人魚姫の生きた証
初投稿です。
最後まで読んでいただければ幸いです。
見たその瞬間、恋をした。
初めて見た海の上。
キラキラと輝く大きな船。
これまでにないほど興奮した。
この上で人間たちは何をしているのだろう。
想像するだけで心が躍った。
ずっと見ていたい。
そう願ったけれど、暗い空がそれを許さず。
ユラユラと揺れる明かり。グラグラと揺れる船。
そこから影が落ちた。
助けなきゃ。
そう思って。
こうしてあの人と出会った。
きれいな金髪。美しく優しげな顔。
物語に出てくる王子様そのもので。
心を奪われた。
どうしても、どうしてももう一度会いたくて。
一番大切な宝物を、自分の声を捨てて会いに行った。
王子は思った通り優しかった。
私はどんどん彼を好きになる。
でも彼が好きになったのは、恋をしたのは。
私じゃなくて。
叫びたかった。
『私があなたを助けたのよ』
『こっちを見て』
音のない叫びは彼に届かず。
悲しみにくれた。
そんな時、姉たちからの残酷で、甘い囁きに揺れて。
眠る彼の横に立ち、ナイフを掲げた。
振り下ろせばもう一度やり直せる。
海の中の穏やかな世界に戻れる。
そう思って、一度は決めたはずなのに。
どうしても、できなくて。
彼の部屋から飛び出して、そのまま海に飛び込んだ。
手足の感覚がなくなっていく。
自分の体が泡になっていくのをどこか他人事のように見ながら苦笑した。
本当は分かっていた。
命を救ったなんてただのきっかけ。
彼は彼女の何に惹かれたのだろうか。
あの美しい容姿だろうか。
それともあの優しい心だろうか。
私が彼女に負けたのはどこだろう。
そこまで考えて、考えるのをやめた。
今になっては考えてもしょうがない。
敗者は潔く退場しよう。
私は目を閉じる。
そうすれば思い浮かぶ彼の幸せそうな表情。
その隣にいるのは私ではないけれど。
まあ、よしとしよう。
だって彼が生きているのは私のおかげなのだから。
彼の幸せは私のおかげなのだから。
私は満足気に笑う。
幸せだわ、私。
私が存在していたことを愛する人が証明してくれるの。
彼が生きていることこそが私の生きた証。
彼の心は手に入らなかったけれど、それだけで十分幸せよ。
ふと温かさを感じて、ほぼ反射的に目を開ける。
白い翼をもつ者たち。
天使が自分を囲んでいた。
(お迎えね……)
もう一度、目を閉じる。
自分の目から何かがこぼれた。
(なぜ泣くの、私)
人間を助けて、恋に落ちて、人間になって、愛する人と時を過ごして。
これだけ自分勝手に生きたのだから。
最後は晴れやかに笑うのよ。
(さようなら)
そして人魚は海に溶けた。
※ジャンルを『童話』→『恋愛』に変更しました(2014.12.12)