01話 『 マンイーター』
「…ここが異世界ですか…」
呟くと同時にアルスラの地図を開く。
同時に、周辺の街や村。
ダンジョンと魔物の呼ばれるー出没地帯が地図に表示される。
マジックマップと呼ばれるアイテムであり、依頼を引け受けた優真にサリヴァンがから貰った餞別品の一つである。
優真が彼女から貰った餞別品は地図以外にも熟成や発酵、食材ごとに温度管理が可能な食材袋や、簡単な魔物図(名前や毒の有無、調理、捕獲の際に注意すべき点やワンポイントアドバイスが書かれている)のような物品だけでなく。
包丁に折れたり、錆びないように魔法で保護(この世界では加護と言うらしい)を受けたり。
簡単な魔法が使えるようにしてもらったりと至れり尽くせりで怪しく感じるほどである。
『例え、怪しいとしても。
未知なる食材の出逢いほど魅力的なものはありませんからね―』
優真はそこで思考を一時中断して、マップを見る。
『ここから一番近いダンジョンは…誘いの森…。
距離はここから百メートル…ということはあれですか…』
地図から顔を離して目をやると道の先に鬱蒼と木々の生い茂る森が見えた。
昼間であるにも関わらず日差しを遮られた森は薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせていた。
『さてさて、一体どんな食材に出会えるか…楽しみですねー』
そんな事を考えながら優真は暗い森の中へと優真は分け入っていく。
「ふにゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
獣道を歩くこと、数分。
優真の耳に少女の悲鳴が入る。
『今のは…悲鳴ですね、声の感じからするとまだ幼い感じですよね』
などと考えながら優真は声のした方向へと走っていた。
茂みを分け入り、草をかき分けて走ること数秒。
数百メートル程先の開けた場所に触手に絡まれている幼い少女の姿を見つける。
年齢は10歳前後、身長は120cm位と小柄である。
肌は日に焼けたよう紺色。
そして彼女の身体的な特徴として、最も印象的なのは頭部から生えた灰色の三角耳と腰から生えた尻尾である。
『しかし…これは…』
溶かされてはいないが大きく破け、触手から出る粘液にまみれた少女の格好は精神衛生上、非常によろしくない。
『早い内に倒した方が良いでしょうけど、出来れば食材として使いたいですし…何とか傷つけずに倒す方法は無いでしょうかね…』
などと思いながら、触手を目で追っていくと直径二メートルに及ぶ巨大な花が見える。
形こそ地球のラフレシアに似てはいるが特有の異臭はない。
太い茎が花弁の下があり、茎からは触手が延びている。
触手の数は全部で六本。
そのうち本は少女の体を撫で回しているものである。
さらにその下には大きな葉が二枚ついている。
魔物図鑑を確認すると植物はマンイーターというらしく、主に根から栄養を取るのだが、時折通りかかる生物を触手で捕獲し栄養を吸収するということだ。
『よし…』
頷くと同時に道具袋から金串を数本、取り出すと走り出す。
優真の存在に気づいたのかマンイーターが四本の触手を向けてくる。
一見、柔らかそうに見える触手であるが、鞭のようにしなり、猛スピードで迫るそれはさながら超極太の鞭である。
銃弾のようなスピードで迫る触手、無論当たれば只では済まされない。
残像が見えるほどのそれを回避する優真。
これもサリヴァンからの恩恵によるものだ。
迫り来る触手を避けながら金串をマンイーターの根本へと続けざまに投擲する。
地面深くへと突き刺ささっていく金串、それと同時にマンイーターの動きが止まる。
図鑑によるとマンイーターが主に栄養元としているのは根からであり、それを大きく傷つけられば活動することは出来ないのだ。
『さて…』
粘液にまみれて気絶した少女を地面に寝かせると、優真は道具箱から包丁を取り出すとマンイーターを解体と調理を始める。
先ず最初に大きく肉厚な花弁を一枚一枚、根本から切り取る。
その見た目に違わず、ずっしりと重い花弁を試食用に半分に切ると表面の皮を剥く。
残りを野菜保存用のアイテム袋へと入れる。
続いて、茎から延びる触手を切り離す。
こちらはベトベトした粘液が全体を覆っていている。
これも試食する分だけを取ると残りを野菜用の保存袋へと入れる。
『粘度が高いですね…この感じは水飴に近いです。
……味はどうでしょうか…?』
そう思いながら手についた粘液を舐めると蜂蜜のような甘さがある。
初めて扱う触手という食材…だが、これをどのように調理するかイメージが出来きた。
触手に包丁を入れて開くとモツに似た断面が覗く。
それに金串を打つと、最後に茎の仕込みに入る。
『茎は薄く切って…マリネにでも…。
でも調味料が無いんでしたね…』
サリヴァンから依頼で、食材だけでなく調味料も現地調達してほしいとの事だったため手元には塩すら無い。
『そういえばイタリアに蜂蜜を発酵させたお酢がありましたね…』
そこで思い出したのはイタリアへ料理修行をしていた時に使用していた食材である。
「これで上手く行くと良いのですけどね…」
発酵用の食材袋に触手から出た蜜を入れて呟く。
この食材袋の内部は常に発酵に適した温度に保たれており、入れた食材によって自動的に酵母を発生させるというものだ。
また、発酵時間を短縮する機能がついており、袋内では一秒で一日が経過するのである。
蜜が発酵するまでの時間を利用して石を詰み、簡易的な竈を作り、薪を集める。
魔法を使って火をつけ、その上に道具袋から鉄板を取り出し置く。
「んにゅっ…」
そこで、気絶していた少女が目を覚ます。
「ありぇ…わたひ…」
惚けた様子で目をこする少女。
「魔物に襲われて気絶していたんですよ…」
「あなたが助けてくれたんですか?」
「えっ、ええ…まぁ…」
鉄板の温度を確かめながら曖昧に答える。
助けたことは違いないが、触手に弄ばれている姿を目撃していたため、何となく後ろめたい気分になるのだ。
「あ、あの…助けていただき、本当にありがとうございました」
「いや、僕は大したことをやってませんよ」
少女の言葉にそう答えながら鉄板に花弁を置く。
それと同時に肉の焼けるような音と共に甘い匂いが漂う。
「いい匂い…」
鼻をひくつかせる少女。
それと同時にグーっという音が響く。
顔を赤くする少女にそう言うと花弁を裏返し、軽く焼き色がつけば花弁のステーキの完成である。
「…蜜酢の方はどうでしょうか…?」
マンイーターの葉に花弁ステーキを盛り付けけながら考える。
先ほど蜜を発酵袋に投入して30分、内部では半年経過したことになる。
少量を手にとって舐めてみると甘酸っぱい味が口の中広がっていく。
この蜜酢に薄く切ったマンイーターの茎を和えればマリネの出来上がりである。
『あとは触手だけですね…』
道具袋から取り出した皮手袋を右手に填めると竈の上の鉄板を地面に下ろし、木の燃え滓に左手を翳して温度を確認。
串打ちした触手を竈の上へ翳すと数秒で表面にうっすらと焦げ目がつく。
表面に蜜がついている分、焦げ易くなっているのである。
『思っていたよりも火の通りが早い…。
生焼けにならないように気をつけないといけませんね』
サリヴァンによると食材袋の中に入れた食品はいつでも新鮮な状態で保存されているとのことだが生焼けだと何か言われる可能性が考えられた。
直ぐさま、ひっくり返して裏面にも同様に薄く焼き色をつけ、完成である。
「これで、出来上がりです」
「!!!」
皿に焼いた触手を盛りつけると少女は勢いよく料理にかぶりつく。
『よほどお腹が空いていたんでしょうね…』
そう思いながら優真は料理に手を着ける。
先ず、茎のマリネからである。
シャクシャクと小気味よい歯ごたえと蜜酢の甘酸っぱさに食が進む。
次に花弁のステーキに手をつける。
これはメキシコで食べられるサボテンのステーキを参考にしたものである。
サボテンの場合は苦味があるが、この花弁はサツマイモのような甘みがあるのが特徴だ。
食感はオクラように粘りけがある。
最後に食べるのは焼いた触手だ。
キャラメリゼされたような表面はパリパリとしたており、内部はモチモチとした触感で、噛むほどに甘い汁が滲み出でてくる。
生焼けの可能性も心配されていたのだが、内部まで火は通っているようで安心する優真。
そこで、少女がすすり泣くようような声を上げていることに気づく。
「えっ、あの…ええと…」
突然に涙を見せる少女にうろたえる優真。
「私、こんなに美味しいものを食べたこと無くて………」
獣人の少女は自らをアリサと名乗る。
彼女が言うには仲間の狩りに同行したのだが、途中ではぐれてしまい森の中をさまよっていた所をマンイーターに捕獲のであった。
「ひとまず、村に戻ってはどうでしょうか?
仲間が戻ってきている可能性もありますし…」
優真の言葉に頷くアリサであった。