1章
人里離れた深い深い山の奥に2人の赤ちゃんがいました。名前をあーくんとちーちゃんと言いました。2人には親も保護者もいません。優しいクマさんやオオカミさんに食べ物をもらいながら育ちました。あーくんはとても頭のいい子でした。ちーちゃんはとても活発な子でした。2人はとっても仲良しでした。クマさんと一緒に川で魚をとり、オオカミさんと一緒に森でシカをとりました。鳥の声がよく響く山の中で2人はたくさん遊びました。そして2人は言葉を話すようになりました。もちろん人間の言葉ではありません。2人だけに通じる特別な言葉でした。2人はどんどん成長していきました。
そんなある日、ちーちゃんは言いました。
「私、山のしたのほうに行ってみたい」
それは好奇心に満ちあふれたちーちゃんらしい言葉でした。
「うん。行ってみようか」
あーくんも知らない場所に興味がありました。
「ちーちゃん、どこから降りるの」
あーくんが聞くと、ちーちゃんは川のほうを指さしました。
「あっち」
「それじゃあ川に流されながら行こう」
森にはたくさんの木がありました。そしてクマさんが大暴れしたあとにはたくさんの木が倒れていました。
「これで乗り物を作ろう」
そう言ってあーくんは丸太を並べます。
ちーちゃんもそれに習って一緒に丸太をならべました。
しばらくするとイカダができあがりました。拾った木をそのままくっつけた不恰好なもので、2人には大きすぎましたが、立派なものでした。
「早く行こうよ」
ちーちゃんは楽しみでしょうがないようです。
2人でイカダを川まで運び、水に浮かべます。
「はい、あーくん。手を出して」
先に飛び乗ったちーちゃんにあーくんは引っ張られてイカダに乗りました。
「レッツゴー! 」
ちーちゃんはすっかり船長気分です。あーくんも後ろで楽しそうに声をあげました。
心地よい日差しを浴びながら2人は川を下ります。川には魚が泳いでいます。岸には心配そうに2人を見つめるクマさんがいました。ちーちゃんはクマさんに元気いっぱいの笑顔で手を振ります。するとクマさんも立ちあがって大きく手を振りかえしてくれました。イカダはどんどん進みます。流れが急になってきました。イカダはゆらゆら揺れます。でも大きくて丈夫なイカダだったので平気です。あーくんが考えて作ったイカダだからきっと雨が降ろうと大丈夫です。イカダは順調に流されていきました。
頭の上でちゅんちゅんという声が聞こえます。小鳥さんが遊びに来ました。イカダにとまってちょこちょこと跳ねています。ちーちゃんは小鳥さんに手を伸ばしました。すると小鳥さんはちーちゃんの手にぴょんととびのりました。ちーちゃんはポケットから小さな木の実を取り出し小鳥さんの前に置いてあげます。小鳥さんはそれをつついて食べます。ちーちゃんはくすぐったそうで、嬉しそうでした。
「あーくんもやってみなよ」
ちーちゃんはポケットの中からもうひとつ取り出しポンとあーくんに向かって投げました。あーくんはそれをキャッチして手のひらにのせます。木の実は丸かったので手の中でコロコロと転がりました。コロコロ遊んでいるとあーくんのところにも小鳥さんがやってきました。転がる木の実を小鳥さんは器用につつきます。あーくんとちーちゃんはゆったりと癒されていました。
そのときです。ちーちゃんがふと顔をあげると目の前に大きな岩が迫ってきているのに気づきました。
「あーくん! 」
ちーちゃんは慌ててあーくんを呼びました。岩はちょうど2人の進路にありました。このままではぶつかってしまいます。なんとかしてよけなければなりません。しかしあーくんは冷静でした。イカダの端に置いてあった平べったい木の棒をちーちゃんに渡すと
「ちーちゃん。これを左側の川に入れて。しっかり持っててね」
ちーちゃんは言われたとおりに棒を川に突き刺します。するとどうでしょう。イカダはだんだんと左に曲がっていきました。
「あーくんすごーい!」
ちーちゃんはイカダが進路を変えて大喜びです。あーくんもえへへと照れたように笑いました。
そこからの流れは穏やかでした。ちーちゃんは右に左に棒をさすのに大忙しです。イカダが曲がるのがとても気に入ったようです。
「もうだいぶ進んだけど景色があんまり変わらないね」
あーくんは言いました。
「うーん。そんなことないよ。太陽が高くなってきた」
ちーちゃんらしいちょっとずれた答えでした。
「そっか。もうお昼ご飯の時間だね」
あーくんはそう言い、大きな葉っぱで作った包みから野いちごとみかんを取り出しました。そして竹で作ったコップで川から水をすくいます。2人は口いっぱいに頬張って食べました。決して十分と言える量じゃありませんでしたが2人は満足でした。それからまた川を流れます。川の幅がだんだん広くなってきました。
「川が2つにわかれてるよ。ちーちゃんどっちがいい? 」
ひとつは今までと同じような川。もうひとつは広くて浅い川でした。
ちーちゃんは左右を見比べてうーんと少し首をひねってから言いました。
「こっちの広いほう」
あーくんもそれに賛成しました。あーくんは新しい景色が見れるんじゃないかとわくわくしていました。
あーくんの期待通り、どんどんと周りが変化します。周りにはひとつも木がなくなりました。そしてとても広いところにでました。あーくんはそれを池だと思いました。山の中でクマさんが教えてくれました。池は大きくてあまり流れのない場所だと。その通りあーくんとちーちゃんはすごく広いところにいました。しかし流れが穏やかではありません。前から水がざぶーんと襲ってきました。そう、2人がいたのは海でした。あーくんもちーちゃんも海を知りません。2人は大きな波がくるたびイカダに捕まりました。
あーくんは少し怯えていました。どんなことがあってもこけないように考えて作ったイカダでしたが、壊れてしまうんじゃないかと思いました。
そんなあーくんとは反対にちーちゃんは大はしゃぎです。波が来るたび、ひゃーと声をあげ楽しんでいます。そんなちーちゃんを見てあーくんは少し落ち着きました。波にも慣れてきてまたどんどん進みます。後ろを振り返るともう2人が元いた山はとても小さくなっていました。もう周りをキョロキョロできるほど落ち着いていました。
「ねえ、あれなんだろ? 」
ちーちゃんの視線の先には海から飛び出した何かがありました。あーくんは考えました。似たようなものを見たことがありました。クマさんと川で魚を取ったときのことです。そう、魚のヒレでした。しかしあんなに大きなヒレを見たことがありません。もし、あのヒレの下に魚がいるから今まで見た魚の何十倍の体があるはずです。それはとても恐ろしいことです。あーくんは震えながらちーちゃんに右に進路を変えるように言いました。ちーちゃんは嬉しそうに舵をとります。
「あーくん。あれなあに? 」
ちーちゃんはもう一度聞きました。
「あれはきっととても大きな魚だよ。見つかったら僕たち食べられちゃうよ」
それを聞いたちーちゃんは急に青くなってそろそろと木を海に突き刺しました。2人はなんとかゆっくりとヒレの横を通ります。2人は怖くて固まったままでした。数十メートル進んだくらいでしょうか。やっとホッとして後ろを振り返りました。するとどうでしょう。ヒレが2人のすぐ後ろにいるではありませんか。2人は震え上がって悲鳴をあげました。魚の顔が水面に上がってきます。2人は手を握り合ったまま水面をじっと見つめました。だんだん輪郭が見えてきます。とても大きい魚です。そしてついに現れました。2人はもうだめだと、ギュッと目を閉じました。しかし10秒たっても何も起こりません。おそるおそる目をあけるとそこには可愛らしい大きい顔がありました。大きい魚だなとちーちゃんは思いました。このとき2人が、この生き物は魚ではなく人間と同じ哺乳類だということを知る由もありません。ちーちゃんは魚の鼻先へと手を伸ばしました。魚は笑っているように見えました。きっと気のせいじゃないと思いました。
「あーくん。この魚硬いよ」
ちーちゃんはクマさんと一緒にとった魚を思い出しながら言いました。あーくんもそっと魚を撫でました。
「ほんとだ。硬いね」
2人はその魚をとても気に入りました。いろんなところを撫でて見たり、上に乗っかったりしました。そうしているうちにあたりはだんだんオレンジ色になってきました。2人はその魚、イルカとお別れをしました。2人のイカダはまた2人で進み始めます。夕日をバックにイルカが海面上を飛び跳ねる光景はとても綺麗でした。あーくんもちーちゃんもイルカが大好きになりました。
楽しかった夕方ももう終わり、夜になると星以外のものが見えなくなりました。真っ暗です。そしてとても静かでした。いつも聞いていた虫たちの鳴き声やイノシシが枝や落ち葉を踏みながら歩く音は聞こえてきませんでした。聞こえるのは波の音だけです。闇に閉じ込められたような静けさに包まれていました。
「真っ暗だね」
「うん。なんか怖いね」
あーくんもちーちゃんも不気味に感じていました。でもそんなことを考えていたのも束の間、2人は眠りに落ちていきました。ぐうぐうと2人は丸くなって眠りました。
ちーちゃんは夢を見ていました。空を飛ぶ夢です。きっと海から空を見上げたせいでしょう。海から見上げる空はとても大きく、とても広いものでした。いつも木の隙間から見上げていた空とは比べものにならないくらい広い空でした。ちーちゃんは大空を舞っています。まるで鳥のようです。体全体に吹き付ける風がとても気持よくさせました。前に見えるのはなんでしょう。あれは雲です。ちーちゃんはふわふわした雲へと突っ込みました。クッションのように柔らかい雲でした。そのふわふわに包まれたまま、夢の中でまた眠りました。
あーくんはいったいどんな夢を見ているのでしょう。あーくんはイルカに乗って海の中を泳ぎまわる夢を見ていました。昨日乗ったイルカがとっても楽しく、頭から離れないようです。イルカは水面をジャンプしそのまま海に潜ります。海の中はとても綺麗でした。海藻がゆらゆら揺れ、色とりどりの魚がゆるゆると泳いでいました。はじめて見るものがあります。オレンジ色の木の枝のようなものが海底から生えています。イソギンチャクでした。あーくんが手を伸ばすとイルカはあーくんのほうを見て首を横に振り、イソギンチャクの横を通り過ぎました。何か触ってはいけないものなのでしょうか。気になります。その時、あーくんは海の中では息ができないことに気づきました。気づいてしまうと急に息苦しくなる気がします。そして苦しくなって目を覚ましました。あーくんは体を起こして横を見るとちーちゃんが寝ていました。幸せそうに寝てたので、鹿の毛皮で作ったふわふわの毛布をちーちゃんにかけてあげました。
朝の海は夜にもまして静かでした。しかし怖くはありません。水平線から見えてきた太陽はあたりを綺麗に光らせました。あーくんの横で魚もきらきら光っていました。あーくんは素早く海に手を入れその魚を捕まえました。そしてカバンから石で作った刃物を取り出し、魚をさばきました。
「ちーちゃん起きて朝だよ」
あーくんはちーちゃんを起こします。優しくゆらゆらとちーちゃんの肩を揺らしました。
「おはよう」
ちーちゃんは半分目を閉じたまま伸びをしました。
「おはよう。ちーちゃん、前を見てごらん」
あーくんが指差す先には小さな島が見えていました。
「あー! 島だ、島がある」
ちーちゃんは目をぱっちり開け大喜びしました。2人は朝ごはんを食べながら、だんだん近づいてくる島を見ていました。




