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マーヤ  作者: 白木
3/3

下書き中

また下書き中なので読まないであげて!

 一件落着。

 そんな簡単な言葉で表してもいいような事件ではなかったのだが、それでもとりあえずの区切りを迎えたと言ってもいいであろう、菅原と長谷川さんは見事に仲直りを果たした。

 仲直り、というのは語弊だったかもしれない。実際にお互いがお互いに嫌悪感を抱いている瞬間なんてのはなかったのだから。

 そこでやっぱり最も重要なこと。

 菅原には、記憶が定期的に失われてしまう、という事実上の問題が残ってはいるのだが、その解決策を見出すにはまだ時間がかかりそうだ。ていうか、まだその一端すら見えてきていないのでどうしようもない。

 俺に関しても、このどうしようもなく人力を超越した記憶力、これも依然としてそのままである。

 菅原とは違って、無理にでも消滅させなければならないものでもないのだが、3年以上もこのままでは飽きてくるというか、実際、忘れたいことが山ほど出てくるというものだ。

 こういう言い方をすると、なんだが大した問題じゃないのでは……と誤解されてしまいそうだから言い直しておくと、実はすごく悩んでいる。

 贅沢な悩みかもしれないが、成績が学年トップ、というのは非常にプレッシャーのかかる称号なのだ。

 変なプライドが相まって、今更学年トップを他人に譲るつもりはさらさらないのだが、それでも結果的にそれが何か悪いものを連れてくる、ということは避けられない事項なのかもしれない。

 努力で得たものでもない。

 良心で得たものでも、もちろんない。

 つまりは、運が良かっただけ。

 俺としては、運が良かったとも思わないのだが(菅原の前では口が裂けても言えない)、他人からしてみれば、あいつは恵まれてるとか、そんな風に見えてしまうのだろう。

 俺の場合は、人に話しても信じてもらえるようなものではなく、一般例を挙げてみると、生まれつき体格に恵まれていただとか、裕福な家庭に生まれただとか、それらと大して変わらないのではないかと思う。

 ケースがあまりにも希少だっただけ。

 それだけの小さな差なのだ。

 人から羨まれるようなものってのは、たいてい生まれつき備わっているものなんだと思う。

 努力では取り返しのつかない、あるいはそれが困難を極める。そういったものに、人は惹かれ、羨むのではないか。

 そんなことが現実に、具体的な問題となって自分の身に降りかかってくるとは思えないが、それでもやっぱり――

 今日も不吉な予感がするのであった――。



 今日もいつも通り、余裕をもって学校に登校した俺であったが、特に何をするでもなく星野やその周辺のやつらと実のない会話をしていた。

 一週間。

 菅原と長谷川さんの一件が片付いてから早一週間が経過した。

 菅原のC組での立場はというと、相変わらずといえば相変わらずなのだが、避けられているという風ではなくなった。

 それも、毎朝長谷川さんはC組に来て菅原と楽しそうに話をしているみたいだし、野口もちょこちょこ顔を出しているからだ。

 大っぴらに情報公開をした、というわけではないのだが、菅原の噂にはどうやら誤解があったらしい、ということに関して誰もが納得し始めたという頃合だ。そもそも興味がない、というやつらが大半だとは思うがな。

 そんなわけで、俺の仕事はひと段落ついたってことだ。

 菅原もその辺は認可してくれたらしく、あれから俺にとやかく言ってくることはなくなった。なんだが煮え切らない感じではあるが、それはそれで良かったのだろうと思う。

「なんだ瑛司、いつも以上に鬱っぽい顔してるけど。また意味のない考え事か?」

 黙っているやつには必ず声をかけてしまう性分、星野である。

「俺の考え事が無意味とは……お前も浅はかなやつだな。で、別に鬱になってるつもりはないんだが」

「あれか? 菅原さんのことで何か悩み事でも?」

 鬱になってるつもりはないって言ってんのに……。

 それよりも――

「なんでそこで菅原が出てくるんだよ」

 まあ菅原の事に関して、一応の整理をしていたことは事実だが、なんでそれがわかるんだこいつは。

 星野が何も考えてなさそうな顔をしてるのは、実はエスパーで、考える必要がないから、なんてことはないよな……。

「いやー最近、瑛司と菅原さん全然会話してない感じだからさ。そのことで悩んでるのかなって思ったわけよ」

「それで俺が鬱になると?」

「全部の辻褄が合うだろ?」

「辻褄云々の前に、そもそも謎が登場してない!」

 謎があるとすれば、お前がエスパーかどうかってことくらいだ。

「菅原さんとのことで、瑛司が泣きそうになってるってことと辻褄が合うじゃんよ」

「情報が肥大化されてるぞ! 泣きそうにはなってない!」

 そしてもちろん、鬱にだってなってないぞ絶対に。

 あるいは、俺は常に鬱なのだ。

「全くもって瑛司はツンデレだな~。男の俺の前でデレたって仕方ないのにさ」

「お前は本物のツンデレを見たことがないからそう言えるんだよ。菅原なんてやばいぞ」

「ほら、また菅原さんが出てきた」

「う…………」

 俺としたことが。

 まったくの不覚だった。

 星野の、俺がツンデレだという発言に対してはあと2、3発つっこんでやりたかったんだが、それどころではない。

 ていうか、ツンデレツンデレ言い過ぎな気もしてきた……。

 そもそもツンデレって言葉は安直過ぎてあんまり好きになれない。

 怒りの表現を「ツン」で表すとか……怒りという感情をなめてるとしか思えないよな……。

「やっぱ菅原さんのこと気になってるんだろ~? 素直じゃないよなーまったく」

「でもお前、一週間前のことに対しては触れてこないんだな……」

 別に聞かなくても、それは星野なりに気を使っている、ということなんだろうけど、好奇心というわけじゃないがそれでもやっぱり聞いてみたかった。

 俺が星野に相談して、その結果は聞かなくてもあとからわかる、みたいなことを星野は言っていたが、やっぱりそれってエスパーなんじゃねえの? とか思ってしまう。

「話しにくいことなんでしょ? それなら無理矢理聞こうとは思わないよ」

「お前、途端にかっこいいキャラに変貌するよな」

「瑛司はいつも友達いないキャラだよな」

「前言撤回!」

 褒めるとすぐ元の星野に戻るってのはいつものパターンだ。

 ていうか、友達なはずのお前が、友達いないキャラって言ってきちゃ駄目だろ。

 相当傷ついたぞ。

「まあでも何事もなかったし、俺の心配には及ばないってことでしょ? それよりももっと春らしい内容のことを聞きたいんだよ」

「春らしいこと? 抽象的過ぎてわからん」

 いやまあなんとなくわかるけど。

 俺には縁遠いことだってのはなんとなくわかる。

「それなのに瑛司は冬らしい話しかしてこないし」

「冬らしいってなんだよ! それは抽象的どころか言葉としてそういう表現は存在しないぞ!」

 そのままの解釈しかできない。

 雪だるまの話とか、もつ鍋の話とかになるぞ。

「いやほら、もつ鍋の話とか」

「そのままの解釈で合ってた!」

 もつ鍋の話なんか持ちかけたことないけどな!

 もつ鍋の話ばっかしてくるやつってどんなキャラだよ。俺はそんなに太ましいキャラじゃない。

「お、今日もD組から来客みたいだぞ。瑛司はいかなくていいのか?」

 いつも通り、長谷川さんと野口がC組に遊びにきていた。

 野口に関しては遊びにきたというより、毎日菅原と口論を繰り広げているわけだが、あれはあれで仲が良いという見方をしてもいいだろう。

「俺は行かなくていいんだよ。あいつら仲良くやってるみたいだし」

「瑛司も一応、長谷川さんたちと面識あるんでしょ? なら別に、一人だけ敢えてグループから抜ける必要も理由もなくない?」

「あんな女子だけのグループに属せるわけねーだろ。俺を誰だと思ってやがる。天下の一匹狼、嘉神瑛司様だぞ」

「一匹狼って……、友達少ないやつが無理矢理かっこよく表現するときに使う決め台詞じゃん」

「やめろ! 俺が意外とミーハーだ、みたいなことを言うな!」

 プライドは俺の命なんだ。

 そこだけは掘り下げないでいただきたい。

「嘉神さーん!」

 と、声をかけてきたのは長谷川さんである。右端の席にいる菅原のところから左端の星野の席までは端同士とは言えど、教室内なので10メートルほどしかないのだが、100メートルくらい離れてるんじゃないかと疑ってしまうくらい元気に手を振っていた。

 長谷川さんて無口で大人しい子かと思ってたけど、実はそうでもなさそうなんだよな。

 菅原と和解してから、学校で見かけるたびに楽しそうにしてる気がする。それはまあ非常に良いことなんだけど……、菅原も長谷川さんの前では笑顔振りまいていて、それがどうにも気色悪いというか、らしくないというか、俺と1対1のときの態度がいかに悪かったかってのがわかる。

 さて、そんなことより俺はどう反応すればいいんだろう。

 俺に女友達なんて、紗月くらいしかいないと思ってるのがC組の連中の大半だからな。無垢で可愛い女子に俺が手を振られてるとなると、そういうことに縁遠い男子から痛い視線を浴びせられることになる。

 ていうか浴びせられてる。現在進行形だ。

 ここで軽く咳払い。

 あろうことか、俺は思いっきり元気良く手を振り返してやった。

 C組の男子たちが雑談を中断しているのが横目からわかる。

 ふっはっはっは! 天下の一匹狼と言えども、女遊びはやぶさかでないのよ!

 と、女子と手を振り合っただけで人生を勝ち誇ったように謳歌している俺がいた。

 やめろ! 視線が針のように痛い!

 そして、隣にいる星野! なんか喋れよ!

「…………………………」

「いやいや、無言ってそんな長すぎる必要もないだろ!」

「無言の長さは瑛司に対する軽蔑と比例しているのです」

「無言のままでいてくれたほうがよかった!」

 嫌な事実を聞いちまったよ……。ていうかやっぱり軽蔑されてたのか――女子に手を振り返しただけだぜ?

「まあ今のは微妙に春らしいといえば春らしいから許すよ。ほら、行ってくれば!」

 星野はそう言って文字通り俺の背中を押す。

 余計なお世話だと言いたかったが、正直長谷川さんの笑顔に癒されたいと不覚にも思ってしまったのである。その対極的存在、菅原と野口もそこにはいるのだが、天使の前ではニ体の悪魔も所詮銅像みたいなものだ。

 そういや、菅原のことも天使って形容したことがあったけな……。

 いやいやいや。

 どう考えても長谷川さんのほうが天使だろ、盲目ってのは怖いぜまったく。

 星野の雑なエールを受けて、俺は菅原の席のほうへとこそこそ足を運んだわけだが――。

「あらー嘉神瑛司くんじゃないの。お久しぶりね」

 やっぱりやりづらいことこの上なしだ。

「野口裕子さんこんにちは」

 11文字の言葉の中に、動揺がしっかり刻み込まれてしまっていた。

 フルネームで呼んでしまった上(まあ俺もフルネームで呼ばれたわけだし、いきなり野口って言うのもあれだから仕方ないことではあるが)、朝なのに昼の挨拶をしてしまった。

 英語のハローみたいに、こんにちわ、も全時間帯で使えるようにしてほしいものだ。

 もういいや。ここはボケということで収拾をつけよう。

「皆さんこんにちは」

「おはよう」

「…………」

 菅原には無視されると思っていたが、一応の返事はもらえたみたいだ。

 だがしかし、せめてつっこみを入れてから正解を出してくれよ……。

「返事がないわね。糞おはよう」

「2回目になると糞がつく仕様ですか!」

「何よ。せっかく素敵な挨拶で返してあげたっていうのに」

「糞がつく言葉で素敵な言葉なんてねーよ!」

 あれから一週間経ったってのに、相変わらず汚い言葉使ってんのな。一週間ぶりの最初の挨拶がこれだから余計に酷い。

 まあ俺の挨拶もそれに匹敵するくらい酷かったけど。

「やっぱり仲が良いですねーお二人共」

 と、長谷川さんは健気に笑ってみせる。

 いやもう菅原と仲がどうとかどうでもいいや。その笑顔を拝めるだけで俺は生きてきた意味があったと思える。

「わたしが仲良しなのは長谷川さんだけよ!」

「何言ってんのよ! あたしのほうが夢依と仲良いに決まってるじゃない!」

 突拍子も脈絡もなく、菅原と野口は口論を開始する。

 ていうか、長谷川さんの人気やばいな……。

 これはさすがに、俺の出る幕もない。出たところで突っぱねられるか、最悪無視されるだろう。

「惨敗女は黙ってなさい! あらゆる分野で負かすわよ!」

「ざ……惨敗女ですって! 関係ない話を持ち出すんじゃないわよ!」

 ここでの惨敗女ってのはたぶん、去年の秋に生徒会会長選挙で野口が惨敗したことを言ってるのだろうけど、記憶のないお前がなんでそれ知ってるんだよ……。まさか、野口との口論のためにわざわざ弱みを下調べしておいたんじゃないだろうな。

 だとしたら相当陰湿な女だよ――お前……。

「まあまあお二人共落ち着いてください。わたしは二人共大好きですよ!」

 と、長谷川さんの可憐なフォローが入る。

 二人共ってことは、俺は含まれてないんだな……。いやまあ話の文脈からして俺を含むところではなかったのだろうけど。

 そもそも、長谷川さんともあの騒動以来話してなかったわけだし、当然といえば当然だ。

 うむ、気に病むことはないだろう。

「ところで、嘉神くんは何をしにきたの?」

 突拍子もなく、悪気もなさそうに野口はそんなことを聞いてきた。

 菅原と違って悪意を隠すのが上手いだけかもしれないが、おそらく本来の意味でこんなことを聞いてきたのだろう。

 つまりは、一番困るパターン。

 何をしに来たって――そんなこと聞かれてもな……。

「罵声を浴びせられに来たんじゃない? そういうの好きそうだし」

「好きでもないし、好きそうでもない!」

 そんなことを暗に示した覚えはないぞ。

 まさか、今まで菅原が俺に暴言を吐き続けてたのはもしかしたらそう見えてたからってことはないよな?

「それならわたしたちにとっては好都合極まりないわね。さあ、皆で盛大に罵声を浴びせましょう」

「おい、本当にやめろ!」

 野口と菅原が共謀するとどのような結果を導くのか、想像するに難くない。冷や汗たらたらものである。

「まあまあお二人共落ち着いてください。わたしは二人の暴言も大好きですよ!」

 煽ってる!

 それは煽ってると言うんだよ長谷川さん!

 しかし長谷川さんがボケも繰り出せる器用な人だとは……。これはもう一人つっこみ役が欲しいところだな。

 一端の流れが終わったところでどうにか会話を成立させるべく、俺は口を開いた。

「まあさっきの話に戻すとだな。何をしに来たってわけでもないんだが、お前ら仲良くやってんのかなーと様子を窺ってやろうと思ったわけだよ」

 多少上から目線で言ってみる。本来のキャラを忘れかけてたところだからな。ここら辺でリセットしておくのがいいだろう。

「余計なお世話ね。わたしと長谷川さんは死ぬほど仲良しよ。あんたなんかに、心配されるに及ばないわ」

 それを言うとさっきの流れがまたやってくると思うのだが……。

「ちょっと待ちなさい! わたしのほうが……ふがっ!」

 長谷川さんも俺と同じ思考に達したのか、野口が全てを言い終える前にその口を両手でしっかりと塞いだ。

「二人共大好きだって言ってるじゃないですかー!」



 朝っぱらからそんな慣れ合いがあり、いつも通りつまらない授業を受け、そうして放課後を迎えた。

 菅原の一件以来、平凡な日常というものがいかに珍重すべきであるか改めて考えさせられることになったわけだが、それでも妙なやりきれない感じが拭えないのはなぜだろうか。

 誰しも経験したことがあるだろう、放課後特有のこの鬱な感じ。

 正門から微かに見える夕日だとか、部活に青春を捧げている生徒たちの声があると尚更である。

 まあそれらは今に限ったことじゃなく、入学以来ずっと身に染みて感じてきたものではあるのだが、こう――2年生になってみて何か大人に近づいていくようなものが迫ってくるのを体感しているのかもしれない。

 考えすぎかもしれないが、考えすぎるに越したことはないのだ。

「あ……」

 思わず声を漏らしてしまう。菅原魔綾の姿を見かけたからだ。いや、見かけてしまったから、と言ったほうが適切かもしれない。

 長いクリーム色の髪を揺らし、毎度の如く不機嫌そうな顔つきで歩いている。

 ――さてどうするか。

 朝は長谷川さんと野口がいたからなんとかなったものの(ろくな会話はしてないが)、二人っきりとなると一週間分の空白がより気まずさを喚起させてしまう。

 ふうむ、正門を左に曲がったってことは俺と同じ方向じゃないか。そもそもあいつは電車通学なのだろうか、まあ自転車に乗ってないって時点でそれが濃厚だよな……。

 さすがに正門前でうろうろしているわけにもいかず、俺はいつもより数段遅いペースで歩を進める。

「っと!」

 正門を曲がった途端、菅原が目の前に降臨した。危うくぶつかるところだったが、俺の持つ全ての筋力を足元にまわし、なんとか体全体を御することに成功した。

「お前何やってんだよ」

 平静を装いつつ、表情を一切変えない菅原に聞いてみる。

「ゴキブリのような気配を感じたから止まってみたのよ。そしてその行為を全力で悔いているところよ」

「お前、ゴキブリを見つけるたびに捕まえるのを嫌がって放置するタイプの人間だろ」

「いいえ、フルボッコにするタイプの人間よ」

「そんなタイプが存在するのか!」

 そりゃまあたしかに、ゴキブリはそこらの虫とは生命力が段違いだからな……。それでもフルボッコって表現はどうかと思うが……。

「フルボッコにするのも汚らしい相手の場合は、そうね……、見つけたことを後悔するわ」

「俺がゴキブリ以下ってことかよ!」

「存在はゴキブリ以下、汚らしさはゴキブリ以上」

「ゴキブリさん! 今までひどいことをしてきてごめんなさい!」

 とまあこんな感じで、そのままの流れで駅まで一緒に帰ることになってしまったわけだ。

 まあそうならなかったとしても、駅までこそこそ後ろを歩いていくなんてのは選択肢になかったし、まあ当然の帰結といえばそうなのかもしれない。

 しかしまあ気まずいったらないんだよな……。

 ふざけたやり取りなら一定時間は保てるのだが、真面目な話がほとんど続かないというあり様だ。駅までの道のり、さすがにずっとつっこむのは体力的にきついし、菅原も菅原で暴言を吐き続けるのも精神的に酷だろう。少なくともそう信じたい。

 まあこの流れから推測するに、俺が何か話し始めなきゃならないんだろうな……。まさか俺側から気をつかわなければならないやつと出会うとは思ってなかったぜ。学校では星野や紗月がぺらぺら喋ってるとこに便乗すればいいだけだったし。

 それに菅原に関して言えば、常人への一般的な対応が通用しない。あと、心にダメージを受けることは避けられない。

「あんた、家どの辺なんだっけ?」

 おっと珍しい。菅原のほうから話をふってくるのは何か俺に不満があるときだけだと思ってたのに。

「学校の最寄から4駅分だよ。遠くもなく近くもないって感じだ」

「へえ、本当に遠くもなく近くもないのね。つまらない」

「自分の家の場所を紹介するのにおもしろくしなきゃいけないのかよ」

 芸人でもそこまで考えはしないだろう。

 よし、そこまで言うならお前はおもしろく答えられるんだろうな。

「で、お前の家はどのへんなんだ?」

「学校の最寄から15キロほどね」

「なぜ距離で答える!」

 やばい、ちょっとおもしろいこと言いやがった。

 言いたくないがこれは悔しい。

「しかし15キロっていうと、お前も俺と同じく、遠くも近くもない場所に住んでるんだな」

「まーそういうこと。あ、あんたの家の近くに大きな川あるでしょ?」

「あるけど、それがどうかしたのか?」

「わたしの家からも近いのよ、その川」

「はあ」

 ってことは同じ方面に15キロってことか。もしかすると隣の駅かもしれない。しかし駅名を言わないのは何か理由があるのだろうか。

 まあたぶんないんだろうけど。

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