第46話:巨大内海と発酵する古代毒への耐性テスト(特急サンダーバード・鮒ずし)
大阪のターミナル(大結界都市)を発った特急魔導兵器『サンダーバード』は、轟音を立てて北東へと突っ走っていた。
「……む。見えてきたな、アレが」
左の車窓に広がるのは、見渡す限りの広大な水面。
一般人はそれをただの湖(日本最大の湖・琵琶湖)と呼ぶが、私の眼には全く別のスケールで映っていた。
「フスッ……。湖などという生ぬるいものではない。これは完全に、広大な大地を切り裂き、魔獣がうごめく『巨大な幻の海』だ」
特急サンダーバードが駆け抜ける湖西線は、その幻の海を左手に見下ろしながら、長大な高架線をすさまじいスピードで飛翔していく。
冬の終わり特有の霞がかった湖面は、神秘的なマナ(水竜のオーラ)を漂わせていた。
「……さて。今回はただの腹拵え(カロリー補給による体力回復)ではない」
私は座席で低く唸った。
これから向かう滋賀の地には、西日本の辺境グルメ界においても『最狂』と呼ばれる、己の限界を試す極限の試練(特殊アイテム)が封印されているのだから。
特急サンダーバード(雷鳴の鳥)を途中の駅で降り、私は琵琶湖沿いの静かな町(漁師ギルドの気配が濃い集落)へとやってきた。
「私が挑むのは、古の湖人(水竜信仰の民)たちが生み出したという、究極の保存食……『鮒ずし』だ」
そう。それは単なるカレーやラーメンのような、火や獣の油で武装した物理的な魔神ではない。
塩と米を使って小魚を漬け込み、数年という狂気じみた時間(詠唱)をかけて徹底的に『発酵』させた、言うなれば高度な錬金術の産物である。
「並の兵士であれば、その強烈な匂い(腐敗の瘴気)に精神を破綻させ、一口目で吐き出すという……まさに『毒耐性』の最終試験だ」
私は勇気を持って、歴史ある郷土料理屋(老舗ギルド酒場)の暖簾をくぐった。
席番号を告げられ座敷につくと、私は覚悟を決めてその『古代毒(発酵食品)』を召喚した。
「……ふふっ、私の胃袋(暗黒空間)は、猛毒すらも栄養に変換する。見せてもらおう、滋賀(近江)の最終兵器をッ!」
「お待たせしました、鮒ずしです。切り分けてありますよ」
トンッ、と上品な小皿に乗せられて現れたそれは、これまでのB級グルメ(山盛りの茶色系)とは打って変わり、非常にコンパクトで芸術的な陣形をしていた。
「……ほう。これが」
透き通るような身から溢れ出す、濃厚なオレンジ色の卵巣(魔力コア)。
そして、周囲を覆う真っ白でヨーグルトのようなペースト……これこそが、魚と一緒に発酵しドロドロのペースト状に溶けた米『飯』である。
私が皿に顔を近づけた瞬間――。
「……ッグハァァッ!?」
鼻腔を、目に見えない強烈な衝撃波(酸っぱいアンモニア系の瘴気)が殴りつけた。
「な、なんだこの匂いは……! まるで、数百年封印されていたダンジョンの奥深くにある扉(古代遺跡)を開け放った瞬間のごとき……強烈なチーズと酸の呪毒!!」
だが、腐っているわけではない。これは完璧にコントロールされた『発酵(生命力の極限凝縮)』なのだ。
私は震える右手で箸を持ち、白い飯がたっぷりとついた切り身を一切れ、恐る恐る口へと運んだ。
「……むうぅぅぅッ!!」
口に入れた瞬間、私の脳髄(前頭葉)は激しいバグ(味覚のオーバードライブ)に見舞われた。
「酸っぱいッ!! なんだこの、一切の甘みを排除した鋭利すぎる乳酸発酵の『酸(アシッド属性)』はっ!」
強烈な酸味が、舌の感覚を斬り刻む。
しかし、その直後だった。
「……あれ? 毒(鋭利な激痛)が……極上の『重厚な旨味(ヒール効果)』に反転しただと……!?」
酸味の裏方から、数年間という途方もない時間(魔力)をかけてアミノ酸レベルにまで分解された魚のタンパク質が、爆発的な旨味となって口内を支配し始めたのだ。
オレンジ色の卵巣を噛み潰すたびに、カラスミ(高級アンデッド素材)の何倍にも凝縮されたようなリッチなコクと、芳醇なチーズのような風味が広がる。
「フハハハッ! これは毒ではない! ダメージと回復が同時に発生し、脳をトランス状態に追い込む狂気の『万能エリクサー(発酵魔法薬)』だッ!!」
強烈な刃のような酸味と、底知れぬ圧倒的な旨味。
脳がパニック(処理落ち)を起こすその強烈な陣形の前に、私はすぐさま『最高のサポート魔法(追加アイテム)』の召喚を決意した。
「す、すまない! 地酒を、熱燗で一番キツいやつをくれッ!」
「ふふっ、お兄さん痛いとこ突くねぇ。近江の地酒、お持ちしますよ」
店員の老婦人(上級魔導士)が微笑みながら持ってきたのは、湯気を上げる徳利(聖杯)と小さな猪口だった。
私は、鮒ずしの強烈な余韻(重厚な瘴気)が残る口の中に、熱い地酒をクイッ、と流し込んだ。
「……ゴハァッ!!」
爆発した。
鮒ずしのもつ濃密な酸と旨味が、日本酒の熱気とアルコール分(浄化魔法)に出会った瞬間、互いに激しく絡み合い、信じられないほどの極上の甘みへと化学変化(フュージョン効果)を遂げたのだ!
「フスッ、フハハハッ! これだ! 鮒ずし(古代毒)は、辛口の地酒(聖水)と合わせることで初めて結界(封印)が解け、真の姿(最強のおつまみ)を現すというわけかッ!」
「……ふぅっ、ハァッ」
私は、最後の一切れの鮒ずし……そこにへばりついた真っ白な飯までを、最後の一滴の日本酒で舐め取るように流し込み、深々と強烈な満足の溜息(熱排気)を吐き出した。
カレーやラーメンの暴力的な熱とカロリーとは全く違うベクトルの満足感。
それは、数年という『時の魔法(発酵)』を直接胃袋に注ぎ込み、己の生命力(耐性スキル)を一段階アップグレードさせたかのような、不思議で神聖な境地だった。
「ごちそうさまでした。素晴らしい錬金術(発酵魔法)でしたよ」
「おおきに、またおいでやす」
店を出て湖畔の通りに立つと、巨大な内海(琵琶湖)から吹き付ける冷たい風が、酔い火照った顔面に心地よかった。
「フハハハッ! 見事に古代の発酵呪毒を克服し、我が暗黒空間(胃袋)の『毒耐性スキル』は最強へと至ったぞ!!」
琵琶湖の広大な水面に向かって(心の中で)高笑いしながら、私は次なる魔境……別シーズン・別アレンジでの再訪を待つ強大なる西の結界都市へと向けて、特急の切符を握りしめ歩き出したのである。
(第46話 了)




