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第4話

「さーて、じゃあ開店まで間もないし、ちゃちゃっと準備しようかね」

「はーい」

あたしとヘルガさんはそれぞれの持ち場に付き、作業を開始する。

「さて、と…」

冷蔵庫を確認すると、昨日頼んでおいた材料がちゃんと届けられていた。よしよし。

まずはさっき店長から貰っておいた紅茶の葉を細かく砕き、不織布のパックに移してボウルに入れる。それからヤカンに水を入れ、電子レンジのような形をした瞬間高温器にセットして温度を設定した後ボタンを押す。

すると数秒で蓋が開き、あっという間にお湯が沸いた。これ、お湯を沸かすだけじゃなくて、例えばバターやチョコレートを溶かしたりなんて事なら一瞬で出来るので本当に便利。

ヤカンのお湯をボウルに注ぎ、紅茶を煮出す。そのボウルを氷水を張った桶に入れて冷めるのを待つ間、卵黄と砂糖を別のボウルに入れて混ぜるんだけど…

「…………ミキサー、使うか」

シフォンケーキはこの後とにかく混ぜる作業に追われる。それ全部手でやったら疲れ果てて他のケーキが作れなくなりそうなので器具庫からミキサーを引っ張り出してくる。

最新式のミキサーも凄い色だったけど、こっちの旧式も中々独特の色合いである。なんせ隅から隅まで蛍光イエロー。明るい所で見たら目がチカチカする事請け合いだ。

バッテリーが満タンになっている事を確認し、卵黄と砂糖を混ぜ始める。

白っぽくなったら手を止め、紅茶がある程度冷めてるか確認。……うん、大丈夫かな?

紅茶を茶葉ごと卵黄のボウルに流し込み、ついでに小麦粉も入れて滑らかになるまで混ぜた後、更にメレンゲを作って混ぜ込む。

そして生地を型に流し入れ、オーブンに入れて焼き上がりを待つ。

「……よし、まずはひとつ」

休んでる暇はない。毎日少なくとも3種類はケーキを作らなくちゃいけない。戻って見るとミキサーのバッテリーが早くも尽きかけていたので魔力ポットに放り込む。金魚鉢みたいな形をしたポットの中には緑色の液体らしきものが入っている。これは魔力を可視化したものらしく、触っても手は濡れない。

「じゃあ次はミキサー使わないやつ……」

冷蔵庫を探ると、奥の方からりんごジャムの大瓶を発見。

……これ、あたしが頼んだやつじゃないな。

「ねぇヘルガさーん、このジャムヘルガさんが頼んだやつですかー?」

軽食ブースで何かを刻んでいたヘルガさんが振り向き、あたしが持つ瓶を見た。

「あぁ、それアタシが頼んだやつだよ。ソースに使おうと思ったんだけど、予定が変わっちまったから使えるなら使っておくれ」

という訳でありがたく頂戴して、簡単アップルパイを作る事にした。

先日たくさん作って冷凍しておいたパイ生地を取り出し、少し柔らかくなるまで待つ。その間にバターをちょっとだけさっきの高温器で溶かし、りんごジャムに混ぜ込んでおく。

それからパイ生地を4等分して半分にジャムをたっぷり乗せてもう半分の生地でしっかり包み、残ったバターを上に塗ってテリを出す。うん、簡単!後はオーブン待ち、と。

オーブンの残り時間を見ると、まだ少しかかりそうなので最後に作るケーキを考える。

…シフォンケーキ、アップルパイときたら次は何かな…ふわふわ、サクサク………

「…………ぷるぷる?」

よし、ひらめいた!

冷蔵庫へ行って材料を探す。お、苺とヨーグルト発見。それとゼラチンを棚から持って来て、今度はスタンドミキサーを引っ張り出す。よくジューススタンドにあるようなでっかいサイズ。これまた本体が蛍光色。

その中に苺とヨーグルト、砂糖を入れ、ガーっと一気に混ぜる。そこにお湯でふやかしたゼラチンを入れ、更に混ぜる。それをバターを塗った型に流し入れて、冷蔵庫へ!超簡単、苺ヨーグルトババロア!

そうこうしているうちに、紅茶の何とも言えない素敵な香りが漂ってきた。オーブンの前に行くと、ちょうど焼き上がりを知らせるアラームが鳴った。

ミトンを装着し、オーブンを開ける。…いつも上手くいってるかドキドキする瞬間だ。

開けた瞬間紅茶と生地の香ばしい匂いが、熱風と共にぶわっと押し寄せてきた。あぁ、良い匂い!

しっかり膨らんだシフォンケーキに、ホッと一安心。次いでアップルパイを入れて再び温度を設定する。

「美味しそう……」

型から取り出したシフォンケーキから漂う香りを、あたしは片付けをしながらうっとりと吸い込む。うーん、この紅茶の香り、たまんないなー。

「おっ、良い匂いだね。ローズの紅茶かい?」

ヘルガさんがお皿を持ってこちらにやって来た。

「はい、今日はシフォンケーキにしてみました!」

「ルリは本当に色んなケーキを作れるんだね。感心するよ。…っと、そうだ。はいこれ、試食。食べて感想よろしく」

差し出されたお皿には、色んな物が一口ずつ乗せられていて、とても美味しそう!条件反射でお腹がくぅっと鳴る。

「頂きます!」

たまごサンドを頬張ると、ふわっふわの厚焼き玉子の優しい甘さが口いっぱいに広がり、思わず頬が緩む。隣にあるスモークサーモンのサラダも、胡椒を利かせたドレッシングが絶妙。他にもキッシュだったりパスタだったりピラフだったり、その全てが本当に美味しくて、幸せの溜め息が出る。

この世界の食べ物が日本と同じで本当に良かった!時々名称が通じない時があるから、材料の名前はもしかしたら違うのかもしれないけど、見た目が全く同じなので日本の呼び方で今でも変わらず呼んでいる。

「相変わらず美味しいです、ヘルガさんのご飯!幸せー!」

「ルリに褒めて貰えるたぁ光栄だね。こっちはもう終わるけど、何か手伝おうか?」

「あたしもババロアが冷えたら終わりです!って、今何時ですか?」

時計を見ると、開店まであと数十分。やっぱ最初のミキサー直談判が響いちゃったみたい。まぁとりあえずオープン直後に来てくれるお客さんの分さえ賄えれば、後は営業中にちょこちょこ追加で作れるし、そう慌てなくても良いかな。

「おーいヘルガ、ルリ。準備出来たか?」

店長がカウンターから顔を覗かせる。私とヘルガさんが同時に頷くと、

「よーし、じゃあちっとばかし早いけど店開けるぞ。前で日番(にちばん)の奴等が待ってるからな」

日番というのは、その名の通り、太陽が上って皆が寝ている間お城を守ってくれてる兵士さん達の事。仕事が終わる時間と喫茶店が開店する時間がほぼ同じなので、ここで軽く食べてから家に帰る人が多いのだ。城内にあるから便利だもんね。

あたしとヘルガさんはエプロンを外し、厨房を出る。開店直後は皆でご挨拶、が喫茶グリモワールのルールだ。

「んじゃ、今日も1日頑張るとしますか」

店長が入り口のドアから目隠しを外し、ヘルガさんは窓のブラインドを開ける。そしてあたしはドアの横に待機。

「いらっしゃいませ、こんばんは!」


さーて、今日も1日頑張るぞ!



「……へ?」

「だからー、ルリちゃんも魔道杯出てみない?って。きっとそこそこ良い成績を修められると思うよ?」

あたしが発した気の抜けた声に、目の前のカウンターに座った魔道士さんが思い切り苦笑しながら同じセリフを繰り返した。

ちなみに魔道杯というのは、お城で定期的に行われる模擬戦のようなもので、その内容は1対1のトーナメント戦。名前の通り魔法以外は使用禁止、互いの陣地に置かれたオーブを先に破壊した方が勝ちというルール。

対戦相手を傷付けるのも禁止なので、基本的には魔法で作り出した空気の球みたいなもので攻撃し合うんだけど、魔力の強い人がこれを作ると人なんて結構簡単に吹っ飛ぶ。

「…ちょっと待って下さいよ、あたし、魔力なんてありませんよ?」

いや、魔力が備わってるってのは何となく理解してるんだけど、それを使いこなせない(というか使った事がない)ので、結果的にあたしの中でないものになっている。

「冗談!」

それなのに魔道士のお姉さんはあっさり否定した。

「ルリちゃんほど上質な魔力なんて陛下か宰相閣下ぐらいしか思い当たらないわよ!使い方、学んでないの?」

素直に頷くと、途端にテーブルから身を乗り出して私に顔を近づけた。

「じゃあ私が教えてあげるわ!だから出ましょうよ魔道杯!ルリちゃんの魔法、見てみたかったのよー」

「や、えっと、あの…」

「大丈夫よ、私こう見えて新人魔道士の教育もやってるの!ルリちゃんは教え甲斐がありそうだなって思ってたのよー」

お姉さんはもう完全にやる気だ。ど、どうしよう…私仕事あるし、魔法の勉強なんてやってる時間、ないと思うんだけどな…

「おーい、ルリちゃん。ちょいと手伝っとくれー!」

あわあわしていると、厨房からヘルガさんの声がした。

とりあえず考えておくと返事をし、これ幸いにと厨房に駆け込む。

「ヘルガさん、呼びましたか?」

見るとヘルガさんは特に何かをやっている様子がない。

「あんた、あの魔法使いに言い寄られてただろ?だから手っ取り早く中に入れちまおうと思ってさ。あの子…スフィアは悪い子じゃないんだけどねぇ、魔力の事となると暴走する癖があってね」

ヘルガさんは困ったように溜め息を吐く。あたしは助けて貰った事に感謝しつつ、椅子に腰掛ける。

「…あたし、魔力が自分にあるって事も未だに半信半疑なのに、そんな魔道杯になんて出られないと思うんですけどね。一瞬で蹴散らされて終わりな気がします」

「まぁ、アタシより魔力が高いのは間違いないんだけどね。陛下と閣下がルリちゃんに魔法を教えないのには何かワケがあるのかもしれないし、今は断っといた方が良いんじゃないかね。それか二人に聞いてみちゃどうだい?」

それもそうだ。魔法が使えるようになれば、アイム様に毎日お迎えに来て貰わなくても自分の身は自分で守れるようになる!

「ミキサーのお願いに行く時、それとなく聞いてみます!魔法が使えるようになれれば、アイム様がお迎えに来なくても良くなりますもんね」

意気込んで言ってみたら、ヘルガさんはなぜか黙り込んでしまった。…あれ?

「うーん…そう考えたらルリちゃんに魔法を教えるのは得策じゃないのかねぇ…」

「え、なんでですか?手間が掛からなくなって喜んでくれると思うんですけど…」

あたしの返事にもヘルガさんは黙ったまま何事か考えている。…何だろ?

「おーい、ルリ!アップルパイひとつ追加よろしくー!あとヘルガ、サンドイッチふたつなー!」

『はーい!』

アーサーさんのオーダーに返事をし、あたし達はそれぞれの仕事に戻った。


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