったりはしてないよ」


 ヒューマニスという意味では何だかんだでラルフも珍獣扱いされてはいるのだが、入学式の一件で、シルフェリス以外からの評判が良くなったらしく、色々と声を掛けられるようになった。

 基本的に竹を割ったような性格をしているラルフだ……大抵の相手とはうまくやれている。

 ただ、ティアに関しては黒翼が邪魔をして、合同実習などではポツンと孤立してしまうことが多い。

 座学に関してはかなり優秀なのだが、実技に関しては割とダメダメなので、孤立するのはそこら辺にも理由があるのかもしれない。

 まあ、実習となるとラルフが、いの一番にティアに声を掛けて一緒に練習しているので、実際に孤立することはないのだが。


 ラルフの言葉を聞いて、ミリアは陰でこっそりと笑う。

 ラルフのこういう意識しない気遣いを、彼女は心から愛おしいと思っているのだが……口が裂けてもそのことは本人には言わない。


「では、あんまり無茶しないようにしてくださいね、兄さん。あぁ、それと……もしかすると、サプライズがあるかもしれません」

「え?」

「いえ、何でもありません。ともかく期待してますよ」

「おう! 兄ちゃんに任せとけ! さ、飯食いに行こう、アルティア、ミリア」

『うむ、今日は食堂のおばちゃんが私用に小魚を焼いてくれるらしいので、楽しみだ。あとは酒が付けばいうことがないのだが』

「なんですか、この鳥。おっさんくさい……」

『失礼な!』


 二人+一羽は楽しそうに会話をしながら、学院へ行くための準備を始めるのだった……。

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