パートナーは燃え盛るヒヨコ
「ぐ……いつぅ……」
目覚めは容赦のない痛みと共に訪れた。
裂傷を負った時に感じる寒気がするような独特な痛み、そして、ズキズキと体の芯を侵食するような打撲の痛みが同時に襲い掛かってくる。
一体何が起こったのか……浮上した意識は、未だに覚醒には至っておらず、少年は自分が今、どういう状況にあるのか理解することができなかった。
少しくすんだ赤毛に、炎を思わせる真紅の瞳を持つ少年の名はラルフ・ティファート。
二カッと歯を見せる笑顔が似合う、お日様のように闊達な少年なのだが……今は、全身をくまなく覆う痛みに、表情を渋くしている。
「ここは、一体……どこだ?」
ラルフは痛みに顔をしかめながら、周囲を見回す。
ツンとした薬品の臭いが印象的な、白を基調とした部屋だ。
空いた窓から吹き込む風が純白のカーテンを揺らし、差し込んでくる茜色の光は、いくつも並んでいるベッドを優しい色合いに染め上げている。
「病院……?」
今更ながらに、ラルフもまた、たくさんあるベッドの一つに身を横たえていたことに気が付いた。
小奇麗なシーツと、フカフカの毛布、燃え盛る赤いヒヨコ、清潔な枕……いたって普通の診察室の情景がそこにあった。
「…………いや、まて!?」
燃え盛る赤いヒヨコ(二回目)。
上半身だけ起き上がった少年の膝元に鎮座し、燃え盛る赤いヒヨコがこっちをじっと見つめていた。
「…………」
ラルフは自分の目を擦って、もう一度、目の前のヒヨコを凝視する。
燃えている。
もう、言い訳のしようもなく、メラメラと燃えている。
全身が燃えてのた打ち回って苦しんでいるとかではなく、『むふー』という言葉が似合いそうなほど落ち着き払った表情で、こちらを見上げている。
まあ、ヒヨコが直接座っている毛布にも燃え移っていないし、ラルフ自身も火傷を負っていないので安全といえば安全なのだが……伝わって来る熱は本物だ。
――なんなんだ、このヒヨコ……。
普通のヒヨコに比べて、一回りほど大きいだろうか。
羽の色が目の覚めるような鮮やかな真紅であることと、胸の部分にハートのような紋様が描かれていることを除けば、いたって普通の――いや、燃えてる時点で普通とは程遠いが――ヒヨコだ。
『ようやく目を覚ましたか、ラルフ』
「うわ、色つきヒヨコが喋った!?」
『誰が色つきヒヨコか、誰が』
訂正、このヒヨコ、やはり普通とは程遠いようだ。
思いのほか低く、渋いダンディズムな声にラルフは言葉を失う。
自分の特殊性は理解しているのだろう、ふむ、とヒヨコは一つ頷いて小さな翼を広げた。
『混乱する気持ちはわかる。だが、落ち着いて聞いてくれ』
「その前に、なんで燃えてるの?」
『む? 久しぶりの顕現で余剰霊力が炎に転化したか……まあ、細かいことだ』
いや、細かくない!? ――己の全存在を賭けて、突っ込みたくなったラルフだが、ここで話を逸らすと面倒だと理解できたので、何とか言葉を飲み込んだ。
『私の名はアルティア。神装<フレイムハート>に宿る意志の具現体』
神装――それは神より授けられたと言われる魂に秘められた特殊な力であり武装。
それは時に剣として、槍として、本として、斧として……使用者の魂の形をありのままに映し、形を変えて使用者に超常的な力を与える。
そして、その素養はラルフにも存在する。
存在するからこそ……ここにいるのだから。
『見事だったぞ、ラルフ。お前は窮地に立たされることにより、己の力だけで神装の発現に成功したのだ。今日から、私がお前の神装として力になろう』
「……俺の神装、ヒヨコなの?」
『正確には神装<フレイムハート>は心に纏う神装だ。見えないし、触れられない……つまり、形としての神装というのなら、ラルフの神装は私ということになる』
微かな沈黙の後、ラルフは頭を抱えた。
「なんでだ―――ッ!!」
『そんなに嫌そうにしなくてもいいではないか!』
アルティアの不満の声に、ラルフもまた不満を返す。
「だって、神装ってもっと、こう、カッコいい武器なんだろ!? 剣とか槍とか! 俺の神装はなんでヒヨコなんだよ!? アルティアをつかんで敵に投げればいいの!? ヒヨコぶつけてダメージ入るの!? モフモフするだけじゃないの!?」
『現実は常に自分の予想の斜め上を行く。まぁ、気落ちするな。あと、人を投げるな』
まさか、ヒヨコに諭される日がこようとは。
がっくりと肩を落としてへこんでいると、アルティアが顔を覗きこんでくる。
『しかし、傷の具合は大丈夫なのか? 全身切り裂かれ、打撲も酷かったはずだが』
「うん、それは問題なく――あ」
そこでラルフは思い出した。
自分がなぜ、診察室にいるのか。
なぜ、気を失っていたのか。
事は昨日にまでさかのぼる。
神装を持つ者が通うことができる学院――フェイムダルト神装学院の入学式を控え、下見に来ていたラルフが道に迷い、漆黒と純白の少女と出会う所から物語は始まる。