00話 『異世界へ-』
「久々の日本か…」
関国際空港…国際線、国内線合わせて年間で20万以上の航空機が行きかい、1500万を超える人々が利用する世界有数の巨大空港だ。
国際線7番ゲームから出てきた青年は大きく伸びをする。
身長は170cm前後、顔立ちは中性的であり、肩口で揃えた黒髪と相まって、女性のような印象を抱かせた。
青年の名は水橋優真、店を持たない出張料理人。
いわゆる流れである。
作る料理は和食、フレンチ、中華、エスニックとそのジャンルを問わず。
また、どの料理も美味であるために世界中から依頼が来るのである。
また、前日に訪れたフランスで多国籍料理を作流れの料理人として異例であるミシュラン一つ星を獲得した事もありにスケジュールは半年先まで依頼で埋まっている。
今回、優真が日本を訪れた理由もまたそんな依頼のためであった。
『確か、正面ロビーを出て直ぐの所で迎えが来ているんだっけ…』
依頼内容を思い出しながら受け付けでパスポートを提示、入国審査を行う。
「水橋優真様ですね?」
入国審査を終え、使い慣れた調理道具の入った鞄を持って正面ロビーを出た優真は燕尾服姿の初老の男性に呼び止められる。
アジア系の顔立ちに2m近い長身、肩幅も広い。
執事というよりも格闘家と言われた方がしっくりとくるような外見である。
そしてその身に纏う雰囲気が堅気のそれとは違うものだ。
だが、傭兵やヤクザのような危険に身を置く者のそれとも大きく異なりどこか神々しいものを感じられた。
「主の命により水橋様を迎えにあがりました、村田と申します」
困惑する優真に村田と名乗る執事は恭しく頭を下げた。
「んっ?」
村田の運転するリムジンで空港を出発して数分。
優真はその匂いに気づく。
南国系のフルーツのような甘い香りだ。
だが、それでも疑問は残る。
前記の通り、優真は様々な国の料理に精通しており、食材についても知識も豊富である。
無論、果物もその食材に含まれる。
そして今、優真の鼻孔をくすぐる香りは雄馬の記憶にある果物のどれとも当てはまらないものである。
『この香りは…一体?』
疑問に思うのも束の間。
そのフルーツの香りによるものか酩酊したように視界が歪み、そのまま優真は意識を失ったー。
「んっ……?」
どれぐらい気を失っていただろうか…優真が目を覚ますとそこは暗闇が広がっていた。
気持ちを落ち着かせ、思考を巡らせ導き出された答えは2つ。
一つは過激派組織に拉致された可能性である。
某過激派が邦人を拉致、殺害するという事件が前日も起こったばかりである。
ましてや優真はミシュラン一つ星の料理人として顔も売れているため、人質としての価値は高い。
たが、あの村田という屈強な執事がいる以上その可能性は低い。
世界各地を転々としている中、幾度となく修羅場をくぐり抜けてきたため危険かどうかは雰囲気でなんとなくわかるのである。
とりあえず、自分が拉致された可能性は無いとすると残る可能性は一つである。
拉致にも同じことが言えるのであるが、意識と視界を奪うことで目的地までの道を覚えられないようにするのである。
『さて…何処へ連れて行かれるんでしょうね…つっ!』
半ば子供のようにワクワクした気分で考えていると急激に視界が開け、周囲に明かるくなる。
白い空間がそこには広がっていたー。
一面が白一色に塗りつぶされた部屋には調度品はおろか窓や扉すら見当たらない。
『なっ!』
周囲を見回していた祐也は驚愕に目を見開く。
いつの間にか目の前に少女が立っていたからだ。
滑らかな金髪に陶器のような白い肌をとルビーのような紅い瞳を持った少女である。
身長は140cmと小柄であり、見た目から推測できる年齢は10歳ぐらいに思えた。
シルクを纏い腕や頬に呪い的な刺青を入れたその身体からは村田が持っていたものと同じように神々しい雰囲気を漂わせている。
「村田殿、この者がお主の言っておった救世主になりうる可能性を持つ若者なのじゃな?」
「ええ、サリヴァン殿。
彼の技術を持ってすれば…もしくは…」
困惑する優真の隣に音もなく現れた村田と会話を始める少女‐サリヴァン。
「あの…」
二人の纏う神々しい雰囲気に普段は依頼人に対して深く聞いたりはしないに優真ではあるが柄にも無く尋ねずにはいられなかった。
「お二人は一体何者なのですか?」っと。
「ふむ…そう言えば自己紹介がまだじゃったな…。
儂はサリヴァン。
神をやっている者じゃ」
自分を神だと名乗るサリヴァンに優真は納得する。
「信じるのか?」
驚いたように目を見開くサリヴァンに優真は頷く。
「なんとなくですがサリヴァンさんが普通の人とは纏っている雰囲気が普通の人のとは違うような気がしまして…。
村田さんも…神様ですよね?」
雄馬の問いに村田が頷く。
「ふむ…よもやこうも簡単に信じてもらえるとは思わなんだが…とりあえず本題に入らせてもらおうかの…」
驚愕した表情から真剣な顔へ表情を引き締めるとサリヴァンは地面に両膝をつき、頭を垂れるとこう続けた。
「頼む、私の世界を救ってくれ…」と。
サリヴァンと村田が言うには優真の住む世界とは異なる世界ー所謂パラレルワールドが存在しており二人はそれぞれ別々の世界を管理しているのだと言う。
そして、サリヴァンの話によれば彼女の現在管理している世界は滅亡の危機に瀕しているとのことであった。
その原因は戦争や魔物の襲来というものではなく文化…とりわけ食文化が発展せず、それが原因で文明も停滞していることにあった。
ギリシャ然り、エジプト然り、中国然り。
文明が発展していったのはそれを支える食文化があったからである。
優真が二人から聞かされた依頼内容はサリヴァンの管理する世界-アルスラへと赴き、食文化の発展に尽力してほしいとのだった。
神様に世界を救って欲しいと頼まれる。
ファンタジー小説にありがちな内容であるがその責任は大きい。
無論、この仕事を引き受けるのも引き受けないも優真の自由である。
だが、異世界ということは自分の知らない食材もあるだろう。
それを自分の持つ知識と技術で調理するというのはとても心躍るものであった。
「サリヴァンさん、あなたの管理する世界‐アルスラにはどのような食材があるのですか?」
「そうじゃな…一言で言うならばお主が見たことも触れたことも無い食材ばかりだと言うておこうかの…」
サリヴァンのその一言で優真はこの依頼を引き受けることを決めたのであったー。