第86話:鐘と共に膨張する魔法の黄色い雲(大阪環状線・焼きたてチーズケーキ)
深い宇治の森から生み出された『抹茶の塔』を見事に制圧し、高貴な回復魔法を浴びた私が次に向かったのは、商人ギルド『JR西日本』の最大拠点であり、欲望と熱気に満ち溢れた迷宮都市……『大阪』である。
「フスッ……。この巨大な都市全体を、永遠にぐるぐると回り続けるオレンジ色の魔導陣形……『大阪環状線』。乗っているだけで都市の全容を把握できる、恐るべき索敵ルートだ」
魔導列車に揺られながら、私はある強烈な『チャーム(甘い香りの魅了魔法)』を感知していた。
「……むっ! この暴力的なまでに食欲をそそる、卵とバターの焼ける香り……! 近くの拠点(天王寺駅周辺)で、強力な錬金術が今まさに行われようとしているぞ!」
私は列車を飛び降り、その香りの発生源である駅構内の路地(地下街)へと駆け出した。
香りの元へと辿り着いた私の前には、無数の人間(冒険者たち)が目を血走らせながら長蛇の陣形(行列)を作っていた。
そしてその行列の最前列にある巨大なガラス張りの魔導工房の前に立つ精鋭の錬金術師(店員)が、高らかに銀色の鐘を鳴らし始めたのだ。
「チリンチリンチリンッ!!」
「……ッ! なんだあの鐘の音は! 詠唱完了の合図(焼き上がりのサイン)か!」
窯の扉が開かれた瞬間、熱気と共に現れたのは……限界まで異常に膨張し、プルンプルンと小刻みに揺れ続ける『巨大な黄色い雲(焼きたてチーズケーキ)』の群れであった。
「フハハハッ! 見ろ、あんなにも不安定で柔らかいスライムの集合体を! しかもご丁寧に、一つ一つに魔導士の紋様(おじさんの顔の焼き印)を刻み込んでいるぞ!」
「オーダーだ! その今まさに誕生したばかりで、極限まで魔力(熱と蒸気)を蓄えている黄色い雲を、一つ丸ごと私に寄越せッ!」
ワンホール(直径約18センチ)という強大な結界そのものを購入したというのに、要求されたゴールド(代金)は信じられないほど安価であった。
「大阪の商人ギルドは狂っているのか? これほど強大な回復アイテム一つが、たったの千ゴールド札1枚でお釣りがくるとは……!」
だが、この魔法の雲には恐るべき『時間制限(時限デバフ)』が設定されている。
時間が経つにつれて徐々に冷却され、この異常なまでのプルプルとした膨張状態(最高ステータス)が失われてしまうのだ。
「急がねば! この雲が生きている(熱を持っている)うちに完全に討伐せねばならない!」
私は箱を大切に抱え、近くの安全地帯(見晴らしの良い公園のベンチ)へと足早に移動した。
「いざ、開封ッ!」
箱を開けた瞬間、閉じ込められていたバターと卵の暴力的なまでの甘い香りが大爆発を起こし、周囲の空気を完全に『魅了の結界』へと作り変えた。
私はプラスチックの魔術短剣(付属のナイフ)を、プルプルと揺れるその黄色い結界へと深々と突き立てた。
「……シュワワッ」
「……!!? な、なんだ今の音は!!」
信じられるだろうか。ナイフを入れた瞬間、雲の中から『シュワッ』という、まるで泡が弾けるような微かな詠唱音(魔法の囁き)が聞こえたのだ。
「バカな……! 気泡(空気の魔法)を極限まで抱え込んだまま焼き上げられているというのか! これは、物理的な実体を持たない『空気のスライム』だ!」
私は切り分けた一切れ(四分の一サイズ)を素手で掴み、大きく口を開けてかぶりついた。
「……ッ!! 消えた!?」
噛み砕く必要など一切なかった。舌の上に置かれた瞬間、その黄色い雲はシュワシュワと音を立てながら一瞬で液状のマナ(チーズと卵の極上エキス)へと融解し、私の喉元を勝手に滑り落ちていったのだ。
「フハハハッ! 圧倒的な質量があるように見せかけて、その実態は『ほとんど空気(超軽量特化)』! これならば、ワンホールなど5分で胃袋へと強制転送できるぞ!」
だが、私が油断して二切れ目を飲み込もうとしたその時。
「……ガリッ? いや、ムニッ?」
「むっ! 雲の底(結界の最下層)に、何か漆黒の魔石(黒い物体)が埋め込まれているぞ!」
それは、周囲のフワフワとした甘さとは全く対極にある、強烈な酸味と甘みを凝縮した『レーズン(干し葡萄の魔石)』であった。
「なんという恐るべき二段構えの陣形! 単調な甘さに飽きさせないため、底辺の円周部分にのみ、この強烈な味覚のカウンター(レーズン)を配置しているのか!」
シュワシュワの雲に包まれた、グニュリとした酸味のアクセント。
この完璧すぎる魔導設計に完全に脳を支配された私は、理性を失った狂戦士のごとく雲を貪り続け、わずか数分で直径18センチの巨大な黄色い結界を『ゼロ(完食)』へと帰した。
「……ふぅっ、ハァッ。恐ろしい魔導アイテムであった。だが、私の胃袋はまだ次のスイーツを求めて泣き叫んでいるぞ!」
鐘の音と共に現れる魅惑の雲を討ち破った私は、次なる回復アイテムを求めて、大阪環状線のさらに西……お洒落な異人館が立ち並ぶという貿易港『神戸』へと向けて進軍を開始するのであった。




