午前授業の問題
入学式の翌日、つまり今日。だるくてだるくて嫌だったが、片道2時間かかる道のりを耐えて来てやった。
「はいはいそれじゃあ二日目ですが、今日は午前授業です。クラスの係と部活動紹介で終わります。それではまず学級委員を成績優秀者から俺がセレクトしましたー。学期ごとに代わるから、心配しないでいいぞ。」
大変お疲れ様です、学級委員長に任命される人。本条瑞季は寝ますので、起こさないでください。机にうつ伏せて寝る体制をとる。
「そこで寝ようとしている本条、お前学級委員長ね。」
まじですか。物凄く嫌至極なんだが。隣の席の畑くん、代わろう。なんて言えはしないけど。
「わかりました…。」
諦める。成績優秀者だなんてハードルあげないでくれます?第一志望校落ちたので。
「よし、級長は本条に決定。て言うか本条、なんで普通科クラスに居るんだ?特別クラスにいても不思議じゃない成績で。」
いちゃだめなのか?特別クラスって何?購買のパンが無料になるのなら、行きますけど。なんて言う程空気読めない訳じゃない。ナニヲオッシャイマスヤラ。って顔を作っておく。
「お前の試験は全科目満点らしい。まあ、特別クラスは強制じゃないから。」
………。
「それは何かの間違いでしょう、先生。第一志望校落ちたんですよ。」
沈黙の後、口を開く。憂鬱に自ずから溜め息が漏れた。大谷先生は、少し考えて言った。「本条が一体どこ受けたか知らないが、良かったんじゃないか。俺は、頭いいやつがうちのクラスで良かった。あ、生徒会入りも考えといてくれ。」
さー次、と会話終了。副学級委員長を決めるのだそう。クラス内で二番目に成績の良い生徒を指名した。業務に支障を来すのは忍びないので、名前と顔くらいは覚えてやろうと寝ることなく耳を傾ける。大谷先生が名前を告げた。
「松村夕夜、頼めるか。」
大谷先生が目を向けた方を見る。後ろの席だった。松村というやつは黒髪に眼鏡で、如何にも真面目の権化らしい出で立ち。レンズの奥で切れ長の目が先生を見ている。
「はい。」
大人しいと言うよりも、冷たく返事を返す松村。あぁ、関わりたくないタイプだ。こういう奴ほどプライド高くて、俺はよく睨まれるんだ。身も蓋もない。躊躇いなく『ふいんきじゃなくてふんいきだろ。』って注意してくれる人なんだろう。松村がやっぱり睨み付けてきたので、前を向く。泣きそう。
それから後は聞くともなく聞いていた。いつの間にかチャイムが鳴り、休み時間となった。寝てはいないが、机に伏せていると後ろから背中を撫でられる。ビックリして間抜けな声が出た。後ろを振り返ってみると、松…村だっけ?こちらをにらんで言った。
「本条。高校どこ受けたって?」
なんだそんなことか。
「聞いてどうするんですか?」
自虐的に笑いながら問い返す。あ、煽っちゃった?青筋か何かがピクリと動いた。
そっちこそ、特別クラスにでも行けば良かったんじゃ?
「…落ちたのは、篠永東高校。悲しいけど、受験番号書き忘れました。以上です。」
にっこり、なるべく笑顔を心がけて答えた。すぐに真顔に戻す。松村さん、顔がこわいです。あまり傷口を抉らないで欲しい。
「松村さん、副学級委員よろしくお願いします。正直どうでもいいから。」
最後の一言は余計だと思ったから果てしなく小声で言った。休み時間、ありったけ眠ろう。そう思ってまた机に伏せた。
「さーて皆いるかなー。これから体育館で部活動紹介を先輩たちがしてくれるので寝ないで聞くようにしなさいよー特に本条。」
ち、釘を刺されてしまった。興味ないのに。入る気ないし。
「男子はなるべく運動部入るとお得だぞ。履歴書に書けるからな。」
いいよ…。かけなくても。そんなわけで寝ようと思ったのに、体育館に入るや否や騒がしくて寝ちゃいられない。最悪すぎて、ずっとしかめっ面でいたのでした。
「本条くん、具合悪いの?」
然り気無く女子が話しかけてくる。いや、何でもないですよ。そう思っても、声にならない。本気で寝たいんだけど。俺を心配する声のなかに、男も混じっていることに気づく。…おや、気づかなかった。強いて言えばホスト系の顔がいる。女っぽい顔だな。どうでもよし。
「んん、あ…へいき、ですよ…。」
答えるのがやっと。2時間かけて来たら流石に堪えますな。やっぱり眠い。
暫く、勢いだけの勧誘が続いて座っているだけが辛い。ねむい。寝たい。
ホスト系の男が、先生に内緒で背中を貸してくれるそうだ。甘えてしまおう。
前に座ったホスト君の背中に、頭を預ける。涎垂れちゃったらごめん。
部活動は文化部の紹介になったはずなのに、いやに煩い。主に女子の黄色い悲鳴。思わず目を開ける。起きた様子に気付いたのか、ホスト君が大丈夫?って顔でみてくる。
「ふふ、美術部の先輩がかっこいいから皆興奮しているんだね。」
親切にも、騒がしいわけを説明してくれるホスト君。へぇ、そう。そんな感想しか出てこない。寧ろそんな視力ないから凄いとしか。見えない、安眠妨害の罪で逮捕したい犯人の顔見えない。皆すごい。
…ここにも美形いるけどな。そこらの男よりは。
「ああ、あの先輩県内では有名な画家の息子さんなんだ。かっこいいからだけじゃなかったね。」
うーん。かっこいいからだけで騒いでいる、に500円。さあ、ください。500円。
「本条くん、気分はどうかな?酷いようだったら、先生に言って保健室に行くかい?」
逃げれる?え、ホント?つい、何度も頷いてしまう。名前知らないけどいい人だな。(ひーいずまいくらすめいと)
ホスト君は嫌な顔ひとつせず、俺を介抱?しながら先生に一言告げて体育館を後にした。
保健室には、先生もついてきた。保健医も一緒に連れてきている。ブレザーを脱いで保健室の簡易ベッドに横になる。
「本条、もしかして片道2時間のとこから来ているのか?」
先生が訊ねた。頷くと、そうか、と先生が考え込む。そして保健室から出ていった。
「本条くん、大丈夫ですか?」
優しく労るホスト君。もう戻って良いのに。彼は俺の頭を撫でた。
「寝れば、だいじょうぶ…ですか、ら。」
毎日5時半になんて起きれるわけない。ああほんとに憂鬱。篠永東だったら近かったのに。
「本条くん、熱はかる?」
保険医がカーテンから顔を覗かせ、訊いてくる。ホスト君がたてた人差し指を唇に宛てて、保険医に向かってにっこり笑った。
「おや、寝ちゃった?…脱がせていいかな?」
ワイシャツのボタンを外し、脇下に電子体温計を滑り込ませませる。熱なんてないのに。だんだんと、意識は睡魔によって遠退く。
目が覚めると、ホスト君はいなくなってた。時計を見る。12時を少し過ぎたところ。
「本条くん起きたかな?君少し熱があるからまだ寝てていいけど。」
保険医が声かけてくる。何故起きたとばれた。あの、熱なんてあったんですか。少しだるさがわかったから聞かないけど。
「あの、…彼は?」
代わりにホスト君について訊ねた。
「ああ、田熊くんなら戻ったよ。代わりに松村くんが来るみたいだからちょっとまってね。」
ほう、ホスト君は田熊くんと言うのか。
…はい?ちょっと待って松村くんって言った?
「失礼します。うちの委員長がご迷惑おかけしてすみません。」
がらりと扉が開き、礼儀正しくあの松村が保健室に入ってくる。何でこいつを寄越すかなあ…。アイシクル松村って呼ぶぞ。
「松村くん、ここちょっとお願いしていいかな?」
頼みの綱の保険医が昼食を食べにいった。置いてかないで…。涙目の訴えは届くことなく。とうとう二人きりにされてしまった。
「本条、大丈夫か?」
呼ぶな怖い。睨んでやる。アイシクル松村が俺の額に触れる。松村の癖に、心は暖かいのか手が冷たい。ひんやりする。気持ちいい…じゃなくて触るなよ!!
「は、誰に許可を得てこんなに熱くして…いいご身分だな。」
松村の冷たい言葉。酷いことを言われた気がする。でも触れてくる手は優しく俺の首筋に。いや、おかしいって。触っているところおかしいって。
「触んないでっ…!」
声を出そうとしたら、口に指を突っ込まれた。噛みついてやろうとしたけど、指が奥の上を引っ掻く。くすぐったさが全身を駆け巡る。
「俺は、こういう風に虐めるのが好きでね…。お前も堕ちてみる?」
やだこいつ、さでぃすとさん?苦しい、苦しいです。逃げないと、危ない領域に足を踏み入れてしまう。学校だと言うのに(上着脱いでるだけだけど)こんな格好で、こんな体制。病人である俺の口に、笑われながら指突っ込まれている状況。…誰がこんな体験すると思ったでしょう。だが甘い!お前の指は俺の口の中だぞ。噛むというダメージを与えてやる!
手首を掴むと、指を軽く甘噛みして油断させておいて…強く噛む。
「…っ、は。いい度胸だ。調教されたいのだな。」
口から引き抜かれる指。ざまぁ。
「はあ、挑発的な目で見るな。うっかり虐めたくなるだろ。」
さっきはうっかりで虐めたんだね、ふざけないでください。布団と一緒にかけてた上着を羽織る。
「…先生が来るから、何もしないけど…いつかは満足するまで泣かせてやる。」
さっき俺の口に含んでた指をぺろっと舐めた。この人バカ?うつるよ?
「松村さん…」
端正な顔にかけられた眼鏡を迷うことなく奪う。うわ、壊してやろうと思ったけど、これブランド物か。無理。地味に仕返ししてやる。視界がぼやけるだけでも、いい気味だし。
「…やれるもんなら、やってみなさい。」
奴のネクタイを力の限り引っ張ってやる。すると、必然的に松村はバランスを崩す。それを利用して、食らってしまえ。
鈍い音が保健室に響く。ついでに俺の悲鳴に近い吐息。そうだった、この技は自分もダメージが。
俺はその時二度とこの『頭突き技』を使わない、封印すると誓った。
前編終了です。
大谷先生のキャラが確定しないのが目に見えてますね…。
もっと賑やかにしていきたいものです。