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僕の仕事

作者: 掘井メロ

最初に脳裏に浮かんできたのは、雑踏の風景だった。


大通りの交差点の人ごみの中、一組の男女に視線が定められる。腕を組んでこちら

に歩いてくる光景。幸せそうな表情、笑顔。ピントは更に絞られて、彼の顔に固定

される。その笑顔はこっちに向けられていたのに。

横断歩道を渡り終えたカップルは、気付く様子もなく横を通り過ぎて視界から消え

ていく。


場面が切り替わって、薄暗い部屋の中。目の前のテーブルにはフォトフレームが仰

向けに倒れている。ガラスは割れて、中央に走った亀裂が二人をきれいに分けてい

た。その周りで砕けた破片が涙のように光る。

見つめる事ができなくて下を向くと、もう二つ、光っていた。


ぎゅ、と手が握り締められ、整えられた爪がチクリと甲に刺さった。


玄関のドアを開けると彼の姿が。

いつもとは違う、どこかぎこちない笑顔。何だかよくわからないけれど元気付けよ

うと笑顔を浮かべて中に招き入れる。手を引こうとすると彼はなぜか動かなくて、

離したら中に入ってきた。彼の表情も、手も、硬かった。


暗闇のベッドの中。

肌に触れる温もりがとても心地いい。全身を毛布で包まれたような気だるさに支配

されたまま、肩口に耳をつけるようにして頭を乗せると小さく彼の心臓の音が聞こ

える。規則正しいその音に誘われるように、徐々に視界が暗闇に溶けていく。大き

な手がとても愛おしい。


どこかの橋の上。川越しに見える夜景がとても綺麗で、振り返ったら彼が笑ってい

た。何か言ったようで、口元が動く。それに笑い声を返して腕を引っ張って、欄干

の前で並んで景色を眺める。風に乗って彼の匂いがして、思わず腕に抱きついた。


緊張した表情を浮かべて、じっと見つめてくる男性。罰を言い渡される子供みたい

にも見える。こっちだって緊張している。

忙しそうな人たちが横を通り抜けていくけれど、音が無くなってしまったかのよう

に、何も聞こえない。

うまく言葉が出てこなくて、口を開いてはまた閉じて、の繰り返し。思い切って一

歩近づいて、手を握り締める。恥ずかしくてうつむいてしまったら急に肩に手を回

されて、抱き寄せられ、強く抱き締められる。凄くドキドキしている。これは誰の

ドキドキなんだろう。


目の奥から熱いものが湧き出てくる。閉じた瞼から涙が生まれ、頬を伝って一筋落

ちた。



力の抜けた手をそっと戻すと、リクライニングつきの椅子に体を預けた女性に声を

かける。

「はい、終了です。気分は悪くありませんか?」

「ん……あ、大丈夫です。なんかふわふわしてるけど、凄くすっきりした

感じ。そんなによく眠ってました?」

彼女は晴れやかな表情を浮かべ、少しだけ恥ずかしそうに笑顔を向ける。

「ええ。リラックスしていただけたようで嬉しいです」

掛けられていた毛布を取り上げると丁寧にたたみながら笑顔で答える。

「ここに来るとなんか元気になるっていうか、リフレッシュした!って感じになる

んですよね」

「ありがとうございます。でも、疲れを溜め込んではだめですよ?」

「あはは、気をつけます。それじゃ、どうもありがとうございました」

そういうと女性は椅子から立ち上がり、ぺこりと一礼してから出ていった。


彼女を見送ってからドアに掛けたプレートをひっくり返し、カーテンを閉める。

店の奥にある椅子に腰を下ろしてから指先でそっと頬を撫でおろす。


“僕”が代わりに泣く。

だからあなたはもう泣かなくてもいいんだよ。

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